ブルームシード(2)
僕の前に現れた少女。黒い長髪に全身真っ黒な服。黒い手袋を両手に嵌めて
いて手の甲部分に弦楽器の弦がある。長い髪は目を隠しかけていた。
掻き鳴らされた弦は大音量で響き、指先から伸びていた極細のワイヤーのような
ものに音を伝播させる。その伝播した音によって振動したワイヤー――この場合、
伸びた弦と言うべきか――が接近してきていたミサイルを粉々に切断した。
切り刻まれた後、爆発する。このまま爆発すれば彼女はもちろん、僕にも爆風は
及ぶだろう。その前に鎖で包み込めば―――。
間に合った・・・・。ミサイルは僕の鎖に包まれてその中で爆発した。よって
被害はない。彼女はそのことまで予測していたのか、逃げる素振りは見せなかった。
ついさっき朝月君の叫び声が聞こえた。本当なら今すぐ駆け付けたいところだが
今ここを離れるわけにはいかない。
まだ敵が残ってる。それに助けに来てくれたこの人を置いて行くなんてできる
わけがない。
その問いに少女は答えた。
「私は死兆星第六部隊アルトサイレント隊長。音無現」
そう言った瞬間、銃有士から無数のガドリング弾が放たれた。
「・・・・」
無言のままに弦を掻き鳴らし無数のワイヤーのような弦で切り裂いていく。
素直に凄いと思った。似たような系列のDUで切断か打撃かの違いはあれど
自分には到底真似できない。そう感じた。
「・・・・」
銃有士は無言。しかし疲労が見えてきていた。
おかしい。これほどの実力を持つのにたったこれだけの戦闘で息が上がる
のか?それとも何か別の要因でもあるのか・・・・。
肩で息をする銃有士の下に護鱗が近寄る。
「はぁいそこまで~。これ以上はダメだよ」
両手のガドリングガンに手を乗せて下へ向けさせた。
「でも・・・」
「いいから。そろそろ撤退時かな~。刀騎士にも連絡取らないと」
そう言ってごく自然に背を向けた。その自然さに僕は隙を見逃してしま
った。
しかし、音無さんはしっかり感じ取ったようだ。
「そんな隙を見せて、どういうつもり?」
ピタっと護鱗の動きが止まる。
「ありゃ・・・・この自然さに気付く人がいるとはね・・」
振り向こうとした瞬間、
「動かないで」
ピンっと張ったワイヤーが護鱗と銃有士、大伽藍を取り囲む。
「さすが隊長格。立っていられるそっちのお兄さんも凄いけど一切の気配なし
にここまで張り巡らすキミも凄いねぇ」
軽い口調で言いながらワイヤーの一本を弾く。
ピィンと小気味良い音が響いて消えていく。さっき弾丸を切り裂いたワイヤー
だったが、護鱗の指には傷どころか汚れ一つ無い。
「・・・そんなことはいいの。顔を見せてもらうわよ」
ワイヤーが三人の仮面に近づいていく。それを何の抵抗も見せずに受け入れて
いた。何か違和感を感じたが、それを言う前にワイヤーが仮面を切断した。
そして、仮面が地面に落ちると同時に正面から銃弾、左右から何か尖った
物体が飛来してきた。
「・・・・!春彦、左右!」
「了解ですっ!」
僕は待機させていた螺旋鎖鎌で飛来物を叩き落とす。その間に音無さんは
僕の数倍の数の弾丸を切り裂いていた。
「おお~。この奇襲で無傷かぁ。しかも完全に迎撃されてるね」
「だから無駄って言った。あの鎖、結構硬いし速い」
「うん、そうみたいだ」
顔を上げた二人、いや三人は年相応の少女の顔をしていた。
その時、朝月君の叫び声が再び聞こえた。
それから数秒後、刀騎士の仮面を落とした朝月君がやってきた。
爆散した小石の破片が身体を打つ。
ちまちました痛みが走った。
強烈な爆風で吹き飛ばされて無様に地面を転がる。
小さな石だった。どこに火薬が入っていたのか。いや、火薬が入って
いたなんて非現実的なことを考えるよりももっと簡単に説明できる。
DUだ。恐らく、心地の。
何か特定の条件を満たした物体を爆発物に変える能力。そう考えた方が
今のこの状況、簡単に説明がつく。
援軍が来るまで何分か分からない。現さんに連絡を取ろうにも戦闘中
という音声が返ってくるだけだ。現さんは状況把握のために近くにいたの
