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消えた星空

春彦たちと別れてからそれなりの時間が経った。

 夜月一行はようやく、例の火柱が立ったであろう場所に辿り着くことが

できた。

 そしてそこにはやはり、夜月の仲間であるザ・フェニックスがいた。

 右腕にいつもつけている拘束具がはずれかかっている。フェニックス

本人を取り囲むように紅蓮の炎が渦巻いていた。

「おいフェニックスっ!大丈夫かっ?」

 炎を纏っていない左腕で顔を押さえていたフェニックスがこちらを向く。

その表情は今にも狂気に染まりそうで、必死に耐えていた。

「よる・・・・つき?どうして・・・ここに?」

「バカ言え!あんな盛大に火柱噴き上げといてどうしてもクソもあるか!」

「そっ・・・・か」

 今にも倒れそうに身体をフラつかせながら立っているフェニックスを

海深は見ていられなかった。駆け寄ろうとした海深をフェニックスが

鋭い声で制した。

「来ないでっ!今のワタシは能力を制御できてない・・・無理矢理抑え

込んでるけど、いつまた暴走するか分からないっ!」

 怯えるように言う。

 彼女もまた“未知の欠片”によって強制暴走に追い込まれた者。擬似

的とはいえ自分の意思に関係無くDUが暴走し他者を襲うのだ。それが

怖くない人間がいるだろうか。

「だからって、そのままにしておいたらお前―――」

 エクスクレセンスになってしまう。

 擬似暴走はその名の通り、DUの侵食が進み能力の制御が弱くなった

時に起こる、エクスクレセンスになる一歩手前の現象。このまま放置して

しまえばエクスクレセンスになってしまう。

「じゃあ、どうするっていうの・・・・・?」

「それは・・・・」

 知らなかった。

 擬似暴走を起こしてしまった死人を――どうすれば止められるのか。

 そもそも止める方法などあるのかどうかさえ。

 この場にいる全員が知らなかった。

 擬似暴走しているフェニックス本人さえも。

「解決策がないなら・・・・近寄らない・・・ほうがいい。ワタシはいつまで

ワタシでいられるか・・・・わからない」

 そのとき、フェニックスの目が一つの――いや、一つではなかった。視界に

捕らえたものは一見小さく、一つに見えても、実際は小さくもなく一つでも

無かった。

 上空――空高く舞い上がっているのはおそらく、エクスクレセンス。

 翼の端から端まで十m以上あるのではないかと思われる有翼のエクスクレセ

ンス。何匹かいたそれの一匹が夜月たちに向けて降下を始めていた。

(まずい・・・・夜月たち・・・気づいてない)

