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エクスクレセンス化

 軌条が逃げた方向は東中央公園の方向だった。公園まではまだまだ距離

があるが、それでも結構走っただろう。

 春彦と金はようやく、対峙している軌条と暁に追いつくことができた。

「落ち着け氷魚。そのままだとお前・・・・エクスクレセンスになって

しまうんだぞ」

 暁の説得にも軌条は応じようとしない。自分の腕を押さえて、自嘲気味

に笑う。

「もう無理さ・・・・・自分のDUのことだ。自分が一番よく分かってる」

 その言葉はどういう意味を指すのだろう。あんなことを、仲間を危険

に晒してしまった自分はもう戻れないという意味なのか。それとも、もう

エクスクレセンス化が始まってしまうという意味なのか。

「俺はもう・・・・・・死ぬ」

 軌条の表情が苦痛に歪められた。腕を抑えていた手が離れ、地面に膝

を着いてしまう。

「最後に・・・・一言」

 汗を流しながら、息を荒くしながら、

「―――逃げな」

「お、おい―――」

 暁が駆け寄るよりも早く、軌条の肉体に変化が訪れた。

「グ、ガァッ・・・・」

 喉の奥から絞り出すような声。血管の浮き出た身体に伸びた爪。

 充血した瞳に理性――生気の色はなかった。

「ガァァッ―――ッ!」

 あらゆるものが欠落した瞳で、突然、暁に襲いかかった。

「氷魚ッ!どうしたっ!?」

 聞かずとも分かること。それでも認めたくはなかった。しかし、あの

瞳を、表情を。

 生気のない表情。ただただ欲望に染められた瞳。それは以前、路地裏で

対峙したエクスクレセンスと全く同じもので。

 それは即ち、軌条氷魚のエクスクレセンス化を示していた。

「氷魚・・・・・目を覚ませぇッ!氷魚ぉッ!」

 暁が立ち止まる。攻撃を避けていた動きを止め、軌条の前に立ちはだ

かるように手を広げる。

「俺とお前はベストパートナーなんだろ!?だったら・・・・戻って

来いよ氷魚ッ!」

「ガァッァ!」

 その爪が暁の身体を引き裂く―――。

 直前に鎖に阻まれた。

「暁さんっ!逃げてください!今の軌条さんはもう・・・・」

 自らの身体を塵に変えながら暁は涙を流しながら春彦に訴える。

「でも――ずっと一緒にやってきたんだ。物心ついたころから一緒に

遊んで、学校も全部一緒で、仕事まで一緒で。自他共に認めるベスト

パートナーって。それなのに・・・・」

 暁の悲しみはどれほどのものだろう。春彦からすれば、それは金を

失ったときに感じるものなのかもしれない。春彦はそんな時のことを

考えたくはなかった。それほどの悲しみが襲ってくるかなど、思いたく

もなかった。

 今、暁はまさにそれを感じているのだ。

「螺旋を描けッ!」

 軌条の身体を囲うようにして空間から鎖が飛び出してくる。複数座標

はついさっきできるようになったばかりの技術。いつ失敗するかも分から

ないが、こんな状況。使えるものは使うしかなかった。

「螺旋鎖鎌ッ!」

 幾つもの鎖が軌条の身体を拘束する。DUにはっきりとした形がなかっ

た軌条はエクスクレセンス化しても人間として身体の形を保っていた。

 それ故に拘束するのも楽だった。しかし、彼はもうエクスクレセンス

だったのだ。

「グルァッ!」

 獣のような咆哮と共に鎖を引き千切ろうとする。そこまで脆い鎖では

ないのだが、軌条の力は想像以上に強力だった。

 バキンッ!と音を立てて鎖が弾け飛ぶ。第二段階にも千切られたこと

のない鎖がいとも簡単に引き千切られてしまった。

「ッ!金、御堂さんはどこに!?」

 DUを発動して御堂の居場所を探っていた金は戦意を失って呆然自失

になってしまった暁を抱き抱えて集中していた。

「あそこっ!距離を取っていたみたい」

