DEATH UNITの本質
前回の直後からスタート。
「・・・・ふぅ!」
御堂が地面に座り込む。先の戦闘で疲弊していたが、戦闘が継続して
いたために気を抜けなかった春彦も座り込み、暁も朝月もDUを解除
した。直接戦闘では役に立たない金だけが元気だったが。
「これで・・・・氷魚も救われるかな」
「・・・かもな。少なくとも、あのままシティを破壊し続けるよりは
ずっとマシだと思うぜ」
もう動かなくなった肉塊を見遣る。大量の血液を垂れ流す様は同情
を覚えなくもないが、あれはもう軌条氷魚ではない。御堂が危険と看做した
コールネーム付きのエクスクレセンスなのだ。あのまま生かしておくより
も殺してしまったほうが、軌条も安心できるだろう。あの場から走って
逃げ出したのは自分の擬似暴走に皆を巻き込みたくなかったからで。だった
ら、誰も殺してしまわないように殺してしまうのが一番で―――。
この場の誰もがその判断を間違っているとは思っていなかったし、後悔も
していなかった。決断しきれずに放置して、それで被害が拡大したほうが
後悔しただろう。
「さて、戦いもひと段落した。夜月のところに行きたい気持ちも分かるが、
今後のためだ。お前の能力について教えて欲しい。仲間の力が分からない
ままじゃ・・・・な」
朝月は頷いた。話さなければならないことではあったし、連携を取る上
にも互いの能力把握は重要だ。動くものがいないことを確かめてから朝月
は喋りだした。
「俺のDEATH UNITの能力は一言で言うなら―――模倣だ」
模倣――既存にあるものを真似て自分のものとすること。今この状況に
例えるなら他人のDEATH UNITを模倣するということ。
「俺の能力は他人の扱うDUをそのままそっくりコピーすること―――いや、
模倣することだ」
「・・・・なんで言い直した?」
他の誰が驚きの声を上げるよりも早く、暁が鋭く突く。言い直したには
しっかりとした意味がある。朝月自身、凄いなどと囃し立てられるのは好き
ではない。暁の鋭い指摘は返って有難かった。
「これは俺の勝手な解釈なんだけど、コピーって一度コピーしたらそのまま
だろ?」
「そのまま・・・?」
「あ~・・・う~ん・・・・そう!一度コピーして、それが変わっっちゃった
らコピーし直しだろ?」
「ああ、それなら分かりますね」
比喩表現というのも結構難しい。頭の中で思っていることを伝えようと
思っても上手く表現しないと何も伝わってくれない。
「でも俺の模倣は違うんだ。条件はあっても、一度模倣してしまえば半永久的
に模倣したままなんだ。相手の成長に合わせて、模倣した能力も成長する」
「・・・・!」
全員が息を飲むのが分かる。それほど衝撃的であって、軽い説明を聞いた
だけで強いと認識させるほどのものなんだ。
「ってことは、一度模倣されたらこっちが強くなっても意味ないってことか」
「ですね。こっちが強くなればなるほど朝月君が強力になってしまいます
からね」
最大の強みはそこである。だが同時に、最大の欠点もまた存在するのだ。
「さっき条件があるって言ってたな?それも聞かせてもらえるか?」
「条件は、模倣対象が長時間身に着けていたものを俺が身に着けること。
一年くらいで大丈夫かと」
「あ、だからさっき俺に言ったんだな?ずっと身に着けていたものはあり
ませんか、って」
「そうです。ああいう手合いにはリーチも必要ですからね」
そうだ、と言って朝月は手首に付けていた腕時計を外す。それを御堂
に返した。
「いいや、お前が持ってろ。この先も何かと使うかもしれないだろ?」
「・・・・そうですね。大事に預からせてもらいます」
御堂の大切なものである腕時計。最愛の女性だった常光緋月から貰った
ものであり、彼女の形見だ。その緋月の弟である朝月にこれを託すのは