「咲良さん、大丈夫ですかっ?」

 視線が変な方向に向いているのを見て気がおかしくなったと思われたのかも

知れない。

 落葉の声も今のフェニックスには遠く聞こえる。意識が消えかけている。こ

れが擬似暴走の再発の予兆なのか、エクスクレセンス化の予兆なのか。

 それは分からずとも一つだけ確かなことがある。このまま自分が暴走すれば

夜月たちは確実に死ぬ。暴走した自分に空から降下してくるエクスクレセンス。

向こうが六人だとしても勝てるはずがない。

 思考に気を向けすぎた。足の力が抜けて膝を着いてしまう。

「しっかりしろ不知火咲良ッ!気を保てっ!」

 不意に、本名を呼ばれ過去の記憶が蘇る。自らがDEATH UNITと得るきっ

かけとなった事件。十年以上も前のセブンスカラー・フィナーレに等しい惨劇。

 一つの小さな町が地図上からその名を消した事件。

 自分の想いに呼応して発言したDU。それによって焼かれていく町。死に行く

人々。あらゆるものが無に帰す瞬間。星の瞬く夜空が消えた瞬間。

 自分の心を抉るように思い起こされる過去。咲良はこの能力を持ってよかった

と思ったことなど、なかった。

 自分からあらゆるものを奪った炎と同じ、炎を操る力。最初は嫌悪し、無く

なってしまえと自殺しようとしたことさえあった。夜道を歩いていたら数人の

男性に囲まれて襲われたこともあった。そんな時、解決したのはこのDEATH

UNITだった。

 凶器を焼き溶かすことで自殺を止め、男性全てを焼き殺すことで咲良を救っ

た力。咲良自身を救うと同時に咲良の心に炎に対する恐怖を植えつけていった。

 夜空を嫌い、火を恐れ、当所(あてど)もなく歩き続ける咲良に友人と呼べる存在など

いなかった。死人となった咲良に、普通の人間と同じことはできなかった。

 炎に対する克服もできず、奪った炎を許すこともできず、自らの手による

死さえも許されなかった咲良にできることは一つだけ。DUを封印して使えな

いようにすることのみ。見よう見真似でやってみた封印術が功を奏し、咲良

の能力の大半は封印された。

 無くなったわけではない。封印されただけ。それでも咲良の心は救われた。

 この右手の封印は戒めなのだ。この力から逃げるための封印であり、

この力と一生付き合っていく覚悟の証。能力が間違った場所で振るわれ

無意味な死を引き寄せないための封印。

 大空を舞っていた敵はもう近くまで来ている。今更気付いても遅いし、

あの威圧感はおそらく第二段階以上。下手をすれば第三段階にまで到達

しているかもしれない。

 咲良は覚悟を決めた。咲良は自分のために能力を開放したことなど

殆どなかった。大半は他人を護るためか自分の身を護るため。自ら攻撃

のために能力を開放したことは殆ど無い。

 能力が暴走したとき、咲良は本気で恐怖した。今の咲良には仲間が

いる。自分が暴走することで、また人を焼いてしまう。友達も、家族も

また、焼いてしまう。その恐怖が咲良を襲った。

 だから必死に抑えた。封じ込めた。自分の恐怖を消すために死に物狂

いで。

「どうすれば止められる・・・・?何をすればいいんだっ!」

 夜月の悪態が聞こえる。擬似暴走を引き起こした死人を止める方法。

それは実際に擬似暴走した咲良でさえも分からない領域。そもそも、そ

んな方法があるのかどうかさえも分からない。

 ―――初めてかもしんないな。

 夜月は仲間を護ろうとしてくれている。どうしようもない状況で、自

分に危機が迫っていることにも気付かないくらい集中して 

純粋に嬉しかった。だから、護ってあげたいと思った。

 ―――DUに出会えてよかったと思った瞬間って。

 咲良はボタンに触れた。右腕を縛っている沢山のベルト。それを一度に

外してしまうボタンに手をかける。

 地震が起きた。震源地が近いと認識させるほどの地震。突如として地面

が膨れ上がる。

 そこから現れたのはモグラ。巨大なモグラが姿を現す。桜子や雪女の

悲鳴さえも、今は遠く感じた。

 走馬灯のように記憶がフラッシュバックする。嫌なことまで思いだして

しまうのは考え物だったが、楽しかったこと、嬉しかったことを思い出せ

ることは嬉しかった。

 ―――あ、一回だけあったかな。

 記憶の一つ。もう何年も昔の話。独りだった自分に手を差し伸べて

くれた二人の女性。フードが翻り、長い髪が揺れている。死人になった

咲良に初めて光が見えた瞬間。

 メイガスとアッシュとの出会い、。

 ―――DUに出会えてよかったって思えたこと。

 そして今も思う。

 この能力が自分に在ってよかったと。

