一番の相棒(5)
朝月は春彦を振り返る。立ち止まろうともしたが御堂に引っ張られ進むこと
を余儀なくされる。
「な、何するんで――――――」
「立ち止まっている暇はないぞっ! 春彦が怪我をしたってことは俺たちもそ
うなる可能性があるってことだ。なるべく早く、陣形が崩れきってしまう前に
ケリを着けるッ!」
「は、はいっ!」
春彦が心配だからと立ち止まれば立ち往生することは必死。時間をかけられ
て嬲られていくのがオチだろう。そのことを、御堂に叱咤されてから再確認す
る。
もうプレッシャーは四つの眼で御堂と朝月を捉えていた。四人で分割して受
けていた攻撃は、これから朝月と御堂の二人に集束される。
「間に合わねぇか・・・・ッ!」
御堂は横へ大きく跳び、朝月もそれに倣ってジャンプする。彼らがいた場所
を正確に“万物の圧縮”が抉りとっていく。
移動する足を止めることは許されない。止める時があるとすれば、それは体
力の限界や足の限界などではなく、自らが生を諦めた時だ。
何か打開策が見つかるまで―――失った勝機を再び見出せるまで。
一切の傷を負わず、一撃の余地さえない、この場所で戦い続ける。
『二人とも、気をつけろ!』
周囲に漂っていた砂は殆どが無くなっていた。プレッシャーの眼から砂嵐で
姿を隠す役割を果たしていただけに、無くなるのは結構痛い。
それも仕方の無いことではある。いま、その砂たちは動けなくなった春彦を
囲い砂の壁を形成してプレッシャーの攻撃が及ぶ危険から護っているのだから。
その壁から抜け出てきた砂の一部が朝月と御堂に語りかけているのだ。
『あいつの攻撃は球形限定じゃないっ! 倍以上の範囲があると思って余裕を
持って回避しろっ!』
「んな――――っ!」
倍以上。
直径四mの球形と仮定されていた“万物の圧縮”。しかし、球形ではないと
いう。余裕を持って回避しないと春彦の二の舞になるぞという意味なのだろう
けれど、倍以上は冗談が過ぎる。
しかし、冗談として片付けられないということを朝月はその身をもって知る。
「くっ・・・・・そッ!」
立て続けの回避行動のせいで崩しかけたバランスの中、無理矢理に重力を制
御して動く。そうして動いた直後、今まで朝月がいた場所を巻き込んで地面が
抉り取られていく。アスファルトやその他を押し潰した小さな集合体がコンっ
と落ちた。
もしバランスを崩したままだったなら間違いなく巻き込まれ、右半身を持っ
ていかれていた。
「――――って、え?」
重力で制御し、辛うじて保っていたバランスが崩れた。
それはまるで重力制御の恩恵を失ったようで、実際、そうだった。
ついさっき圧縮攻撃が行われた方向―――右側に視線を移す。
そこには刀身がごっそりと失われた圧砕重剣が存在した。半分も残っていない
刀身で、重力など制御できようはずもない。
無理な回避行動で崩しかけていたバランスを重力制御することで姿勢を保って
いた。それが失われた今、バランスを崩す。
「うわっ・・・・」
つまずいた風に無様に地面に転がる。その朝月を、プレッシャーの眼が捉えよ
うとしていた。
「朝月ッ!」
御堂の叫ぶ声も朝月には届いていない。今、朝月は自分が生き残るために何を
すればいいのかを模索している。
そして結果が出た。
[Scale]
自分の前方、六m以上の場所に護鱗を幾つも配置する。隙間が無いように綺麗
に並べ、朝月自身とプレッシャーとの間にかませる壁とする。たった一撃で砕か
れてしまうような壁でも、体勢も立て直せていない今では何よりも頼れる存在に
なり得る。
――ガアアァァアァアアッ!
