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刀騎士は炎と踊る

また一挙投稿になります。


三部構成ですが、二部目は短いです、すごく。

第十四章 The sword knight dance with the Flame.



 俺は渦巻く炎の中に突っ込んだ。もう咲良が暴走してしまっている。

言葉は届かないし、この炎だって俺を殺そうと迫ってくることだろう。

 俺に迫る炎があれば海深の護鱗が一瞬でも護ってくれる。桜子に

迫る炎があれば落葉が蹴散らしてくれる。俺が攻撃に失敗しても雪女が

確実にダメージを入れてくれる。俺が失敗しそうでも影名の援護射撃が

ある。取りたくないが最後の最後には桜子が何とかしてくれる。

 俺にはこんなにも頼りになる仲間が――――家族がいるんだ。何を

臆する必要があろうか。もし俺の手が咲良に届かないなら、届くまで

炎に突っ込むだけだ。届くまで、届くまで何度でも。

「おおおおおッ!」

 護鱗に護られながら、銃撃の援護を受けながら炎を掻い潜り咲良の前

に辿り着く。そのまま振り上げた二本の刀を振り下ろす。あまり深く

刃を食い込ませないように、浅すぎないように。

 だが、俺の牙は咲良に届く前に手のような形をした炎に触れ、跡形も

無くあっさり溶けて消えてしまった。

「く――――っ!」

 刀を溶かした炎の腕に殴り飛ばされ、俺が元いた場所まで押し戻された。

すかさず落葉が受け止めてくれる。

 溶かされてしまうことは分かっていた。それでも、仲間を傷つける覚悟

を持って振り下ろした刃。それが、その覚悟を嘲笑うようにあっさりと

消されてしまったことに対してショックを覚える。覚悟が足りなかった

――――いや、覚悟云々でどうにかなる問題ではないと分かっている。そ

れでも刃が届かなかったのは、俺の覚悟が足らないから。

 俺が本気で攻撃しようと思えばもう少し何かできたかもしれない。

「くそっ、もう一度!」

 また刀を出して挑みかかる。咲良の前に辿り着いて刀を振るっても、や

はり届かない。炎の手に掴まれ、あっという間に溶解させられてしまう。

「もう、一度っ!」

 何度繰り返しても結果は同じ。炎の腕に受け止められ、殴り飛ばされる。

このままじゃ一進一退――――いや、一進せず数十退だ。

「雪女、お前の光線は届かないのか?」

 このメンバーの中で唯一、物理的な攻撃ではない雪女。雪女の反射板を

用いた光の攻撃ならあの灼熱の炎の中だって通り抜けられるんじゃないか。

「それが―――――ダメなんです」

「ダメ・・・?」

「私の(フォトン)が、届かないんです」

 光が届かない。物理攻撃でないはずの雪女の光線が、何故?

「――――シュリーレン現象って知ってますか?」

 聞いたこともない。俺は雪女や影名のように読書家じゃないから知識が

薄い。

「シュリーレン現象って、簡単に言っちゃえば陽炎のことなんです」

「陽炎・・・・」

「はい。温度変化で一部の温度と周囲の温度に差が生じることで空気中の

密度が変化、光の屈折率が変わること。そのせいで光が直進しなくなって

しまうんです」

 光が直進しない。もとより光の進行方向を反射板で制御している雪女

にとって左程大きな問題じゃないんじゃないかと思うのだが、どうやら

そういうわけにもいかないらしい。

「炎に触れるか陽炎に触れちゃうと光は曲がっちゃうし、かといって曲が

ったさきで反射させようにも炎の熱で反射板は溶かされちゃうし―――」

 光と炎は相性悪いってことか・・・・。

「銃弾は・・・・・無理だよな」

「うん・・・・とてもじゃないけど届かない」

 護鱗じゃすぐ溶かされるし爆心地も無理だ。爆弾化したものが咲良に

届く前に燃えてしまう。

 桜子の大伽藍は――――使いたくない。確かに大伽藍を使えばこの場

は“一時的”に収まる。でもそれは気休めだし、効果時間も短い。その

上桜子にも危険が及ぶ。アッシュが氷結結界で咲良を閉じ込めることも

できなくなってしまう。

 そんな一時凌ぎに期待するわけにはいかない。俺たちの手で何とかし

なければ。

「夜月さんっ! 前、前っ!」

「・・・・!」

 会話に夢中になっていたせいか目の前に炎が迫っていることに気付いて

いなかった。回避に問題は無いが反撃に移ることはできそうにない。

「桜子、もっと下がってろ! 今の状態じゃ護りきれないッ!」

「は、はい!」

 桜子は更に後方まで下がっていく。彼女自身、戦闘では役に立たない

ことを理解している。だから皆の手を煩わせないために戦いの最中に下が

ることを躊躇しないし、必要なとき以外後方にいるべきでそれが当然だと

思っている。

「もう一度だ! 海深、影名、援護頼むっ!」

 また刀を取り出し、同じように炎の中を突っ切って咲良に刃を向ける。

当然といえば当然か、この灼熱の炎の中で鉄が耐え切れるわけもなく、

炎の腕に掴まれた刀身はあっという間に溶解する。今度は殴り飛ばされる

のではなく、炎の波に押し戻された。

「く・・ぅ・・・っ! ダメだ・・・・」

 刀身を中程まで溶かされてしまった刀を捨てる。

 今度は上から。海深の護鱗に乗って上昇し飛び降りながら攻撃。その次

は後ろから爆心地の爆発と弾幕に隠れて背後に回りこみ、そこから攻撃を

する。その次は刀を投擲してみたが意味を成さない。殆ど全方位から攻撃

を試みたが、その全てが失敗に終わった。

 俺の刀では―――――届かない。

 では、何なら届くというのだろう?

