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天涯ノ歯車

「さて、と。お前にもコールネームが必要かな?」

 御堂は足音が遠ざかるのを聞き、槍を構えながら目の前の二足歩行カラス

に問う。

「何がいいか・・・・?」

 さして悩んだ風も無く、ふと、思いついた言葉を言った。

「クロウマキナ・・・・」

 クロウはカラスの意。マキナは機械の意。

 どちらとも修之の能力から取った名前。

 彼は生前、DEATH UNITという存在を嫌っていた。だからこそ、プレッ

シャーと同じように彼の嫌いな名前を付けてやる。

 嫌いなものと一緒に葬ってやるのだ。

「お前はコールネーム・クロウマキナだ」

 槍を突きつけ、御堂十四は決別する。

 死んだ人間は蘇らない。だから、目の前の存在を日坂修之と認識しないよ

うにする。

 日坂修之という、かつての恋敵と、親友と決別する。

 ――ァアアアアアアアッ!

 敵としての名前を付けた途端、クロウマキナは長く伸ばした爪をもって御

堂へと襲いかかる。それを短くした二本の槍でもって先程と同じように捌く。

 隙を見て攻撃に転じるも、向こうとてやはり化け物。両手両足をもってして

槍は全てが弾かれていった。

 弾き飛ばされた一本の槍は空高く回転しながら舞い上がっていく。武器が一

つ無くなるということは、捌けていた攻撃を裁き切れなくなるということだ。

そんなことはあってはいけない。

 おそらく、たった一撃の被弾が致命傷となる。その一撃が致命傷とならなく

ても追撃が来れば避けられない。結果、死ぬことになる。

 即座に新たな槍を生み出す。長さを調節する暇などは無いため標準サイズの

まま短めに持つ。クロウマキナの貫手が雨のように襲いかかり、反撃の時間を

与えない。

 武器を弾き飛ばされるという致命的な隙を見せてしまった御堂は防戦一方を

強いられる。しかし、彼はしっかりと反撃の手管を残していた。

 彼もやはり、他の死人などとは次元の違う、隊長(ばけもの)なのだ。

 人間離れした技くらい軽くやってのける。

「はあぁあッ!」

 回転しながら落下してきた槍を蹴り飛ばす。足の甲でしっかりと石突を捉え

斜め上へ、直進させるように蹴り飛ばしたのだ。

 弾丸のような勢いで突き進む槍の先にはクロウマキナの頭部。

(殺った・・・・)

 御堂はそう確信した。何がどうあろうとも防御など間に合わない。何しろ、

防御のための両腕は今、御堂の槍が受け止めているのだから。

 視界の外から飛んでくる攻撃を避けられる者が居ようか。

 だが、やはり、DEATH UNITという存在に常識は一切通用しなかった。


 ガギッ!


 金属を金属で挟んだような音がし、血が吹き出てクロウマキナが倒れるはず

の場面で何も起こらなかった。

 顔面の貫いたはずの針天牙槍はその金属のような嘴で咥えられ、その動きを

止められていた。そして嘴は何の抵抗も無さ気に噛み砕く。

「ちっ・・・・」

 殺したと思い込んでいた御堂は行動を取るのが遅れた。

「ぐあッ!」

 鋭い爪のついた足で蹴り飛ばされる。腹の肉が抉れ血が溢れ出す。

 蹴り飛ばされた先には空間から現れた巨人の機械腕が御堂を掴むようにその

五指を広げていた。

 宙を滑空している今では回避も防御もできるわけがない。そもそも、機械の

腕から加わる圧力に人間の腕力で抗えるはずがない。

「くっそ・・・・・!」

 地面へ槍を突き反動で無理矢理軌道を変える。そうすれば機械の掌の中へ突

撃せずに―――――。

「って、そうは問屋が卸さないってか・・・・」

 変えた軌道の先には、もう一本の腕がその五指を広げて待ち構えていた。

 もう一度軌道を変えるのは間に合わない。回避もできない。

 絶対絶命――――。



「ロングレンジ・グラビティッ!」



 ―――と思っていた御堂の背後、機械の腕を紅く縁取られた黒い閃光が奔る。

 上空から地面へ突き抜けた光線は機械の腕を簡単に貫通し、機械の腕は光線

に吸い寄せられるように砕かれていく。

 そう、まるで朝月のバースト・カラットのように。

 御堂も最初、朝月が戻ってきたのだと思った。だがそれにしてはずいぶんと

声が高かったし技名も違う。

 視線を空へと向ける。背後から照りつける“未知の欠片”の光のせいで影が

出来て顔を見ることはできなかった。だが艶やかな長い黒髪をなびかせながら

刀身が二又になった長大な剣を持ち、その声の主であろう女性は御堂の背後に

降り立ち受け止めた。

「危なかったね、十四」

 そう言った女性の声は一年近い過去に失われたはずのものであって。

 御堂十四がずっと聞きたいと願っていた声。

「ひ・・・つき?」

 

