波状の操弦
ここは現さんの戦闘シーンです
第十六章 波状の操弦
“彼女”が飛び立ってからそんなに時間は経っていない。さっきの通
信で朝月の生存は確認したから、“彼女”もそっちに向かったはずだ。
現はそんな中、自らが自らに課した使命を果たすために東奔西走して
いた。
彼女が自分に課した使命はとても重く、今のシティではどれほど完遂
できるのかもわからないようなもの。
少人数でも、一人だとしても、力無き人々を助ける。
それが今、彼女が為すべきこと。仲間を助けることでもなく、エクス
クレセンスを倒すことでもない。
目の前の現実に怯え、死ぬことしかできない無力な一般人たちに「逃
げる」という第三選択肢を与えてやることだ。
「とは言うものの・・・・」
両手から伸ばした探知用の弦を見、何の反応も無いことに顔をしかめ
る。反応自体は無数にあるのだが、それは現が望んでいるものとはほど
遠いものだ。
「エクスクレセンス(バカども)の反応ばかり・・・・生存者の反応が無いわね」
方々へ伸ばした弦から伝わってくるのは異形の生物がいるという情報
のみ。直接触れるか付近を通った際の風圧等で感知しているのだが、ど
う考えても人間のものではない。
まだシティ全域を探し終わったわけではないが、この状況だ。生存者
がいる可能性は限りなく低い。
しかし、
「見つからなくてもいる可能性はある―――だったら、こいつらは殲滅
しておくべきかしら」
現の周りには化け物が。その化け物の周りにはまた化け物が。
輪を作るように並んでいる。
強くは無い。第一段階が殆ど、いても第二段階だろう。本当に強いと
されるのは第三段階からだと現は思っている。
無造作に右手を薙ぐ。大音量で弦を震わせ、振動が伝わった弦は即席
のヴァイブレーションカッターとなる。
しかし、数が多い。
このデルタセントラルシティは死人の巣窟だ。住人の半分近くは死人
なのではないかとさえ噂されたこともあるほど。
当然、目の前に広がるエクスクレセンスたちの輪はそうそう簡単に崩
せる規模のものではない。
化け物で織り成される壁はあまりにも厚かった。
「・・・キリが無いわ」
何度右手を振るおうと数は減らない。四方八方十六方、あらゆる場所
から化け物は顔を出す。本気で数を削ろうとしたら全方位攻撃を繰り出
す必要があるだろう。
道端の建物の上からも中からも。どこからでも湧いてくる。
現はため息を吐いて、
「こんな問題外な場所で時間を浪費するわけにはいかないわ・・・・・
悪いけど、消えて頂戴」
化け物の洪水のような状況を見て、そんな一言を呟く。
右手を天へ掲げる。そこからは「断弦」と呼ばれた、弦で形作られた
剣が姿を見せている。
何本もの極細の弦が目に見えない程度の隙間を開けて並んでいる。十
分の一ミリにも満たない弦たちは長く、長く伸びていく。
天を貫くように長大に伸びた弦は一定の間隔を保ち、近くで見ても判
別できないほどの隙間。少し離れた場所から見たら一本の長大な黒い剣
に見えるだろう。
その長さ―――目測・二百m。
目に見える範囲内で、化け物共を一掃するには十分な長さだった。
「六百六十六呎・弦」
六百六十六呎に及ぶ巨大な断弦。単純計算なら二百mを超える。
見るものを圧倒し、バベルの塔を思い起こさせる黒い尖塔は天を突く。
そしてそれは、自我を持たない化け物にさえ恐怖を与えながら振りぬかれた。
「はぁぁああぁあああッ!」
バベルは振り下ろされ、地面に触れるその直前、横方向へ軌道を変更する。
現を中心にして円を描くように回転するバベルは半径二百三十m圏内に存在す
るあらゆる物体を切断し、圏内にいるものは大音量の餌食となり身動きできず。
ただ、自分を切断する大音量ヴァイブレーションバベルが迫るのを待つのみ。
たった一振り。
それだけで大量に存在していた化け物の数は火を見るよりも明らかに減少し
ていた。
「あらかた片付いたかしら・・・・」
建物も化け物も区別なく薙ぎ倒したためかなり見通しがよくなった。まとも
な建物など残っておらず、バベルが届いた範囲は瓦礫の山と化していた。
「六百六十六呎は疲れる・・・・とりあえず、移動しましょうか」