 今この場にいる最大戦力は俺だろう。一番攻撃を当てる機会が多かった

のも俺だし、戦闘経験や性別、体格の差で見ても俺が一番の戦力になる

はずだ。

 その俺が、何もできない。刃は溶かされ、届かない。言葉も咲良に届く

ことはなかった。物理的な攻撃手段しか持たないこの面々で相手をするには

咲良は・・・・・相性が悪すぎる相手だった。

 なら待つのか? 物理的じゃなく、光に依存しない攻撃手段を持つ仲間が

来るのを待つのか? そんなことはできない。悠長にそんなことをしていれ

ば咲良がエクスクレセンス化してしまうだろう。このまま何もできずにいれ

ば結果は同じことになる。

「打つ手が・・・無い」

 打つ手が―――無い。

 本当にそれでいいのか? そう言って、諦めていいのか? 

 いいはずが無かった。

 諦めてしまえば咲良を助け出すことはできなくなってしまう。絶対に助け

ると言ったあの言葉も嘘になってしまう。咲良にかけた言葉全てが嘘になっ

てしまうんだ。俺も――――俺たちも死んでしまうかもしれない。

「何か・・・・何か無いのか・・・・?」

 必死に思考を巡らす。今までの戦いの中に何かなかったか?

 とは言ってもあの戦いは一方的と言ってもいい戦いだった。俺が武器を

持って突っ込んで、反撃を喰らって押し戻される。その繰り返しだったはず

だ。そこに何かなんて――――――。

「・・・・――――あ」

 あった。

 決定的に不自然と言えること。

「あの炎だ・・・」

 今一度、咲良の周囲を取り巻いている紅蓮の炎を見る。周囲の空気を

取り込んでまだ肥大化を続けている。火力は衰えておらず、むしろ増して

いるのではないか。

 俺はあの炎に、何をされてきた?

