波状の操弦(2)
何度目の戦闘だろう。
あの場所から移動を始めてすでに一時間以上は経っている。
自体は刻々と変化し始めていた。
ついさっきブリッツタワー・セントラルに花が咲いた。
比喩ではなく、本当に。
大きな桜の花。ブリッツタワー・セントラルに巻きつくように幹を伸ばし、
長く広く枝を伸ばす。まだ殆ど花咲いていないが、このままでは間もなく満開
に咲き誇ることだろう。
それが何を意味するのか、現は知らない。もちろん、小奈も。
どんなに重要だとしても、知る術はない。“未知の欠片”が何の目的があって
発光を続けているのか不明なのと同様、あの場にいない現たちに真相が分かる
はずもない。
とりあえず、離れなければ。
そんな思いが現の頭の中を支配していた。
「邪魔っ・・・・なのよっ!」
大音量を撒き散らしながら敵をなぎ払う。これで切り殺したエクスクレセン
スの数は二十は超えている。
もう十㎞の道程のうち半分以上は移動しただろうか。ここは三角州を元に作
られた街だから選ぶ道によっては全く違う距離を移動しなくてはならなくなる。
最短距離を選んだとしても苦闘を強いられるのは目に見えていた。それでも
小奈たちが戦闘経験者だと高を括っていたのが間違いだった。
「戦おうなんて考えないでっ! 何度言ったら分かるのよッ!」
戦闘経験があるからこそ、足手まといになる。
戦闘の知識がある。化け物に抵抗する力もある。化け物を見慣れている。
そのために戦おうとしてしまうのだ。
一般人はそんなことは思わない。何の力もなく、化け物になど出会ったこと
もないような一般市民は怯え、逃げようとし、関わろうとしないだろう。
身に危険が迫れば抵抗してしまう。戦いの経験があるが故に逃げようとはし
ない。仲間意識があるが故に仲間を護ろうとしてしまう。
そのことが今の現にとって、足手まとい以外の何者でもなかった。
「さっさと先へ行きなさいっ!」
現は小奈が戦うことも許していなかった。後ろへ気を配ることもできず、連
れがいるために全方位攻撃を行うこともできない。正面の敵だけを蹴散らし、
足を止めずに前へ進み続ける。そうしなければ背後から敵に追いつかれる。
「付いて着てっ! 先へ進むわ!」
小奈が現の指示通りに動こうとする。だがその道を敵が阻む。
「慄けっ!」
小奈が自らの力を解放する。現からは戦うなと言われているが、こんな状況
だ。自らの命を護るために戦う。
「化狂ッ!」
戸塚小奈。彼女のDUは本来、戦闘向きの力だ。
死人の身体を狂わせ、その肉体の限界を無理矢理超えさせる。
すなわち、常に火事場の馬鹿力が出ている状況になる。
「亜亜亞ア亞亜亜ッ!」
見た目に何ら変化はない。しかしその腕力、脚力は常軌を逸し、とても一般
人のそれではない。
ただ一発、殴っただけ。それだけでエクスクレセンスは頭をあらぬ方向へ曲
げ吹き飛んでいく。人と同じ重さのある化け物が、ただ一発の拳で。
そして、彼女の腕がボキリっと音を立てて折れた。
「う・・・・ッ」
それが、戦い向きのDUを持つ彼女が戦闘を苦手とする理由。
限界を誤魔化され無理矢理突破させられた女性の身体が、行使される力に耐え
られないのだ。
人の身体は脆い。故に彼女の肉体は耐えられず、すぐに崩れてしまう。
「小奈っ! 戦うなとあれほど・・・・・ッ!」
「そんなことを言っていられる場合ではありませんっ! 身体がどうなろうと
命あってこそですっ!」
現を先頭において小奈が続きその後を四人が続く。そこらに敵が点在してい
るが無視して進む。ブリッツタワー・セントラルはもう遥か後方に位置してい
る。あと三十分も速度を維持して進めば跳ね橋に到着するだろう。
「隊長たちは・・・大丈夫でしょうか」
「今は自分の心配をしなさい。それに朝月なら、大丈夫でしょう」
現にとって朝月は護るべき対象ではない。護る対象でないということは、現