だろう。だから早く駆け付けることができた。
そして恐らく春彦のところに行っている。DUの形状が似てることから
一緒に行動することが多い二人。春彦は未だに苗字で呼んでるけどそれが
ファーストネームに変わるのに時間はかからないと思う。
こっちに誰が来るのかは分からない。でも私よりも強い人だ。戦闘面
では私は最弱と言ってもいい。とりあえずは何とか生き延びることを
考えなければ。
そのためにはこの爆発の条件を知りたい。そうすれば回避だってできる。
「その目、DUって見抜いたか?」
「そりゃ見抜くと思う・・・こんな常識外の爆発起きたら・・・」
常に拳を構えている。拳からあの光線を出したのだから当然なのだが
足の動きも一応見ておく。私は田舎時代から色々な戦場を見てきた。
それこそ修之さんに付いて行って間近で見たことだってある。
だから分かる。あの足の動きはおかしい。普通に拳を振るうだけなら
直立してればいいはずだ。でも少しだけ右足を後ろに下げたあの立ち方、
まるで蹴るために準備しているような感じだ。身体も少し斜めにしている。
蹴るには一番な体勢だ。
拳を構えて足を下げる。それは空手の構えに見えた。いや、実際そうなの
だろう。それを元にしてあの体勢になっているに違いない。
そうだとしたら拳だけでなく足にも常に注意せねばならない。それだけ
ではない。心地のほうにも注意を向けないとならない。
やることは膨大だ。しかもいつ来るか分からない援軍を待って。精神的
にこれほどキツい戦いはなかった。
さぁ、どう来る?
「そら、もう一個!」
心地の右手が振るわれ二つ目の小石が投擲された。同時に鏡が私の左側
に動く。この目線からじゃ分からないが小石の後ろのさらに小さい石が同
じ高さで同じコースで時間差で投げられている。そんな素振りは一切なかっ
たのだが、神の瞳が無かったら気付けなかった。それほど正確だったのだ。
そして、また右手で投げた。
さっきもそう。投げるのは右手でだけだ。まだ二回目だから定かではない
が今はこういう仮説が立てられる。
心地のDUは右手で触れたものを爆発物に変える能力。
まだ情報が少なすぎる。確実ではない。
小石を避ける。爆発する前に二つとも蹴ってできるだけ距離を離す。
そこに光線が飛来する。左の拳から放たれたもの。今の状況では鏡のDU
は拳から光線を放ち、屈折させる鏡を出現させる能力、と仮定できる。
光線を避ける。当たれば下手をすれば即死。運が良くて瀕死だ。
その光線は出現した鏡に反射して向きを変える。その先にあった鏡に
反射してさらに向きを変え、私に向かってくる。
ここで分かったもう一つの事柄。それは反射できる角度の限界。
今光線は鏡に垂直に入ったにも関わらず約四十五度分程度しか反射され
なかった。反射角度を五度や十度に設定すれば一度の反射で私に向けること
ができたのにも関わらず、だ。
つまりこういうことだ。鏡に対して垂直に入った光線は四十五度以上の
角度からしか反射できない。
情報が増えてきた。まだまだ未知数だがこれだけあれば何とかなるかも
しれない。
その分、考えることも増えてきた。一つの脳でできる思考など高が知れて
いる。
だったら増やせばいい。これは数多の戦場で無数の情報を同時統括して
きた私に与えられたDUでもない特殊能力。
「第二頭脳、第三頭脳」
私の脳は一度壊れた。無数の情報が一気に流れ込み、私の脳のキャパを
超えたのだ。
意識を失って倒れた時、私は死ぬんだと悟った。しかし死ななかった。
DUが生かそうとしたのか偶然なのか、私は生きていた。後から分かった
ことだが、倒れた瞬間に脳が仮想脳を複数形成、そっちに情報が流れて
複数の思考が同時にできるようになったお陰で生きていられた。という
ことだ。
だからこれを使えば同時に複数の思考が可能になる。考えるのが大変に
なってきたらこれを使う。
今は特別大変というわけじゃない。でも生死を分ける状況だ。出し惜しみ
なんてできない。
合計して三つの脳を回転させて状況を見る。
