ブルームシード(4)
目の前にいるのは俺の兄。五年前の事件で行方不明になった兄だ。
その後ろ、春彦の前にはさっき護鱗と名乗った少女と銃有士と名乗った
少女、大伽藍と名乗った少女がいる。
三人の仮面は取れていた。その下には見知った顔があった。
三人とも成長して変わっている。でも面影はあった。
護鱗――それは海深だった。
銃有士――それは影奈だった。
大伽藍――それは桜子だった。
俺の気持ちは言い表せないほどに混乱していた。
なぜこいつらがいる?五年前に死んだ幼馴染と行方不明になった兄。
幼馴染は生きていたとしてもどうして海深に腕がある?影奈に腕がある?
そもそも桜子は心臓を失ったんじゃないのか?遠くに見えるのは金と御堂
さんか?いやそんなことはどうでもいい。問題は二人の前にいる少女。
心地と鏡と名乗った二人。その二人の顔もまた俺は知っていた。
心地――それは落葉だった。
鏡――それは雪女だった。
何がどうなっている?どうして生きているんだ?皆の身体の一部はここに
あるのに。まさかまさか――――。
この腕もこの足のこの心臓も、全部全部他人のものなのか?幼馴染じゃ
ない見知らぬ人のものなのだろうか。いやいやそんなはずはない。無いと
言い切れるか?思えば俺は気付いた後に“おそらくそうだろう”と曖昧に
告げられただけで何も証拠を知らないじゃないか。
そうだ、そうだよ。あいつらが偽者だって可能性もあるんじゃないか!
むしろそっちの可能性のほうが高いくらいだ!そうだ俺は間違ってない。
俺が信じてきたこと全てが嘘だったなんてことあるはずがないんだよ
アハハハハハハハハハッ!
「お前たちは誰だッ!誰なんだよぉッ!」
そう叫んで圧砕重剣の切っ先を刀騎士――夜月に向ける。その後ろには
桜子と海深と影奈がいる。
二つに分かれた剣先の間、そこに黒い球体が形成されていく。
禍々しいまでに黒く、球体の淵は暗い紅が縁取っている。
ヒィィィィィィィン!
重力を極限まで高めて収束させた光線。通った場所を中心とし周囲を
巻き込みつつ触れるもの全てを押し潰す。
それが放たれた。
強烈な反動が右手を襲い、足が地面に減り込む。
「忘れたのか、俺たちを?」
余裕の表情で回避する。その後ろにはやはり余裕の表情の海深がいた。
海深が手を動かす。その手から鱗のような銀色の何かが剥離し、宙に
浮く。
数多の鱗が海深の前に壁を作りそれが重力光線を完璧に遮断した。
「ちょっと、いきなり撃って来ないでよぉ。危ないじゃん」
「何今の~。海深ちゃん、ありがとぉ」
桜子が涙目で海深に縋り付いている。それに「よしよし~」と頭を撫でる
海深。無言で本から目を話さない影奈。
昔と何も変わらない光景。違うといえば成長したから姿形が多少違う
くらいか。
感動を覚えると同時にこれが偽者による演技かもしれないという可能性
に怒りが湧き上がってくる。
そして、最強クラスの威力を誇るバースト・カラットを事も無げに防がれた
ことに軽いショックも感じていた。
「最初にお前を見た時、嘘だ、って思ったよ。目の前の現実を否定したくなった。
昔と性格が全然違うお前が、でも昔の面影があった」
刀を取り出さずに手ぶらで話かけてくる。表情は昔の兄と同じだった。
「まさかお前が死兆星にいるなんて思わなかった。お前も知ってるんだろ?
セブンスカラー・フィナーレを引き起こしたのが死兆星だって」
そのことは知っている。周囲に倒れていた隊員たちの中にも知っている
ものがいるようだ。
殆どのものは知らなかったようだが。
「ああ」
「だったら何で死兆星になんて入ってるんだよ!お前は憎くないのか!?