が護らなくても大丈夫と判断したということ。それは強いと認めたということ
だ。
「でも――――」
それでも振り返ってしまう小奈を見て、現はため息を吐きながら言った。
「副隊長ならちょっとは自分の隊長を信じてあげたら?」
「・・・・そうですね」
自分が隊長を信じていなかった。そのことに苦笑し、小奈は前を向いた。
朝月にも言われたのだ。さっさと逃げろと。
なら、自分にできることは逃げることだと、小奈は言い聞かせる。
跳ね橋に到着するまで三十分もかからなかった。あれ以降、敵があまり出て
来なかったのが一番大きい要因だろう。
緊急時には跳ね上がり、シティの中と外を分断する桟橋。前の場所とは違い、
しっかりと跳ね上がっていた。
「前の場所みたいにそのままだったらいいのに・・・・」
シティの機能が無事に動いていることに安心し、シティ外にエクスクレセン
スが出れなくなったことに安堵する。だが同時に、早くシティから脱出させて
あげたいのに跳ね橋が架かるまで待たねばならないということに焦りと憤りを
覚える。
近くに敵に気配は無い。ついでに言えば跳ね橋の先にも水の中にも敵影は
見当たらない。一度水中から襲われているので、その辺も抜かりなく警戒し
ている。幸いにも、敵はいなかった。
周囲を見回して制御用の端末がある建物を探す。そばにあるはずなのだが
・・・・・。
「――――あれね」
跳ね橋から道路一本挟んだ向かい側に少し大きめの病院のような建物があ
る。おそらくはその中だ。
その中へ入っていく。入った瞬間に襲われるなんていうバイ○ハザ○ドみ
たいな展開にはならなかったが、確実に敵はいる。出会わないことを願うの
みだ。
出入り口にある案内板を見る。特に偽装もされていないのでどこの階に何
があるのか見ればわかる。
「・・・・四階ですね。橋を見渡すなら当然ですか」
状況に応じて跳ね橋を操作するなら高い場所のほうが見やすい。そういう
点から最上階である四回に制御用の端末は設置されているようだ。
「敵に出会わないことを祈りましょう。こんな狭い屋内じゃ私のDUは使い
物にならないもの」
「――――いざとなれば私が・・・」
「それはダメ。諸刃の剣を使いすぎればいずれ刀身が折れてしまうわ。あな
たが倒れたら運ぶのは私なのよ。勘弁して頂戴」
そう言って階段を上っていく。一段一段上るのではなく二段以上飛ばしな
がら。悠長にしている暇はない。
四階まではすぐに辿り着いた。幸いにして敵はおらず、制御室には血塗れ
の死体が一つ、転がっているだけだった。
おそらくエクスクレセンスに殺されたのだろう。跳ね橋を監視するための
窓ガラスは盛大に割れ、しかし破片はあまり飛び散っていなかった。
「彼を殺して、外へ飛び出したのかしら・・・・」
「だとすれば破片が外へ散っているのも説明がつきますね」
小奈が窓の下を見下ろす。破片の落ちた場所など見えるはずもないが室内
に破片が無い以上、外に落ちたと考えるのが普通。
となれば、この施設内にエクスクレセンスはいないと思っていいだろう。
「さっさと降ろしましょう。渡ってしまえば、勝ちよ」
渡ればとりあえず、一番危険なシティからは解放される。狭い土地の中に
化け物が跋扈しているせいで大量にいるように思えるが、人類の人口に比べ
れば死人など万分の一にも満たない数しかいない。
外界へ出れば遭遇する危険性は減るはずだ。
現が幾つかのボタンを押す。するとガラスの外で跳ね橋が徐々に降りてい
く。降り切るまでには少し時間がかかりそうだ。
どうして操作方法を知っているのか、と小奈は尋ねようとして、止めた。
今ここで知ってもしょうがないことだと思い、現なら知っていてもおかしく
はないと思ってしまった。
「行きましょう。ここを出て橋に着く頃には殆ど降りているはずよ」
制御室を出て行こうとする現に付いていく。最後に跳ね橋を見、そして
違和感を感じた。
(何・・・・?)