 右手を伸ばす。仲間を護るために、自分を犠牲にしようとしている。

 いや、違う。

 自分の未来を、仲間に預けているのだ。

「夜月――――」

 小さく呼ぶ。自分の発する炎の音と、空から迫る敵の音、地面から

現れた敵の咆哮で聞こえずとも、聞こえることを信じて言う。



「後のことは―――頼んだよ」



 夜月は振り返った。聞こえるはずは無いのに、まるで聞こえたかのよ

うに。

「フェニックス・・・・?」

 呼び方はフェニックスに戻ってしまっていたけれど、咲良は満足した。

 最後に顔が見れたから。

 ボタンにかけた手に力を込める。その瞬間を見た夜月の目は驚愕に

支配された。夜月はそのボタンの意味を知っていたから。詳しい過去は

知らずとも、そのボタンを押せばどうなるか。そのことを知っていたから。

「フェニックス・・・・止めろッ!」

 夜月の制止も意味を成さず、ボタンは押し込まれた。

「これが、最善なんだよ・・・分かってる」

 バチンバチンっ!と音を立てて咲良の右腕を覆っていた黒いベルトが

外れていく。この場にいる全員が始めてみる咲良の右腕。素肌が露わに

なったそこには、鳥のような赤い刺青があった。

 ベルトが完全にはずれ、黒い手袋が燃えて消える。周囲に満ちる温度

も明らかに変化していた。

 咲良は右腕を大空から降下してくるエクスクレセンスに向ける。さっ

きまで少し明るかった空はもう、夜の帳を降ろし初めていた。



「星空を掻き消せ―――――――――」



 咲良から漏れている炎が発する音も。巨大モグラの咆哮も。降下して

くるエクスクレセンスの風を切る音も。全てを透過して咲良の声が響く。

 咲良の右腕を覆う炎がより一層輝き、膨れ上がった。次の瞬間、大きな

閃光が溢れた。

 まるで――空を覆った星空を掻き消すように。



不朽鳥(くちずちょう)―――――――――ッ!」



 咲良の腕から巨大な鳥が翼を開かせる。その鳥は炎ではなく、炎を固め

て容器に押し込んだようで、炎にはない滑らかな流線型の身体を持ってい

た。一秒と経たずに周囲は灼熱の炎で満たされ、不朽鳥が羽ばたくと同時

にその勢いを増した。

 熱で肌が痛い。敵を確認するために上を見上げて、愕然とした。

「空が―――無い」

 誰が言ったか、その通りだった。ついさっき瞬き始めていた星空が

綺麗に無くなっていた。実際になくなったわけではない。ただ、周囲の

炎の光量のせいで星が見えなくなってしまっただけだ。

『星空を掻き消せ』

 言いえて妙だと、夜月は思った。

 そして納得する。咲良が夜空を恐れていたわけを。

 ――シャアアアアァァァアアアァアア!

 不朽鳥の鳴き声が響き渡る。炎を纏う鳥が巨大モグラに取り付いた瞬間、

巨大モグラは一瞬にして燃え上がり、十秒も経たずに塵も残さずに消え去

った。降下してきていた有翼のエクスクレセンスもやはり、数秒も持たず

に塵と消えた。

 ただ飛翔するだけで周囲は燃え、次々と視界から星空を消し去っていく。

 ちらちらと降り始めていた灰色の雪さえ近づけない。

「ど、どうして・・・・」

 桜子が呆然と呟く。当然といえば当然だ。さっきまで擬似暴走を必死に

抑えていたのにどうして能力解放などしたのか。そんなことをすればすか

さずDUが擬似暴走を引き起こしてしまうことは明白だったのに。

 自分たちを護るためだ、と夜月は理解する。巨大モグラの襲撃だけなら

対処はできた。しかし上空から降下してきていたエクスクレセンスには

気付いていなかった。巨大モグラに対処できていたとしても有翼のエクス

クレセンスには対処が間に合わなかっただろう。全滅とはいかないまでも

何人かは――死んでいただろう。

 フェニックスは――いや、咲良は夜月たちがどんな過去を持っているか

を知っている。だから夜月にとってこの場の誰か一人でも失うことは過去

の再現になりかねないということを知っているのだ。

 だから、自分が犠牲になろうとした。この中では一番付き合いが短く、

浅いのが自分だったから。死んだとしても、一番夜月の傷が浅くて済む

のは自分だから、と。

 危険を顧みずに能力解放を行ったのだ。

「・・・バカ野郎―――ッ」

 夜月は走った。炎が迫り熱が肌を焼こうとする。炎に押し返されて

雪女に助け起こされた。

「何やってるんですかヨルちゃんっ!どうしてあんな無茶を―――」

「―――ってねぇよ」

「え・・・・?」

「何も分かってねぇよッ!」

 拳を地面に叩きつける。血が滲み、痛みが襲う。

「何が最善だッ!何が分かってるだッ!これのどこが最善なんだよッ!?