あんな事件を引き起こした死兆星が!」
「・・・・」
しばしの沈黙の後、俺ははっきりと言った。
「憎いさ。とっくにメーター振り切ってるよ」
まだ本物かどうかも分からない相手に向かって本音を言っていた。
「ならなんでだ!なんで俺たちの所に来ないでそんな場所にいる!」
本来なら他の隊長格のいる場所では言ってはいけない言葉。それさえも
口にしてしまった。
「内側から壊すためだ。信頼のおける人物からの突然の裏切り。恐怖の
底でもう二度と死人を殺そうなんて思わなくしてやるんだ」
声色が変わっているのが自分でも分かった。今まで聞いたことの無いような
憎悪に満ちた声だ。
「だったら尚更こっちに来るべきだ。BGは死兆星を潰すために行動している
んだから」
その言葉を否定する。
「ダメだ。表から力尽くで潰したってすぐに第二の死兆星ができあがるに決まって
る」
「それだったらそっちの方法でも同じだろ!」
「いや違う。俺たちが裏切れば、死兆星は死人という最高の手駒を失うことに
なるんだ。そうなれば死人に対抗なんてできやしない」
どうしてここまで本音が飛び出てくるのか分からなかった。こんな偽者かも
しれない奴相手に。どうしてここまで本音を吐露できるんだろう。
たぶん、心のどこかでは願っていたんだろう。皆に生きてて欲しいと。死んだ
人は蘇らないと割り切っていたのに、たぶん、心の奥のほうで。
「だから内側から潰すんだ。圧倒的な重圧で砕く。死兆星も、やつらの心も」
皆は絶句していた。当然だ。隊長格がこんなことを口走っているのだ。本来
ならそくクビだ。下手をすれば殺されるだろう。
ここまで喋ってしまったのは目の前の六人が本物だと感じ取っていたからだ。
だからこそここまで本音を吐き出せた。
しかし、こいつらが本物だと認める訳にはいかない。そうすればこの四肢と
心臓は誰のものになる?この身体が得体の知れないモノになるのが怖かった。
だから、本物だと認められない。
「死兆星を潰すのは俺だ。他の誰にも譲らない」
圧砕重剣の切っ先を夜月の方に向ける。その先端にはさっきと同じ黒い
球体が形成され始めていた。
バースト・カラット。さっき海深に余裕で防がれた技だ。これでも俺の
技の中では最高クラスなのだが・・・。
「とっとと消えろ。俺は偽者の相手してる程暇じゃないんだ」
偽者、という言葉が俺の口から飛び出した時、六人は同様に動揺した。
「あ、朝月・・・?偽者って・・・」
「あ、アサ?何言ってんの・・・・?」
「アサ君?まさか・・・」
「私たちのこと信じてない・・・・?」
「あ、あうあ・・・」
「・・・・・・・・・・」
まさか自分たちの存在を否定されるとは思ってなかったみたいだ。その
分ショックが大きいのだろう。
「皆は五年前に身体の一部を失っているはずだ。お前たちみたいに五体
満足なはずがない」
その事実に「しまった・・・」「そうだったね」とかいう声が聞こえた。
本物だろう。それは分かっているのだ。でもここでそれを認めてしまった
ら今までの俺とこれからの俺、全てが崩れてしまう気がした。
それに俺には、何があってもTHE BLOOMING GARDENには参加
も協力もできない理由がある。
例え生きていた兄に諭されようとも。そっちの方がどんなに魅力的
だったとしても。
「ならお前もこっちに来い。そうすれば俺たちが本物だってわかって・・」
「俺はBGには入らない。BGを絶対に許さないから」
「何でだ!?」
「五年前のあの日、俺は兄と幼馴染、それ以外に失ったものがある」
皆が沈黙する。夜月たちは分かっているようだったが他の皆は分かって
いないようだった。
「あの日、俺はBGの構成員のアッシュ・ライク・スノウのせいで陽を
永遠に失ったんだ!」
「・・・・っ!」
予想していた言葉だったのだろう。そして、何かに引け目を感じて
いるような反応だった。
もしかしたら彼女たちは何か俺の知らないことを知っているのかも
しれない。
「だから消えろ。じゃないと、全力で叩き潰すぞ」
夜月は苦虫を噛み潰したような表情をして、
「分かった。ならお前を捕虜にしてでも連れていく」
空間から刀を取り出した。
それは俺を捕らえると公言しての行動だった。
