死人の末路
第二章仲間であり、決して味方ではなかった力。
ブルームシードとの戦闘から二日。
まだ疲れの抜けきらぬ俺は非常に遅い速度で学校に向かって歩いていた。
他の二人も同じだ。ただ違いがあるとすれば、俺は左腕を首から吊るして
いて、金は右手を包帯でグルグル巻きにしている。春彦は身体中に絆創膏
を貼り付けている。
華南さんのDU“致死快生”で回復させたのだ。華南さんのDUはどんな傷
でも八割方完治させる。言い換えればどんなに深い傷でも八割は治せるし、
どんなに軽い傷でも完治させることはできない、ということだ。
あの戦闘のせいでこうなった。昨日の学校では同級生に質問攻めに遭うわ
教師からは原因を追及されるわで散々だった。
しかも帰り道にこの前の路地裏で変な男に絡まれるというトラブルも発生
した。ホント、最悪な一日だった。
そして今日。またもやトラブルに巻き込まれているわけだ。
俺は自分の席で本を読んでいる。そして俺の席の前にはクラスメイト
(だったかな?)の前先と野田がいる。
二人は刀で武装していた。このデルタセントラルシティでは死人対策に
ある一定以上の実力を持つ人間が武器を携帯することが許されている。無論、
その武器で犯罪を犯せば一般人よりも数倍重い罪になってしまう。
その武装した二人が俺の席の前で俺を睨んでいる。はて、俺はこいつらに
何かしただろうか。
「おい常光」
野田が威圧的な声で呼ぶ。威圧的というのは一般人にとってであり、俺
にとっては小鳥の囀りに等しいものなのだが。
「なんだ?」
本から顔を上げずに答える。それが気に障ったのか軽い舌打ちの後に
更に苛立ちを孕んだ言葉が投げかけられる。
「お前が昨日、紀伊坂を大怪我させたってのは本当なのかよっ?」
「あぁ?」
ふと記憶を辿る。しかし思い当たることは無い。昨日怪我させたのは
絡んできた男だけだったが―――。
あ~・・・・・・。あの絡んできた男か。
この前エクスクレセンスを討伐した路地裏。そこに佇む男を見つけのだ。
それでまた出たのだろうかと思って声をかけたら意外にもそいつの顔を
知っていた。
その時は名前が思い出せなかった。クラスメイトのことなんて気にして
ないし、そもそも馴れ合うつもりも無い。名前を覚える必要が無かったのだ。
今なら分かる。そいつが紀伊坂とかいう奴だ。確か今日は欠席していた
はずだ。
それもそうだろう。路地で声をかけたあいつは酷く顔色が悪かった。
そして俺を見ていきなり怒鳴ってきたのだ。
『なんで・・・・なんでもっと早く助けてくれなかったんだよ!』
なんでもこの前ここで殺された女性は紀伊坂の恋人だったらしい。発見
した時には既に死んでいたのだからどうしようもないのだが流石に悪いと
思った。恋人を殺される辛さもその後にくる激しい憎しみも俺はよく知って
いる。だから頭を下げて謝ったし何発か殴られてもやった。
それなのにあいつの怒りは収まらなかった。その辺に落ちていた棒を
拾ってきて殴りかかってきたのだ。
それはごめんだと回避して足を引っ掛けた。それがいけなかったのかも
しれない。紀伊坂の怒りは更に膨れ上がって明確な殺意を持って襲い
かかってきたのだ。
攻撃を避けながら紀伊坂を殴って戦意喪失させようとしたのだが一向に
その気配は訪れない。むしろ殺意のボルテージが上がったような気さえした。
このままじゃ死ぬまで攻撃を止めない。そう直感で判断した俺は圧砕重剣
を発動して紀伊坂の両腕を斬り落としたのだ。
叫び声を上げながらのた打ち回る紀伊坂を見ながら個人回線で華南さん
にコールして治療を頼んだ。
それで終わったと思っていた。華南さんは何も言ってこなかったから
てっきり問題無く治療が終了したものだと思っていたのだ。後で聞いて
みよう。
恐らくこのことを言っているのだろう。
「ああ。たぶんそうだな」
「てめぇ・・・っ!なんでそんなこと!」
今の説明を聞いてもらえば少しは分かってもらえるのかもしれない。
だがそんなことは絶対しない。面倒臭いにも程がある。
「で、だからどうした?」
何も感情を示さない口調に怒りが頂点に達したのかもしれない。いきなり
俺の前で抜刀した。
「なんでそんなことしたのかって聞いてんだっ!」
前先が怒鳴る。怒鳴り声に耳を塞ぎながら簡潔に言う。