お前が犠牲になることが最善だってか?何も分かってねぇじゃねぇかよ!」

 本当に最善だというならこんな結果にはならなかった。

「敵が来てたんなら一言言えばいいだろっ!死ぬかもしれない危険を

犯してまで助けようとすんなよッ!」

 その夜月の叫びさえ、咲良には届いていなかった。

「ダメ・・・完全に暴走してる・・・!」

 雪女がそう言った直後、夜月の真横を炎が通り過ぎる。威嚇行為なの

だろうか。これ以上近づけば次は当てる、と。

 それでも夜月は立ち上がって叫んだ。

「確かに俺はこの場の誰一人として失いたくなんてないッ!もうあんな

思いは沢山だッ!でもな―――」

 一歩踏み出した夜月に向かって炎が放たれる。不朽鳥から直接放たれた

それは地面もいとも簡単に溶かし、夜月に先ほどのエクスクレセンスと

同じ運命を辿らせようとしている。

 しかし怯まず、避けず、夜月は叫ぶ。炎の爆ぜる音で声が届くかどうか

も分からない状況で、ひたすらに叫ぶ。

「夜月さん、危ないっ!」

 海深が護鱗を夜月に迫る炎を阻む形で展開する。しかし、

「う・・・そ・・・っ!?」

 護鱗は一瞬で溶解した。五秒と形を保てずに溶解した。今まで海深の

護鱗を突破したのは朝月の圧砕重剣しかなかったというのに。

 自分のDUも発動させずに夜月は咲良を見続けた。炎が迫り、自分に

触れる寸前、



「――――――その“失いたくない”の中にお前だって入ってんだよッ!」



「・・・・ッ!」

 炎が急に方向を変えた。

 急上昇して夜月に直撃するコースから外れていく。そのまま夜空を昇っ

ていき消えていった。

 ――シャアアアアァァァアア!

 自分の意思に反して攻撃が逸れたのが気に食わなかったのか不朽鳥は再び

炎を放ってくる。

「・・・・ッ!」

 再び炎が進路を急変更する。咲良の右腕の動きに沿う形で進む向きを変え

ているようだ。

 丸々炎に覆われてしまった右腕を必死に動かして次々と放たれる炎の進路

を変更していく。全ての炎は明後日の方向に逸れていった。

「声が――――届いている?」

 暴走しているなら絶対に起こりえないこと。死人の意思に反してDUが

暴走するのだから肉体の支配権は当然DUにある。だからDUが能力を

操れないことはないはずだ。

 だというのに今の不朽鳥は攻撃をできずにいる。攻撃しても途中で無理矢理

進路を変更されてしまって攻撃が届かない。そのことに憤りを感じて不朽鳥

が咆えている。

 ――シャアアアァアァァァァ!

 徐々に咲良を取り巻いていた紅蓮の炎が沈静化していく。右腕は丸々炎

に包まれたままだが、少なくとも周囲に散乱していた炎は消えた。

「よるつき・・・・」

 弱弱しい声で名を呼ぶ。不朽鳥の咆哮も炎の爆ぜる音も消滅している今

ならどんなに小さな声も聞き逃さない気がした。それが助けを求める声なら

なおさら。

 駆け寄って抱き起こす。今度は何事もなかった。

「大丈夫か・・・・暴走は収まったのか・・・・?」

「ううん・・・また、再発するよ・・・」

 暴走して抑え込まれ、また暴走して沈静化する。変化の激しい擬似暴走

なだけに後の展開が全く読めない。ただでさえ擬似暴走に関しての情報は

無いに等しいというのに。

 安堵もほどほどに夜月は叱咤した。

「お前――さっき最善だ、とか、分かってる、とか言ってたけどな・・・

何も分かってねぇよ!」

 右腕を覆っていた炎が勢いを増し始める。そこから炎が漏れ出し、周囲に

拡散していく。

「確かに俺はここにいる誰一人として失いたくなんてない。でもな、その

“失いたくない”の中にお前だって入ってるんだ!こんなことして勝手に

死んでもらっちゃ大迷惑なんだよッ!」

 抑制できたのはほんの数秒にも満たない時間。何かを告げたいのならと

ても足りない、短い時間。自らが炎に包まれるギリギリまで夜月は咲良の

側で言葉を紡ぐ。

 次に暴走してしまえばもう抑制はできないだろう。そうなったら言葉が

届くこともなくなる。だから危険を犯してでも今告げなければならない。

「死ぬ直前まで生を諦めるなッ!また俺に“死”を突き付けるつもりかよっ!