 常光朝月と常光夜月の姉であり、御堂十四の最愛の人・常光緋月だった。



 御堂十四を窮地から救ったのは常光緋月。

 朝月が隊長を担っている第三部隊の前任隊長であり、圧砕重剣の本来の持ち

主。

 一年ほど前に御堂が殺したはずの女性だった。

「お前・・・・本当に生きて・・・!」

 思わず抱きしめそうになる。だが頭を押さえつけられた。

「うごッ!?」

「今はダーメ。私が生きてて嬉しいのは分かるけど、今は目の前のアレを何と

かしなくちゃ」

 緋月はクロウマキナを指差して言う。御堂も最愛の人に触れたい欲求を我慢

して槍を構え直した。

「確かに・・・・そうだよな」

 彼女が自身や知己のことよりも処理しなければならない事柄を優先する性格

なのは既に知っていたことだ。元気でアクティビティで突っ走る傾向にあった

としても優先するべき事柄と後回しでも大丈夫な事柄とでしっかり区別するこ

とができる女性だ。

 今、彼女はこう思っている。今するべきことは抱き締め合うことでも再会を

喜ぶことでも命を奪おうとしたことを咎めることでもない。目の前にある圧倒

的脅威を取り除くことこそが今、するべきことだと。

「アレって・・・・修之、なんでしょ?」

「・・・・・ああ」

 緋月が久しぶりに出会った友人の変わり果てた姿に舌を打つ。

「戦える余裕、ある?」

「あんまり舐めないでくれ。タイマン勝負なら勝ち目は薄いが緋月と共闘なら

・・・・百二十%勝てる」

「いい自信ね」

 緋月は女性でありながら圧砕重剣を片手で振るうことができる。右手に存在

している圧砕重剣は地獄を開き、二股に分かれた切っ先に重力が燻っている。

 そしてその左手にある圧砕重剣には煉獄が口を開けていた。

 圧砕双重剣。少なくとも、御堂の知る緋月では為し得なかった芸当。この一

年で何があったかは、言うまでもない。

 一年間でそんなことができるまでDUが侵食しているということ。

 その命を奪う代わりに常人離れした化け物の力を与える。それがDEATH U

NITだ。つまり、それだけの生命力を奪い取られたということになる。

 彼女の生命力が残り如何ほどか、それを御堂が知ることは無いだろう。直接

聞いたとしても彼女は決して言わない。他人へ無駄な心配をかけることを善し

とせず、他人に言ってしまうことで何かが損なわれてしまう場合、言うべきこ

とであっても言わないのだ。

 だから、聞いても無駄だろう。緋月の残りの命が少なくなっていると御堂が

知れば、おそらく、まともに戦えなくなってしまう。果てには全てを放り出し

てシティ外へ出て行こうとするだろう。

 命を削る戦いから逃れるために。

 聞くのなら全てが解決した後。

 この地獄のような戦いが終わった後だ。

「行くよっ!」

 その声に応じて御堂が幾つもの槍を出現させてばら撒く。槍なので当然重く

すぐに落下してしまうはずなのだが、それは地面に落下せず宙へ浮いた。

 緋月の重力制御によるものだ。朝月との決定的な差は、その精密さにある。

 朝月は自分の周り一帯か指定したものを浮遊させるもの。だが緋月の制御は

離れた場所でも部分的に展開できるうえ、部分解除も可能。目標指定をする必

要は無くあらかじめ制御空間を設置しておいてそこへ目標が入れば大丈夫とい

う代物だ。

 だから御堂が撒いた槍が落ちる場所に重力制御空間を設置しておけば勝手に

落下した槍が制御空間へ入ってくれる、というわけだ。

 今はクロウマキナを中心に十四の針天牙槍が浮遊している。重力を制御し無

重力空間が生み出され、それはクロウマキナを取り囲むように、コップを逆さ

まに被せたような形で完璧に取り込んだ。

 これでクロウマキナは外へ出ることができない。出ようとすればどこへ行こ

うにも必ず重力制御空間を通らなければならなくなる。無重力に慣れていない

存在が隊長格二人を相手にしながら通り抜けることは不可能だ。

 御堂が中心の重力空間に入る。ここで彼がクロウマキナと戦って足止めすれ

ば、それこそクロウマキナは逃げられない。

 十四本の槍が浮遊し、決して逃げられない無重力の檻の中で対峙する二人。

それを無重力空間の中でプカプカ浮きながら緋月が眺めている。

「さて、お前にはここで消えてもらわないとな」

 御堂は再び二本の短い槍を構える。

「俺の親友を殺した罪は・・・・・重いぜっ!」

 ――ァアアアアアアアアアッ!

 両手の槍を交互に突き出し突き出し、時折新たに生み出しては蹴り飛ばす。

クロウマキナの腕と嘴を御堂が自分自身へと釘付けにする。

 クロウマキナも目の前の御堂を敵と見定め応戦してしまう。

 それこそが彼の目的だとも知らずに。

 ズルッと目の前の化け物の身体から何かが飛び出してくる。

 ――ァアアアァッ!?

