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選べない選択肢に意味はあるのか

本編再スタート。

 春彦が去った後、俺は後ろを向く。そこにはアッシュ・ライク・スノウ

がいた。

 追い求めた復讐の相手。陽を死に追いやった、直接的な、致命傷を負わ

せた本人。

 陽の死は認めた。だけど、憎しみは消えない。

 認めたけれど、納得はできない。

 どうしようもない復讐心が些細な理由でも復讐の対象にしてしまうんだ。

「アッシュか・・・・先に軌条を殺したかったんだが、まぁいいか。お前

も復讐の対象なんだからな」

「あなたは――それでいいんですか?」

 俺の話を聞こうともしないでそんなことを言ってくる。いいんだ。

俺はこのままで。復讐を続けて、生きていければ。

「いいさ」

「本当に?」

「うるせぇよ!」

 炎を撒き散らす。サモン・ブラストで放たれる炎は以前、アッシュの

氷を溶かしたことさえあるのだ。だから、問題ないと思っていた。

 しかし、炎は止められる。圧倒的な温度で、氷の中に閉じ込められて

しまう。

「復讐のために生き続ける・・・・・それで本当にいいんですか?」

 言葉が胸に刺さる。痛い要因なんて無いはずなのに、胸が痛い。

 あの町で俺は何を思ったのだろう。恋人の死を認めて乗り越えて、

時間をかけて納得していけばいい。そう思ったはずなのに。

 どこかで心が壊れて、出さないように出さないようにと、無意識の

うちに意識していたドス黒い感情が表に出てきてしまって。

 結局、俺は生きる目的を見失ってしまって、同時に他人と関わることを

恐れた。

 大事なものを失うことを恐れた。

「復讐が終わってしまったら・・・・どうするつもりなんですか?」

 その問いに俺は答える。そんなもの、この感情を覚えれば誰だって

辿り着ける答えだ。

「終わらないさっ!全員殺したって、この感情は消えないさっ!だから、

俺の復讐に終わりなんてないんだよッ!」

 煉獄篇から撒き散らされた炎は悉く、周囲の物を焼き、溶かし、灰

に変えてしまう。しかしどうやってもアッシュに届くことはなかった。

「ハァ・・・ハァ・・・なんで・・・」

「あなたが道を間違えている限り、ボクに攻撃は届きません」

 ふと、感じた違和感があった。それは何なのかと思い思考を巡らせると

答えはすぐに出た。ああ、あの少女は、アッシュは一人称が「ボク」なの

だ。女子なのに一人称が「ボク」だから違和感を感じたのだろう。

「ハァ・・・ハァ・・・なら、お前は俺に復讐をやめろ、と言いたいのか?」

 息を整えながら口を吐く言葉は俺自身も意図しなかった言葉だった。

こんな奴の言葉に耳を貸す必要は無いというのに。陽を殺した奴の言葉なん

か。

「違う―――ただ、復讐だけを生きる目的にしないで欲しい、ということなの」

「ハッ・・・・復讐だけを、か」

 息を整え終え、アッシュを睨んで叫ぶ。

「一体――一体誰が俺をこんな風にしたと思ってやがるんだッ!」


[Distance]


 左腕がガドリングガンに変貌する。その場から動かずに乱射するも、全て

の弾丸は灰色の氷柱に命中するばかりでアッシュには届かない。

「あの日、死兆星があんなことをしなければッ!あの日、BGが飛沫町に

いなければッ!あの日、俺がお前らの存在に気付けてればッ!」

 銃口がオーバーヒートして真っ赤になるまで撃ち続ける。俺自身も

疲れ、銃口が溶け始めたところで乱射を止める。

 煙の先には無傷のアッシュが佇んでいた。これだけ撃っても傷一つ無い

とは。傷があるのは弾丸を防いでいた氷柱だけだ。

「軌条が、お前が、俺が、悪いんだッ!全部が原因なんだよっ!その

原因の一端が、何を言うッ!」

 俺はもう無意識(おれ)だけじゃなかった。理性(おれ)無意識(おれ)も、全部の意識が

混濁して、今を喋っている。

 理性だって、やっぱり憎しみは持っているんだ。

「くっ、侵食が・・・・」

 腕から何かが這い上がってくる。皮膚の下を蠢いて首へ、顔へと。

「う、ぐわあぁぁぁぁぁぁあああッ」

 耐え難い苦痛が右腕と顔を襲う。顔はまだ右側だけだが右腕は全体だ。

この痛みに叫びを上げない者がいると思えない。

 それほどの苦痛、激痛なのだ。

「じょ、常光君ッ!?」

 アッシュが聞き慣れた呼称で俺を呼ぶ。どうして、こんな時にあいつ

のことなんて―――。

 そういえば、あいつは――柚木は無事なんだろうか。この世界の崩壊

ともいえる状況で、生きていられるだろうか。

 ・・・・・・。

 俺にとってはもうどうでもいいことだ。復讐の対象者に柚木は入って

いないのだから、気にかける必要もないじゃないか。

 なのにどうして、こんなに気にかかってしまうのだろう。

 これは、心配・・・・なのか?