自分が犠牲になればいいなんて、絶対に思うんじゃねぇッ!」

 自分が犠牲になれば助けられるんじゃないか。自分がそう思ったことがある

からこそ、それがとても怖く、足が震えてしまうほどの恐怖だと知っている。

 かつて恋人の死に生きることを諦めかけた弟を叱ったからこそ、生き残れる

可能性のある中で諦めることは許せない。例えゼロに近い可能性だとしても、

ゼロじゃないなら希望はある。

 可能性が一%しかないなら百分の一に賭ければいい。可能性がコンマ一%し

かないなら千分の一の確率に賭ければいい。諦めなければ生き残れるという

ことは、夜月が、桜子が、海深が、落葉が、雪女が、影名が、朝月が証明して

いるんだ。

 咲良は自分の腕を見る。炎に包まれ、熱さは感じないが恐怖は感じる。

 弱弱しい笑顔を夜月に向ける。憔悴しきった顔にいつもの快活さはなかった。

 それでも、死から逃れようとする気持ちは夜月に伝わった。

「この・・・右手の炎が・・・・全身を包んだら―――タイムアップ。そう

なる前に・・・・何とかしてね―――」

「ああ、必ず――――ッ」

 噴出した炎が夜月を吹き飛ばした。夜月を焼くことなく吹き飛ばすだけに

留まったのは咲良の“想い”の強さ故なのか―――不朽鳥の気まぐれか。

「夜月・・・・っ」

 影名が受け止める。非力な影名も一緒に転びかけたが落葉が受け止めた。

「影名、無茶すんなよ。危ねぇな・・・」

「・・・ありがと」

 ピリリリッ!