 その指摘通り、春彦に迫ろうとしていた軌条に幾つかの矢が刺さる。

致命傷を与えるためではなく、あくまで威嚇のつもりでの射撃だった

のだろう。振り向く軌条は充血した瞳で遠くを見る。

「できるなら殺さずに済ませたいが・・・・そうもいかないんだろうな」

 続けざまにまた数発、矢が飛んでくる。軌条の肉体に刺さりはすれども

貫通してもダメージには至らない。そのことを理解できたのかエクスクレ

センスと化した軌条は御堂を無視し、また春彦を標的に定める。

「暁さん、金を連れて離れてください!僕の鎖じゃ防ぎきれませんッ!」

 しかし、暁はまだ俯いたままだった。動こうとしない。金では暁を

連れて逃げることは到底できないし、暁は呆然としたまま動かない。

 鎖を束ねて壁にする。突進してきた軌条は鎖の壁にぶつかって倒れて

いる。今なら暁と金を逃がす時間くらいなら稼げそうだ。

「僕が足止めしている間に、早くっ!」

 金は集中を解いて暁を引っ張っている。暁は動こうともせずに座った

ままだ。ずっと一緒にいた仲間を、家族にも思えていた仲間を失った

傷は想像以上に深いのかもしれない。決心も心の整理も付いていなく、

朝月と同じように受け入れられないのだろう。それと今、必死に戦って

いるんだ。

 だから、ここは死守しないといけない。暁が心を決めるときまで。

 倒れた軌条を鎖で覆う。圧倒的な力ですぐに破られてしまうが、壁は

まだ健在。少し程度の時間なら―――。

「ガァッア!」

 空間が歪む。いや、空気が歪む。気温が一気に高くなったのを感じ、

ジリジリと火に近づいたような感覚が肌を刺す。

 鎖が、溶ける。一瞬だけ見えた空気の歪みは、軌条のDEATH UNIT

だったのだ。もう軌条はエクスクレセンスになってしまっている。能力

を最大まで発揮させたDUを扱えないほうがおかしいのだ。

 空気を圧縮させて超高温とし、その熱で壁となっている春彦の鎖

を焼き切ったのだ。

「しまっ―――」

 このタイミングでそんな攻撃をしてくるとは思っていなかった。エク

スくれセンス化した時点でDUを使って来なかったからすっかり失念して

しまっていた。

 だから驚き、反応が遅れ、対処もできなかった。

 軌条の鋭い爪が春彦に迫る。今から鎖を出しても間に合わない。回避

すらも危うい。春彦は後方に向けてジャンプした。

「痛っ・・・・!」

 左肩の布地が破れ、血が滲む。そこまで深い傷でもないが痛いものは

痛い。春彦は左肩を押さえて距離を取る。

 今度は鎖で拘束しつつ、地面に引き倒す。そのまま地面に縫い付けて

壁を構成する。今までやってきたことを全部同時にやってのけた。

 しかし、それでも止まらなかった。

「ガァァァァァアアァァァアアッ!」

 地面ごと鎖を掘り返し、身体に巻き付いた鎖を引き千切り、壁に圧縮

した空気をぶつけて溶解させた。

 一瞬で全ての対策が崩されてしまった。こいつは――エクスクレセンス

第一段階となった軌条は、今までに類を見ないほどに知能がある。

 一度見たことを覚えて、対処法まで考えてきていた。

「くっ―――時間稼ぎにもならないなんて・・・・っ!」

 油断はなかった。しかし、相手が異常過ぎたのだ。

 あれだけのことをしておいて、どうして一分もかからずに抜け出せる

と思うだろう。

 あれだけ厳重に拘束しておいて、どうして一瞬で抜け出てくると思う

だろう。

 軌条はもう駆け出している。しかし、春彦にはもう打つ手はなかった。

 希望があるとすれば、それは御堂を待つこと。

 視線を向ければ、先ほど矢を放った場所にはもういなかった。見捨てて

逃げた可能性も無くはないが、春彦は信じていた。

 御堂はこちらに向かっている。戦うために、春彦たちを助けるために。

(打つ手は――――まだある!)