一体どういう気持ちなんだろうか。
きっと、朝月には一生理解できない気持ちなのかもしれない。
「で、だ。朝月、お前今一体どれだけの能力を使える?」
「あ、それ私も気になってた。それによって戦略も作戦の幅も一気に増え
るからね」
金の場合は知的好奇心が主だろ、と言おうとしたが止めた。それは金
自身も理解できていることだろう。それに金の言う通り、作戦においても
朝月の能力次第でいくらでも広げられる。
「え~っと・・・・・確か・・・」
朝月は自分の身体をあちこち確認してから頭を捻って答えた。
「まず桜子の“大伽藍”、海深の“護鱗”、落葉の“爆心地”、雪女の“多
面鏡“、影名の・・・・アレ?名前が出てこねぇ。あと兄さんの”刀騎士“」
「この時点で六つか。あとは?」
「後は、今レパートリーに加わった針天牙槍。・・・・持ち主不明の圧砕
重剣ですね」
「・・・・圧砕重剣、か。なぁ朝月―――」
「はい?」
「いや、なんでもねぇ」
何かを言おうとした御堂は言いよどんで止めてしまった。顔まで伏せて
しまっている。
「なんです?言いかけて止めないでくださいよ、気になるでしょ?」
「いや、な。言っていいものかどうか迷ってな」
朝月に言えないようなことで、おそらくは圧砕重剣絡みのこと。朝月は
そこまで理解できたうえで言う。
御堂が言いよどんだのはこれを告げることで朝月が圧砕重剣を使えなく
なってしまうかもしれなかったからだ。能力的にではなく、精神的に。
「言ってください。それがどんな内容だったとしても、俺が能力を使えなく
なるなんてことにはならないですから」
「そう・・・か。ならその言葉、信頼して言うからな?」
「はい」
二人ともいつになく真剣な顔で、誰も口を挟むことはしなかった。これ
から何が告げられるのかを知らない春彦と金は当然のこと、御堂が何を
言おうとしているのか知っている暁も何も言わなかった。
「その圧砕重剣は、緋月の使っていたDUなんだ」
「・・・・え?」
朝月にとっては衝撃な事実。御堂にとっては朝月の主力である武器が実
は姉の形見であることを伝えること。だから最初言うのを躊躇ったのだ。
この事実のせいで朝月が戦えなくなったら大変だ、と。
朝月は声も出せないようだった。それもそのはずだ。朝月には、自分が
使っていた武器が姉のものだったということだけではなく、別の事実が
圧し掛かっていたからだ。
「本当に・・・・姉さんの武器だったんですか?」
震える声でそう尋ねる。当時のことを思い出すように御堂は語る。
「ああ。形は違わず、使い方にちょっと違いがあるだけだったから最初は
マジで驚いたな。あいつが生きてて変装でもしてんのかと―――」
その御堂に朝月は飛びついた。そして焦りなのか興奮なのか分からない
表情でまくし立てた。
「生きてますっ!俺の姉さんは――常光緋月は生きてますよッ!」
『・・・・・は?』
その場の全員が同じタイミングで言ってしまったのも仕方ないことだ
ろう。朝月は姉の武器だったと聞いただけでそんなことを言い出したのだ。
普通ならショックか何かで頭がおかしくなったと考える。
無論、彼らも例外なくそう考えていた。
「ど、どうした!?そんなにショック強かったのかよっ!」
しかし、そんな考えは朝月の言葉で吹き飛んだ。
「俺の能力にはもう一つ、条件があるんです!模倣の対象が一年以上身に
着けていたものを俺が身に着ける。そして、模倣したDUの本来の持ち主
が存命でないと模倣は解除されてしまうッ!つまり、死んだ人間のDUは
模倣し続けてはいられないってことなんです!」
この説明を聞いて理解できない者は相当バカなのだろう。当然、この場
に理解できないものはいなかった。全員が一瞬で、朝月の言わんとしてい
ることを理解できた。