小奈が見たのは跳ね橋の向こう側、空を舞う小さな点だ。藩士に落とした
墨が滲んでいくように、徐々に、徐々に大きくなっていくそれは――――。
「エクスクレセンス―――――ッ!」
小奈が叫ぶのと同時に大空を飛翔しこちらへ向かってきた大型のエクスクレ
センスが窓枠を破壊して制御室内に首を突っ込んできた。
窓枠に纏わり付くようにして残っていた僅かなガラスが飛び散り、制御端末
も全部を爆風で吹き飛ばして、化け物の顔が小奈へ食いつかんと迫る。
飛んできた勢いだけでは届かなかったエクスクレセンスは壁を蹴り手を引っ
掛け、這いずりながら噛み付こうとする。
「唖亞亜亜ア亜亜亞唖ッ!」
小奈はコンクリートの壁へ指を突き入れ、頭よりも大きな塊を抉り出す。
それを大きく開いた化け物の顎へと投げ入れた。
――シィィィィィイイイイッ!
閉じようとしていた口内に硬い異物を投げ込まれ、顎を閉じれずにもがく。
すぐに噛み砕かれてしまったが、それでも逃げる時間は稼げた。
「まずいわ・・・・今外へ出たら襲われる」
階下へ続く階段を降りながら焦り気味に言う。屋内であるこの場所では現
のDUは役に立たない。外へ出れば大丈夫だろうが、出た瞬間から攻撃を受
けることになるだろう。
いくら現とはいえ、無傷で勝てるとは限らない。
現の背後には護るべき対象が五人もいる。そして敵はおそらく―――エク
スクレセンス第三段階。一筋縄ではいかない相手だ。
「あなたたちは橋が降りきるまでここにいなさいっ!」
「あ、ちょっと―――」
言うだけ言って外へと飛び出してしまう。まだ外壁にへばりついて首を突っ
込んでいた化け物は現の存在に気付き、その翼を広げて全容を明らかにする。
一言で言うなら、大きい。
二言目は、長いだった。
大きく広げた翼。端から端までで四十m以上。首は二mも無かったが、代わ
りに尻尾が異様に長い。翼にも匹敵しようかというほどの長さ。長大な尻尾の
先端には鈍器のような突起物が付属している。
黒い全身を広げて威嚇するように咆える様は、鳥ではない。
あれはもう――――竜だ。
――シィィッイイイイイィッ!
歯の隙間から勢い良く空気を吐き出すような咆哮が現の耳を打つ。それは当
然建物内の小奈にもその咆哮は届いたが、舌斬雀の切鋼糸の音量を聞いてしま
っている以上、犬の鳴き声程度でしかない。
だが、巨大な翼が羽ばたくたびに巻き起こる突風は防ぎようがない。
その突風に混じる『黒い何か』。それはエクスクレセンスの体表から剥離して
いた。
「邪魔なのよ・・・・その首切り落として、囀ることさえできなくしてあげる!」
現は右手の弦を伸ばす。化け物は比較的近距離にいる。六百六十六呎や三百三十
呎ほど大きくなくてもいい。
生み出されたバベルの目測は二百二十呎。メートル換算で六十六m。
十分に届く。
バベルは形成された。後は掻き鳴らすだけだ。
現の左手が右手の甲に添えられる。スピーカーとなったバベルに電源を繋ぐ
ように、掻き鳴らす――――。
音がバベルから滲み出た瞬間、まるでそのときを待っていたかのようにして
風が破裂した。
「きゃあぁぁあああッ!」
風に混入した『黒い何か』が爆裂する。音に反応して、震えた空気に反応し
て、小柄なバベル建設者を吹き飛ばす。
いきなりのことで受身も取れず無様に地面を転がる。だが、彼女の頭の中に
は爆発の衝撃よりも転がる痛みよりも、もっと大事なことで埋め尽くされてい
た。
何故、爆発した?