今は攻撃が止んでいる。こっちの行動をどう見たのか状況を把握しよう
としているようだ。こっちの能力を測ろうとしているとも言える。
何せ完全に隠して放った小石を二つとも見切られて回避されたのだ。
回避の隙を見て死角から放った光線さえも完全に見切られた。不可思議と
思うのが普通だ。
相手のDUがわからない以上、迂闊に手出しできない。
隙があれば仕留めにくるだろう。しかしここからは腹の探りあいになり
そうだ。
心地が少し大きめの石を投げてくる。相変わらず右手。左手はハンマー
を持ったままだ。そして投げられた石も掌に収まるサイズだ。
鏡が今度は私の右側に移動する。そこから光線が来ることは確実だが
今は目の前の石とその後に続いている心地に集中する。
どうせ思考なんて後二つまで同時進行可能なのだ。だとしたらとりあえず
目の前に集中したほうがいい。
石は手で掴む。結構痛かったがそれよりも心地のハンマーを避けることを
優先する。
石はすぐに爆発するだろう。だから石を掴んでいる右手を心地に向けて
突き出す。そうすれば心地は爆発できないはずだ。
「考えたな!でも、こっちのDUを完全に把握したわけじゃねぇらしい」
確かに私はまだ完全に把握はしていない。心地の言葉の意味を理解する
前に変化は訪れた。
「・・・っ!」
手の中の石が爆発した。
さっきまでの爆発よりも遥かに小規模で。
(爆発の規模までコントロールできるの!?)
これは誤算だった。今まで同じ規模で爆発させてきたのはわざと。こっちに
勘違いの認識をさせるためか。
「・・・・・っ!」
痛みに耐える。もう右手は使い物にならない。掌に火傷と裂傷が幾つ
も刻まれ、握ることさえできない。
そして敵は二人いて双方共に無傷。これで万が一の勝ち目も消えた。
感知範囲を広げる。援軍が今どこにいるかを調べるためだ。
その結果、まだ来ないことが分かった。
何かに足止めでも喰らっているのか、それとも何かイレギュラーな
事態でも起きたのか、途中の場所で止まっていた。
逃げるしかない。生き残るうんぬんの前にこのままでは死んでしまう。
前にいる心地に背を向け真逆の方向へ走り出す。
「あ、おい!」
声が聞こえたがとりあえず無視。
行く手を鏡が塞いだ。
「逃がしませんよぉ・・・・」
拳を顔の高さで構え右足を後ろに引いた。空手の構えを取って右拳
で正拳突きを出した。
「ふっ・・・!」
少女に似つかわしくない息を吐く声を合図に身体を左に逸らす。光線は
私の左手の側を通っていった。右拳で放つなら右側――私の左側に身体
を移動させると左拳からの追撃がしにくくなる。
「・・・・っ」
驚いた顔をしている。左での追撃がかけられないことよりも自分の攻撃
の弱点的なものを見抜かれたことに驚いているようだ。
だが、それは半分本当で半分が偽りだ。驚いているわりに後ろに下がって
いる右足が少しだけ動いた。
蹴りの予兆。そう決定付けた。
相手もまだ動かない。ギリギリまで寄せ付けてから放つつもりか。
後ろに心地がいるのが分かる。石を投げる気配はないから今は無視しても
大丈夫だろう。
鏡との距離は残り五m。鏡が動いた。
「突っ込んでくるなんて・・・・あなたそれでも隊長ですかっ」
軽い叱責とともに右足が大きく動く。
(ここだ・・・・っ!)
足が動き切る前に身体をさらに左にズラす。
「え・・・・っ!?」
振り上げられた右足からは案の定光線が飛び出していく。
「うあっと!」
回避した光線が当たりかけたのだろう。心地の動きが止まる。
その隙に鏡の横まで一気に潜り込む。
拳を振るっても体勢を戻すのはわりと簡単だ。しかし絶対当たると思って
いた攻撃を回避されて、しかもそれが蹴りとなると瞬時に戻るのは難しい。
その隙を突く。
隠していた小型の折りたたみナイフを取り出す。それを持って動きが停止
している鏡の後ろに回りこむ。
「あ・・・・」
「そこまで」
鏡の首にナイフを押し当てて足に足を絡ませる。使えない右手を鏡の右手に
絡めて動きを封じた。
心地の動きも止まる。仮面のせいで表情までは分からないが動揺している
のか?
