表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/91

一番の相棒(4)

前回の続きからです。

 プレッシャーの進む先である道の建物の影に四人は隠れている。金は少

し離れた場所まで移動してもらった。

 ここから一気に飛び出し、四人で攻撃を避けながら一撃で決めなければ

いけない。

 たった一度しかないであろうこのチャンスに。

「いいか、たった一度しか攻撃はできないからな。これが失敗すればあい

つは弱点をカバーしようとして自分にとって有利なフィールドを作るはず

だ。そのときに身を潜められるものなど存在しないと思っていい。長距離

移動してから攻撃に出なければいけない状況になったら、攻撃全てを回避

して攻撃なんてできないと思え」

 この場にいるのは人間だ。特異な能力を持ち、訓練も受けていて、化け

物との命懸けの実戦経験があったとしても、やっぱり根本的には人間だ。

致命傷を負えば、死ぬ。

 対して相手は“死”という概念が通用するのかどうかも分からない、人

間とはかけ離れた正真正銘の“化け物”。一撃与えたとしても、死ぬかどう

か定かじゃない。

「分かってるさ。失敗したなら――――放置しかなくなるぞ」

 御堂が言うように、放置してしまえばいいのかもしれない。しかしそれは

圧倒的な危険を放置することと同義だ。

「いくぞ。さっき言ったとおりに動いてくれ。御堂と朝月の一撃に全てがか

かってるからな」

 そう言って暁は飛び出していく。それに続いて御堂、朝月、春彦と安全だ

った物陰から、死を内包する四眼の視界へと飛び込んでいく。

 ――ガアアアァァァアアッ!

 襲撃者の接近を知った四つの眼が見開かれる。背筋に走る寒気は、あの

眼に睨まれるたびに感じる恐怖の証。

 以前、空中で立ち止まってしまったように、ここで立ち止まれば、そこ

に待つのは空間さえも潰す死だ。

 飛び出した物陰はプレッシャーから百mほど前にあった。どうしてそん

な離れた場所なのかといえば、避ける時間が欲しかったのだ。

 間近くから飛び出してプレッシャーが反応する前に叩ければいい。しか

し失敗した際には避ける暇も無く死が待つ。攻撃を当て、自分が逃げるた

めにはプレッシャーが一撃撃った後が好ましい。

 だから敢えて少し遠い場所から突攻を仕掛けたのだ。避け、避け、避け

てその上で確実に攻撃を当てるために。

 攻撃の兆候を察し、避ける感覚を掴むためにも。

「塵界嵐ッ!」

 御堂の前で暁が塵と消える。それは彼のDEATH UNITによる恩恵。自

らを塵へ変え、物理攻撃の一切を無効化する。

「来るぞ、避けろっ!」

 御堂の声に反応して朝月も春彦も横へ逸れる。今まで彼らがいた場所を

押し潰すように“万物の圧縮”が発動し地面が抉れる。同様に御堂も回避

してひとまずの安心を得た。

 次からは単発になるはず。最初は四発同時に撃てても二発目以降からは

発射するための準備時間が必要になってくる。さっきまでやっていた検証

実験から得られた情報だ。

(思い通りだ・・・・一発ずつしか撃ってこないっ)

 暁は心の中でほくそ笑む。これで四人同時に狙われる危険性が無くなっ

た。常に気を張るのは変わらずとも、狙われるのは誰か一人に減った。

 あと八十m程度。一気に駆け抜けられる!


[Blaster]


 朝月から誰のものとも知れない声が響く。右足に浮かび上がった電子的

文字はすぐに消え、その足には“爆心地”が宿る。

「はっ!」

 朝月は足の裏を爆発させ空に舞い上がる。圧砕重剣から吹き上がる炎が

プレッシャーの視界から朝月を隠し、空中に居ながらにして安全圏を築く。


[Reflection]


 また響いた声が示すは“反射板”。左足へ浮かび上がった文字はその足

に“多面鏡”が宿る。

 その炎を迂回するようにとんでもない方向へ光を放つ。幾度も反射板

で角度を変えていき、眼を狙って突き進んでいく。

 ――ガッア!