 今のこの状況に陥るまで二分と経っていない。相手の行動が速すぎて、

こちらの対処を上回る速度で攻撃してくるのだから、時間は大して経過

していなくとも経過したように感じられてしまう。

「諦めるには、早すぎるってものでしょうッ!」

 例えあの場所から跳んだとしても二分弱で到着はできない。走ったなら

もっと時間がかかる。歩いたなら、考えたくないほど時間がかかるだろう。

 しかし、春彦は退くわけには、負けるわけにはいかない。今ここで自分

が倒れれば後ろにいる金も、まだ決心がついていない暁も、死ぬことに

なる。

 エクスクレセンス化してしまったとはいえ、かつてのベストパートナー

である暁を軌条に殺させるわけにはいかなかった。

 肩の傷を押さえていた手を前にかざす。爪を振り上げて突進してくる

軌条にありったけの、今の自分が出せるだけの量の鎖を放出する。全て

を自分の背後から、軌条という一点を目掛けて。

「うぉおおおおおおおッ!」

 濁流となって押し寄せる鎖に、さすがにエクスクレセンスとなった

軌条も押し戻される。だいぶ押し戻された後、その場に踏みとどまった。

 早くも見つけた対処法で対抗してくる。押し寄せる鎖の濁流を、その

流れを断ち切るように圧縮した空気を配置させる。途中で焼き切られた

鎖はそれでも進み続けるが軌条はすぐに次の空気を圧縮する。鎖が届く

前にまた鎖は断ち切られ、拡散してしまう。軌条に届くことはなかった。

 次々と切断しながた軌条は迫ってくる。速度は確かに落ちたものの、

それでも一分と経たずに眼前まで迫ってくることは確実だった。

 春彦は突然、前にかざしていた右腕を右側に振った。

 ドズンッ!という鉄が肉を殴る鈍い音が響く。

 軌条が春彦の視界から消える。いや、消えたのではなく、大きな力

で横方向へ吹き飛ばされたのだ。

 見れば、軌条の真横からは濁流となって軌条を押し戻したのと同質量

の鎖が出現していた。それが圧倒的な力を以って軌条を弾き飛ばした。

 自分の出せる限界の量を以って正面から挑んだ。それを踏み台として

さらに限界と同質量の鎖でもって時間稼ぎの一撃を加える。

 明らかに、春彦の限界を超えていた。

「僕がここにいる限り―――」

 肩の血は滲む一方で止まる様子を見せない。自分の限界をとうに超えた

力を発揮し、もう体力も気力も限界に近い。

 いつ来るか分からない助けを待って、春彦は未だ立つ。

「この先へは、死んだとしても行かせはしませんッ!」

 春彦の言葉に、暁は反応する。指先だけだが、少しだけ動いた。

 そのことに春彦は気付かない。そして、再び限界量を超えた鎖を放出し

て迫る軌条を迎え撃つ―――。


「よく言った春彦。その強さ―――見届けたぜ」


 上空から声が届く。思いもしなかった場所からの声に春彦は思わず

上を向いてしまう。

 それは軌条も同様だった。


「抗いを奪い取れ」


 それは、春彦も金も暁でさえも初めて聞く御堂十四のDU解放の言葉。

 その言葉も、名前さえも、知っている者は極僅か。修之と緋月程度の

ものだろう。

 上空から降ってきた声は徐々に近くなる。どんどん速度を増し、つい

にはすぐ真上まで来た。


「―――針天牙槍(しんてんがそう)ッ!」


 鋭い、軌条の爪など比較にもならないほどに鋭い槍の穂先が、エクス

クレセンス化した軌条を地面に縫い付けた。

「ギャァッア!」

 苦痛の悲鳴を上げる軌条は無理矢理地面に突き刺さった槍を引き抜く。

立ち上がった瞬間を御堂が新たに出現させた槍の石突で突き飛ばした。

 相当な力で突かれたのか、鎖の濁流に呑まれたときよりも後方まで

吹き飛んでいった。

「御堂さん・・・・その槍は・・・」

「ああ、これが俺のDU“針天牙槍”。長さ太さ大きさ、全てが自在に

変化できる、それでいてその穂先に触れる全てのものを問答無用で貫通

できる槍だ」

「じゃあ・・・・今までの梓弓は―――」

「フェイクだよ」

 どうして隠す必要があったのか、それを聞く必要もないだろう。それに

