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乗り越えたその先に・・・・・・

「・・・・」

 ここに来るまでに通った道も、告白した場所も、初めて待ち合わせした

場所も、デートに使った施設も、俺の家も陽の家も、全部が全部真っ黒で、

煤けていて、少し強く叩いただけで砕けてしまうような、そんな荒廃した

世界の中でも一番脆くて一番手強い、陽の死に場所。

「大丈夫か・・・・朝月?」

「大丈夫さ。いや、大丈夫って証明してみせる」

 ここを乗り越えて、この場所で“陽の死”そのものを吹っ切ることが

できて初めて、俺は未来に向けて“変わって”いける。陽の死を振り切る

ことができなければ俺はいつまでも囚われて、前に進むことも戻ることも、

変わることさえもできなくなってしまう。

 その場所に立った瞬間、記憶がフラッシュバックする。陽の死ぬ瞬間が

まるで今体験しているかのような鮮明さを以って俺を苛んでくる。

「う・・っく」

 ここで負けたらいけない。もし屈して目を逸らしてしまえば、俺はまた

ここに来るだけの勇気は無いだろう。

 未だに認めたくないと心が叫んでいる。また記憶を書き換えてしまえと、

そうすれば他人を憎み、恨み、それを晴らすためだけに生きていけばラク

なんだと。こんな苦しい、辛い、痛い思いなんかしないでも、乗り越え

なくてもいいんだと、俺を誘惑してくる。

 悲しい。痛い。辛い。苦しい。憎い。様々な感情が踊り狂って俺の心を

埋めていく。

 陽の死が悲しい。心の傷が痛い。陽が居ないから辛い。復讐を果たせない

のが苦しい。陽を死に追いやった存在が憎い。

 俺は依存しなけりゃ生きていけない。

 今の俺の生きる目的が復讐だ。陽の死に依存して、心を閉ざした風なフリ

をして、結局は他人と関わるのが怖いだけだった。変わってしまった俺は

今更陽の死を認めることなんてできない。認めたら俺はどうなってしまう

んだ。陽への依存が、俺を生かしている・・・。

 記憶のフラッシュバックと感情の氾濫で心が折れそうになる。過去にも

経験した「折れる」感覚がまた、俺に襲い掛かる。

 こんなことをして何の意味があるんだろう、なんて思いが頭を過ぎる。

 ここで頑張ったとしてのも、結局は自分が辛いだけなんじゃないか。確かに

皆とまた一緒には居られるだろう。でも、それで陽が戻ってくるわけじゃない。

辛いだけなんじゃないのか。

 こんなこと、思っちゃいけないと思いつつもどうしても頭から離れない。

 今ここに居ない陽が生きていられるのは俺の心の中だけ。唯一死を認めて

いない俺が今ここで陽の死を認めてしまったら、今度こそ陽は死んでしまう

んじゃないか。俺の心の中から消し去るということは、俺が殺してしまう

ということじゃないか。

 そして、俺は唐突に理解した。

 この「辛いだけ」や「陽が戻ってくるわけじゃない」という考えがいけない

んだ。この考え方こそが、未だに陽に依存している証拠じゃないか。

 こうしてこの場所で、自分と、死と向き合っているからこそ判る。

 やっと頭角を現した。

 俺の心に巣食っていた感情。様々な依存の中で、最も根深い、根強い感情。

 “自分が陽の死を認めることで、今度こそこの世から陽を殺してしまうんじゃ

ないか“という恐怖観念。

 これがずっと心にあったからこそ、俺は認めるのを極端に拒否したんだ。

 今まで俺が認めることを拒否していた理由、その根底にはこの想いがあった。

だからこそ俺は認められなかったのかもしれない。

 理解した今でも怖い。それでも、俺は自分に言い聞かせる。無意識に恐怖

している心に伝える。

 ――ここで陽の死を認めないということは、陽そのものを否定していること