走り出す夜月。バースト・カラットを放つ俺。
その二人の間に割り込む影があった。
「双方そこまでだ!」
今まさに肉薄しようとした二人の間に巨大な剣が突き刺さる。
それは直線の一切無い曲線のみで形作られた剣。銃身色の刀身も
真珠色の刃も流麗な曲線ばかり。真っ直ぐな場所などどこにもない。
よく見れば柄まで少し湾曲している。握るのに苦労しそうだ。
そしてそれを問題視させないのはその巨大さにあった。
俺の持つ圧砕重剣よりもさらに大きい。圧砕重剣が一m八十㎝ならば
これは確実に二m五十㎝を超えている。刃の感じは剣よりも刀に近いか。
人間が扱えるのか。そもそも持つことができるのか疑問だった。
だが、俺はこれを扱える人物を一人だけ知っている。
その人は地面に突き刺さる剣の上に飛び降りてきた。ふわり、と。重力
を感じさせない身軽さで。
「この戦い、俺が預からせてもらう。二人とも退け」
「何者だ、お前は?」
いきなり現れて勝負は預かった退け、と言われても納得できない気持ちは
よく分かる。
しかしこの人に逆らう気にはならなかった。
「俺は死兆星第一部隊アルトブレイド隊長・日坂修之。朝月を連れてなんて
いかせない。ここからは俺が相手になってやる」
剣の上から飛び降りて、その途中で柄に手をかけて一気に引き抜いた。
ズボッ!なんて漫画の中の効果音でしか効かないような音をリアルに聞いて
流石にブルームシードの連中も修之さんの危険さに気付いたらしい。
両手で持って構える。さすがに片手で持つのは不可能のようだった。
「どうする?まだ戦うならこの“機神の(・)葬器”が相手になるが」
「・・・・」
夜月は無言のまま踵を返した。
「退くぞ。あいつは危険だ。たぶん、俺でも勝てない」
その台詞は彼女たちにとって相当大きなものだったのだろう。すぐに全員が
背を向けて走り出した。
しかしすぐに夜月が足を止める。
「朝月。信じてもらえないだろうが、俺はお前の本物の兄貴だ」
「・・・・」
それに答えずただ見つめる・
「俺はお前に生きて欲しいと思ってる。だから最後にもう一度だけ言わせてもらう。
死兆星から抜けるんだ」
それだけを一方的に告げて去って行った。
俺は何も答えず、本物であろう兄の言葉を反芻していた。
ブルームシードが去ってすぐ全員が集合する。
現場の状況や被害状況を確認するためだ。
今の戦闘について話し合うためでもある。
こうやって対面で向かい合えば皆の視線は必ず俺の左腕に注がれる
わけで・・・。
「あ、朝月!お前その手・・・っ」
修之さんが取り乱したように駆け寄ってくる。
「大丈夫ですよ。まだ痛いけど我慢できないレベルじゃないし」
「そんなこと言ってる場合か!待ってろ、今華南を呼ぶから」
自分のフェイスバイザーを操作してコールをかけている。まぁ呼んで
くれるというなら甘えよう。
デルタセントラルシティ東中央公園は酷い有様だった。
俺と夜月が戦っていた場所に大した被害はない。酷いのは春彦の戦って
いた場所だ。地面が抉れ、陥没している。まるで爆弾でも直撃したかの
ようだ。
負傷者は多数いる。第四部隊を派遣してもらわないといけないだろう。
傷の応急処置をしようと近寄ってきた金を音無さんが止めた。
「待って・・・・まず、確認しなくちゃいけないことがあるわ」
それは分かっていた。さっき大声であんなことを叫んだのだ。
「あなたは―――私たちの敵?」
「・・・・」
さぁどうだろう?
そう言いたいのを堪えた。冗談でも言ってしまえば戻れなくなって
しまう。
「今は、仲間だよ」
だからこうしてはぐらかした。
「今は、ね。上手い逃げ方ね」
「どうとでも」
勢いで言ってしまったが本来なら絶対に言ってはいけないことである。
この人たちが理解のある人たちで助かった。
コールを終えたのだろう修之さんがこっちに戻ってくる。
「皆、本部からだ。今すぐ帰還し、報告せよ。とさ」
その言葉にうんざりした気分になる。まだやることがたっぷり残って
いるという宣告でもあるのだ。
もう時刻は午後六時を過ぎている。辺りは薄暗い。
今から色々やっていては夜中に帰宅するはめになりそうだ。
『はぁ~』
俺と春彦、金は同時に溜息を吐いた。
まずはこの腕を何とかしてくれ・・・・。