ダンスパーティの幕引き
「もともと俺たちの仕事は奴の火力を下げることだっただろ?」
奴が降下してきたとき、真っ先に離れたことに不平不満を言われ続け
ようやく落ち着いてくれたのがついさっきのこと。
もう周囲を昼間のように明るくしていた炎は消え、消し去られていた
夜空の星も戻ってきていた。俺は疲れ果て抉れていない地面に寝転んで
いる。
隣には大きな灰色の氷柱。地面に横たわっている咲良の身体と空から
降下してきた不朽鳥の身体全てを包んでいる。あの氷柱の内側ではきっ
と、ゆっくりと時間が過ぎている。俺たちの三時間が氷の中の一秒だ。
「ねぇ、夜月さん・・・・」
「何だ海深?」
「どうして咲良は夜空を怖がってたのかな?」
咲良が夜空を怖がっていた理由。直接見たわけではないが咲良が夜空
を見ることを極端に恐れていたことを知っていた。だから夜中に集会が
ある日なんかはいつも愚痴を言っていたのを覚えている。
この戦いではっきりした。
以前、セブンスカラー・フィナーレに匹敵するほどの大事件が起きた
ことがある。後から起きたセブンスカラー・フィナーレの印象が強すぎ
て忘れ去られてしまったが、一つの町が地図上から消滅するほどの大惨
事だったのだ。
それが咲良の過去に関係することだというのはメイガスから聞かされ
ていた。だから無理に話題に上げないで、と。
そう言われていたから俺から咲良に聞くようなことは無かった。もち
ろん、他の皆も。咲良が話さないならそれはきっと知る必要が無いから
なんだと自分に言い聞かせていた。だからどうして咲良が夜空を怖がる
のか、その詳しい理由は知らなかった。
でも、今回のこの戦いで知った。理解できた。
咲良は自分の能力が解放されることで星が見えなくなることを知って
いた。能力の暴走で、もしかしたら自分の意思で一つの町を消し去った
時、DUの発動で夜空から星が消えた瞬間を見たのだろう。いや、見た
のだ。
自分の力が暴走すれば、また星が消える。仲間と一緒に見えていて、
見ていたはずの星が、一瞬で消え、周囲に自分の炎が渦巻き仲間を焼く。
そんな妄想に取り憑かれて、だから夜空を見上げることができなくなっ
てしまった。
星が消えてしまうのが怖かったんだ。
「さぁな・・・・あいつの気持ちなんて、あいつ自身にしかわからない
さ」
俺の考えだってあくまで、おそらく、だ。確実ではないしもしかした
ら全然違うかもしれない。合っていたとしても間違っていたとしても、
これは俺の口から言うべきことじゃないだろう。
「ねぇねぇ」
「・・・・・ん?」
疲れ果てていたのと、思考の海に沈んでいたせいで桜子からの呼びか
けに反応できなかった。少し間が空いてから返事をしたが、大丈夫だっ
たみたいだな。
「どうして、空で爆発したの?」
「―――――ああ、粉塵爆発のことか」
瞬時になんのことか悟ることができなかった。ついさっきあったばか
りの戦いのフィナーレを飾った粉塵爆発のことだと気付くのに少々の間
が必要だった。桜子よ、もう少し具体的に言ってはくれまいか。
「あれは・・・・説明がめんどいな。もしかして、粉塵爆発自体の説明
から必要なのか?」
そうだったら凄く面倒だなぁと思いつつも桜子のことだからたぶんそ
こからなんだろうなぁと思う。
にこやかに頷く桜子を見て、雪女に丸投げしようかとも思ったが、やっ
ぱり自分の力だ。自分の口から説明したほうがいいだろう。
「粉塵爆発ってのは、粉塵―――粉とか塵とか。そういうのが蔓延して
いる空間・・・本当なら密閉空間なんだけど、そういう場所で起こる爆
発のこと。多量の可燃性粉塵と十分な酸素、それから火。この三つが揃
うだけで大きな爆発が起きるっていう危険な爆発なんだ。炭鉱とか倉庫
とかでも事故で起きることもある」
ちょっと難しく言い過ぎたか。まぁでも、桜子だって高校生だ。この
程度の説明くらい理解してもらわないと困るというもの。
「俺がさっき引き起こしたのはそういう爆発なんだ」
「へぇ~」
・・・それで終わりかよ。
仕方ない。少し興味が出るようにどうして爆発したのかまで教えてやろう