 自分の武器に迫る危険を察知したプレッシャーが突き進む光へと視線を

移す。攻撃の要を潰さんとして迫ってくる光へ向けて“万物の圧縮”を放

った。

 生まれたのは小さなブラックホール。光さえも飲み込み決して逃がさない。

多面鏡の光は吸い込まれていき、出てくることはなかった。

「ちっ・・・・光も通用しねぇのかよっ」

 朝月は炎で身を隠しながら地面に降りる。間髪おかずに走り出し立ち止まる

ことはしない。

(多面鏡の攻撃が気を逸らすのに有効だってのは分かった。でも、そうそう何

度も攻撃させちゃくれねぇよな)

 光を撃つためには空中に上がらないといけない。地上では走りながらではま

ともな蹴りができないからだ。その点、空中へ上がれば好きなように蹴ること

ができる。

 だがデメリットもある。さっきは炎で壁を作りプレッシャーの視界へ入るこ

とを回避できた。だが、もう一度同じことをやればプレッシャーも感づくだろ

う。そうなれば張った途端に炎の壁には穴を開けられ、無防備な空中で攻撃を

受ける羽目になるだろう。

 だからもう撃てない。あと一回ができるかできないかの瀬戸際といったとこ

ろか。

 暁が塵へと変わり、密度を濃くして視界を悪くする。プレッシャーにどれほ

どの効果があるかは知らないが、無いよりマシというもの。ちなみに今は引火

性のある小麦粉等ではなく砂になっている。

 御堂も春彦も攻撃に出ようとはしない。御堂は遠距離攻撃には不向きだし、

春彦はすでにプレッシャーを雁字搦めにして動きを束縛している。その上で仲

間が攻撃されそうになったら救助しなくてはいけないというのだから、少しも

攻撃方面に裂ける注意力など残ってはいなかった。

 残る距離は五十m程度。



 御堂の手には槍が一本。

 朝月の手には地獄を開いた圧砕重剣。

 この二つの武器が、プレッシャーの命を絶つ。

 駆け抜ける四つの影は舞い上がる砂によって霞んで見え、プレッシャーは正

確な狙いが定められず、攻撃は回避される。

 宙を漂う暁は、勝利が見えていることに喜びを覚えていた。

(いける――――勝てるぞっ!)

 プレッシャーは思うように攻撃できず距離はもう半分も無い。御堂の針天牙

槍か朝月のゼロレンジ・グラビティスが決まれば―――勝利だ。

『いけっ! 俺と春彦で道を開くっ!』

 朝月と御堂は同時に声を聞く。塵全体から発せられている声だ。辺りに漂っ

ていた砂が集束され、一つの拳となる。第一段階プレッシャーを叩き潰した時

と同じ形の拳。それを巨大な眼の一つに向けて叩きつける。

 ――ガアアアッアッアア!

 その拳はいとも容易く“万物の圧縮”によって潰されてしまう。だが、注意

は逸れた。

 朝月と御堂は走る速度を上げる。全力疾走していたのを無理矢理、更に速度

を上げた。

 その二人の横を春彦が追い抜いていく。どうしてなのか、春彦は二人よりも

足が速かった。

 鎖を伸ばし、四つの眼を同時に狙う。プレッシャーは攻撃そのものを迎撃

することよりも、攻撃した人物を潰そうと考えたのか、その瞳は春彦へ向く。

「どんなに必殺の攻撃でも、所詮は範囲の決まった攻撃―――当たるような

ヘマはしませんよっ!」

 狙いを自分ひとりに絞られても、つまりは四m以上を常に移動し続ければ

いいということ。春彦自身を鎖で絡めとり投げるなどすれば四m以上の移動

はそう難しくない。

 まずは立ち止まり、落ち着いて一撃目を回避する。走りながら鎖で掴み、

無理矢理移動させたのでは春彦本人への負担が大きすぎるからだ。

 自分を狙って放たれるはずの一撃。眼に睨まれたのを全身に走る寒気で感

じとった春彦は横方向へ身をズラす。そうすることで最低限の移動で攻撃は

回避される―――はずだった。 

「・・・・・えっ?」

 ついさっきまで自分のいた場所に感じる圧縮攻撃。もし動かずにいれば直

撃を受けていたであろうほど正確な攻撃だった。

 だが春彦は移動している。回避できる、最低限の動きで回避して、次から

の回避行動に余裕を持たせようとして――――。

 