ここに突っ立っていても何も変わらない。生存者を発見することもできない
だろうし、第一この瓦礫の山の中で生きている人がいたらお目にかかりたい。
瓦礫の上を軽々しく小刻みに移動していく。忘れているかもしれないが、現
も一つの部隊の隊長なのだ。
それ故の戦闘能力。それ故の身体能力。こんな悪い足場もものともしない足
取りはおそらく、一般の隊員や身体能力の高い人程度では為し得ない領域だ。
ちらりとブリッツタワー・セントラルへ視線を向ける。地上三十階から二つ
の尖塔に別れているデルタセントラルシティの象徴。ワーカータワーとディレ
クトタワーの間に輝く“未知の欠片”。本来、今の時間は夜だ。まだ夜になりた
てで夜明けなどほど遠く、遠方まで見渡せることはないはずだった。
だが、先ほどから“未知の欠片”は謎の発光現象を継続している。その光の
せいで周囲は昼間のように明るく遠方まで見えるのだ。
「ま、人探しにはむしろ有り難いのだけれど」
どうしてこんな現象が起こっているのか、現は知らない。
そもそもアレが何で、どういう存在なのか、何よって構成され、何者の手によ
って作られたのか。それらが何も判明していないから“未知の欠片”と呼ばれて
いるのだ。そんな人類の理解の範疇を超えた存在が発光したから何だというのだ。
それが例えどんなに重要な意味を擁していようとも、それを人類が知ることは
できない。
またエクスクレセンスたちが姿を現す。無視しようとも思ったが邪魔なので
右手を振るい、軽く一掃する。
死兆星も現も暁の真の力を知らない。彼がダイヤモンドダストという最高の
攻撃手段を持っていることを知らないのだ。
故に音無現は死兆星内部で最高の範囲攻撃性を持つ。
彼女にとって、有象無象を蹴散らすなど造作もないのだ。
「・・・・ん?」
瓦礫の上を飛び移っていく現の横、少し離れた場所から音が聞こえてくる。
何かを壊すようで、殴るような音まで。
「一体なにが・・・?」
不思議に思い弦をその場所へ伸ばしていく。そこに何かがあれば反応が返っ
てくるはずだ。
「これは・・・・」
そこにあった反応は明らかに人間のものだった。だが同時に化け物の反応
もある。
戦闘中だ。
「待ってなさい・・・!」
方向転換して戦場へ向かう。エクスクレセンスと戦闘していて生き残って
いるのだから彼らもまた死人なのだろう。敵影はざっと十程度。異形なもの
もいないので第一段階のみと推測できる。それに苦戦しているのだから一般
隊員か戦闘が不向きな死人なのだろう。
たかだか風圧程度でどうしてそこまで詳しく把握できるのか、その実態を
現本人でさえ知らない。常識の一切通用しないDUに人間の理論を当て嵌め
るが間違っているのだと勝手に納得しているのだ。
「あなたは・・・・」
戦場に降り立つ。五人あまりの人間が戦っていた。その中には顔見知りが
いたのだ。
「音無隊長・・・・?」
「あなたは確か、朝月の所の副隊長ね?」
飛塚小奈。常光朝月が隊長を務める第三部隊の副隊長だ。戦闘に不向きな
死人だったために討伐任務等は朝月に任せ、逆に事務系の仕事が不得意だっ
た朝月の代わりに書類仕事などを引き受けていたはずだ。
「退いていなさい・・・・戦場はあなたの舞台じゃないわ!」
飛塚小奈は戦闘者の器ではない。周りにいる四人そこそこの一般隊員では
戦闘にすらならない。隊長格ばかりが戦っているので弱く見られがちだが、
エクスクレセンスは第一段階でも十分に強い。最低でも副隊長クラスの戦闘
能力が無ければ太刀打ちできない。
だが隊長格は別物だ。彼らは化け物と言われても気に留めず、むしろそれ
を肯定している。自分が化け物と同等の存在だと自覚している。
故にその技術は洗練され何者も太刀打ちできない。
こういう血を垂れ流す戦場こそ、彼女の舞台だ。
「三百三十呎・弦ッ!」
先ほど大量の化け物を屠った六百六十六呎よりも半分近くも短い弦の剣。だ
がそれはやはりバベルと呼ぶに相応しい威厳を持ち、その姿を天へ掲げる。
「耳を塞ぎなさいッ!」
言うが早いが右手の甲にある弦を掻き鳴らす。伸びた弦を音叉として周囲