そして、そのことの重大さ――朝月と御堂にとっての――を知る。
「圧砕重剣が本当に姉さんのDUなら、今ここに圧砕重剣がある限り姉さ
んは生きているんですっ!」
「・・・それは、本当なんだな?」
御堂は顔を伏せて、朝月に最後の確認をする。それに朝月がはっきりと
肯定の意を告げたことで、御堂はその場に膝を付いた。
「よかった・・・・・・本当に。生きてるんだな・・・・・緋月ッ!」
泣いているのか。御堂の声は震えていて、真下の地面は点々と濡れていた。
自分の手で殺したと思っていた恋人。それが生きていると知って、どれ
ほどの思いがあるのだろう。たぶん、御堂は今まで罪の意識に苛まれながら
過ごしてきたんだ。決して解放されたわけじゃないけれど、生きているなら、
いくらでも贖罪はできる。これから一生かけてでも償っていける。そのこと
に感謝している。そして、単純に生きていてくれたことが嬉しい。そういう
涙だろう。
そういう感傷も、朝月の力のことも、何も話すことができないうちに、
事態は動き出す。気持ちなど関係ないと、この世界の都合など知ったことか
と。事態を飲み込む暇さえあたえず、善後策さえ練らせず、進行してしまう。
朝月の背後で“未知の欠片”が脈動した。発光し、その光の強弱でまるで
心臓が脈打つように見える。
「な、なんだ・・・・?」
一瞬の閃光。目を瞑ってしまうような光量に目を逸らし、光が収まった
ところで“未知の欠片”を見遣る。
すでに発光現象は収まっている。それでいて死人たちにはなんの被害も
なかった。とすれば―――。
「あんの野郎はまた・・・・・ッ!」
御堂たちは何かに勘付いたように視線を“未知の欠片”から外す。最初
から戦っていなかった朝月は御堂たちが何を心配しているのか皆目見当も
つかなかった。
倣って視線を向ける。その先には地面に倒れ伏していたはずのコール
ネーム・プレッシャーがその巨眼を見開き、血を噴出しながら身体を起こ
していた。
「ば、馬鹿なっ!?あの傷で・・・・・」
朝月は知らない。第一段階を倒したときにも同じ現象が起きていたこと
を。更に、朝月は死人たちのDEATH UNIT侵食を大きく促進させる“未
知の欠片“から放たれる波動のことを知らない。一回目の時朝月は空間の
狭間に取り込まれていたし、二度目は空間の狭間から脱出していなかった。
それ以降まだ一度も全体にあの波動は放たれていない。
言い換えれば、あの波動を受けておらず、今全世界においてDEATH UN
ITの侵食が一番軽いのは朝月ということになる。
「気をつけな朝月。第三段階にシフトするぞ――っ!」
朝月以外の者は既に第一段階から第二段階へシフトする現場を見ている。
だから左程の驚きもないと思っていた。だが、それは勘違いであった。
バツッ――ッ!
肉の弾ける音がした。限界まで突っ張った皮膚が耐え切れず弾け飛ぶ。
球体だったプレッシャーの身体は内側から膨張した肉によって形を変容
させていた。人間と大差ない高さだった球体は今はもう十mを超える大き
さにまで肥大していた。形は球形ではなくなっている。
巨大な肉塊が広がり四本の手足が生える。さながら亀のような形へと
変貌を遂げていく。
全高は四十五mくらいはあるだろうか。正面から見た全幅は二十m程度
か。全長は六十mを超えているかもしれない。
肉でできた巨大な亀。それが第一印象だろう。
そしてもう一つ。圧倒的存在感をもってそこにあり、正直巨大な身体
よりもそこに目がいくだろう。
頭の部分。それが大きな×印になっているのだ。
全高に勝るとも劣らない大きさの×印。心臓のように時々脈打つのが
生々しい。頭部全体が×印になってしまっているために目も口も見当たら
ない。ただ、クロスした交差点の部分に何かがあった。
「氷魚――――」