今の春彦にはそんなことを気にかけている余裕もなかった。

 限界以上の力を使ったせいで、もう疲れ果てているのだ。

「下がってな。ここからは俺が引き受ける。大丈夫になったら戻って来い」

「・・・・はい!」

 春彦は後方にいた金と暁の元まで撤退する。すると、暁は立ち上がって

いた。

 まだ心の整理が付いていない様子だったが、行動するくらいはできる

ようになったと見ていいだろう。

「金、暁さんっ!無事でしたか?」

「うん・・・でも暁さんが」

「俺は・・・大丈夫だ。まだ戦えはしないけど・・・・すぐ、立ち直る

から」

 今までずっと一緒にいた人物が、例え同性だとしても、仲間以上に

大切な人が目の前で怪物に変貌したのだ。完璧な死、ともまた違う。

死のほうがまだマシだったかもしれない。

 春彦は御堂と対峙するエクスクレセンスになってしまった軌条を見る。

腹部に開いた槍の貫通痕は再生を始めていた。

 姿は人型のまま。軌条氷魚としての面影も残っている。それなのに、

全くの別物だ。行動も声も瞳も身体の細部が、軌条氷魚のそれとは

似ても似つかないのだ。

 生前の姿形を保ったまま、怪物として暴走する。

「これならいっそ、原型なんて分からないくらいに変貌してしまえば

よかったのに・・・・ッ!」

 暁の嘆きは誰にでも共感できるもの。しかし、その悲しみと苦しみを

本当に理解できるものは、同じ経験をしたものだけ。この場にその気持ち

を理解できる者は、いなかった。

 死者を冒涜されている気分だ。それを感じたのは春彦だけでなく、御堂

も金も同じだろう。

「軌条―――いや、コールネームをつけようか」

 コールネーム―――それは、危険と看做されたエクスクレセンスにのみ

付けられる呼称。いつどこに現れたどんなエクスクレセンス・・・なんて

言うのは面倒だからだ。

 そう。危険と看做されたエクスクレセンスにのみ、だ。

 御堂は軌条を危険なエクスクレセンスとして認めたことになる。

「コールネームって・・・・それじゃ・・・!」

「仕方ないことさ!もう、軌条氷魚を死んで、エクスクレセンスになった

んだ。それも、かつてないほど強力なっ!」

「・・・・!」

 それは揺ぎ無い事実で、どうやっても変えようのない真実で。

 コールネームを付けるということは、軌条氷魚の死を、エクスクレセンス

化を決定的にするという意味だ。

 だから春彦も金も暁自身も、言おうとしなかった。

「せめて、コールネームくらいは暁、お前が付けろよ」

「・・・俺が?」

「そうだ。何でもいい・・・・」

 暁は思案に入る。どういう風なコールネームにするか考えているようだ。

 不意に顔を上げた。

「―――プレッシャー、だ」

「プレッシャー?」

「ああ、軌条が昔っから嫌いだと言っていたものだ。だから、プレッシャー」

 あの化け物を嫌いなものと見立てて葬る。

 最早軌条ではない化け物。それを軌条が好きなものに例えてしまうのは、

何か、嫌だ。それは、軌条が好きだったものを穢しているようで。

 そういう想いが通じたのか、御堂は特に異論を挟むこともしなかった。

「オッケー」

 御堂さんは槍を構え直す。その穂先を軌条に――コールネーム・プレッ

シャーに向ける。

「コールネーム・プレッシャー。これより、お前を討伐する!」

 両手で槍を持ち、プレッシャーに向けて駆け出す。その背中を暁はただ、

見ていた。

「ギシャァッ!」

 飛び掛ってくるプレッシャーを槍で受け止め、膝蹴りを叩き込む。地面に

転がったプレッシャーはすぐさま立ち上がり攻撃を開始するが、

「知能はあっても知性が無いんじゃ、敵にはならねぇよ」

 槍の圧倒的なリーチを生かしてプレッシャーの攻撃が届く前に突き刺す。

 プレッシャーは動きを制限されてしまい、槍を引き抜こうともがいた。

「何のための槍だと思ってやがる。そう簡単に引き抜かせてもらえると

思うなっ!」

 その手を、足を、槍が貫いていく。次々と新たな槍を出現させる御堂