に他ならない。俺が陽の死を認めることは、陽の存在を肯定することに繋がる。

心の中の陽を殺すんじゃない。俺が死を認めてこそ、他人の心の中で生きられる。

死を認められてない人間は、他人の心には生きられないから。

 これで恐怖心が消えるわけでもない。でも、俺はこれで認められる。

俺の無意識は陽の死を認められるだろう。だって、認めなくちゃ陽を否定

しているなんて言われたら、俺でも俺の無意識でも認めないわけには

いかないだろうから。

 それほど、今でも陽を好きだから。



 俺は膝を着いていたようだ。自分に言い聞かせるのに集中していて

気付かなかった。

 隣には兄さんが、その周りにも皆がいて、俺を心配そうに見ている。

「大丈夫かよ・・・・いきなり膝着くから驚いたぜ」

 まだ、手が震えている。怖いんだ。どんなに無意識に言い聞かせても、

認めさせても、この恐怖が消えることは生涯無いだろう。それでも、

この恐怖以上に皆と過ごすこれからに意味がある。

 陽はもう死んだ。その事実に揺らぎは無いから。

 だから、早く安心させてやらないといけない。皆に「大丈夫さ」と

言わないといけない。

「ああ、大丈―――」

 でも、言えなかった。言えるわけなかった。

 途端に爆音が無音の町に響き渡る。大きな爆発。その煙の中から

何かが這い出してきた。

 着物。着ているべき人物のいない、着物のみが中空に浮いている。そ

して全身から幾つもの巨大な鋏を現出させている。

 E4。俺たちはそう呼んでいた。

「あい・・・つはっ!」

 兄さんの驚愕の声に重なるようにして御堂さんの声も聞こえる。

「どうしてE4がここにいるんだよっ!それに―――っ」

 E4に続いて煙から出てきた人物。それは、俺が予想だにしなかった

人物。

 この数日間、無意識に関わらないようにしていた。姿を思い出さない

ように、名前さえも聞かないようにしていた。俺が死兆星に行くときに

感じていた漠然として不安。その正体。

 E4が鋏を伸ばして攻撃する。それを避けたが足場の悪さからバランス

を崩してしまった。そのタイミングを見逃すはずもないE4はバランス

を崩した人物目掛けて腹部から突出する一際巨大な鋏を突き出す。

 その人物を両断せんとして。

「ダメッ!逃げて、ひ―――ッ」

 突如として横から割り込んできた女性。攻撃を回避できなかった人物

を庇うようにして鋏との間に立ちはだかった。

 そして、女性の―――結城華南の身体が、腹部から横に両断された。

「華南―――――ッ!」

『華南ッ!?』

 二人分の声が聞こえた。御堂さんの声じゃない。春彦の声でもない。

ましてや兄さんの声でもなかった。

 目に映る人物は一人。でも、声は二つあった。

 俺の記憶と視覚情報に一致する人物は一つしかなかった。

 軌条氷魚と暁輩蓮。

「―――っ!輩蓮ッ!」

 軌条の声で塵と化していた暁が粉のような身体を移動させてE4を

取り囲む。白い粉は恐らく小麦粉に近いもの。軌条と暁の必勝手段。

そして、軌条が指を鳴らした。

 直後に起きた爆発は今までに類を見ないほどの大爆発で、E4は勿論、

巻き込まれた華南さんの肉体もバラバラに弾け飛んだことだろう。

 俺の目の前に何かがボトっと落ちる。血に塗れて真っ赤に染まった

ソレは、肉を――そう、何か固い物にぶつけたかのような鈍い音を発し

ながら俺の顔に血飛沫を散らす。

 顔に飛び散った生暖かい血を拭いながら視線を地面に移す。見ては

いけないと思いつつも向いた視線の先には、危惧していたものがあった。

 腕。

 爆発で千切れ飛んだ華南さんの、腕だった。 まるで、あの時のような、俺の身体が弾け飛んだ時の再現のような出来

事を前にして、俺の中で、何かがまた、頭角を現す。

 死兆星を前にして感じていた漠然とした不安。それは、軌条の名前を