じゃないか。どういうことをしてあんな場所であんな大規模粉塵爆発が起き
たのか懇切丁寧に教え込んでやろう。
「降ってきた粉っぽい奴は軽量性刀身・特別仕様って言ってな、アルミ二ウ
ムで作られた凄く小さい刀身のことなんだ。粉塵爆発は粉末状の可燃物がな
いと成り立たないから、その小さいアルミ刀身が粉末の役割を果たすわけだ。
それで最後に降ってきた刀だが、あれが一番のキーアイテムでな。発火性刀
身―――つまり、元素のリンの同位体の白リンを宿した刀身なんだよ。ちょ
っと衝撃を加えれば常温で自然発火する。あの場合において、白リン刀身ほ
ど都合の良いものは―――――」
「あーあーっ! もういいよーっ」
小難しい説明に嫌気がさしたのか桜子は耳を塞いで喚く。そこまで難しい
話はしていないはずなんだがなぁ。
全く、ついさっきまで命賭けの戦闘をしていたのが嘘みたいに静かで平和
だ。ただ佇立している氷柱は黙して語らず、星空は消えることなく瞬き続け、
夏にしては少し涼しめの風が吹く。
「これで花火でもあれば最高なんだけどなぁ・・・・」
残念なことに、花火など上がるはずもなく。代わりに風情をぶち壊しにす
る戦いの音が遠くから響いてくる。あの戦いの悲鳴が近づいてくるまで、こ
こで休憩していようか。そこまでゆっくりしている暇なんか無いことは分か
っている。朝月だって心配だ。アッシュがこういう役目を担っているからき
っと朝月のことは片がついているのだろう。それが説得による終結なのか、
実力による終結なのかは別にして。
一刻も早く朝月を助けに行ってやりたい。でも、俺はもう―――――。
「お前ら、先に朝月たちのところに行ってやれ。どこにいるかわからないけ
ど、とにかく探せ。他のメンバーと合流するのもアリだ」
俺は起き上がることができず、倒れ伏したまま五人に言う。彼女たちはま
だ大丈夫なはずだ。ここに俺といるよりも、ずっといいだろう。
目蓋が重い。眠いのは違う、脱力のような眠気。
「な、何言ってんだよ・・・? あんたはどうすんだ・・・?」
「俺は動けるようになったら動くさ・・・・」
まぁ動く気力も体力もありはしないがな。回復するまで待たせてもらうさ。
「じゃあ誰かここに残っ――――――」
「それはダメだ」
誰かしらが言うだろうと思っていたこと。だから納得できる反論も用意し
ておいた。
「今は朝月のほうが優先だ。下手したら向こうのほうが激しいバトルになっ
ているかもしれない」
「で、でもよっ! そんな状態で襲われたりしたら・・・・」
「安心しろよ。俺の“刀騎士”は動けなくたって戦える仕様だ」
そんな軽口を叩いてみる。事実、俺は動けなくたってイメージさえできれ
ば戦うことはできる。動けない俺を庇って戦力を減らすより、一人でも多く
動けるほうがいい。それに、ここにいたら危ないからな。
「こんな状況だ。戦力は多いに越したことはない。・・・・いいから行け」
頼むから、早くここから去ってくれ。危ないんだってば。
「・・・・分かったよ。でも、すぐ来いよ?」
「待ってるから。朝月も助けて、皆で乗り切ろうよっ」
落葉は最後まで俺のことを心配していた。海深は心配していたようだ
けれど、落葉が代わりに言うことを全部言ってしまったせいで何も言う
ことがなかったらしい。最後の言葉は海深らしく、ハツラツとしたもの
であったけれど。
「ヨルちゃん・・・・無茶はダメですよ?」
「無茶なんかしないさ。ここで休憩してるだけだって」
「・・・」
雪女は最後まで納得していなさそうだった。無茶、とはどういう意味
で使ったものなのか。敵と遭遇したときに無茶して戦うなという意味な
のか、それとも――――。
海深と落葉、雪女は先に走り出していった。彼女たちとの距離がある
程度離れたところで、桜子と影名が俺のそばにしゃがみながら言う。
「やっぱり・・・ここに残っちゃダメ?」
「ダメだ。危ないだろ、桜子は特に・・・・」
ヤバい。言葉を吐き出すことさえ億劫になってきた。目蓋が落ちてく
る・・・・。
「本当にいいのね夜月? 私たちは戻ってこないわよ?」