その疑問が浮かんだきり、痛みさえも無視して思考を働かせる。この疑問が
解消されなければ、勝ち目はない。
(勝手に爆発はしなかった・・・・奴の意思で起爆できるなら時間なんて置か
ず問答無用に起爆したに違いない。だとすれば・・・・)
何かギミックがあるとすれば――――あの『黒い何か』。
風に混入していた化け物の体表。あれこそが爆発の仕組みに違いない。
「起爆の条件は何・・・?」
それが不明なら、迂闊に攻撃はできない。もし音に反応して起爆する何かな
ら現に打つ手は無くなる。
再び風に巻かれてしまう。『黒い何か』も現を囲み、エクスクレセンスがつい
に動いた。
四十mほどもあろうかというほどの長い尻尾。その先端には鈍器のような突
起物が付属している。その尻尾を―――現目掛けて叩きつける。
(あんなのに潰されたら・・・・っ)
小柄な彼女など――――いや、大柄なマッチョだって一撃で挽肉だ。
後ろへ後方宙返りのように跳ぶ。尻尾の範囲からは逃れられても、『黒い何か』
から逃れることはできなかった。
今、現のいる場所は『黒い何か』の只中だ。
「逃げ・・・・っ」
もう一度後方宙返りを決める。現が宙へと躍り出た瞬間、鈍器のような尻尾
がアスファルトの道路を砕きながら地面へと叩きつけられた。
地面が震え、同時に『黒い何か』が起爆する。
「くあぁあっ!」
空中にいたために爆風の直撃を受ける。爆発によるダメージこそ無いものの、
さっきとは比べ物にならないほどの衝撃が身体を襲う。受身は取れたがさっき
受身を取れなかった時のダメージのほうがまだ少ないと思う。
「これで・・・・音のみに反応するわけじゃないことはわかったわ」
もし音のみに反応するなら尻尾が地面を砕く前に爆破しているはずである。
尻尾が空気抵抗を無視して振り下ろされる中、空気を切る音がしないはずがな
いからである。
現の舌斬雀の音には程遠くても、間近で聞けばそれなりの音量にはなる。
だから今の爆発の原因は地面に叩きつけられた『衝撃』ではないか。
いくつもできてしまった擦り傷から血が流れる。それを無視して現は動く。
『黒い何か』に囲まれないようにしながら周囲に落ちていた石を拾う。拳程
もない大きさの石を化け物に向かって投げつけた。
「私の読みが正しいなら・・・・っ」
その石は狙い通り、エクスクレセンスの身体へ直撃コースを辿り―――。
回避された。
(避けた・・・・? あんな攻撃、ダメージにもならないはずなのに)
その隙に宙に漂う『黒い何か』を掴み取る。衝撃を与えすぎないように
柔らかく、優しく手中に収める。
そしてその形状、匂いを確かめる。そしてさっきの爆発から周囲にある
匂いを感じ取り、それがとある匂いに似ていることに気付く。
「硝煙の臭い・・・・」
再び『黒い何か』に取り囲まれそうになる。もうこの『黒い何か』の正体
を知っている現は必死に包囲から逃れる。
「黒色火薬・・・・それがあなたの体表の正体ね」
――シィイイイイィイッ!
彼女の言葉を理解したのか、エクスクレセンスが咆える。
奴の真っ黒い体表。剥離し突風に混入していたそれは、最も古い歴史を持
つ火薬・黒色火薬だ。
摩擦、静電気、衝撃に敏感に反応する火薬。さっきの尻尾の一撃は地面さ
えも砕く一撃だった。衝撃に対しても敏感である黒色火薬なら反応して爆発
しても何ら不思議はない。
音だって空気を震わせる振動として感知される。大太鼓を背にした状態で
叩いてもらえばいい。車酔いしたような気持ち悪い感覚になるものだ。
近くで感じれば音だって立派な衝撃だ。しかも現のそれは“大音量”と定
義される枠に入るほど。
宙を舞う黒色火薬が反応し起爆するには十分だろう。
(断弦は・・・・使えない。いや、切鋼糸そのものが使えないっ)
音を出して過剰に空気に振動を与えてしまえば黒色火薬が起爆する。火薬
の舞っていない場所から攻撃すれば爆発に巻き込まれる心配は無くなるのだ
が――――。
現は自分の周りを見回す。三百六十度、上を見ても足元を見ても、どこに
でも『黒い何か』は存在していた。
小奈たちが待機しているはずの施設にまでは影響していなかった。どうや
ら火薬は現の周囲にのみあるようだった。
火薬の動きそのものを操れるということなのだろうか。
「切鋼糸が使えないなら・・・・」
現は左手を伸ばす。そこから伸びる弦は一定距離にいる存在を体内から壊
す破壊の弦。
それは化け物相手でも例外はない。
「破鋼糸」
様々な距離へと弦を伸ばし化け物の逃げ道を塞ぐ。今更逃げようとしても
弦が邪魔する上、それを壊す暇など与えない。
左手の甲に添えられた右手が弦を掻き鳴らす。無音の破壊は化け物の体表
である火薬をすり抜け、その内側に護られている肉体を体内から破壊する。
はずだった。
本来なら血液が大量に噴き出るはずだ。体内から破壊され、一定距離にあ
る火薬も破裂する。奴の死と引き換えに多少の爆発が現を巻き込む。
それだけの被害で終わるはずだったのだ。
だが、巻き起こったのは想像を絶する大爆発。
虚を突かれ現は吹き飛ぶ。さっきから吹き飛んでばかりいるような気がし
てくるのだが、彼女は今そんなことを考えてはいない。
大爆発は地面を抉り、小奈たちが身を潜めている施設を半分近くも崩壊さ
せた。
「な、何で・・・・っ?」
現は何がどうして爆発を起こしたのか、その原因を理解できていない。爆
発した化け物の身体は跡形も無く吹き飛んでしまっている。
「これでも一応結果――――」
酷い硝煙の臭いと煙が晴れていく。連鎖爆発しなかった黒色火薬は未だに
漂っていた。
「オーライには・・・・ならなかったようね」
漂っていた火薬が細胞分裂のようにその数を増やしていく。鼠算式に数が
増えた火薬はあっという間に元と同じくらいの数にまで膨れ上がり―――。
――シィイイイッィィイイイッ!