果たしてそれは、軌条氷魚の顔だった。
頭があるわけではなく、目と鼻と口があるだけ。交差点に浮き出ている
だけのもの。それでも軌条だと分かったのは暁だけだった。
『よぉ・・・・』
力無き声が耳に届き、暁以外にもそれが軌条だと認識できた。今にも
消えてしまいそうなほどに掠れた声が周囲の建物を破壊しながら膨張を
続けるプレッシャーの音を無視して耳に届いた。
『悪ぃな・・・・・こんななっちまってよ・・・・』
「そんな・・・・でもお前――」
『死んだなぁ・・・・・。でも、お前ら、知ってるだろ?エクスクレセン
スはその段階が進むにつれて人間の感情らしきモンが出てくるって』
それは朝月が三島三好から直接聞いたことで、他の連中も受け取った
資料を読んで知っているはずのことだった。
第一段階に感情は殆ど無い。能力に乗っ取られた、ただ衝動的に人を
襲う存在。第二段階は怒りや憎しみといった強い感情が面に出始める。
所構わず人を襲う状態から怒りや憎しみの対象を襲う形に切り替わる。
だが外敵がいる際には問答無用で攻撃してくるが。
そして第三段階。まだ二体しか確認されていない上、一体は無言。もう
一体が警告を促すような発言をした。そのことから第三段階になったエク
スクレセンスには人間的な感情が戻ってくるのではないかと三島は推測
していたのだ。
そして目の前には第三段階と化したコールネーム・プレッシャー。そ
の中心で今まさに自分の意思で会話しようとしている軌条氷魚。
『どうやら三島の推測は正しかったみてぇだ・・・・・こうして俺が今
喋れてんだからな・・・・っ』
軌条の顔が歪む。それは表情が変わったという意味ではなく、周りの
肉に押しつぶされる感じで歪んでいく。
「氷魚―――っ!」
『聞けッ!』
切羽詰った軌条の声が助けに行こうとした暁を止める。
『どうせ俺はもう死んでんだ・・・・助かりゃしねぇ。だから、聞いて
くれ』
周囲からの圧迫に抗い、暁に何かを伝えようとしている。E4が警告
じみたことを言いながら修之さんに襲い掛かったことから自我はあっても
身体の自由が利かない可能性はあった。だが、今軌条の意識は消されよう
としている。
『自我なんてあって無いようなもんだ・・・・すぐに押しつぶされちまう。
だから・・・・時間がねぇ。手短に言う』
『エクスクレセンス化することでDUの能力は最大まで発揮される。でも、
本当にヤバいのは第三段階になっちまうことだッ!』
最初は言っている意味が理解できなかった。エクスクレセンス化して
能力が最大まで発揮されることじゃなく、第三段階になってしまうことが
本当にヤバい。それがどう違ってどうヤバいのか。理解ができなかった。
だがしかし、次の軌条の言葉で一気に払拭された。
『こんな状態だから分かる・・・・・確かにエクスクレセンス化したこと
でDUの能力は最大まで発揮された。でも、第三段階にまでなっちまって
DUそのものが顕現しちまうと・・・そのDUの“本質”が出てくる!』
DUそのものの顕現。DUの“本質”。
それはどういう意味なのか。第三段階にまでなったエクスクレセンス
は人間の肉体を全部糧にして吸収してしまった状態のことのはず。それ
をDUの顕現というなら、DUの“本質”とはいったい何なのだろう。
能力の最大発揮とは違う。同じなら言い換えたりはしないだろうし、
ここまで必死に伝えようとはしないだろう。
『それぞれのDUにあるそれぞれの“本質”―――そのDUの本当の力
だッ!俺たちが使っていた力はDUのほんの一部でしかなかった。そして
エクスクレセンス化で発揮されるのはその“ほんの一部”の能力の最大
発揮でしかないってことだッ!』
「な―――ッ!?」
これが、これほど強大だと思っていた力が・・・・ほんの一部だって?