を揺るがすほどの大音量を放つ。
「うぅ・・・っ!?」
小奈が耳を塞いで座り込んでしまう。戦闘経験の少ない兵士が戦場で怯え
てしまうように、現との共闘経験の少ない者はこの大音量に耐えられない。
単純計算で九十九m。しかしそれを六百六十六呎のように振るいはしない。
敵は正面にしか居ないのだから、ただ、天に掲げたそれを振り下ろせばい
い。
「はぁあッ!」
アスファルトの道路を割るほどの剣がエクスクレセンスを断つ。第一段階
程度の化け物では、それを圧倒的に凌駕する現には手も足も出なかった。
九十九mほども伸びた弦が現の手に戻っていく。あれだけの威力を持つも
のがすんなりと消えていく様は異様とさえ言える。
それだけの力を、目の前の(見た目)少女は内包しているのだから。
「あなたたち、どうしてこんな場所で戦っていたの?」
敵を殲滅した現はDUを解かずそのまま小奈たちの方を向く。気を抜いては
いけない戦場だ。自分の力を解くなどもってのほかだ。
「隊長が向こうへ行ったので、敵の足止めを」
小奈がブリッツタワー・セントラルを指差す。その背中はもう見えなかった
が小奈たちの後ろにいたであろうエクスクレセンスたちの成れの果てが見えた。
「そう・・・・なら、逃げるわよ」
「え?」
「朝月たちが“未知の欠片”へ向かったのなら何が起こるかわからないわ。そ
れに何か考えを持っているでしょうから、巻き込まれないように離れたほうが
いいわ」
「そういえば、隊長もさっさと逃げろって言っていた気がします」
現は弦を伸ばして周囲を確認する。敵影は無し。しかしここはデルタセント
ラルシティの中心に近い場所。ここからシティ脱出を図るのはかなり苦しい。
それでも現は決断した。
「脱出しましょう。ここからだと少し遠いけれど、シティから出るわよ」
「シティから出るって――――」
「ここはもうあなたたちの踊れる舞台じゃないわ。さっきの戦闘で理解できた
でしょう?」
「・・・・」
それは戦っていた小奈たち本人が一番理解できていた。ここは自分たちが立
っていい舞台じゃない。それこそ朝月や現のような“化け物”が立ち、舞うこ
とのできる壇上なのだと。
「キツイことを言うようだけれど、あなたたちのような戦力外が戦場に居ても
私たちの邪魔になるだけよ。“化け物”と戦うなら、同じ“化け物”でないと」
「・・・・はい」
キツイ物言いだけれど、それが事実なのだ。現にとって小奈たちは取るに足
らない戦力。逆にいては本気で戦えない。もちろん、小奈は強い。だが、本人
そのものが戦闘向きではないのだ。
だったら、出来る限り安全な場所まで逃がしたほうが心置きなく戦えるとい
うものだ。
「だから逃げるわよ。少し――――いえ、かなりの距離を走ることになるわ。
体力は大丈夫?」
「はい。行けます」
「あなたたちも?」
小奈の後ろにいた四人ほどの一般隊員たちも頷く。とても長距離走るだけの
体力が残っているとは思い難い。さっきの戦いで疲弊しきっているのは目に見
えている。
「なら、行くわよ。ルートは確定したわ」
現が先頭に立ち移動を開始する。一番近い跳ね橋まで相当の距離がある。し
かし途中で休憩する暇も場所も無いので、疲れ切っても走ってもらうしかない。
「戦いには参加しなくてもいいわ。代わりに邪魔にならないでね」
なるべく敵のいない道を行く。しかしここはデルタセントラルシティ。死人
の巣窟だ。殆どの死人が暴走しているであろう今の状況で、敵が居ない場所な
ど特別天然記念物並みに希少だろう。
すなわち、どの道を通って行こうとも、必ず敵に遭遇してしまう。
まだ動き始めで敵とは遭遇してないが、このまま移動を続ければ必ず出くわ
すだろう。
現はさっき、七人あまりの一般人男女を逃がしてきた。それに比べれば、小
奈たちは少し戦える分楽と言えるかもしれない。
ここから跳ね橋まで約十㎞。
敵と戦いながら、疲弊した者を護りながら走るには、果てしない距離だった。
ひと段落つくまで投稿します。まだ書ききっていなかったり、誤字脱字チェックをしていないので少し間が空くかもしれませんが、すみません。
では次へ。