見たら、軌条自身と出会ったら、この感情が表に出てきそうで。

 もし出てきてしまったら、もう今までには戻れない気がして。

 これは、復讐の感情。

 ドス黒い、純粋な憎みの感情だ。

「軌条―――――ッ!」

 俺は始めてかもしれない。ここまで自分の感情に任せてDUを行使した

のは。今までは圧砕重剣を使おうと意識して発動していた。でも、今は

ただ、力を望んで発動したに過ぎない。

 自分の中で何かが発動したのが分かった。でもそれは圧砕重剣じゃなく

て、何かもっと異質なものだった。

 いや、これが本質なのかもしれない。


[Imitation]


 “模倣”を意味する電子的な文字が突如として身体に浮かびあがり、誰

のものとも知れない声が頭に、いや、周囲に響く。

 ひょっとしたらこのDEATH UNITの声なのかもしれなかった。

 今度こそ、右手に圧砕重剣を顕現させる。今の俺にはもう、木刀なんて

必要なかった。


[Cataclasis] 


 また響く声。そして俺の背後に文字が浮かび上がった。それは“圧砕”

を意味し、それに呼応して右手に圧砕重剣が生み出される。そして、俺

は無意識のうちに落葉の能力を想像していた。

 以前、金から聞いた落葉の能力。両掌に収まるサイズのものを爆発物に

変換する能力。自らの能力のことなどは、さっき発動した瞬間から全て

頭の中に叩き込まれていた。


 [Blaster]


 右足に浮き出た文字。どこからともなく聞こえてくる声。文字は“爆風”

を意味し、それに呼応して能力が発動する。

足元の石を蹴り飛ばして爆発、爆風を利用して一気に跳躍する。そのまま

軌条目掛けて圧砕重剣を振り下ろした。

 さっきの咆哮で俺の存在に気付いていた軌条は瓦礫に足を取られながら

も回避した。

 今更ながらに思う。俺はここに来て、確かに克服できたと思う。陽の

死を認めることができて、復讐も意味を成さないっていうことも理解は

できたんだ。

 今までは陽の死というフィルターがあったからアッシュに向ける復讐

心――というよりも死者の仇討ちという感じだった。殺したから殺して

やろう、でも、その先には何もない。それが今までの俺の復讐心だった。

 そして今だからこそ思う。判る。そんなものは復讐心でも何でも無いと。

ただ単に憎いから仕返ししてやろうというだけの陳腐な感情だと。

 例えば、イジメられたからイジメ返してやろうとか、玩具を壊された

からあいつのも壊してやろうとか、そういった子供の感情に近い。

 俺は今、本当の意味での復讐心を知っている。今、感じている。

 これが本当の復讐心なら、なんて、なんて救いの無い感情なんだろうか。

 俺は、全部の復讐を遂げてもきっと、満足なんてできない。

 軌条を殺しても、暁を殺しても、アッシュを貫いても、死兆星を墜として

も、絶対に晴れない。

 今はもう陽の死というフィルターが無い。だからこそダイレクトに

感じてしまう。こいつらは、俺を殺して、皆を殺そうとしたんだっ。

 陳腐な復讐心はその先に何も残らない。でも、本当の復讐心はその先に

果て無き、飽く無き、終わり無き感情が残る。

 復讐してもまだ足りない。でも、もうあいつは殺してしまったから、

じゃあ、どうすればいいのか?

 そういったどこにもやれない、どうすることもできない、行き場の無い、

復讐を遂げても消えない心が残る。

 

 俺はここで陽の死を乗り越えた。復讐の意味の無さも知ったはずだ。

 でも俺は肝心なことを何も見つけていなかった。

 俺があの公園で、兄さんと刃を交える原因になったこと。

 そう、俺は復讐以外の生きる目的を、何も見つけていなかった。


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