表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/91

崩壊した街(3)

 バリィィィッィィッン!


 突如として、春彦の正面、現の背後の空間が砕け散り、粉々に割れた。

 その空間の裂け目から突き出ているのは、先端の割れた漆黒の切っ先。

 常光朝月のDEATH UNIT圧砕重剣に間違いはなかった。

「やっと出れたぜ・・・夏彦だかなんだか、あの野郎。あんな空間に

閉じ込めやがって」

 悪態を吐きながら這い出てくる。その光景を、その表情を。現は驚愕

の瞳で見つめていた。

「朝月・・・・・なの?」

「今のあいつは、あいつじゃない」

 軌条が現を庇うように前へ出る。そして、朝月の視界に収まった。

 その表情が歪む。再開を喜ぶように、歓喜に歪んだ。

「自身の無意識に乗っ取られて、無意識に行動しているだけの存在だ。そこ

に朝月の自意識は存在しないっ」

「やっと見つけたぜ軌条。なぁ、お前も焼かれてみろよ」

 地獄篇だった圧砕重剣の形が変形する。中心から左右に展開して割れて

いた刀身が移動し、片側に集まる。片側に二つの刃がある形になり、本来

は合わさっていたはずの場所が二つの峰となっている。そこには幾つもの

穴が開き、蒸気を吹き上げている。

 両刃の剣を中心から割り、本来両側にあるはずの刃を片側に集めた形。

峰となる部分から立ち上る蒸気は朝月の顔を歪ませた。

神曲喜剣(しんきょくきけん)煉獄篇(ブルガトーリオ)