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 どうして俺を心配するのか、アッシュは駆け寄ってくる。

「近寄るなッ!」

 俺は怒声と睨むことでそれをとめる。圧砕重剣は今も維持していられ

るが影名のDUを維持できるだけの余裕はなかった。

 だから威圧するしかできない。

「俺は・・・許せないんだ。あの日のあの惨劇を引き起こした全ての要因

が。お前も軌条も――俺自身も」

 肉体が、変形していく。

 右腕が、顔の右半分が・・・・変貌していく。

 イグアナのような爬虫類系の皮膚に変わり、鱗のようなものが腕を、顔

を覆っている。

 痛みは今も続いている。俺の身体を蝕んで、変貌させてしまう。

「・・・・ある少年は、一瞬で全てを失ったんだ」

「・・・・・?」

 突然、俺が言い出したことに戸惑いを感じているのだろう。俺も、どう

して言い出したのか分からない。

「家族も幼馴染も恋人も、全部、一瞬で。圧倒的な理不尽な暴力に全て

踏み潰されたんだっ」

 それは俺のこと。過去の俺のことだ。

「十一歳かそこらの子供に強いるには、過酷すぎる話だろう?」

 幸せを一瞬で全て奪われて。生きる気力も目的も失った少年。

「その少年は求めたんだ。生きる目的を。生きようと思えることを」

 暗闇の中を探して探して、失ってしまったものを、せめて、生きる目的

だけでも見つけたくて暗闇の中を探し回って。

 その結果掴んだのが―――。

「復讐だったんだね・・・・」

 そう。ようやく自分で見つけることができたもの。まだ子供で、周囲

から与えられてばかりだった俺がようやく自分で見つけ出せたもの。

 それが復讐心だった。

「それが・・・・やっと自分で見つけられたと思っていたものが、全部

勘違いだった。勝手に改竄された記憶が見せた幻だった。手に掴んで、

生きる目的にしていたものが―――また、一瞬で消えてしまった」

 じゃあ何を生きる目的にすればいいというのか。俺は何に縋って生きて

いけばいいのか。陽の死と向き合って、復讐心の意味の無さを本当に理解

してから襲ってきた恐怖。生きる目的を失って、また、あの暗闇の中を

探し回る恐怖が、俺の心の底の憎しみを呼び覚ましてしまった。

 他人を憎んで復讐だけに生きれば、他人と無駄に関わる必要も、生きる

目的を失ってしまうこともないから。

 復讐を生きる目的にしている俺にとって一番怖いのは――復讐が終わって

しまうこと。生きる目的を再び失うことに繋がるから、だから、怖い。

 復讐を終わらせないために、終わってしまうという恐怖から逃れるために、

終わり無い復讐心だと決め付けている。

 その結果が、これだ。己の無意識に突き動かされて、自分がしたくもない

ことまでしてしまう。言いたくないことまで言ってしまう。

「なら、また全部失ったら――俺はどうなる?」

 立ち上がることさえも億劫になってしまう。それでも立たないと。立って

今するべきことをしないと。

「また全部失ったら―――また、今みたいに、皆みたいな人たちが集まっ

てくれるのかな」

 俺の無意識。その復讐心の根幹はそこにもあった。

 一度全部壊されて、また今度は中途半端に壊れてしまった。もう一度

全部壊せば、別の人間で、元通りになるのではないだろうか。

 そうすれば、復讐なんて救いの無いものを生きる目的にする必要もなく

なるんじゃないか。

 元々自分で手に入れた関係ではないんだ。全部修之さんが居て、俺の無愛想

な態度にも気を悪くしない人たちのお陰でできた人間関係。もし周囲の人た

ちがこういう“大きな”人たちじゃなかったら、俺はいつまでも独りだった

だろう。

 だから、どうせ、もらいものの関係。ならもう一度全部壊してしまえば

また、戻るんじゃないか。

「だから、皆を殺そうとしているの?復讐って銘打って、自分で手に入れた

ものじゃないから、壊して、今度は自分で作り直そうっていうの?」

「そう、だな。そういうことになるな。今度は、自分で。もう壊そうなんて

思わないように。壊されないように。自分でッ!」

「それは、違うと思います」

 俺が振るった圧砕重剣は氷柱でいとも簡単に防がれてしまう。立て続けに

振るっても全てが弾かれてしまう。

「他人から貰ったものだからこそ、大事にするんじゃないんですか?決して

壊さないように、大切にしていくものじゃないんですかっ!?」