 俺は小さな刀を取り出して投げつけた。それは炎に触れあっさりと溶解

して消えてしまう。

「何してんだよ。今更あんなの意味な――――」

「いや、意味はあった・・・・!」

 今の攻撃で半分の確信は得られた。残りはもう半分。その確信が得られ

れば少しは前進できるかもしれない。

「おぉぉおおおッ!」

「ちょ・・・・! 夜月さん!?」

 俺は武器も持たずに渦巻く炎に向かって走っていく。炎の隙間を縫って

通り際、わざと左手を炎の中に突っ込んだ。

「熱っつッ!」

 想像以上――――ある意味想像通りの熱さ・・・・最早痛さか、に腕を

引っ込める。幸い火傷は大したこと無かった。

 そして咲良の前に辿り着く。突然突っ込んだ俺をしっかりカバーしてく

れたんだ。横合いから攻撃が迫ってくることは無かった。

右手に刀を出して突く。当然の結果として刀身は溶解して消え失せた。

ついでに鍔も柄も溶ける。それをしっかり目で確認してから、自分の身体

が炎の腕に殴られるのを容認した。

「ぐ・・・・・っ」

 そして、今まで通り吹き飛ぶ――――前に炎の腕をがっしりと掴んだ。

 右手は――――焼けなかった。

「やっぱりな・・・・・ッ!」

 そう言ったところで手を振り解かれて投げ飛ばされた。放物線・・・は

ちょっと言いすぎかもしれないが、それくらい綺麗に吹っ飛んだ。

「ちょ・・・・っとぉ!?」

 殴られるより強い勢いで投げ飛ばされた俺を海深と落葉がしっかりキャ

ッチしてくれた。二人がかりとはいえ飛んでくる男を受け止めるとは。な

んともまぁパワフルな娘さんたちですこと。

「危ないことしないでくださいヨルちゃんっ!」

 そう叱責される。まぁ、危ないことをした自覚もあるし説明もしなかった

からな。これくらいの説教ならいいだろう。

「悪かった。でもまぁ・・・危険に見合うだけの収穫はあった」

 火傷した左手を見せる。それで火傷していない右手を見せた。

「左手はさっき炎の中に突っ込んだ手だ」

「あんた何やってんだッ!?」

 落葉の「こいつバカ?」的な言葉も今は止めてもらいたい。結構真面目

なシーンだぞここ。

「右手は最後に炎の腕を掴んだ手だ」

「あれ・・・・? 右手は火傷してない・・・・?」

 そう。その辺にあった炎に突っ込んだ左手は焼けた。でも咲良の攻撃

である炎の腕を掴んだ右手は焼けなかった。

 俺たちの武器は溶けた。でも、身体に影響は出なかった。

「咲良から離れた場所にあった炎では焼けた。咲良の間近くで武器は溶け

た。でも身体に影響は出なかったんだ」

 それはつまり―――――。


「つまり――――――どういうことだ?」


 ずるぅっ! という擬音が聞こえた気がした。

 うん・・・いや、ごめん。自分でもよく分かってなかったんだなこれが。

「意味ねーじゃんっ! 理解できてねぇのかよっ?」

 自分でも理解できてないのが悲しい。どうして武器は溶けて俺の身体は

燃えなかったのか。その違いが理解できないんだ。

「でも、一歩前進じゃないかな? 何もわかってない状況より、意味不明

なことでも違いが出てきたってことはいいことだと思うよ!」

 海深の言葉はフォローになっていなかった。

 でも、確かに前進だ。条件が確定していないため安心はできないがそれ

でも少し前進といえるだろう。

「もう一回いくぞ!」

 武器を持たずに炎の中へ走っていく。横からかっ飛んでくる攻撃は皆が

防いでくれる。俺は前を目指すだけでいい。

 熱が肌を焼く、その熱さに今更ながらに気付く。目を開けていられない

ほどに熱かっただろうか? さっきまで何の問題も無く普通に突っ切れた

気がするのだが・・・・・。

 辿り着いた咲良の正面もやっぱりさっきよりずっと熱いと感じた。何か

が変化したのか?

「いい加減助けてやらなきゃな・・・・・待ってろよッ!」

 武器を出さず拳を繰り出す。刀なんて溶かされてしまうんだから、出す

だけ無駄だろう。それならまだ焼ける心配が少ない拳のほうがいい。

「はぁッ!」

 咲良を殴る。もう仲間だから気が進まないなんて言っていられる余裕は

無くなった。最初は右腕を覆っていただけだった炎は右足を覆い尽くし、

今は左足を狙っている。

 あの炎に全身が包まれたときがタイムアップ。咲良がそう言っていた。

だからそれまでに決着をつけなければならない。俺たちの勝利で。

 何度も殴りつける。ダメージが入っているのか疑わしいが手を止める

わけにはいかない。咲良の身体がグラついているからダメージはあるの

だろう。しかし、相手は形状の無い炎。いつどこから攻撃がきてもおか

しくなかった。

「が・・・・・ッ!」

 突如、頭上に激痛。頭を殴られたのだ。炎の腕にどうして固形として

の衝撃があるんだよ、とツッコミを入れたかったがそんな余裕はなかった。

 俺は地面に叩きつけられ、そのまま何度も殴られる。

「ぐ・・・ッ・・・・ってぇ・・・・なッ!」

 何とかうつ伏せ状態から仰向けに身体の向きを反転させる。その時に

俺が見た光景は心臓が止まりかけるには十分だったと思う。

 炎の腕が拳を握りこんで、思い切り振り上げて、俺目掛けて叩きつけて

きた。

「う・・・・・ぉっ!」

 咄嗟に刀を出して防ごうとする。でも、刀って無駄だったんだなぁって

後から気付いた。

 炎の拳は俺に狙いを定めて迫ってきた。俺はそれを刀で防ぐ。目と閉じ、

後に来るであろう鈍痛に耐えるために腹に力を入れる。

 刀はあっさりと溶け、勢いに乗った拳が俺の――――・・・・。

「・・・・へ?」

 目を開けて見れば、そんな展開にはなっていなかった。

 拳は刀で受け止められ、ぎりぎりと腕に重圧がかかっている。今まで

バターみたいにとろりと溶けていた刀が、炎の腕を受け止めていた。

「え・・・あれ? なんで・・・・」

 理解が追いつかず思考が右往左往している間に刀は折れ、拳は俺にむ

かって来た。

「うぉおおおおっ!?」

 転がって回避する。起き上がれていない俺をもう一本の腕が狙っていた。

 それは炎の球体のようなものをもって俺に向けて奔流として放った。

(くっそ・・・・これは避けられない!)