 振り上げられた剣が、地面に叩きつけられるようにして振り下ろされた。

「俺の、俺たちの痛みを味わえよッ!その身を焼かれてなぁッ!」

 地面を割りながら押し寄せる炎。とてもじゃないが回避できる大きさ

ではないし、距離でもなかった。

 突如として無数の鎖が視界を覆い隠す。

「朝月君ッ!」

 春彦の鎖が幾重にも絡み合い重厚な壁となる。しかし、サモン・ブラスト

の炎はそれを凌駕していた。

 炎の侵攻を防いでいる鎖は徐々に熱せられ赤鉄と化していき、溶解して

いく。端から見ても長時間耐えられないことは明らかだった。

「朝月に何が起こっているの!?」

 現の問いに正確に答えられる者はいない。いるとすれば目の前の朝月の

意識だけだ。

 それでも御堂は答えた。言わなければならないと思うから。

「細かいことは省かせてもらうが・・・・今、朝月は自分の感情や思いを

押さえられないでいるんだ。恋人の死を乗り越えた先にあったのは、自分

や家族、幼馴染たちを殺されかけたっていう事実に対する憎しみだったんだ。

恋人の死とそれを行ったと思っていたアッシュ・ライク・スノウに対する

感情が覆い隠していただけに、それを自覚したときの感情の流れが酷かった

んだろうな」

 それだけではないと、彼らは知らない。今まで陽を殺したアッシュに

復讐することを生きる目的としてきた朝月にとって復讐の意味の無さを知る

こと、アッシュが敵ではないと知ることは、生きる目的を失うこととイコール

だったと彼らは知らないのだ。

 他人からあらゆる物を与えられてきた朝月は、心のどこかで無意識に思って

いのだ。この復讐心だけは自分で見つけたものだと。それが間違いだったと

気付き、一瞬で崩れ去った時、朝月に余裕はなかった。

 新しい目的を見つけるまで自堕落に生きるとか、そういうことを思う

余裕も無くて。

 剥き出しにされた憎しみに呑まれてしまった。

 復讐なんて意味無いと、憎しみは何も生まないと、知っていても無意識

は抑えられなかった。だから、今の朝月は無意識的に行動してしまっている。

 自分の中の気持ちを全て曝け出して。

「アッシュも憎いけどさ、今は軌条のほうが先なんだよ!だって、お前の

ほうがより多く奪ってくれたからなぁッ!」

 炎の勢いが増した。鎖が溶解していく速度が加速していく。そして突如

として遠方でも別の火柱が上がった。

「向こうでも火柱・・・・?何が起こってるんだ?」

「皆さん・・・逃げてくださいッ!もう限界ですからッ!」

 鎖が溶かしきられる。そうなれば彼らを護るものは何も無い。ただ、朝月

の炎に焼かれて消えていくだけの運命が待っている。

 ――すまない、朝月。

 軌条は心の中でそう呟く。今の朝月を止めるには、朝月から逃れるには彼

を攻撃するしかない。この炎を止めるくらいの一撃を与えるしかないのだ。

 半分が自分のせいで朝月が暴走してしまった。軌条はそれを自覚していながら

も朝月を攻撃しようとしている。それは朝月一人の気持ちと、今ここの全員の

命を比べた結果でもある。

 今もし、彼を気絶でもさせられれば、もしかしたら暴走を止められるかも

しれない、なんていう希望も含まれていた。

「ちょっと寝てろ、朝月ッ!」

 軌条が指を鳴らす。朝月の目の前に空気を圧縮した高温の空間が形成される。

そこに塵と化した暁が入って爆発する―――。

 はずだった。

「がぁっぁああああああッ!」

 しかし、圧縮された空気は全く別の場所に現れてしまった。無事だった街路樹

を燃やし、所構わず燃やしていく。

『氷魚、何やっているッ!?』

「わからねぇよ・・・・制御できねぇ・・・・ッ」

 ついさっき、聞いた話だ。“未知の欠片”からの波動を受けてDUの侵食が

進んでいる者は“擬似暴走”という現象を引き起こすと。

 エクスクレセンスになる一歩手前の現象だと。

「擬似暴走っ!?」

 現の表情が驚愕に歪む。春彦は動揺していながらも、目の前の朝月に手一杯

のようだった。

「くっ・・・・・そッ!」

 軌条は無理矢理手を抑えつけて走り出した。朝月のいる方向とは逆の方向に

走り、皆から距離を取ろうとする。

「ダメよっ!戻って軌条ッ!」

 現の叫びは軌条に届かず、走り去ってしまう。この状況の危険さを知っている

のは現だけだ。

「早く追いかけて!今のままで放っておいたら彼、エクスクレセンスになって

しまうわッ!」

「わ、分かった!」

 暁と御堂が走って追いかける。しかし、夜月は動かなかった。

「すまない、俺には行かないといけないところができたみたいだ。そっち

に行く」

「好きにしてちょうだい」

 夜月は桜子に声をかけようとしたところで異変に気付く。鎖がもう、

夜月から見えるほどに真っ赤に熱せられていた。

「もう・・・・本当に限界ですッ!早く、逃げて・・・・ッ!」

「あなたも逃げるのよ春彦っ。このままじゃあなたが死―――」

 その時にはもう、鎖は解けきっていた。

 炎が春彦の身体を呑み込まんとして迫る。もう逃げられないと、何も

できないと理解した春彦は目を閉じた。

 しかし、いつまで経っても灼熱の炎は身体を焼かなかった。

「・・・・・?」

 恐る恐る目を開ける。その瞳の前には炎があった。


 雪が降っていた。灰色に染められた雪は春彦を焼こうとしていた炎

そのものを全て包み込み、凍結させていた。


「氷結結界―――アッシュか!?」

 朝月の後ろ、時間を操る灰色の氷の中に佇む少女の姿があった。

 右目から頬にかけてと鎖骨、両足に棘のような青い刺青を入れて、地面

にまで届きそうなほどに長い髪。

「行ってください。彼は―――ボクが止めます」

 しっかりとした口調。彼女の普段の姿を少し知っている夜月からすれば、

頼もしく映る姿だった。

「・・・・弟を任せた」

「はい」

 その返事を聞いて夜月は桜子、海深、落葉、雪女、影名を連れて走り