朝月も暁も心の中で有り得ないほどの驚愕を得ていた。いや、二人だけ
ではない。御堂も春彦も金も全員が、同じ思い。
螺旋鎖鎌も神の瞳も針天牙槍も塵界嵐も模倣も。全てがDUの“一部”
だという。自分が自信を持って強いと言える力が一部だというのだ。
そして、第三段階になってしまうとそれの“本質”が現れるのだという。
つまり、一部ではなく全体。欠片だった能力が塊になってしまう。
もう軌条の顔は消えようとしていた。
『俺のDUの―――爆縮の本来の力は空気の圧縮なんかじゃねぇ!こいつ
の本質は“万物の圧縮”だ。こいつの視界内に入るもの全部所構わず押し
潰されちまうぞッ!』
そこまで言い切って、軌条の顔が完全に潰れた。周囲から押し固められ
るようにして消え、埋もれていった。最後に聞こえた言葉は酷く悲しく、
最後の思いだった。
『死ぬんじゃねぇ・・・・それで、俺を助けてくれ―――』
「氷魚ッ!」
暁の叫びはもう届かない。二度と。第三段階になって取り戻した自我も
失ってしまった。第四段階があるのかも分からないが―――もう軌条の
自我が戻ることはないだろう。
そして、目の前には完全に変貌を終えたエクスクレセンス第三段階が
いる。軌条の言っていた“万物の圧縮”という本質を発現させた今までの
無いほどの強力無比な存在が。
軌条の死を受け入れ、最後の望みを叶えるべく、淀み無く戦いの構えを
取る暁。それに倣って朝月も晴彦も御堂も武器を構えた。
そして、プレッシャー第三段階が動く。
ブチュッという音がした。そこが発信源なのか分からない。プレッシャー
第三段階の×印の顔の棒となって突き出ている部分。交差点部分に軌条の
顔があったとすれば、それは軌条の顔の斜め四方。そこに亀裂が走っていた。
大量の血液を流しながら、それはゆっくりと開く―――。
『こいつの視界内に入るもの全部所構わず押し潰されちまうぞッ!』
軌条の言葉がフラッシュバックする。ついさっき聞いたばかりの言葉
をこれほど重いと感じたのは全員が初めてだった。
交差点部分である×印の中心から斜め四方に伸びる棒の部分。そこに
あったのは・・・・・・。
――――眼、だ。
圧倒的に巨大で有り得ない恐怖と異様な嘔吐感さえ感じるほど巨大な
四つの眼球。それが不気味に蠢いていた。
「ひ―――――っ」
誰があげた悲鳴だったか。それを確認する前に春彦が鎖で金を巻き取り、
御堂と暁は左の建物の影へ。朝月は春彦と金を連れて重力制御で真上へ
飛び上がった。
その直後。ついさっきまで五人がいた場所にあったものが全て消えた。
正確には、抉り取られたと言ったほうがいいかもしれない。地面も瓦礫
も埃さえも残さず、そこにブラックホールでもできたのではないかと
思うほど綺麗に無くなった。
その跡地に何かがコンっと落ちる。それは有り得ない力で圧縮された
地面や瓦礫、埃の集合体だった。大きさは―――小指の爪ほども無い。
朝月のいた場所から御堂のいた場所まで二mも離れていなかったとは
いえ、体積も面積も今落ちた集合体の数十倍以上もあるはずだ。それが
あれほどまでに小さく圧縮されてしまった。
「これが―――――――――DEATH UNITの本質・・・・・ッ!」
人が当たれば血を落とす暇もなく、跡形も無く潰されてしまうほど
の力。軌条が使っていた空気の圧縮は、あの“万物の圧縮”という本質
の一部だった。
建物の影へと飛び込んだ御堂と暁は既にプレッシャーの視界から外れて
いた。しかし朝月たちは上空。遮るものなど何も無く、プレッシャーの巨
大な眼が上を向く。
「やっべ―――――――うっ」
朝月が移動して視界から外れようとした。が、四つある眼のひとつに睨
まれた瞬間、形容し難い重圧のようなものに襲われる。
まるで銃口を突きつけられているような緊張感。目の前にあるものを
認識し状況を理解することで得られるはずの緊張感が、状況も目の前に
あるものもまともに理解できていないこの状況下で感じてしまう。
プレッシャーにとって、あの巨大な四つの眼こそが最大の武器。銃口
に匹敵する存在なのだ。
「朝月君ッ!逃げてください急いでッ!」
「・・・っ!?」
春彦の一喝で自分の動きの一切が止まっていたことを朝月は知る。もう
敵の眼は朝月を捉えていた。