「・・・質問、いいですか?」
腕の中の鏡が控えめに聞いてきた。
「あの・・・どうして足でもフォトンを放てるって分かったんですか?」
フォトン――恐らくあの光線のことだろう。そしてどうしてそれが見せた
ことのない相手にどこから放てるか読まれていたことが気になっている模様。
答えてあげよう。私だからこそできたことだ。
「あなたの構え」
「構え・・・?」
「そう。いつも拳からしか放たないのにあの空手のような構えは少し不自然
だから。もしかしたら足からも出るんじゃないかなぁ、って」
「たった・・・それだけで?」
仮面のせいで表情は見えない。でも驚きに目を見開いているだろうことは
分かる。
「じゃあ、途中から反射が全然全く掠りもしないどころか先回りされて回避
されたのは・・・?」
どうやら余程気になるらしい。自分の普通は他人のDUなんてそこまで
見抜けるものじゃないから。私は思考能力がハンパじゃない。自分の言うのも
なんだが判断力や思考なら誰にも負けない自信がある。
「それはね、反射角度の問題」
「角度・・・・」
「そう。私が回避した後に反射させた光は大抵が二枚以上の鏡を経由して
跳ね返ってきた。反射角度が自由に設定できるなら一枚で十分なはず。だから
反射する時の限界角度があるって思ったの。案の定、どんなに見ても
四十五度以下の角度じゃ反射されなかったから。これは垂直限定かも
知れないけど回避するには楽だったよ」
四十五度以下には反射しないと分かっているならその内側に入って
しまえば光線が当たることはない。とは言っても私の神の瞳があってこその
芸当なのだが。
心地はこっちの隙でも窺っているのだろう。じっと睨んでいる。
逆に仮面の下から感じる鏡の気配は驚きと尊敬が混じっていた。
「す、すごいです・・・戦場で、しかもたったそれだけの事柄からそこ
までできるなんて。敵ながら尊敬しますっ」
顔は見えない。でも声から目がキラキラ光っているであろうことは
容易に想像できた。
「そ、そう?ありがと・・・」
若干引く。敵同士でよかったかもしれない。味方だったら付き纏われて
いた可能性大だ。
そこで心地が口を開いた。
「こっちからも質問だ。死角からの攻撃も完全に避けたのはDUか?」
「そう。どんな能力かは教えないけど」
それに不機嫌そうな顔をして、
「じゃあ私のDUはどの辺まで知ってんだ?」
その問いに答える。
「たぶんだけど、右手で触れた掌に収まるサイズのものを爆発物に変える、
じゃないかな?」
「・・・・・」
緊張感から当たっていることが予想できる。それが完璧じゃないにせよ
少しでも当たっているというのはプレッシャーになる。
「なるほどな・・・・」
そう呟いて仮面の目の部分を鏡に向ける。
「だとよ。どうやら、この程度らしい」
予想外な言葉を吐いた。
「うん・・・十分凄いと思うんですけど・・・」
「確かにすげぇな。でも、完璧に見抜けないんじゃ戦場で命落とすぜ」
心地の足が動く。その足元には柔らかい土があった。
「見た感じじゃあんたのDUは司令塔向きだ。未確定の情報を信じて行動
するのは司令塔のタブーだぜ?」
土を蹴り上げた。
「鏡、ちょっと我慢しろっ」
「はいっ!」
土がばらけて舞い、私と鏡の頭上に降り注ぐ。
私は気付くのが遅すぎた。さっきの心地の言葉。
『確かにすげぇな。でも、完璧に見抜けないんじゃ戦場で命落とすぜ』
完璧に見抜けない。即ち私の推理ははずれていることになる。
じゃあ爆発の条件は何なのか。今の状況を見て大体なら想像がつく。
つまり、身体で触れた物全てを爆発物に変える。
「く・・・・っ!」
鏡を放して後ろに飛ぶ。爆発自体は小規模だったが上手く鏡のいた
場所を避けていた。
「お前のDUが何だか分からないけど少なくともこっちの思考を読んだり
相手の力を見抜く系じゃないことは分かった。そしてこの状況で出し惜しみ
もできない。つまりは直接攻撃系じゃないってことだ」
ハンマーを担いで左手で指差してくる。
「どうせその推理は戦闘中にやったんだろ?それにしちゃ大したもんだ」
「結構いい線いってましたからね・・・」
つまりは間違いがあった。完璧に合ってるなんて最初から思っちゃいない。
それでもある程度はできてると思ってたんだけど・・・・。
「ちなみに、どの辺が違ったの?」
ダメ元で聞いてみる。まさか答えが返ってくるとは思ってなかった。
「私のDUは“爆心地”」
「・・・教えていいの?」
「どうせ殆どバレてんだし。問題ないだろ」
鏡にそう答えてこっちを向いた。
「私の爆心地は両掌に収まるサイズの物に触れたとき、それを爆発物に
変換することができる、という代物だ」
不敵に笑う。さっきの言葉の裏に隠された意味は読み取れた。
「つまり、両掌に収まるサイズなら別にどこで触れてもいいってこと?」
「まさしくその通り」
次に鏡を見る。そっちも説明してくれるようだ。何て物分りのいい娘
たちなんだろう。
「私のDUは“多面鏡”。自分の肉体から放たれる光を自在に出現させる
ことができる鏡で反射する。角度限界はあなたの言った通りです」
確かに、殆どが当たっている。
だが違う。肉体から放てる・・・?