 焼かれるか。それともさっきみたいに焼かれずにすむか。二分の一の

賭けだが、賭けるしかなかった。

 熱気が迫ってくる。刀で受け止められた炎からは感じなかった熱気が

あの奔流からははっきりと感じ取れる。この違いがなんなのか。俺には

まだ分かっていなかった。

 その時、声が響く。

『させない・・・・夜月を殺させない・・・・!』

 そんな声が―――――咲良の声がリンと響き、当たる直前だった炎

から熱気が吸い取られていく。熱気の失せた炎の奔流が俺に直撃し身体を

焼く――――――ことはなかった。

 ただ地面に押し付けるような圧迫感があるだけで、直前まで感じていた

熱気は跡形も無く消え失せていた。俺に触れているのに、俺の肉体はおろか

服にさえ、焦げ目一つ付いていなかった。

「どうなってんだ・・・・・?」

『はやく・・・・にげて!』

 そんな咲良の声が聞こえてくる。そのことではっと我に返った俺は押し

つけるような炎の奔流から逃れ、桜子たちがいる場所まで撤退した。

「大丈夫、夜兄ぃ!? さっき思いっきり攻撃されてたけど・・・・」

「それは大丈夫だ・・・・でも、何だったんだあれ?」

 俺は桜子たちにあの場であったことを説明した。そして、六人全員の意見

が一致した結論はこうだった。

「今も咲良の意識は生きていて、俺たちに直撃する攻撃からだけ護ってくれ

ている、ってことか?」

「そうだと思う。二回目の暴走で攻撃の進行方向をコントロールできてた

から・・・・意識さえ健在なら、DUに干渉することもできなくない」

 とは影名の弁。

 そうか・・・・・咲良は、あんな状態になってさえも俺たちを護ってく

れているんだな。

 自分が暴走するのを覚悟で能力解放したあの時も、自分が危険だったに

も関わらず俺たちを助けてくれた。

 これでやっと説明がついた。最初の頃は無謀に突っ込んで行っても周囲

から熱気を感じなかったことも。炎の腕に殴られても、波に押し戻されて

も燃えなかった理由も。さっき刀で拳を受け止められたのは、あの拳が俺

に直撃すると感じていた咲良の意識が腕全体から熱を奪い去っていたから

だった。

 何だ・・・・・こう考えてみれば―――――。

「咲良に助けられてばっかじゃねぇかよ・・・・・俺」

「夜月・・・・・」

 地面に拳を一度、叩きつける。

「あれだけ、絶対助けるとか偉そうなこと豪語しといてさ・・・・咲良の

助けがなくちゃもうとっくに死んでるんだぜ? ・・・情けないったら

ないぜ」

 今思えば、あんな燃え盛る炎の中に突撃なんてバカだ。仲間の援護があ

ったとしても特大級のバカだ。咲良の助けが無ければ本当に死んでいる。

 ――シャアアアアアアッ!

 自分が行った攻撃をことごとく失敗に終わらせられた不朽鳥が咆哮を上

げている。あの炎の鳥が本気で攻撃を放っていれば、それに咲良の意識介

入が無ければ俺は死んでいる。

「それなのに・・・・俺、何やってんだよ? バカみたいに突っ込んで、

それで攻撃が効かなくて、打つ手が無いだなんて・・・・ふざけてる」

 あんな、自分の身体さえ動かせず乗っ取られてしまっている状態の、い

つエクスクレセンス化してもおかしくないような咲良があそこまで頑張っ

て自分のDEATH UNITと戦っているんだ。俺が挫折していていいはずが

ない。さっきだって諦めずに行動したから焼ける攻撃と焼けない攻撃があ

ることを発見できたんだ。だったら、また行動するだけだ。

 でもただ動くんじゃダメだ。どうすれば攻撃が通るか。自分自身で攻撃

を回避できるか。それを見極めて、短期で終わらせる。咲良の命だってい

つまでも大丈夫なわけじゃないんだ。

「海深、落葉。ちょっとの間攻撃から護ってくれ。その間に解決策を見出

してみせる」

「あいよっ! しっかり頼むぜ」

「ちょっとじゃなくても、しばらくでもなんでもいいよっ!」

 それから俺は炎に巻かれる咲良に向かって大声を張り上げ、お願いする。

これは咲良が協力してくれなければ難易度が一気に跳ね上がってしまう。

「咲良っ! 聞こえているなら聞いてくれっ! これから俺たちに来る攻

撃はできる限り無効化してくれっ! 海深たちが盾で防げるようにッ!」

 炎の爆ぜる音にかき消されてしまっただろうか。俺は力の限り叫んだ。

 それが咲良に伝わったかどうかは分からなかった。それでも伝わってい

ると信じて俺は行動を起こした。

「影名、雪女。知恵を借りたい」

「ヨルちゃんの頼みなら!」

「・・・・どうぞ」

 これから俺がしようとしていることは、俺にはできないかもしれない。

でも諦めるわけにはいかないんだ。

「どうして俺の武器は溶けると思う?」

「鉄製だからじゃないですか?」

「じゃあ、どうしたら溶けずにすむ?」

「・・・・刀身の構成物質を変えるしかない」

「何にすればいい?」

「耐熱性の金属・・・って何があったかなぁ?」

「・・・タングステン鋼なら」

 そこまでの会話の最中にも咲良からの攻撃は止んでいない。海深と落葉

が必死に食い止めてくれているが、それも長くはないかもしれない。幸い

咲良にさっきの俺の言葉は届いていたようで、飛来してくる攻撃は全て熱

を奪われた状態だった。しかし、それより何より、咲良を侵食するDUは

もう左足を覆い尽くしてしまっていた。

「名称・タングステン。元素記号はW。語源はドイツ語のWolfram(ウォルフラム)から。

タングステン鋼は非常に重く硬い。大きな電気抵抗と三千四百度を超え

る融点を持っている。単純に硬度が欲しいなら炭化タングステン―――俗

に超硬合金と呼ばれるものを使えばいい。あの炎がその程度の温度なのか

分からないけど――――タングステンでダメならそれ以上の耐熱物質を私

は知らない」

「分かった。それでやってみようっ!」

 俺は目を閉じて精神集中を行う。そのタングステンをイメージして刀を

取り出す。

 しかし、空間から取り出せた刀はいつも通りの鉄製の刀だった。

「ダメか・・・・・いや、もう一回だ」

 俺のDU・刀騎士は空間より無限を誇る数の刀を自在に取り出すこと。

言ってしまえば、それしかできないのだ。

 そんな能力しか持たない俺にできるのか? 刀身をタングステン鋼に

変えるなんて芸当ができるのか?