急上昇する朝月を追いかけるように次々と空間が圧縮されていく。上空
にいるせいで巻き込まれるものは無かったが早く隠れるなり何なりしないと
非常に危険だ。重力制御は実はそこまで精密な動作までは操れない。せいぜ
い上昇下降、移動がせいぜいなのだ。
「このままじゃ・・・・・」
上昇し、横へ移動し、下降する。そういう動作を繰り返しているがそれも
もう限界だ。先を読まれてしまえば――――――抗う術なく潰されてしまう。
どうにかしてあの眼の視界からはずれなければ・・・・・。
「朝月、こっちだッ!」
声のした方を向くと御堂が右手を振りかぶっていた。そこには針天牙槍が
握られている。暁の姿は見えなかった。
「伸びろ、肥大せよッ!」
投げられた針天牙槍が大きく、太く、長く変化する。斜め上――――
朝月たちに目掛けて投げられたそれは、御堂と朝月たちの間を繋ぐ橋
のように見えた。
『これの内側を通れっ!俺が支えてる間に・・・・!』
「・・・・なるほど!」
言ったのは春彦だが朝月にも状況は理解できた。この肥大した槍の
大きさは朝月たちくらいなら軽々と覆い隠せるだけの大きさがあある。
プレッシャーと朝月の間に槍を挟んで障害物とし、槍が潰されてしまう
前に御堂たちのいる場所まで駆け抜けろ、ということか。
槍の角度は暁が支えている。砂という塵に変化し身体を固めて大きな
腕のようなものを作りだしている。想像以上の負荷がかかっているのか、
あまり時間は無いだろう。それに、この光景はプレッシャーだって見て
いる。あまり時間をかけては槍も暁も圧縮されてしまう。
「行くぞっ」
無重力状態で槍の一部を蹴る。あっさりするほど身体は動き、プレッ
シャーとの間に針天牙槍を挟んで移動を開始する。
「・・・・」
位置を知られないために無言で移動する。奴に耳がついているのか
怪しいところだが用心に越したことはないだろう。
少し慎重に移動していたため速度が遅かった。それが原因でもあった
だろう。槍の半ばほどまで移動した時、急に槍が傾いた。
『ぐぁああああッ!』
ガクンッ!と槍が下がり倒れ始める。朝月は状況を確認せずに移動す
る速度を上げて槍が倒れるのに合わせて自分の高度も下げていく。そ
して槍が倒れきる前に渡りきることができた。
「はぁ・・・・はぁ・・・っ。な、何が・・・・?」
「暁が潰されたんだ。だから槍を支えきれなくなったんだな・・・」
槍が倒れた跡にはもうもうと土煙が舞っている。塵になっているはずの
暁の姿は見えない。バラバラになってしまったか、身体全身を圧縮されて
しまったか・・・・・。
「・・・まだ生きてます。バラバラになった身体を必死に集めている
みたい・・・・」
いつの間にかDU――――神の瞳を発動させていた金が言う。
「今の攻撃で身体の一部が欠損したと思われ、追撃を回避するために一度
バラバラになった可能性あり。周囲に土煙等の障害物が多く、再集結には
少々時間がかかる可能性あり」
―――――相変わらずこういう口調になってしまうようだ。DUの侵食
が進んでから能力発動時に金の口調が変わってしまうのは知っていたが・
・・・慣れないな。朝月を含めて春彦もそう思った。
「戻ってくるまで待つしかないか――――げっ!あいつ動いてやがる!?」
軽い地震くらいの衝撃だろうか。プレッシャーが一歩歩く度に地面が揺れ、
すぐ側の窓ガラスが割れたりしている。・・・・割れずに残っている窓ガラス
自体がもう少ないが。
朝月たちが呆然としている間にもプレッシャーは着々と歩を進めている。
もうあと一、二歩も進めばプレッシャーの視界に朝月たちが入ってしまう。
「逃げるぞ・・・っ!何の対策も立ててない今じゃ勝機が無いっ!」
御堂が先導して建物の裏に回っていく。間一髪、だ。後一分でも動く
のが遅かったらあの眼の視界内に入ってしまい“万物の圧縮”の猛攻に
晒されていたことだろう。
「どうする?正面からじゃ近づくこともできやしない。あっさり潰され
て終わっちまう。何とかして倒さないと――――シティの外に出られた
りなんかしたら、悲惨なことになる」
今はデルタセントラルシティ内だからいい。元よりこのシティ内に
生存者は少ない。しかし、シティの外となれば話は変わってくる。この