朝月を護る盾となっていた護鱗が一瞬で崩壊する。圧縮されて大きな穴がぽっ
かりと開き、朝月が視界に晒される。
[Cataclasis]
すでに朝月の右手には新たに召喚された圧砕重剣がその身を晒している。何の
言葉も無く開いた地獄は、朝月を死の視界から脱出させるための足としての働き
をする。朝月は地獄へ身を任せ、さっきのように武器が破壊されてしまうことの
ないように余計以上に回避に念頭をおく。
「攻撃できねぇ・・・・ッ!」
攻撃に移れるだけの余裕が無い。プレッシャーからの攻撃を避けるのに手一杯。
とてもじゃないが攻勢に出て、仕留められるとは思えない。
春彦と暁が戦いに復帰してくれるまで待つしかないか・・・・・。
「朝月」
御堂の声が聞こえ、その方向へ顔を向ける。途端に圧縮攻撃が朝月のいる場所
を襲い、ギリギリで回避する。
「俺が隙を作る。そのために上まで炎かなんかで壁を作ってくれないか?」
御堂は人差し指を立てて上―――空を指す。空へ跳び上がるつもりなのか?
「・・・・分かりました」
[Scale]
右腕に電子的な文字が浮かび上がり、それが意味するのは“鱗”。銀色の尖った
鱗が何枚も何枚も剥離していき、御堂の眼前に高く聳える銀色の壁を構築した。
そのことにプレッシャーが気付き、視線を向けた。
「ありがとな朝月。・・・・これから隙を作ってやるから、しっかり決めてくれ」
そう言って、大空へ向けて聳える白銀の道を垂直跳躍でなぞるように跳び上が
っていく。
御堂が通った道を下からなぞるように圧縮攻撃が追従していく。お陰で朝月を
攻撃する眼は一個のみとなり、とりわけスムーズに移動ができた。
御堂の上昇が停止する。それはちょうど白銀の壁が途切れるところで、御堂は
身体が完全に露出する高さまで上がっていた。
その手には、針天牙槍が握られている。
「隙作るためのとはいえ、あんな攻撃手段持つ相手に空中戦とは・・・・・。俺
もバカだな」
足元に白銀の壁は無い。もう圧縮されつくした後だ。次は、御堂の番。
御堂の周囲にはもう、圧縮攻撃の兆候がある。朝月も攻撃していたせいか少し
遅れた発動だったが、空中で足場も無い御堂になす術は無く、間もなく必殺の一
撃が発動し御堂を小さく畳んでしまう。
「命懸けてでも、この隙、完璧なものにしてみせるぜ―――――――」
大きく振りかぶって、右手に持った槍を投げ―――――。
「―――なんて、言わねぇよバーカ」
―――ずに地面に向かって突き刺した。
長く伸びた槍の穂先は地面に突き刺さり簡易的な足場となる。それを踏み台に
して御堂は後方宙返りを華麗に決める。空中にいた御堂を狙っていた“万物の圧
縮”は見事に狙いを外し、何も無い場所を無意味に潰した。
「まぁ、見事な隙になったな。足元、見てみな」
地面へと落下しながら御堂が諭す。そこには、懐へと潜り込んだ朝月がいた。
その手に地獄が開いた剣を持ち、その左右に割れた切っ先には蒼く縁取られた
黒い光が収束している。
それが遠距離攻撃のバースト・カラットとは全く異なる性質を持っていること
は一目瞭然のことだった。
[Blaster]
朝月は右足に“爆心地”を宿らせ跳び上がる。彼の足の下には割れたアスファ
ルトの破片など小さなものは無数にある。それらを個別に爆破し舞い上がる。
その高さはプレッシャーの顔の位置する。×印になっている顔のちょうど交点。
以前、軌条の顔があった場所に朝月は辿り着く。
そのとき、プレッシャーの四つの眼が中心に寄った。
「・・・・!」
一般的に言う“寄り目”というやつだ。人間に例えるなら二つある眼球を眉間
に寄せること。それをプレッシャーは四つの眼で、彼(?)に置き換えて眉間で
あろう交点に寄せる。
朝月は――――視界に入った。
(まずい・・・・・っ)
今朝月は完全に無防備だ。千載一遇のチャンスに必殺の攻撃を確実に当てるた
めに突撃している。防御に気を遣っている余裕などないし、そんなことをすれば
このタイミングさえも逃し御堂の献身を無に帰したことだろう。
だが、このタイミングも悪すぎた。
逸らしたはずの気はすでに朝月に戻っている。着地に成功したばかりの御堂の
攻撃は間に合わない。回避行動の取れない朝月は逃げられない。
寄せられた眼はそれぞれが朝月を視界に捉え、押し潰す。
その直前、眼を目潰しのように鎖が突いた。
――ガガッアアアァァアアアアアァアアッァアッ!