「できるか・・・・じゃないでしょヨルちゃん」

「・・・・へタレ」

「は・・・?」

 まるで心の中を読まれたみたいで、ちょっと仰天。どうしてこう女って

生き物はここぞというときに勘が強いのだろう。

「そんな弱気じゃできることもできなくなっちゃいます」

「弱気になるくらいなら戦いから外れたほうがいい」

 この二人は・・・・いや、俺以外の五人の目に諦めは一切なかった。俺

がやれると信じて、それを自分が精一杯助けると意気込んで。自分にでき

ることは無いと分かっている桜子でさえ、それしか自分にできないからと、

皆の身を案じ、この戦いが無事に終わることを願ってる。

 それなのに俺が弱気とはな。

「やんなきゃ・・・いけないんだよな。ああ、分かってる」

「なら、迷ってないでちゃっちゃとやれ」

 影名は相変わらず毒舌だな。

 俺は目を閉じて、今度こそ目的の武器を作り上げるべく精神を集中した。

―――――――――。 

 ――――――。

 ――――。

「はぁ・・・はぁ・・・っ」

 辺りには出来損なった鉄製の刀が散乱している。全て目的の武器に成り

えず、もしくは辿り着けなかったものたちだ。

 結果は芳しくない。鉄以外での刀身構成に至ったとしてもそれはタング

ステンにはほど遠い、よく分からない鉄屑だった。

 何度チャレンジしただろう。構成物質を変化できるようになってから、

まともな刀身の形を成したものは一つとしてなかった。

「くそっ・・・・もう一度!」

 この戦いが始まってから似たような言葉を何回言ったのか。自分でさえも

覚えていないほどだ。

 意識を集中させる。タングステン鋼でできた、耐熱性、硬度、共にあの

炎に耐えられるくらいの刀身。

「―――・・・うッ!」

 生まれてきた刀はまともな形をしていなかった。刀身がぐにゃぐにゃに

曲がりとても斬撃できるとは思えない。

「頑張って・・・夜兄ぃ!」

 後ろから桜子の声援が聞こえる。それももうずっと聞き続けているが一向

にできる様子がないのも確かだった。

 俺が刀身構成に入ってからこっちに攻撃が飛んでくることは無かった。そ

れだけ海深と落葉が尽力してくれているということでもある。なのに俺は

まだ一度も成功できていないのだ。

 イタズラに時間だけが浪費されてしまっている。早く、早く成功――――。

 そう急く俺の耳に聞きなれた声の聞きなれない悲鳴が飛び込んできた。

「きゃあああああッ!?」

 同時に爆発する音。石飛礫が俺のほうにまで飛び、悲鳴の主である海深が

覆いかぶさるようにして倒れこんできた。

「おい海深、どうし―――――・・・・・」

 どうした、と聞こうとした俺の言葉は途中で止まることになる。俺に覆い

かぶさったまま何かに耐えるように身体を震わす海深の右足には、大きな

火傷ができあがっていた。

 膝から足首までありそうな大きな火傷。影名が傷口を見、駆け寄ってきた

桜子が包帯を取り出す。

「浅達性2度熱傷程度・・・・・二週間もあれば完治するレベル」

「そこまで酷くないってことか・・・・よかった」

「・・・・よくないって!」

 海深は痛みを堪えて叫ぶ。俺は目の前の海深の怪我にばかり注目がいっ

てしまって、どうして海深が火傷を負ったのかということを全く気にして

いなかった。

「不朽鳥から出た攻撃・・・・熱が消えてなかった」

「な・・・っ!?」

「咲良ちゃんの意識介入も限界ってことかしらね・・・・」

 ――シャアアアアアアッ!