はもう、プレッシャーを軌条とは見ていなかった。

「灰燼に帰せ」

 突然、春彦の隣から聞こえる呟くような小さな声。慌てて春彦が横を

見た時、すでに暁の姿はなかった。

『お前は―――ッ!』

 砂という名の塵と化した暁はプレッシャーを取り囲むように纏わり付く。

槍が手足に刺さっていることで動きを制限されていたプレッシャーは暁が

絡み付くことで身動きが取れなくなってしまった。

『お前は、氷魚を、冒涜したんだッ!』

 一切の身動きを取れなくしてから、暁は一点に砂を集め始める。拳の

ような形をしているそれは徐々に砂を凝縮していって硬度を増す。

『俺はお前を許さないっ!例え姿だけだったとしても、これ以上氷魚を

侮辱することを許さないッ!』

 砂は集めて凝縮させれば硬くなっていく。おまけに重量も増していく。

サンドバッグがいい例だ。

 砂を集めて固められたものは明らかに拳。そのサイズは本物の拳の比

ではない。人間一人ほどもある砂の拳。

 それが高らかに振り上げられた。

『氷魚(お前)の大嫌いな圧力(プレッシャー)に押し潰されろッ!』

 鉄以上の硬度を持つ砂の拳が、振り下ろされた。

 ズドォンッ!と地震さながらの地響きが起き、拳が振り下ろされた場所

には小さなクレーターもどきが出来上がっていた。

 プレッシャーの姿は―――見たくない。

 見なくても明らかだろう。

「はぁ・・・・はぁ・・・」

 暁は能力を解除して人間に戻る。春彦の隣まできてもたれかかった。

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ・・・・ちょっと気張り過ぎただけだ・・・・」

 御堂も槍をしまう。槍は光となって霧散してしまった。

 春彦が暁に肩を貸す。金も手伝っているが身長差のせいで殆ど意味を

成していなかった。

 春彦の脳内に声が響く。春彦にしか聞こえない声。表層意識に出ている

のが春彦だから夏彦の声は春彦にしか聞こえない。

『おい、ハルっ!』

『どうしたの、夏彦?』

『どうして出て来れないようにしたっ!あの状況だって、俺だったら――』

『それはダメだよ』

 夏彦の言葉を春彦は優しく止める。確かに夏彦に任せればもっと楽に

倒すこともできただろうけど、

『そしたら君は、周りの被害も省みず僕だけを護ろうとしたでしょ?』

『当然だ、それが俺の生まれた意味――』

『それじゃ意味無いんです。皆も護れるようにならないと。それに、君

に護ってもらってばかりじゃ、僕はどんどんダメになっていってしまい

ますからね』

『そう・・・だったな。そういう“お願い”だったな。周りを省みない

で自分の気持ちだけを考えてるんじゃ今の朝月と変わりない、か』

『僕には僕の、君には君にできることがあるでしょう?僕ができることは

皆を護るために動くことで、君にできることは僕を護ってくれること

です。どこかで頼ると思いますから、いつでも出てこれるように待機

していてくださいね』

『ああ。いつでも頼ってくれていいぜ』

 そういい残して夏彦の声は聞こえなくなった。自分が本当にどうしよう

もなくなった時、彼は何を置いても春彦自身を助けてくれるだろう。

 だからこそ、春彦は夏彦に頼るわけにはいかなかった。

 昔、夏彦によって傷つけられた人を、また傷つけるわけにはいかなかっ

た。夏彦にまた、その人を傷つけさせてしまうわけにはいかなかった。

 その人に刻まれる傷も、夏彦に刻まれる傷も、昔よりもずっと大きな、

深いものになってしまうから。無論、春彦に刻まれる傷も。

 この戦いの中のどこかで夏彦を頼ることになってしまうだろう。でも、

その時は、自分が危険なときではなく、誰かを助けたい、護りたい時に

したいと、願う。

 一人で沈黙していたのが気にかかったのか、皆が春彦を見ていること

に気付いた。

「あ、ああ。すいません。大丈夫ですから」

 心の中で守護人格と会話していたなんて言っても仕方が無い。御堂も