眼球を直接攻撃される苦痛に悶え、攻撃はされることなく朝月が潰されるこ
ともなかった。
「朝月君、早く攻撃をッ!」
『もうこれが最後だっ!』
「逃すなよ、決めろッ!」
背後から届く声援を背に受けて朝月は右手を前に突き出し、叫ぶ。
「ゼロレンジ・グラビティスッ!」
切っ先が肉に沈む。そこを基点として蒼く暗い光が膨張していく。さしたる
大きさでもないこの小さなブラックホールは、その超絶たる引力を以ってプレ
ッシャーを引き込んでいく。
骨を砕き肉を千切り、圧倒的な重力で押し潰していく。
膨張は止まり、黒穴の死刑は幕を閉じる。吹き荒れていた風が止み、その場
には頭部の半分以上を吸い込まれ失った第三段階プレッシャーが残された。地
響きを立てながら倒れる様を見、朝月はようやく勝利を掴んだのだと実感した。
眼は残っている。だが、上の二つの眼は完全に形を失い、下の眼も閉じられ
ていた。
「・・・・、はぁ」
朝月は息を思い切り吐く。圧砕重剣が地面に突き刺さり、その姿を虚空へ消
した。脅威となっていた怪物は息絶え、倒れた際に散らばったプレッシャーの
肉片が風化していくようにして風に乗り消えていく。
「朝月ッ!」
御堂の手が朝月の背を思い切り叩く。服の上からでも手形が残りそうなほど
の痛みに思わずアスファルトへ倒れこんでしまう。
「痛い・・・・です」
「あ、ああすまん・・・」
立ち上がる朝月の元へDUを解除した暁と腕を鎖で縛って止血した春彦が駆
け寄ってくる。
春彦の傷が痛々しい。
「やりましたね!」
「ようやく倒せたな・・・・氷魚もこれで――――」
その先を言おうとしていた暁の言葉が止まる。朝月と御堂の後ろに何かを見
たようで、春彦も同じく、朝月へ向かって右腕を伸ばしていた。
朝月も御堂も、何だろう、と首を傾げる。そしてついに、その意味を知る。
ぞくり、と背筋を悪寒が走り抜ける。銃口を突きつけられたような緊張感が
朝月と御堂が振り返る動作を阻害し、振り向くことも、そこから逃げ出すこと
さえもできずに、ただ理解した。
この悪寒。この寒気。銃口を突きつけられた緊張感も、動きを阻害するよう
な感覚も、全てに覚えがある。
それは今さっき命を絶ったものから発せられていたもので、もうこの世にあ
るはずのないもので。
無理矢理に、振り向く。そこには何も無いと、ただの勘違い、気のせいだと
いうことを証明したくて自分の後ろへと視線を向ける。
そこには――――眼があった。
閉じられていたはずの眼。形を失った上二つの眼は開きようがないが、閉じ
られていた下二つの眼は今、しっかりと見開かれている。
傷口から、開いた眼から血液を濁流のように垂れ流し、それでもプレッシャ
ーの眼は朝月と御堂を、暁と春彦を捉えていた。
「・・・・・ッ!」
[Scale]
自分から四m以上離れた場所に白銀の壁が構築される。プレッシャーはダメ
ージが大きく攻撃が遅れたのか壁ができてから位置指定をしたらしい。おかげ
で朝月も攻撃を受ける前に壁を作り出すことができた。
壁の大きさは朝月も御堂も隠れるほど。二人より後ろにいる暁と春彦も当然
隠れる。だが、些か急な出来事だった。
――ガッアァ!