 その不朽鳥はようやっと攻撃が通ったことに歓喜し、こちらへの追撃を

してこない。手当てして前線から下げるなら今のうちしかない。

 しかし海深は俺の意思を知ってか知らずか、足を引き摺りながら前へ出る。

その手から銀色の尖った物体が剥離し海深の正面に並ぶ。それが護鱗である

ことはこの場の誰もが知っていた。

「もうあんまり余裕ないからね・・・・・しっかり決めてよ」

 息も絶え絶えな海深は、それでも前線に立ち俺たちを護ろうとする。

俺たちの制止も心配も、一切を受け付けないといった表情で。全部が

片付いてから、その心配は受けると語っていた。海深が心配で、でも

持ち場を離れられなかった落葉が、海深の復帰を喜びの表情で迎える。

投げられた石は空中で大きく爆発し炎の奔流の進行を阻害していた。

「もう時間がないっ」

 海深を制止しようと前を見た際、見えたのだ。炎に包まれる咲良の

身体。侵食の度合いの目安にしていた炎が咲良の左足を覆い、左腕を

半ば以上まで侵食していたのを。

「間に合わせないと・・・・・!」

 焦るあまりしっかりと精神集中しないまま刀身を構成。それは鉄で

さえないガラクタ以下の物体として顕現した。

 続けて作りだしても同じもの。今までより酷い、ガラクタだった。

「どうして・・・・どうし―――――」

「落ち着け・・・・!」

 不意に目の前が暗くなる。そして顔面を襲ってくる激痛。これは

影名が俺の顔面を蹴ったのだと理解するのに時間を要した。

「ぐ・・・ぉおおおおっ」

「急いては事を仕損じるといいます。まず落ち着こう、ヨルちゃん」

 顔面を蹴られて蹲る俺に雪女の言葉が投げかけられる。影名が俺

の顔面を蹴った理由もはっきりと分かった。

 だが、影名よ。もう少し優しく蹴ってくれ・・・・・。

「時間が無い、急がなくちゃ・・・・そういう時こそ落ち着いて、

冷静に対処すべき。そうじゃなきゃできることもできやしない」

 影名の言うとおりだと思った。慌てて、いいことが起きたためし

なんて俺には無かったから。

「お、オッケ・・・・――――やり直す」

 もう失敗はできない。やり直す時間はあっても、それに頼るよう

じゃダメダメだ。ここでガツンと成功させて、咲良を助け出すんだ。

 そうだ。焦る必要なんかない。俺はここで成功するんだから。

(心を凪げ・・・・想像するんじゃダメだ――――創造しろ)

 何かが心の中を、駆け抜けていく。大翼をはためかせ、見るからに

素早そうなあの不朽鳥のように、重大な何かが心をよぎる。

 それが何なのか、俺にはまだ理解できない。いつの間にか心に響く

声は、誰のものとも知れない男性のものだったけれど。その声は確か

に俺の想いに応えてくれた。


 心を持て。願え。自分の力に、自分勝手に限界を持つな。限界があ

るというイメージが、その力の“本質”を棺にしまい込んでしまう。


 俺に限界はない。俺の力はこんなもんじゃない。あの苦戦していた

時間を、諦めかけていた瞬間を、焦っていた時が無駄だったと思える

ほどに俺の力に限界はない・・・!

 心の中の声が言うのは、この力における定義。定められた条件下に

従い、俺は力を発動できる。

 成功すると、絶対に助けるんだという心が、俺のイメージを加速

させる。今までできなかった刀身構成がいとも簡単にできる。耐熱性

物質で構成された刀身がイメージ内で組みあがる。そしてそれは、現

実に反映される。

「今なら分かる――――俺にできるのは、刀を生み出すことじゃない」

 海深も落葉も防ぎきれず俺の側に着弾する炎を意に介さず、もう俺

の精神集中は乱れない。心の中の、誰とも知れない声も言っていた。

心を持てと。願えと。

 その声が教えてくれた。俺に宿るDEATH UNIT――その“本質”を。



「素よ集え――――――――――――――」



 空間を裂き、刀が現れる。いつもの鉄製よりもずっと重量感のある

それはまさに俺の望んだもので、限界を勝手に定義していた俺では決し

て辿り着き得なかった境地の存在。


 我なら成しえると心を得、其がここに在ると願い、我に限界など在り

はしないとその心に刻み、為すべきことを成すのだと退路を断つ。

 

自分の思い込みを打ち消し、自らを高みへと登らせるに足る目的が

あって、それで初めてそのDEATH(デス) UNIT(ユニット)の“本質”は解放される。

 


「刀騎士――――――――――――ッ!」

 

 

 手にはっきりとある感触。自分がイメージした通りのタングステン鋼

で構成された耐熱性二尺刀身。今まで何の片鱗も見せず、ただ鉄しか生

み出さなかった力。それが今、完全に覚醒した。

「おっ・・・・・やっとかよ、おせぇんだよっ!」

「やったね夜月さん・・・・」

 倒れそうになった落葉と海深を抱きかかえる。二人を地面に横たわら

せてから、左腕を完全に呑まれ残すは頭のみとなってしまった咲良を見

て俺は言う。

「休んでな。ちゃっちゃと助けてくるからよっ」

 ああ、イイ。一度言ってみたかったんだよねこういう台詞っ!

 暢気にそんなことを考えながら俺は今にもエクスクレセンス化してし

まいそうな咲良を助けるべく疾駆する。周囲に伝播する炎の熱気が全身

を襲い、立ち止まりそうになる。

「俺の能力は・・・元素を刀身形に集約するっ! 元素としての効力をそのま

ま刀身に宿すんだッ!」

 故に刀騎士。刀身という武器を持ち、あらゆる状況に屈せず主を護る千変万

化の騎士。

 イメージさえ高まれば、何だって・・・・!