出した。現も春彦を引っ張ってその場から離れていく。

 背後から聞こえてくる声は朝月のものであり、とても朝月から発せ

られる声とは思えなかった。

「アッシュか・・・・先に軌条を殺したかったんだが、まぁいいか。お前

も復讐の対象なんだからな」

 段々と小さくなっていく声。春彦は心配だと思いながらも、朝月に恐怖

を抱いてもいた。

 長く一緒にいた自分さえも問答無用で殺しにきた。本当に無意識下なんだ

と思い知らされる。

 少し前を走っている金が目に入る。DUを発動しているのかいないのかは

分からないが恐らくは軌条を追っているのだろう。

「春彦、あなたは金と一緒に軌条を追いなさい」

「はい・・・・って、それじゃ音無さんはどうするんですか?」

「私は逃げてる人たちを助けに行くわ。できるだけ多くの人を逃がすから

その間に軌条を何とかして」

 それはこの危険なシティの中で一人、単独行動をするという意味だ。

それほど危険なことはないと一番理解できているであろう人物は現なのに。

「それじゃ音無さんが一人になっちゃいます!僕も一緒に―――」

「それはダメよ」

 春彦の提案は無下に却下されてしまう。悩む素振りも見せずの即答。

春彦には理解できなかった。

「ど、どうしてですかっ!?」

「軌条は暴走しかけてるわ。もし、彼がエクスクレセンスになってしまった

ら、たぶん、今までの誰よりも強力になるわ。暁、御堂、春彦に金。全員

の力を合わせても討伐できないくらいに」

 それは、事実だった。今まで隊長格のエクスクレセンス化の例は無い。

上層部がそうなる前に殺してきたからだ。もし軌条がエクスクレセンスに

なってしまったら、例え第一段階でもその力は想像を絶するものになるだ

ろう。

「でも・・・」

「私は平気よ。なるべく敵のいない道を探して逃げ(おお)せてみせるわよ」

「それでも―――心配です」

 真剣な口調できっぱりと言う春彦に驚いた表情を見せた現も一瞬、こちら

も真剣な口調できっぱりと言った。

「心配だからこそ、私を信じて」

 春彦の反論を許さず、一方的に言ってしまう。春彦は憤りを感じながら

もそれに逆らうことはできなかった。

 彼女には彼女なりの信念がある。自分の命よりも力無き人々を護ること

を優先するような人なのだ。

「わかりました。でも―――絶対ですよ?絶対に、帰ってきてくださいね」

 それに答えず、手を上げただけで現は道を逸れていく。春彦と金の向かう

道とは違う道を通って、間もなく姿が見えなくなった。

 心配である気持ちと彼女を信じる気持ち。その二つ抱えて春彦は自分

が進むべき道を進む。

 あまり進まないうちに夜月が立ち止まっているのが見えた。金が止まり、

春彦も止まる。夜月はこちらを向いて言った。

「俺たちは行かなきゃいけない場所がある。だから、ここでお別れだ」

 ここで別れる。それはこの戦いが終結するまで、再開はできないという

意味でもあるだろう。この状況で別行動をして、また合流できる保障は、

無い。

「そう・・・ですか」

 金の声も心なしか沈んでいる。会って間もないとはいえ、今ではもう

仲間と認識できるほどの存在でもあるのだ。少なくとも、敵ではない。

「金、また料理教えてね。私より上手なんだから」

 海深が金の肩を叩く。桜子も落葉も同様に。

 彼女らには料理という共通言語がある。それを通して仲良くなった

だけに、再開の約束もまた、料理なのだろう。

「私も早く上達したいからさ。期待してるぜ」

「うんうん。アサ君にも『金より美味い』って言わせてみたいからね」

 できないかもしれない再開に思い馳せ、終わったら何をしよう、と

計画を練る少女たち。そういう行為が、気持ちが大切なのかもしれない。

「・・・春彦」

「影名さん?」

 影名が本を閉じ春彦を見上げている。そして、本を差し出した。

「これを」

「これは・・・・?」

 それはいつも影名が抱えていた本。お気に入りなのか読み古されていて

ブックカバーも本自体もボロボロだ。そんな本を春彦に手渡して、影名

は言う。

「その本、朝月に渡してほしい」

「朝月君に・・・ですか?」

 きょとんとする春彦を尻目に影名は背中を向けてしまう。

「朝月が正気を取り戻して、戦いとかが全部終わった後に届けに来るように。

それに、私の帰る場所でもあるように・・・・」

 他人との交流を極力持たない彼女なりの行動。この中で一番関わりが

深い春彦に託した。自分にも帰る場所はあるけれど、朝月が離れていかない

ように、春彦が朝月を見捨てないように、春彦に託した。

「分かりました。しっかり渡しておきますね」

「・・・・お願い」

 桜子たちも夜月のところに戻っていく。そうして春彦たちとは別の方向

へ――先ほど火柱が上がった方向へ向けて走っていった。

「俺たちはあの火柱に向かう――たぶんあれは、フェニックスのものだ」

 夜月たちは炎系のDUの持ち主をザ・フェニックスくらいしか知らない。

他にも色々いるだろうけれど、あれほどまでの火柱を出せる者はそういない。

 だから行かないといけない。アッシュが朝月を止めている以上、ザ・フェ

ニックスを止められるのは夜月しかいないのだから。

 そして春彦たちも行かねばならない。軌条を暴走させないために。暴走

したなら、止めるために。

 お互い、殺してでも。



 それぞれの戦いが始まろうとしている。

 自意識を失った朝月を止めるアッシュ。

 暴走しかけている軌条を止めようとする暁、御堂、春彦、金。

 暴走しているかもしれないザ・フェニックスを止めようとする夜月。

 修之を護りながら人々を護る現。

 そして、世界の崩壊を嘲笑うように脈動する“未知の欠片”。

 人々の生と死を賭けて始まる戦いに、それぞれが挑む。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