「距離さえあれば・・・・負けませんっ」
そう叫ぶ鏡の四肢に注目する。予備動作さえ分かれば攻撃を食らう可能性
を大幅に下げられる。だからしっかり見ていたのだが・・・・。
一切の予備動作無しに光は放たれた。
鏡の両目から。
「ちょ・・・目からビームって・・・!」
「ビームじゃありません!光です」
そんなことどうでもいい!
予備動作が無かったから反応が遅れてしまった。
必死に回避する。あのハンマーなら即死はしないがこの光は別物だ。
こんなもの直撃すれば即死って素人でも分かる。
食らうわけにはいかない。右に横っ飛びに回避する。背後に鏡が現れ
光を反射するのが分かった。
一回の反射では無理だったのだろう。二枚目が出現してこっちに向かって
反射した。
「く・・・・っ」
これは間に合わない。光の速度は速い。今までは何とかできていた。
しかしそれは万全の体勢だったからこそだ。今、地面に肩膝を付いている
状況では無理に等しい。
「ここまでだな。あんたのDU知っておきたかったけど、無理だな」
別の方向からは心地がハンマーを振りかぶっている。
絶体絶命。断崖絶壁。危機一髪・・・・は違うか。
とにかくヤバい。このままじゃ・・・・。
その時、私のDU――神の瞳の範囲内、しかも相当近い距離に突然
人体反応が現れた。
「いけねぇなぁ人殺しは。所属は違っても同じ人間じゃねぇか。仲良く
しようぜ、お嬢さん方」
そして高速で放たれる何か。無数のそれは矢。私を避けて周囲に降り
注ぐそれは心地の動きを止め、鏡を直接狙い、私に光を回避する隙を
与えた。
突如として現れた反応は私の知る人。
左手に梓弓を携え、銀髪混じりの黒髪をツンツンにセットしたサン
グラスをかけた人物。
御堂十四だった。
左腕に激しい痛みが走る。
叫び声を上げる俺の視界の端に宙を舞う左腕が見えた。
(俺の左腕・・・・切り落とされたのか・・・?)