 空間を突き破ってこの世に顕現するは、窒素を宿した冷却の刀身。それが俺

を護るように乱立し怒涛のように押し寄せてくる熱気を片端から冷却してしま

う。一本では二百度程度しか冷却できずとも、それが何十、何百と集まれば、

それは何千度の炎の熱気さえも押し止める。

 右手にはタングステン鋼を宿した超重量の刀。それに刃は存在せず、模造刀

としてここに存在する。仲間を斬るためではなく、助けるために。

「悪い咲良、不平不満文句諸々全部後で受け止めてやる。だから今は我慢して

くれよっ!」

 それを両手に持ち左から右へ薙いだ。手に確かな手応えが伝わり咲良の肋骨

が数本折れたのが分かる。

「よぉ焼き鳥。随分面倒かけてくれたけど、これでお終いだ」

 炎に呑まれかけている咲良の顔へそう告げる。その瞳はもう咲良のものでは

なく、不朽鳥のそれだった。

「これはお前を叩き潰す刀だ」

 両手に持った刃を持たない刀。それを頭上へと持ち上げる。

「名前かなんか付けようか―――――」

 鉄と違い、不朽鳥の炎を以ってしても溶解させ得なかった耐熱性の刀身。そ

れは今、乱立する冷却性刀身によって発せられた冷気をその身に受けしっとり

湿り、僅かに水気を持っている。それが周囲に揺らめく炎の光を乱反射して紅

蓮に煌いていた。

「決めたぜ・・・・・この叩き潰す刀の名前は―――――」

 紅蓮に煌く刀を俺はあらん限りの力をこめて振り下ろした。

 咲良に巣食う悪魔を討ち滅ぼすために。


「ウォルフラム・カーバイド――――――――ッ!」


 タングステン鋼の模造刃が咲良の左鎖骨へと吸い込まれていく。狙いの軌跡

を寸分違わず辿った刀身は鎖骨を完璧に叩き折った。骨を折る感触が腕に伝わ

り、俺は顔をしかめた。

 ――シャジャアアアアアアアアアアアッ!

 今までとは一風変わった不朽鳥の悲鳴が響く。宿主である咲良へ与えたダメ

ージがそのままフィードバックしたのか片翼をばたつかせて大空へ舞い上がる。

「仕留められなかったか・・・・・っ!」

 それを目で追う。不朽鳥の身体から伸びる炎の管が咲良の右腕にある鳥のよ

うな紋章に繋がっている。まだ咲良とのリンクは断ち切れていない。

 ただ、咲良の身体からは離れた・・・・!

(よし、これで咲良の身体を傷つけず攻撃できる)

 そんな俺の安堵を嘲笑うように震えた不朽鳥は、徐々にその形状を変貌させ

ていく。最初は大怪鳥の形状だったものが、粘土を練るようにグネグネと形を

変えていき、最終的には有翼の人間のような格好になった。それはさっきま

での鳥の形状と同じようにやはり、炎を固めて押し込んだように流線型で滑

らかなフォルムをしていた。

「もはや不朽“鳥”じゃねぇじゃねーかよ・・・・」

 それは、星の無い夜空に佇む神にも似て。

 先ほどまでの怪鳥の姿よりもずっと神秘的で。

 “鳥”は体現していなくとも“不朽(くちず)”こそを体現した姿に思えた。

 ――ジャアアアアアアアッ!

 以前―――鳥の形状だったとき発していた甲高い金切り声のような咆哮は

形を潜め、代わりに有翼人形となった不朽鳥から発せられたのはうってかわ

った低い地響きのような咆哮だった。

 有翼人形が掲げた両手から放たれ、今までの炎の腕や奔流が冗談だと思え

るほどの膨大な津波が襲い掛かってくる。万物全てを蹂躙する熱気を孕んだ

炎波が俺に――――俺の後ろにいる皆まで巻き込まんとして猛然と突き進む。

 今の俺の武器じゃ・・・・防ぎきれない。避けるだけなら余裕な距離だが

俺が避けても海深たちは避けられない。なら、どうすればいい。

 ――――俺がこのDUの“本質”を発揮するために必要なことはイメージ

することだ。刀の刀身である限り、どんな元素でも宿らせることができる。

それが金属元素なら直接刀身に、それが気体、液体元素ならそれと同じ性質

を刀身に宿らせる。それがこの“刀騎士”の真の力。


 自分の力に、自分勝手に限界を持つな。


 その言葉が頭の中で反芻される。どこだ? 俺が勝手に限界を作っている

のは一体どこなんだ?

 俺の力で明確に定義されているのは“刀身”であること。刀以外のものを

生み出すことはできない。それがどんなに刀からかけ離れていようとも、刀

と名義されていれば、その刃は“刀身”となり得る。

 そしてその刀身は“元素”から成ならねばならない。

 はっきり言ってしまえばこれだけなのだ。

 これだけしか定義されていない・・・・これだけでもかなり狭まってしまう

のだが、どこかに突破口があるはずだ。他のDUのように、一定のものを生み

出す力じゃない。定義されている条件下ならば何でも生み出せてしまえるのが

“刀騎士”なんだ。

 あともう一つ、決定付けされてしまっていると考えるなら重量だろう。使う

元素によって重さは必然的に決まってしまう。作り出せる総数は決まっていな

い。あと、何がある?

 もう炎波は目前まで迫ってきていた。今までの炎の腕なんかとは比較になら

ないほどの大きさを持った波が目の前まで押し寄せて―――――。

「・・・――――ん? 待て、何だ・・・・?」

 何か、今の言い回しのどこに違和感があった? 今までの炎の腕なんかとは

比較にならないほどの大きさを持った・・・・・・。

「―――――大きさか・・・・ッ!」

 そうだ、思い返してみろ。今までの定義づけされてきた中に面積体積におけ

る定義はなかった! つまり、面積と体積は俺の一存で決められる!