「あいつが悪いんだ。一方的に絡んでこなきゃ俺だって何もしないさ」
「だからって、両腕斬り落とすことねぇだろッ!」
教室が騒がしくなる。腕を斬り落としたというワードに反応したようだ。
「恨みや妄執ばかりに取り憑かれて自分の非を認めない。責められる他人
がいたなら自分の罪から目を背けるために他人を責め続ける。そんな人間
としての尊厳も何もかも失った奴に情を掛けろって言うのか?」
冷たく言い放つと少しだけ怯んだように下がったがすぐに威圧的な声
を発する。
「人間でもねぇ死人に尊厳だのなんだの言われる筋合いはねぇ!」
人間であることを否定されることには慣れていた。実際、自分でも自分
を人間だなどと思ってはいない。
「やっぱり死人ってのは皆こうなのかねぇ?精神が狂ってやがる」
野田が挑発するように言ってくる。教室内で少しだけ目つきの変わった
者や気配が変わった者がいる。そいつらも死人か。
「特にお前は人外だな。そのツギハギだらけの気色悪い身体みたいに精神
もツギハギかぁ?」
「あぁ?」
さっきよりも低音で反応する。
こいつは言ってはいけないことを言ってしまった。
精神が壊れている。それは別にいい。否定するつもりもない。だがその
後の言葉に問題があった。
ツギハギだらけの気色悪い身体。
それは俺だけでなく桜子、海深、落葉、雪女、影奈を気色悪いと侮辱
して否定しているのと何ら変わりない。
「な、なんだよ?」
今度こそ完璧に恐怖した。顔が引き攣っているし視線が泳いでいる。
「何が気色悪いって?」
「へ・・・?」
「何が気色悪いって言ったかって聞いてんだよッ!」
俺が殺意を散りばめた声で怒鳴る。目の前の二人だけじゃない。教室
の人間全員が俺のことを恐れていた。
「た、たかが身体を侮辱されたくらいで怒る・・・・!やっぱりだ!
お前たちの精神は狂ってる・・・・ッ!」
「だからどうした?」
見下しながら言い放つ。それに耐えながら立ち上がった野田はいい根性
してると思う。そこだけは認めてやってもいい。
「お前たちみたいな奴らはいないほうがいいってことさ!精神が狂ってて身体
も狂ってる化け物はなぁッ!」
「・・・・」
既に抜刀していた野田が刀を振るうよりも、俺が机の横に立てかけていた
木刀を持って圧砕重剣を発動、野田の左腕を斬り落とす方が速い。
かと思われた。
「二人ともそこまでです」
俺と野田との間に入った春彦がいつの間にか螺旋鎖鎌を発動していて、その
鎖で俺の圧砕重剣を何重にも巻いて完全に抑え込んでいた。
一方、野田は何もできずにただ呆然としていただけだった。
圧砕重剣は野田の左脇の下ギリギリで止まっている。刃が制服の生地を斬って
いるほどだ。後少し春彦の鎖が遅いか、鎖の力が弱ければ野田の左腕は斬り落と
されていただろう。
俺の身体を部侮辱したものに対しての攻撃を止められたことに不満を覚えたが
ここは素直に引き下がるとする。
それを確認した春彦が野田と前先に近づいていった。
「あなたたちの仰る通り、僕たち死人は狂っています。だから、真面目に応対
していると今みたいになりますよ?最悪の場合は命を失うかもしれません」
野田と前先は言葉も出ないのか春彦を見上げているだけだった。
「とっとと消えろ。そういうことはしっかりと理由と経緯を確認してからケンカ
を売れ。自分の独断と偏見だけで物事を判断するなカスが。目障りだ。失せろ」
いつもの柔らかい口調とは正反対のキツい口調で睨まれた野田と前先は悲鳴
を上げながら教室から出て行った。
どこに行くのだろうか。もうホームルームが始まってしまうというのに。
こっちを振り向いた春彦はいつものように水色の短い髪の毛を揺らしながら
笑顔を作っていた。
「いやぁ、とんだ災難でしたね。大丈夫ですか、朝月君?」
口調もいつものものに戻っていた。
ちなみに、口調の変わった春彦が怖いと思ったのは、内緒だ。
今朝の騒動以外特に変わったことはなかった。
昼休みに野田を取っ捕まえて色々吐かせたところ、昨日の夕方に人目を避けて
移動する紀伊坂を見たという。両腕は無く、血をダラダラと流しながらブツブツ
と何かを呟いていたらしい。その中に俺の苗字が聞こえたらしいのだ。だから今朝
みたいな行動に出たのだろう。紀伊坂はそのままどこかに行ってしまったらしい。