歯の隙間から勢い良く空気を吐き出すような咆哮が響く。今この時になっ
て現は大爆発の意味を知った。
彼女にとっての最大の誤算。それはエクスクレセンスに肉体が無かった事。
全身の体表が黒色火薬だったんじゃない。
全身そのものが黒色火薬で構成されていたことだ。
だから吹き飛んでも再生する。破鋼糸で火薬の内側にある肉体を破壊しよ
うとしても、そこに肉体は無くあるのは火薬のみ。
それ故に内側で破裂した火薬が他の火薬へ連鎖し爆発。あれだけの大きな
爆発生み出したのだ。
「身体が無い・・・・・それじゃ、攻撃が――――」
届かない。
現は死兆星の隊長となってから初めて、エクスクレセンス相手に恐怖を覚
えた。
今までいかなる相手にも一歩も退かなかった。ただ音を掻き鳴らし、腕を
振るえば全てが寸断されていった。
そうであったがために現は隊長となってから敵に恐怖を感じることは無かっ
たのだ。
彼女の力が通じない相手はいなかった。
今目の前にいる相手は――――違う。
切鋼糸で斬ろうとも破鋼糸で壊そうとも、爆発を巻き起こすのみ。全ての
火薬が破裂しきらなければ永遠に復活し続ける。
自らの全てが通用しない相手に、初めて出会う。
初めてであるが故に、現は最初この感情が恐怖だと認識できなかった。
「私が・・・・恐怖してるですって・・・?」
そんなことは無い、と首を振る。今の全てが通用しないなら、通用する何
かを見つけ出せばいい。
彼女には、護らなければならないものがあるのだから。
音無現。たった一人で強大な化け物に対抗するのは何故だろう。
全てが通用しないとわかってなお、一歩も退かないのは何故だろう。
今まで護られてきた人間たちが誰しも共通して感じていたこと。
それは感謝と疑問、そして恐怖。
化け物から護ってくれたことに感謝し、傷つきながら一人で戦う姿に疑問
を抱き、“護るべき対象”を護ることに対する異常なまでの執念に恐怖する。
例え戦闘経験がある人物でも現本人より劣っていれば戦闘に参加すること
を決して許さない。勝てないからと撤退することを認めない。彼女自身も化
け物だというのに、人を護るために化け物と必死になって戦う。
一体何が彼女をそこまで必死にさせるのか。その真実は彼女本人しか知る
ことはない。なぜなら、彼女は誰にもそのことを話したことが無いからだ。
自分よりも力の無い無力な存在を護る。その根源を誰も知らない。
そうであるが故に恐怖するのだ。
今も血を流し疲弊し、いつ尽きるかも分からない命を削って他人を護ろう
と戦っている。通用しない力を振るい、弱い者が逃げられる道を切り開こう
としている。
彼女が戦う理由を知っているのは、彼女のみ。
音無現。彼女は今このときも、戦い、暗い道程に勝機を見出していた。
すぐに書きます。三日後くらい。それくらいの周期で更新してるので。
黒色火薬って衝撃にも反応して爆発するんですって。驚き。
では次回~。