暁も夏彦のことは知っているが言わなくてもいいだろう。

 小規模なクレーターもどきから視線を外した御堂が全員に確認を取る

ように言う。

「さ、これ以上ここにいても仕方ないだろう。行こうぜ春彦。現も夜月

たちも心配だし、何より、朝月が心配だ」

「そうですね。いいですか、暁さん?」

「ああ。俺ももう、未練はないよ」

「私もいいよ」

 全員の意見を確認すると、後ろを振り返って夜月と分かれた道まで

戻ろうとする。

 不意に未だに脈動している“未知の欠片”が視界に入った。

 その途端、大きく発光する。

「またかっ!?」

 突然の発光に御堂は身構える。あの発光は春彦たちに激痛を与えた

波動を発するときの発光に似ていた。

 だから身構えたのだが――。

「何も・・・起きませんね?」

「そう、だな」

 予想に反して何も起こらなかった。波動が突き抜けたわけでもないし、

DUの侵食が進んだわけでもない。

「変ですね・・・・」

 何も無い、というのが、逆に怖い。

 自分の知らないところで何かが起こっている。そういう気がしてなら

ないのだ。

 ズッ―――。

 後方で何かが動く音がする。土の上を這うような、そういう物を引き

摺る音。

 ボゴッ―――。

 次いで何かを地面・・・土から引っこ抜くような音。

 あらゆる状況、場合を鑑みても、原因は明らかで、何が音を立てている

のかも、想像に難くない。

 春彦たちはその可能性をできるだけ否定したかった。

 春彦と御堂が恐る恐る振り向く。最悪の可能性で、最も考えたくない

事象を覚悟して。

 直後、大きな咆哮が響き渡った。

「ガァァぁ亜ァッァァァァァァァァアアアアッ!」

 後方にいる存在は唯一つ。だが、それはついさっき絶命したはずだった。

 しかし、絶命をしっかりと確認したわけではなかった。

 小規模のクレーターもどきから土を周囲に撒き散らしながら現れたのは

血みどろのコールネーム・プレッシャー。再生も終わっていない満身創痍

の肉体で、充血した瞳で御堂と暁を睨む。

 そして御堂はあることに気付く。

「あの野郎・・・・軌条“だけ”に波動をぶつけやがったな・・・・っ!」

 視線の先には“未知の欠片”。さっきの発光はコールネーム・プレッシャー

にのみDU侵食の波動をぶつけるためのものだった。

 死亡したと思われていたコールネーム・プレッシャーが立ち上がったのは

そのためだ。DUの侵食が進み、次の段階へ行こうとしている。

 グチャリッ!と肉の潰れる音がする。それは紛れも無く、コールネーム・

プレッシャーから発せられていた。

 グチャグチャと肉が潰れて中心に集まっていく。その様は料理中に肉を

捏ねて団子を作ろうとしているようだった。

 さして時間もかからずに音は止む。その先には、球体があった。

 肉の塊。人の身長ほどもある肉の球体。それがさっきまでコールネーム・

プレッシャーのいた場所に佇立していた。

 佇立――という言い方は正しいのかどうかは分からない。ただ、そこに

居たのだ。

「・・・・第二段階・・・!」

 御堂がそう呟いた後、肉の塊の中心に一本の亀裂が入った。

 そこから血が溢れ出し、開いた。


 そこにあったのは、眼。


 巨大な肉の塊の中心に唯一つ、眼があった。

 

 軌条氷魚はもう戻らない。

 第二段階へとシフトしてしまったコールネーム・プレッシャーは御堂

たちに容赦無い攻撃を加える。

 空気の圧縮により生まれる超高温の空間。

 それが、今まで以上に大きな範囲で御堂を襲った。


暴走中第二弾。氷魚さん、死んじゃいました・・・・・。


この先戦いの場面が多いうえにコロコロ変わるので混乱するかもしれませんが、できるだけ読みやすくします。


一回の投稿で一バトルとか。次の投稿は別のシーンになってしばらくしたら戻ってくるとか。


え? わかりづらい? ごめんなさい。


ではまた次回~。

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