流石に追いかける気にはならなかったようだ。
家とは反対方向に進む。この前から東セントラルには運が無い。だから敢えて
西セントラル方面に来たのだ。
西セントラル駅で降りて少し歩く。その先の看板を見てその中に入る。
デルタセントラル西駅前公園。
意外にもこのデルタセントラルシティには公園が多数存在する。理由は知らない。
公園の中の奥のほうまで行って木陰に座る。今日は五月なのに日差しが強い。
日向に居続けるのは辛い。
鞄からフェイスバイザーを取り出して装着する。イヤホンのように耳
に引っ掛け、ブリッジが後頭部を挟んで落ちないのを確認した。
そのまま中空に手を伸ばして画面を弄る。
このフェイスバイザーはデルタセントラルシティの最先端技術で作られて
いる。目の前にあるディスプレイは他人から見ると目から近すぎて見づらい
ように思われがちだが実際は違う。これを付けると目から離れた位置、ちょうど
目から前方三十㎝くらいの位置にディスプレイが見える。そのディスプレイ上
に指を当てて動かすことで画面操作ができるのだ。端から見れば空中に指を
動かしている変な人にしか見えない。
フレンドリストを開いて“結城華南”の名前を選択してコールボタンを押した。
数回のコールの後、華南さんが出る。
『朝月君どうしたの?こんな時間に』
華南さんの声が聞こえた。やはり前よりもずっと言葉遣いが柔らかくなってる。
「あの、昨日の件なんですけど・・・どうなりました?」
『ああ、あの治療してくれとかいうやつ?それがね、変なの』
「変・・・?」
『そう。言われた場所に行ったんだけどね、何もなかったし誰もいなかったのよ』
確かにそれは変だ。あの時の紀伊坂にはすぐに動ける体力など残っていなかった
はずだ。
『血の後はあるんだけど誰もいないわ朝月君もいないわで。すぐ引き上げちゃった』
そのことを責めることはできない。呼ばれてきたのに何もなければ俺だって
すぐに引き上げる。
『そのことがどうかしたの?』
俺を責めない華南さんが凄いと思った。
「それがですね・・・・」
俺は今日あったことを手短に話した。
それを聞いた華南さんは少しの間唸っていたが、
『それはまずいかも』
そう言った。
『下手したらDU入手しちゃってるかも。何かそんな気がする。まぁそれで
犯罪すればこっちに報告がくるはずだし、現ちゃんに少し頼んでみるよ』
「はい。お願いします」
通信を切る。まだ左腕が痛い。とっとと帰って寝たい。
でも、少しならこの心地良い木陰で休んでいてもいいかなと思った。
俺の意識は自然と闇に沈んでいった。
ピロンピロンピロンッ!
「ぅおわッ!?」
突然の特徴的な音に驚いて目を覚ます。
気が付いたら辺りは真っ暗。俺は自分の携帯端末の着信音で目をさました
らしい。
画面には“金”の文字。とりあえず出ることにした。
「もしもし?金、どうし―――」
『今どこほっつき歩いてんだこらぁっ!』
咄嗟に耳から端末を離す。よかった。後少し遅れていたら手遅れだった
かもしれない。
『今何時だと思ってんの!?』
「さ、さぁ?」
『九時だよ九時!午後二十一時!』
「あ~・・・・そっか」
『で、今どこにいるの?』
少し声のトーンを下げて金が聞いてくる。
「いや、それがね―――」
『はぁ?デルタセントラル西駅前公園?』
「そう。華南さんと連絡が取りたくてね。でも東には最近運がないからこっち
に来たんだが・・・・」
『で、木陰で休んでたらいつの間にか寝てて気付いたらこんな時間だったと』
「その通り」
端末の向こうから溜息が聞こえてくる。そんなに悪いことしたか俺?
『まぁいいや。すぐに帰ってきて。ご飯冷めちゃってるからさ』
「分かった。できるだけ急ぐよ」
通話を切って公園から出る。
駅は目の前だ。
このまま電車に乗ってしまえば東駅まで二十分ちょっと。家までの徒歩
を考えても四十分もあれば着くだろう。
そして駅構内に入ろうとした時、視界の端に何かが映った。
しかしそっちを見ても何もいない。一瞬だが映ったそれは両手が蛇の
ようになっていたように見えた。
当然、そんなものがうろついていれば警察辺りに通報がいくだろう。
それがDU絡みなら死兆星に連絡がいくはずだ。
気にすることはない、そう結論付けて俺は駅に入っていった。
その判断が間違っていたと気付くのは数日後のことだ。