 どんなに分厚くても、どんなに幅広でも、形さえしっかりしていればそれは

“刀身”と定義できるのではないか。刀に使われていたものと同じ形状なら、

どんなに巨大だろうともそれは“刀身”と呼べるのではないか――――いや、

呼べる。ここで呼べるのではないか、と弱気になるから、それが自分勝手に

作った限界だというのだ。

 俺はイメージする。自分の前に、俺と背後の五人全員を護れるほどに大きな

刀身を。峰合わせの状態で、その身にタングステンを宿した耐熱性刀身を。

「・・・・素よ集えッ!」

 もう一度、さっきと同じように叫ぶ。俺の頭上の空間を引き裂き顕現したの

は、俺が想像したものと全く同じ形状をした刀。柄と鍔こそは空間の裂け目に

埋没したままだが、その大きさを身をもって知る。

 峰合わせの刀身二つ。その幅は俺が両手を広げたよりも大きい。厚さは見え

ないから分からないが、空間から完全に出ることができない状態でも高さは五

mを超えているかもしれない。

 ウォルフラム・カーバイドの大盾が紅蓮の劫火をせき止める。濁流の中にあ

る岩のように川を別ち、俺より後ろには二又に裂けた劫火の跡が残るのみとな

った。

「はははっ・・・・成功だっ!」

 正直、今の俺なら何でもできる、なんて思ったりもした。ここまでバカ正直

に自分の思ったとおりに能力発動できるなんて、そんな思考に至っても仕方な

いと思う。

 そんな、中二病的な思考に浸っている暇はないということは、この戦場で実

際に戦っている俺だから分かっている。大盾に攻撃の全てを防御された不朽鳥

は動揺し、腕を剣のような形に変えて突撃してくる。

 両手に在る日本刀の姿をしたウォルフラム・カーバイド。先ほどまでのよう

に模造刀ではなくしっかりと刃の付いた本物の刀。助けるためではなく、対象

を斬るための武器。

 俺は冷却性刀身を持つ刀を周囲に乱雑に配置する。これ一本ではおそらく、

あいつに傷を負わすことはできない。不朽鳥の熱に冷却性刀身の冷却性質が負

けてしまうからだ。だから今のところ、あいつに直接攻撃してダメージを与え

られるであろう武器はウォルフラム・カーバイドしかないことになる。冷却性

刀身を乱雑にその辺に配置することで少しでも不朽鳥から発せられる熱気を少

なくしようって魂胆だ。

「来いよ・・・・とっとと白黒はっきりさせて、咲良を帰しやがれッ!」

 ――ジャアアアアアアアアアッ!

 俺の刀と不朽鳥の剣が交差する。俺は二本の刀。あいつも二本の剣。地の利

はあいつにあるかもしれないが、能力の性能差では俺のほうが万能なんだ。

 他者を食い物にし、他人の命を吸って生きているあんな奴に負ける要素なん

て―――――一切無いっ!

「せあぁああッ!」

 ――ジャアアッ!

 激しく剣と刀を打ち合う。不朽鳥は炎で構成されているはずなのにどうして

物理攻撃が意味を成すのかはよく分からないが、こっちにとっては好都合以外

の何者でもない。余計なことを言って気付かれたら面倒だ。ここは黙っておこ

う。

 幾度も幾度も剣と刀がぶつかる音が響く。炎のくせに中に鉄でも入っている

んじゃないかと思うほどの強度だ。冷却性刀身のお陰で熱気による被害は今の

ところ無い。でも冷却性刀身が無くなってしまえば、俺は熱で一気に殺されて

しまうだろう。そのためには、一刻も早く決着をつけておきたい。

 だが、攻撃に使えるのがウォルフラム・カーバイドしかないのが痛い。この

物理攻撃武器だけじゃダメージは蓄積させられても決定打には至らないだろう。

決定打を入れるためには、もっと何か、強大な攻撃力を宿した刀身を生み出さ

なければならない。大学で化学を専攻していた俺の知識で、どこまでやれるか

・・・・・。

 横薙ぎに振るわれた不朽鳥の剣を右の刀で防ぐ。難しい化学の思考をしなが

ら戦闘行為をするのは想像以上に骨が折れる。

 あの冷却性刀身が液体窒素を宿していることから化合物も多少は扱えるよう

なんだが・・・・どこまでがセーフでどこからがアウトか定かでない今は無理

に化合物に頼らないほうがいい。頼って、それが無理だった場合には精神的に

も肉体的にもピンチに陥りかねない。

 火薬を作るならそれこそ一か八かになりかねない。漫画とかで簡単に使って

いるけど、あれって結構作るの面倒なんだ。

 隙を見て不朽鳥の右腕を斬り飛ばすことに成功した。そのことに歓喜したの

もつかの間、目の前で一瞬で再生されてしまった。固形を持たない炎ならでは

の超速再生技だった。

「ちくしょう――――そこまで忠実に“不朽”を体現しなくていいっての!」

 不朽鳥の火力を下げることが最終目的。そのためにはこの周囲の炎を消し、

その上でこの有翼人形を打倒しなければ。

 残された時間はそう多くない――――――。



次へ~。

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