 左腕の肘から下の感覚が一気に消失し、激痛へと変貌した。


「うあああァああああァッ!」

 勢いよく血が噴出し、アスファルトの地面を血に染める。

 どうしてどうしてどうして。

 そんな感情ばかりが脳内を駆け巡り、その場で倒れこんでしまう。

「春彦ッ!?」

 朝月が振り向く。その朝月を御堂が引っ張り連れていく。暁は即座に春彦

を砂で取り囲んで完全にプレッシャーの視界から隠す。

 血が流れ出続ける傷口を押さえ、春彦は何があったのか思い返す。

「いったい・・・・なにが・・・・?」

 だが思考はまともに働いてくれない。痛みに対する感情が先走り、状況を

判断させない。

「僕の動きは・・・・圧縮範囲から逃げ切っていた・・・・はずなのに」

 鎖で傷口の上の部分を縛って止血する。

 さっきの攻撃は明らかに直径四mの範囲を逸脱していた。普通に直径四m

の球形なら回避できたはずだ。

 そんな疑問を解消するように、金からフェイスバイザーを通して通信が入

る。

『数秒前、春彦を襲った攻撃が球形ではないことを観測。直径は四m固定で

横方向へ圧縮範囲が伸びた模様』

 春彦にはそれの意味が分からなかった。当初の結果では直径四mの球形で

あるという結果が出た。しかし、今の攻撃は球形ではないという。それでい

て直径は四m固定だという。

 意味がわからない。矛盾しているのだ。

『大丈夫か、春彦?』

「は・・・・はい」

 暁の声が周囲の砂の中から聞こえてくる。春彦を取り囲んで完璧に視界か

らはずしたのだ。この砂のお陰で、春彦はまだ生きていられる。

『何が起こったのかわかってるか?』

「いいえ・・・・実はあんまり」

『まぁそうだろうな。説明してやる』

 暁が小さくなった。

 春彦はまずそう感じ、そして塵を使って小さな体を構成したんだなと納得する。

 今暁は春彦の肩の上に乗るサイズだった。

『ちょいと面倒な説明なんだが、まず、あいつの攻撃は球形限定じゃなかった。

お前の腕を奪った攻撃は――――楕円形。中心点を定め、そこから横方向へ圧縮

範囲を伸ばしたんだ』

 確かに球形の物体を横方向へ伸ばせば見た目上楕円形に見える。

 しかし、その方法がまかり通るならば、形など自由自在ではないか。

『いや、それはない。実は俺もそう思って朝月たちに言っておいたんだが、金に

頼んでおいてよかったな。そんなバカみたいな方法がまかり通ることはない』

 何を根拠に言っているのか春彦には分からなかったが、金という単語が出てき

たことから神の瞳によって何かが判明したということが推測できる。

『形が変わった。でも球形時と楕円時で変化の無い点があった。それは――――

圧縮範囲内の“容積”だ』

「容積、ですか」

『そうだ。“万物の圧縮”の圧縮攻撃の定義にこう付け加えることができる。圧

縮範囲は球形固定ではなく、直径四mという前提を守ればいかなる形にでも変形

が可能であるってな』

 それが春彦に“万物の圧縮”の実態を不明瞭にさせている。直径四mという前

提を守れば、というのはどういう意味なのだろう。

『つまりだ。圧縮攻撃のどこかしら一箇所に“直径四m”が含まれていればいい。

そうだな――――』

 暁は考える素振りを見せてから砂の集合体を用いて図形を作る。

『X軸は原点0を基点にして前後を表す。Y軸は原点0を基点にして左右を表す。

Z軸は原点0を基点にして上下を表すとする。原点0はお前のいた場所。X軸の

前方向は春彦から見た前―――プレッシャーのいる方向と仮定する』

 なんかそんな小難しいことを説明しだした。

『球形の攻撃は中心点を原点0としてX軸の前後、Y軸の左右、Z軸の上下全て

に均等に二mずつ伸びていたんだ。その直径四mの球形の中に入る内容量―――

容積を1とする』

 春彦としては理解できる内容ではあった。だが、高校の授業でやるような私生

活では全く以って意味を成さない数学の授業のようでげんなりする。

『容積1は不変。その状況で直径四mを保つ。さっきの、春彦の腕を奪った攻撃