“万物の圧縮”が発動する。
朝月の生み出した白銀の壁をいとも容易く押し潰し、だが、攻撃は届かない。
普通なら。
一番最初の、直径四mの球形限定という定義なら。
だが、それがもう当て嵌まらないことはこの場の誰もが知っていて。
それ故に、生き延びることができた。
「く・・・・っ!」
「っそぉ・・・・・ッ!」
朝月は顔を傾け、御堂は身体を捻る。法則を遵守し、朝月たちを貫くように
正面へ伸びた圧縮攻撃はまるでトゲのよう。四mの直径を持つ球体から射抜く
ような突起物が正面へ伸びている。
朝月の顔のすぐ横を、御堂の腹部のすぐ横を、一撃必殺の圧縮攻撃が通過し
ていく。気付くのが遅れていれば、振り向くことができずにいれば、回避は不
可能だった一撃。
幸いなのは、眼が二つしか残っていなかったことか。
針天牙槍が二本、顕現する。一本は御堂のもの。もう一本は朝月のもの。
同時に二発撃ったプレッシャーはもう、四秒経つまで何もできない。
攻撃するなら、今。
『逃げろ、御堂っ!』
「ごめんなさい、朝月君っ!」
二人がかりで攻撃し一気に決着を付けてしまおうとしていた二人を暁と春彦
が止める。
御堂は固形化した砂の波に押し流され、朝月は鎖によって殴られた。
そのせいで攻撃の機を逃し、四人は道路脇の道に倒れこむようにして入り込
む。
「お、おい暁っ! 何してんだよ!」
「春彦もだっ! せっかくのチャンスを―――――」
その抗議を聞いた二人は揃ってプレッシャーを指差す。
そこには崩れ落ちた身体を起き上がらせ、朝月が作った大きな傷痕から血を
流し、新たなる目を生み出している異形すぎる化け物がいた。
「もしあのまま攻撃していたら、死んでいるぞお前たち」
「・・・・・、」
呆気に取られて声も出ない。なにしろ、新たに生み出された眼は今までのも
のとは規格が違う。
残った眼である下二つの眼。それを巻き込んで傷口から新たな眼が誕生する。
まるで芋虫のような蛇腹の首。その先端にある、丸い眼。
背中にも届きそうな傷口の中から蛆虫のようにグネグネと身体を揺すりなが
ら這い出てくる眼を見て、朝月は吐きそうになってしまった。
「なん・・・・なんだよ・・・こいつはっ!」
「これがDEATH UNITということなんだろう・・・・ただの人間だった者さ
えも、こんな異形の化け物に変貌させてしまう・・・・」
アスファルトだった道路はもう何が落ちているのか分からないほど混沌とし
ていた。さっき散乱した異形の肉片。先ほどから濁流のように流れ続けている
異形の血液。この道路一帯を血の運河にでもしようというほどの量だ。
「まさにDEATH UNITってところだな」
その名前を、今この場で使うことには何か意味がある気がする。
――ギィアァァァァアァァアアアアッ!
プレッシャーは咆哮を上げ、所構わず“万物の圧縮”を放っていく。巻き込
まれた建造物、浮遊物、地面等は全て圧縮され、小さな集合体となってその場
に落下する。
朝月たちは一目散に逃げ出した。この状況で、勝てる見込みなんて一切ない。
たった一度だけの、弱点を狙った総攻撃。
その結果は失敗。第三段階プレッシャーを倒す手段は失われ、逃亡せざるを
得ない状況になってしまった。