 何かが飛び出してくるのと同時に聞こえるはクロウマキナの悲鳴。見た目

のカラスとは似ても似つかない鳴き声だったが、それが苦悶に満ちた声なの

は聞けばわかるというもの。その原因はやはり、その身体を貫いてきた何か

にある。

「よっし! 直撃~!」

 緋月の声は弾んでいる。クロウマキナの身体に突き刺さっているのは先程

まで空中浮遊していた針天牙槍だった。

 そのうちの一本を緋月が圧砕重剣で野球のノックみたいに弾いたのだ。

 勢いを持って飛んだ槍はクロウマキナの身体に命中、貫通したわけだ。

「これこそ――――」

「私たちの必勝陣形――――」

 クロウマキナは御堂の相手をすればいいのか、先に緋月を倒すべきなのか

判断がつかず右往左往している。

 御堂十四と常光緋月。最強の陣形を持つ死兆星歴代最強タッグ。

「「飛槍緋十四(ひそうひじゅうし)ッ!」」

 下以外の全ての方向から飛来する槍。目の前にいる槍使いによる連撃。逃

げようにも逃げられぬ布陣。

 今までこの陣形を使って勝てなかった敵はいない。

 ――ァアアアアアアアッ!

 立て続けに二本の槍が飛来して突き刺さる。背後からの攻撃に振り向き更

に追い討ちで飛んできていた槍を叩き落とす。だが、その無防備に向けられ

た背へ御堂が右手の槍を捻じ込んだ。

 ――ァアッ!

 また振り向いて御堂を殴り飛ばすが、その腕へ回転しながら槍が飛んでき

て刺さる。わずかに狙いが逸れて腕は御堂を掠めていった。

「久しぶりでも結構、合うわねっ!」

「当然だろっ!」

 御堂の手から槍が弾き飛ばされる。すんでのところで残りの槍で防御はで

きたものの、さっきと同じく武器を片方失ってしまう。

「十四っ!」

 すかさず緋月が別の槍を圧砕重剣で打つ。まるで事前にリハーサルでもして

いたかのような正確さで御堂の手中に収まり、結果、御堂の手から武器が消失

していた時間は三秒に満たなかった。

「かぁああああああッ!」

 両手に槍を持っての舞いは鮮やかで洗練されたもの。もし相手が人間ならば、

いかなる技術を持っていたとしても防ぐことはできないだろう。

 それこそ暁輩連の塵界嵐などなら話は別になってくるけれど。

「ブーメラン・ファイアっ!」

 緋月が左手の圧砕重剣を投げる。それは煉獄を開いていて峰から引き出す炎

を推進力にして弧を描いて飛んでいく。

 それは無重力空間内にある槍六本ほどに当たり、槍を見事クロウマキナへ向

けて弾いた。

 その全てがクロウマキナに刺さる。身体至る場所を貫通されたクロウマキナ

は見た目、もう瀕死だった。

 だが、敵は何がどうあっても化け物だった。

 例えそのカラスのような黒い肉体が元々人間のものであったとしても。御堂

の親友のものであったとしても。

 目の前にいるのはやはり、常識の通用しないDEATH UNITだった。

 ――ァアアアアアアアッ!

 御堂の二槍舞を受け止めるするかのように両腕を広げたクロウマキナ。その

足元には黒い羽根が群を成し、渦を作り出す。それは影のようになっていき、

カチン、と一回、嘴が鳴らされた。

 それを合図として黒羽根の渦から巨大な、人間の胴ほどもある機械の腕がそ

の姿を現す。天に手を伸ばすように現れたそれは肘を曲げ地面に両手を付き、

地面を陥没させながら肘を伸ばしきった。

 ギギギギギ・・・・ガガガガガッッ!

 歯車の軋む音を周囲に轟かせながら機械の腕がその本体を持ち上げる。黒羽

根の渦の中から這い出てきたものは――――。

 案の定というか、想像はできていた。

「でもよ・・・・実際目の当たりにしたら―――――」

「迫力が違うわね・・・・」

 頭から爪先まで全長五mはあろうかという機械の戦士。その両手に自らの半

身ほどもの大きさのある“機神の葬器”を携え、今まさに黒羽根の渦から這い

出てきた。

 目の前にあれだけの傷を負いながら、未だ立ち続けるクロウマキナの嘴から

今まで聞いたことのない、おぞましい声が絞り出された。



 ――――葬送セヨ――――。



 もしそれが、生前の日坂修之から発せられた声だとしたら、それを聞く死人

にとってはこれ以上にない救済の宣言となったろう。

 何しろそれは、御堂十四でさえも常光緋月でさえも聞いたことしかない、見

たことなど一度も無い、日坂修之の本当の力。

 生ける人間という括りにおいて、勝てるものなど存在しない力の解放。

 その、宣言なのだから。



――――天涯(てんがい)歯車(はぐるま)――――。




ちょっと長めかな。もっと長いのが過去にあったかも。


次へ。

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