 銃で撃っても、爆発させても、反射板で変則的な攻撃をしても。全てが

全て、防がれてしまう。

 実力の差に愕然としてしまっても、アッシュは敵だった。

「自分のものだから大切にしたい、他人のものだからどうなってもいい。

そんな考えじゃ――また、あなたは全てを失います」

「分かった風なことを・・・・ッ!」

 その場から動かずに全ての攻撃を防いでしまうアッシュの余裕が気に

食わなくて、アッシュを倒さなければ俺は先には進めない。陽を殺した

仇であって、俺の復讐心の全ての始まりである。

 全てを壊してやり直すというなら、こいつも殺さなければならない。

 理性が止めようとしている。「止めろ」と。「皆を殺さないでくれ」と。

 理性は理解できているんだ。納得もできているんだ。全てに。

 だから、壊すなと言う。こいつは仇ではない。もう復讐も意味を成さな

い。また失ったら、壊したら、自分の心が耐えられないと。

 それでもここで止まったらいけないんだ。

 元より、こんな崩壊した世界で何があるというのか。何ができるという

のか。何を期待しろというのか。どんな希望を持てというのか。

 だから俺は剣を振るう。アッシュの首を目掛けて。

「あなたは、大切なものを失うのが怖かった。それなのに、今は自ら

大切なものを壊そうとしている」

 アッシュが言うことは最もだった。大切なものだといいながら、それ

を失うのが怖いといいながら、俺は今、壊そうとしている。

 大切なものを失うのが怖い。でも復讐は止められない。終わらせられ

ない。だから、こんなことをしている。

 無意識(おれ)が殺そうとしても理性(おれ)が止める。だから決定的な終わりにはなら

ない。皆が死なないから復讐は終わらず、復習が終わらないから俺の生き

る目的も失われない。

 ここでアッシュを殺してしまうのなら、それでもいい。そうなったなら

俺は復讐に生きて狂い死んでいくだけだ。怖い。怖すぎる。全部を失い

狂い死ぬのは途轍もなく怖い。

 なら、こんなことは止めればいいんだ。

 でも止めれば俺は生きる目的を・・・・・・。

 あ、れ・・・・?

 俺・・・・何がしたいんだ?

 何が怖いんだ?

 分からない・・・・・・。

 でも、どうでもいいか・・・・。

「大切なもの(生きる目的)を失わないために、大切な人たちを危険な目に合わせている

のかな」

 そう、なってしまうのだろう。今の俺にはそれしかできない。何かを

取れば何かを失ってしまう。

 生きる目的を取ればいずれ皆を殺してしまう。したくもない復讐を

して皆を殺してしまうだろう。

 大切な人たちを取れば生きる目的を見失ってしまう。俺はもう、一時

でもあの暗闇には耐えられない。

 だから、決定的な終わりの訪れない復讐をする必要があったんだ。

 そして俺はアッシュを倒さなければ先に進めない。全部壊すことも、

作り直すことも。戻ることなんて、できそうになかった。

 生きる目的が見つからない俺にとって、戻ることなんてできない。

 俺自身も含めて、全部を壊さないと。

 今の俺も含めて、全部手に入れ直すんだ。

 もう・・・・自分が何をしたいのか、何が怖いのか、何が欲しいのか

さえも――――判らない。理解できない。

 考えることさえも放棄してしまいたい。本当に全てを無意識に預けて

しまえば―――――。

「なら、あなたは先に進めない。その考え方を変えるか、本当に全部

を捨ててしまうまで、先に進めない」

 アッシュが何を言っているのか分からなかった。どうして俺が先に

進めないというのか。考え方を変えるか、本当に全部を捨ててしまうか?

 わけがわからない。

「本当に全部壊して作り直すというなら。自分の大切なものを失うのが怖

というなら―――」

 剣が首に届く寸前、アッシュの前髪が払われる。ずっと長い髪に隠れて

見えなかったアッシュの素顔が今、晒される。

 俺の表情が限界まで驚きに支配される。無意識と理性が混濁した

中で、それでもはっきりと認識できた。

「―――あなたはボクを斬れますか?」



 俺はいつしか――――。

 生きる目的そのもの(・・・・・・・・・)に依存していることに、気付いていなかった。


主人公未だに暴走中。朝月くんの心をうまく書けていないのが無念です・・・・。

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