死人の巣窟であったデルタセントラルとは違い、シティの外は一般人の
ほうが圧倒的に多いのだ。おまけに暴走せず生き残っている死人がどれ
ほどいるだろう。彼らは実戦経験はおろか訓練さえ受けていない、ただ
超常的な能力を持っただけの一般人に過ぎない。第一段階ならまだしも
第二、第三段階まで至ったエクスクレセンスが現れれば、逃げるしかな
い。プレッシャーのような隊長格にまで伸し上がった人が第三段階まで
になってしまった。これがシティを出れば――――甚大な被害は想像す
るに難くない。
「とりあえず後ろに回り込みましょう。そうすれば視界に入ることは
ないはずです!」
「なら俺は上から攻めることにしよう」
御堂は槍を手に持ち、朝月は左腕をロケットランチャーへと変化させ
た。
[Distance]
この誰のものとも知れない声にも慣れたものだ、と朝月は思う。一体
誰の声なのか定かではないがおそらく、このDUの元となった人の声な
のだろう。
「俺は上から。朝月は背後から攻撃してくれ。春彦を金を護ってくれ。
それで危ないと判断したら俺と朝月を回収してくれ――――頼めるか?」
「はい、もちろん!」
「なら、行動開始だッ!」
御堂はその場で膝を折り曲げ、垂直に跳躍した。その高さたるや、ビル
の屋上まで軽々と届いてしまうほど。
「え・・・・なんであの人、あんな跳べるの?」
「さ、さぁ・・・そういえばさっきの戦いでも上から降ってきた気がし
ます・・・」
この人は一体何者なんだろう・・・・?
そんな疑問が金を含めた三人の頭に浮かんだ。
走る速度を落とさず角を曲がった三人は自分たちがプレッシャーの
背後に出たことを確認する。
「春彦はここから見ていてくれ。万が一のことがあって、お前が視界内
にいたんじゃ意味ないからな」
「はい。気をつけてくださいね」
「ああ」
フェイスバイザーの通信機能で御堂に連絡を入れる。通話機能を使っ
て会話するのが普通だ。このデルタセントラルシティにおいて電話回線
や通信網は全てブリッツタワー・セントラルが管理している。そのタワ
ーがあんな状態になっている今、このシティ内部で電話等の使用は殆ど
不可能と言っていい。機能が停止しているかまではわからない。もしか
したら停止していなくて普通に携帯端末から通話できるかもしれない。
しかし今はそんなことを確認している暇はないのだ。それにシティの
通信網が健在であろうと無かろうと、このフェイスバイザーなら問題
なく通話できる。
何か非常事態になった時、タワーが機能しておらず隊員同士の情報
交換ができない、指示の通達ができない、ではどうしようもない。だ
からフェイスバイザーはシティ外のセンターを経由して通話・通信を
行っている。こんな状況でも普通に通話できるはずだ。
「聞こえますか御堂さん?」
『ああ、ばっちりだ。シティ外センター経由じゃなきゃ連絡も取れない
ところだったな』
「ええ。こっちの準備はオッケーです。そっちはどうです?」
『準備万端ってとこだ。そっちのタイミングで始めてくれ』
プレッシャーはまだ朝月たちを探しているのか、ズルズルと亀みたい
な速度で移動している。後ろは完全に無防備だ。これならいつ攻撃を
仕掛けても問題ないように見えるが、朝月はしばらく様子を見る。
背後に対して全くといっていいほど気を配っていないのが納得できる
までじっくりと観察し、手に持った針天牙槍を握り締める。
そして、言った。
「今ですッ!」
『おうッ!』
朝月は建物の影から。御堂はビルの上からそれぞれ飛び出し、プレッ
シャーの上と背後からそれぞれ同時に攻撃を仕掛けた。
『伸びろ、肥大せよッ!』
上空と背後から同時に、同じ太さと長さを持った針天牙槍が突き出さ
れる。巨大なプレッシャーに負けず劣らずの厚みを以って挑みかかった
槍は――――――。
プレッシャーの肉体に届く前に、見えない圧力に押しつぶされた。
二本立てと言えば聞こえはいいものの、字数制限を考えず書いちゃって一挙に投稿できねぇ! となった次第であります。ごめんなさい。
第三段階、キモいですね==
戦いも半分くらい(?)かな。戦闘描写が面白いと思ったならこれからもお付き合いください。
あ、もちろん戦闘以外が面白いでもいいですよb
では次回~。