を例えに出すなら、こうだ』

 三つ引かれたX,Y,Zの三本の軸は原点0で交差している。それぞれ前後、

左右、上下に軸は伸びている。その原点0に中心をおく四m(扱いの小さな)球

体がある。それが徐々に形を変えていく。

 いずれ、X軸は変えずにそのまま、Y軸が横へ横へと伸びていく。Z軸は次第

に縮んでいった。

『前後を表すX軸は四m固定だ。これで“直径四mが含まれている”はクリアし

た。ここで変化していくのはYとZ軸。左右を表すY軸はお前を攻撃範囲に収め

るために横へ広がっていく。容積とX軸は固定だからZ軸は自然に縮んでいく』

 暁の言うとおりに球形が変化していく。行き着いた形は―――楕円とは程遠い

形だった。

『あ、あれ? 楕円とは似ても似つかない形になったな・・・・・。でもまぁ、

こういう感じの変動が起きていたわけだ。横へ圧縮範囲が拡張されたことによっ

てお前の腕は持っていかれたわけなんだ』

 春彦としては、一応、理解はできている。春彦は砂で作られた図形を見てみる。

何か、楕円とは程遠いものが出来上がっていた。上から見てみれば、コインのよ

うな円に左右にトゲが生えたようなもの。

 作り出した暁自身も『何て言う形だコレ?』と小さな身体で小さな頭を捻って

いる。

 ようやく痛みに慣れてきた。止血が功を奏したのか出血は大体が止まり、だが

辺りに漂う砂が傷口に付着しそうで少々怖い。

 そういえば春彦が傷を負ってから時間が経っている。外はどうなったのだろう。

「暁さん、二人はどうなってますか?」

 小型暁は砂で編んだ図形を解く。春彦を守護する砂の壁に溶け込んでいく様を

見ながら小さな身体さえも砂の壁へ溶けていった。

『正直、まずい。俺がここで壁を張っているせいで視界妨害が殆どできてない。

今、二人は四つの眼から連続で攻撃を受けている。前に進めないどころか回避で

手一杯な状況だ』

 それは春彦が怪我を負ってしまったから起こってしまった事態なのか。それと

もこれを好機と見たプレッシャーが少なくなった標的を一方的に攻め立てている

からか。

 いや、どっちにしても自分が怪我を負い、勢いを崩したせいだ。春彦はそう勝

手に解釈し罪悪感に頭を抱える。

『お前のせいじゃないさ。たった一回の検証結果だけで全部暴いた気になってい

た俺にも責任はある・・・・・』

 砂で作られた手が春彦の肩に乗る。固められていなかったから重さは感じず、

触れられた感触も無かった。

「華南さんがいれば、直してもらえて、すぐに戦いに―――あ・・・・」

 春彦は口を閉じる。失言だったと自己嫌悪し、自分が求めた人のことを思い起

こす。

結城華南。

 ほんの数時間前、朝月の故郷・飛沫町で命絶えた女性。致死回生という回復系

のDUを持ち、朝月や春彦が怪我をするたびに駆けつけ傷を癒してくれた人。

 その人はもういない。日坂修之が敗北した第三段階エクスクレセンス・E3に

よってその胴を両断され―――その命を落とした。

 顔見知りでよく世話になっていた朝月と春彦もその死を目撃し大変な衝撃を受

けた。朝月にいたってはそれがあることの原因になったりもした。

 しかし、結城華南の死が一番辛かったのは何を隠そう、軌条氷魚と暁輩蓮の二

人なのだから。

「す、すみません・・・・」

『いいさ・・・・もう過ぎたことだからな』

 声色の哀愁を孕ませながらも、その言葉にトゲはない。過去を流し現実を見る。

できそうで、案外簡単にはできないことだ。

『それよりも春彦、普通に動けそうになったら言ってくれ。お前の準備が整えば

すぐにでも戦いに復帰するぞっ』

「はいっ!」



また一挙投稿になってしまい申し訳ありません。五部構成くらいになってしまいます・・・・(汗


「一番の相棒」編はかなり力を入れて書いていたので、長くなってしまいました。


お付き合いください、では次へ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