意識も半分朦朧とし、地面に倒れる。
同時に落ちた左腕を掴んで抱き寄せた。
殆ど根元から切断されている。ちょうど、俺と影奈の境目だ。
「それがお前の限界だ。悪いことは言わない。戦いから身を引け。そう
すればもう、こんな思いはしない」
穏やかな声で言う。だが俺にはその言葉は届いていなかった。
こいつが斬った。俺と影奈の絆を。俺の大切な身体を。
「ゆる・・・さねぇ」
腕を置いて圧砕重剣を持つ。片腕だから身体全体のバランスが少し悪い
がそんなこと知ったことか。
「もう一度言う。戦いから身を引け」
「断る・・・」
「そうか・・・」
酷く残念そうに刀騎士は言った。目に追えぬ速さで俺の前に現れる。
「なら、二度と戦場に出て来ようなどと思わない程度に痛めつけ―――」
最後まで聞こえなかった。
「な・・っ!?」
俺が圧砕重剣を振って吹き飛ばしたからだ。
今の俺には分かる。見える。なぜかは知らないが分かるのだ。あいつの
動きが。
まるで長年一緒にいたような感覚。あいての移動の癖が分かる。
あいつは移動するときに方向を決める。右に移動する時は右の爪先を
そっちに向ける。左に移動する時は爪先をそっちに。上に跳ぶ時は身体が
少し沈む。正面は片足を少し引く。
次は――右か。
右に圧砕重剣を振る。タイミング良く刀騎士の刀をへし折った。
「なぜだ・・・・癖を見られたか」
「そうだ。直せるもんなら直してみろっ!」
そう言ってみた。しかし次の移動先は分からなくなった。
「直してみたが、どうだ?」
「お前・・・」
この一瞬で癖を直した?どれだけ人間離れしてるんだよ・・・。
刀を受け止める。そして叫んだ。
「お前は、俺の身体を傷つけた!」
後ろに下がってから来るのを待つ。
「俺の大切な身体をっ!」
攻撃を受け止めてから右足で蹴る。それを刀の柄で弾かれた。
「身体が傷つくなんて戦場じゃ普通だ。何を怒っている?」
「この身体はな、俺だけの身体じゃねぇんだ!」
横薙ぎの一撃を跳躍で回避され頭上からの斬撃を避ける。
「俺の忘れられない過去の傷痕で、とても嫌な記憶の形で、幼馴染たちとの
絆なんだ!あいつらがいた証拠なんだよッ!」
剣を右下段に構える。そして力を解放する。
「圧の強欲。砕の嫉妬。重の憤怒。剣の暴食。神の怠惰。喜劇の傲慢。奏者
の色欲。神曲よ、蘇れッ!」
圧砕重剣が胎動する。その刀身が左右に開き、純白の刀身が漆黒に
変貌する。根元の宝石は狂ったように振動し、その色を純白に変えた。
刀身が開いて音叉のような形になり、漆黒の刀身に浮遊する純白の宝石。
これが圧砕重剣の本来の姿。
「神曲喜剣・地獄篇!」
「だからどうした。色と形が変わっただけだ!」
そう言って移動しようとした刀騎士の速度は激減していた。
当然のように剣で攻撃を受け止める。
「な・・・に?反応速度が速い?いや、俺が遅くなっているのか!?」
刀騎士の身体は重力を感じているはずだ。今まで気付かなかったのは
徐々に重力を増していったからだ。
重力操作。それが圧砕重剣の真の能力だ。
「重力・・・操作か?こんな圧力ではまともに・・・・くっ」
過剰な重力に耐えられず膝を付く。その刀騎士を見下ろした俺は容赦
無しに剣を横薙ぎに振るった。
「ぐあ・・・・っ!」
何とか刀で防いだがその刀も砕けた。もう身を守るものはない。
すぐ隣には春彦がいた。なぜか音無さんの姿もある。向こうに見える
二人と戦っていたらしい。
まぁ、どうでもいいが。
重力でまともに動けない刀騎士に歩み寄る。俺を見上げた仮面の向こう
の瞳が射抜くような眼光を放っている。
「卑怯だと思わないのか?動けない相手を――」
「煩い。敵の都合など知ったことか」
最後まで言わせなかった。なぜ卑怯なのだ?動けないのも敵の責任だ。
なら俺がそこを攻撃したところで悪にはならない。
「な・・・・」
絶句している。あまりの自分勝手な発言に呆れたか?
「さあ、その面、拝ませてもらうぜ」
剣を振り上げる。もしかしたらまたどこかからか取り出した刀で防ぐ
かもしれない。だから俺は剣に込める。
防御を許さず逃亡を認めず回避しようとさえ思わない一撃を。
相手は動かなかった、どこか諦めた様子で大人しく仮面を割られた。
「お前も変わったな、朝月。昔とは、全然違う」
その下にあった顔に俺は絶句した。呆れでも驚きでもない。本当に
言語機能を失ったかと思った。
「もう五年だからな。お互い、変わるか」
無くなってしまった重力。普通に立ち上がった刀騎士の顔は俺のよく
知る人の顔だった。
成長して少し変わっているが面影はある。それは―――。
「久しぶりだな朝月。こうやって顔を合わせるのは八年ぶりだったな」
俺の兄・常光夜月だ。