 この場に似つかわしくない電子音が鳴る。それは夜月の携帯端末の音だ。

ポケットを漁って携帯端末を取り出しボタンを押す。

「こちら夜月」

『夜月さん・・・柚木です』

 電話は柚木からだった。柚木は朝月の足止めを担っていたはずだ。今

この場に連絡してくるということはそれが終わったということだろう。

その結果が例え、最悪な手段によるものだったとしても。

 そのことを問い質そうとした。しかし、それよりも先に柚木のほうが

用件を言ってしまった。

 その用件は夜月の意識を朝月のことから引き剥がすには十分すぎた。

 いつも朝月のことを第一に考えていた夜月にとって、朝月よりも大事

になるものなどないと思っていたのに。今は、朝月よりも目の前の咲良

のほうが大事だった。

 いつの間にか、そこまで大きくなっていた。

『今、咲良さんが暴走していますね?』

「ああ・・・・絶対に助け出す」

『はい。ですので、提案があります』

「提案?」

『はい』

 提案というからには咲良を助け出す作戦の提案なのだろう。それ以外の

提案をここでする意味が分からないし、意味も無い。

 咲良の炎は完全に復活していた。先ほどまでと同じように周囲を焼き、

今にも夜月たちを焼きかねない。

 そんな中夜月は冷静に通話をしていた。何かがあれば桜子が、海深が、

落葉が、雪女が、影名が助けてくれると信じているからできることだ。

『ボクの氷結結界で咲良さんを封じ込めたいと思います』

「そんなことをしても根本的な解決には―――」

『なりません。確かにそうです。でも、時間を稼ぐことはくらいはでき

ます。解決策を、打開策を考える時間くらいは、稼げます』

 どうしたものか、と思案に耽る。確かに今、咲良を元に戻す方法は

皆目見当も付いていない状態だ。このままでは助け出す云々の前に自分

たちが死にかねない。自分が擬似暴走を引き起こしてしまう可能性だって

ある。時間が無いのだ。決定的に。

 咲良に残された時間も幾許もないだろう。運がよければ数分。運が悪

ければ数秒後にはエクスクレセンス化してしまうかもしれない。

 さっき暴走した時にはもうダメだと思った。しかし声は届いたのだ。

 なら今取るべき最善の策は―――。

「分かった。それでいこう。どのみち、時間は必要なんだ」

『はい。それで、お願いがあります。咲良さんの火力を下げてくれませ

んか?このままだと火力が強すぎて氷結結界を構成できないんです』

 火力を下げる・・・即ち攻撃して弱らせろ、ということか。咲良を

攻撃することは憚れるが仕方がないと割り切るしかなさそうだ。

 こういう場面、割り切りが良い奴が生き残ることができると何かの本

で書いてあった気がする。

「了解だ。結界を張るタイミングはそっちに任せる」

『分かりました。・・・・頑張って、気をつけてくださいね』

 そうして通話は切れた。目の前には完全に擬似暴走状態に陥った咲良の

姿。炎はまだ――右腕から右足に侵食先を変えただけのようだ。

「皆、よく聞いてくれ」

 炎が爆ぜる音の中、夜月の声を必死に聞き取ろうと集まる。全員の額

には冷や汗が浮かんでいた。

 無意識のうちに緊張し、冷や汗まで浮かんでしまう。今、目の前にいる

のはそういう存在だった。

「これから咲良を攻撃して火力を下げる。ある程度下げられたらアッシュ

が氷結結界の中に閉じ込める予定だ。だから、助けるためと割り切って

攻撃してくれ。中途半端は迷いはこの先、死を招く」

 引き締まる。空間の緊張が一気に度合いを増し、もう引き返せない、

失敗すれば仲間も自分も全員が死んでしまう戦場に向かう。

「かといって過度な攻撃もいけない。その辺は自分で見極めてくれとしか

言えないが・・・・信じていいな?」

「うん。大丈夫だよ、夜兄ぃ!」

「もちろんでしょ!」

「信じるも何も、信じる以外何ができるって?」

「ヨルちゃんの頼みなら!」

「・・・・もーまんたい」

 全員の力強い返事を聞いて夜月は確信に近い希望を持った。今この場に

いる彼女たちなら、俺なら、咲良を助け出してやれる、と。

「よしっ!全員全力で、咲良を助け出すぞッ!」

『おうっ!』

 桜子は自分のDUの特性上、戦場では特定の場面でしか役に立たない。

そのことを誰よりも理解している桜子は一番後ろまで下がった。自分に

及ぶ危険が少なければ皆は気にしなくて済むからと。

 海深は護鱗を無数に展開させる。例え一瞬で溶解されてしまうとしても

数秒の時間稼ぎくらいはできる。皆を護るのが自分の役目。自分に宿った

能力。

 落葉はハンマーを持っていなかった。DUの能力が爆発系だったから

嫌いという理由で物理系武器を使っていたわけなのだが、こんな状況で

そんなことは言っていられない。今自分に力があることに感謝して、DU

開放の言葉を紡ぐ。

 雪女は幾つもの反射板を予め出現させて、自分は空手の構えに似た構え

を取る。もしこの戦場で最も危険で、最もダメージが高いのは自分。更に

言えば最も攻撃を当て易いのも。直撃させてはいけない。しかし、咲良を

攻撃しないといけない。そういう絶妙な技を強いられる。

 影名はもう本を持っていない。春彦に預けてしまったから。あれは自分

が一番お気に入りの本。死ぬときも一緒と決めたほど。だからここで死ぬ

わけにはいかない。咲良を死なせて、夜月を悲しませるわけにもいかない。

仲間全員の敵は彼女にとっても敵。仲間全員が助けたいと願うのなら、そ

れに応えるまで。

 夜月は空間から二本の刀を取り出す。余計な小細工はいらない。細工

を凝らしてもどうせ一瞬で溶かされてしまう。どれだけ自分に致命傷を

負わせず、どれだけ咲良を傷つけずに火力を下げていくか。それが最も

重要であって最も難題だった。

 相手の準備が整ったのを見て取った不朽鳥が大きく咆える。それが

開戦の合図となった。

 ――シャアアアァァァァァァァァァァアアア!

「絶対に・・・助けてやるからな」

 刀を持って咲良に向かって走る。走った先でどうするかなど、走った

先で決めればいい。

 自分も死なず、仲間の誰一人失わずに咲良を助け出す。

 この戦いのエンドを、不幸なエンドで終わらせるわけにはいかない。

 あらゆることの転機となり、あらゆる終わりとなって、新たな始まり

になるであろう戦いの終わり(エンド)を、不幸なものにしていいはずがない。

 どうせなら、ハッピーがいいだろう?

「幸せ(ハッピー)じゃない最善の終わり(グッドエンド)なんて、誰も望んじゃいないんだッ!」


不朽鳥で「くちずちょう」と読みます。


シャァアアアとかは敵エクスクレセンスの鳴き声です。


ではまた次回。

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