口ぶりからして影名は分かっているのだろう。俺がここに残ると言っ
たわけを。残らざるを得ない理由を。
「ああ、いい。だから早く連れて行ってくれ・・・・」
全身が痛い。悲鳴を抑えるのも一苦労なほどに。あれだけ殴られたん
だ。痛いのも当たり前か・・・・・。いや、それだけじゃない。殴られ
た鈍痛以外に、それよりももっと鋭く精神を削るような痛みが全身を苛
んでいる。それは初めてDUに侵食されたときの痛みに似ていた。
「私には何もできない・・・・知識と弾をバラ撒くことしかできない。
そんな自分が恨めしいわ」
そんなこと言うなって。影名はじゅうぶんすごいさ。まだまだ戦いは
終わってないのに、こんな俺と違って。
「仕方ないことだろ・・・・それより、行ってくれ。もう――――」
目を開けていられない。口を動かすことさえままならない。精神を削
るような鋭い痛みに貫かれて、俺の身体は不規則に震えだす。
「じゃ、これだけは言っておくわ」
もう海深も落葉も雪女も遠い。たぶん、大声で叫んでも聞こえるか否
かくらい離れている。桜子も影名も訳知りだし――――大丈夫かな。
「絶対に・・・・死ぬことだけは絶対に許さないわ。どんなに醜く足掻
いても、地べた這いずってでも生きなさい」
「う、うん・・・・死んだら嫌だからね、夜兄ぃ」
無茶を言う・・・・俺はもう、ボロボロだってのにな。
力無い頷きを返して、二人が離れていくのを見守る。もし近づく何か
がいたら速攻叩き潰してやる。俺の目が黒いうちは傷つけさせやしねぇ。
「つっても・・・・もう、目なんて黒いかどうかもわからねぇけどな」
さっきから起きている体調の変調。それの原因はすぐに分かった。ま、
あれだけの戦いを切り抜けたんだから、当然といえば当然か。
「こんな・・・・好きな女一人助けただけで、まだ朝月も助けてやれて
ないのに・・・・退場かよ」
もう俺に生命力は残っていない。
枯渇しかけている。
擬似暴走を起こさないのが不思議なくらい、俺の中の生命力メーター
はエンプティを指して赤く点滅していた。
目蓋が重いのも。喋ることさえ億劫なのも。精神を削るような痛みも。
全部が全部、それが原因。
さっきの戦いで使い尽くしてしまったのだ。
痛みが増していく。さっき冗談交じりで言った目が黒くないかも論も
あながち間違ってないかもな。
俺を囲むように使われた刀身が顕現していく。
炭化タングステン製耐熱性刀身。
液体窒素製冷却性刀身。
アルミニウム製軽量性刀身。
白リン製発火性刀身。
たった四つの武器であの激戦を乗り越えたんだなぁと、今更ながらに
思う。ほんと、化学専行でよかったよ・・・・。
刀身たちから目を逸らしてもう一度、夜空を見上げる。しかし、俺の
瞳はもう何も映すことはなく、都会にしては満点の星空が見えるはずな
のに、そこにはもう、真っ暗な暗闇しかなかった。
気温が下がった気がした。大の字になった身体に冷たい何かが当たり、
ああ、これは雪なんだなと分かる。
こういう時、タバコとかアメとかそういうアイテムがあるともっとカ
ッコがつくんだけど。あいにくと俺はそんなものは持ってなかった。
ああ、ちょっと後悔。あの、俺が護った星空をもっと見ておけばよか
った。あの星空は――――あの星空が在り続けることが、咲良の笑顔に
繋がるんだから。
そう考えると・・・・・さっきの言葉は撤回しようか。
そう言ったつもりだった。けれども俺の口はもう、俺の言葉を吐き出
すことさえしなかった。
空があるであろう方向に手を伸ばす。目が見えれば、きっとそこには
星満載の夜空が広がっている。それを飾りにして咲良の笑顔も、きっと。
――好きな女一人助けただけで、じゃない。大切な、唯一無二の女性
を俺は、救うことができたんだ。
まずはごめんなさい。最初三部とか言っておいて終わらせるのに四部になってしまいました。二部目は一部か三部に併合してもよかったかもしれません。ごめんなさい。
不知火沙良と常光夜月のストーリーはこれで終わりです。次からまた別のバトルへいくので。
では次回~。