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悲劇の前日


 翌日。俺は眠くてまだ覚醒しきっていない頭の中で密かに期待していた。

 雪女と柚木なら期待できる。

 彼女たちならきっと、普通に起こしてくれる!

 落葉みたいなヴァイオレンスな起こし方じゃなくて!

影名みたいなプチヴァイオレンスな起こし方じゃなくてっ!

 きっと普通に優しく揺すり起こしてくれるはずだッ!

「・・・・・」

 我ながら何ともくだらない願望だとも思う。だけど仕方ないじゃないか。

誰かに起こしてもらえるなんてイベントとは無縁だった俺がやっとイベント

に参加できたと思ったらアレなんだから。ちょっとぐらい憧れたっていい

じゃん。

 まぁ以前の俺はこんな展開は望みもしなかったろうがな。

 こんな無駄な思考していたせいで頭は完全に覚醒してしまった。時間は

まだ結構早い。寝なおすのも手だが寝汗が気持ち悪い。シャワーでも浴びて

こようか。

 とりあえずインナーシャツだけは取り替えるとしてそれ以外はそのまま

でもいいだろう。着替えと・・・・と、部屋には雪女と柚木が寝ている

んだったな。勝手に入るのもどうかと思ったが思えばここは自分の家で

自分の部屋だ。それにシャツを取るだけだ。やましいことなど一切ない。

断じてない。

 二人が寝ているのを確認してからシャツを取り出して脱衣所に向かう。

 ゲームや小説、漫画なんかだったら風呂へ入った途端、同居人のヒロイン

が風呂に入っていた、なんて展開があるんだろうけど、そんなことになりは

しない。さっき二人とも寝ているのを確認したんだ。この目で。

 遠慮も何もなく服を脱いで浴室に入る。シャワーは冷たいうちから浴びる

のが俺の主義。流石に冬はやらないけどね。

「ふぅ・・・・」

 髪の毛がぺったりと額にくっつく。このままだと気持ち悪いからさっさと

出てドライヤーで乾かすに限る。

 そう思って浴室から出てしまったのが運の尽き。しかも運の悪いことに

俺が浴室の扉を開けるのと全く同時に脱衣所の扉が開けられた。

「ふぇ・・・・・?」

「・・・・・・・」

 問題だ。問題大有りだ。この状況。

 脱衣所に入ってきた柚木はまぁいいとしよう。入ってきたばかりで一切

の脱衣行為をしていないパジャマフル装備だ。そこは無問題。

 問題があるのは、俺のほうだろう。

 俺は今浴室からでてきた。浴室とはシャワーを浴びて湯船に浸かるため

にあるものであり、そこに衣服の存在価値は皆無。今の俺は浴室から出て

きたので当然、全裸だ。

 しかも最悪なことに浴室から出た直後のポーズが思考が半分停止してし

まっている俺は全身丸見えなわけで。

 ―――柚木にばっちり目撃されているわけでしてハイ。

「き・・・」

「ま、待てっ!」

 急いで浴室に引っ込んだわけなのだが、そんなことで柚木の悲鳴を

止められるわけもなく。

「きぃやああああああああああああああッ!」

「そんな微妙な悲鳴上げるんじゃね―――っ!」

 何か微妙な悲鳴を上げられたせいでいたたまれない。俺は悪くない。

決して悪くないぞっ!

 つーか、昨日の逆バージョンかいっ!

 今の悲鳴で絶対雪女は起きてくる。それまでにこの状況をなんとか

して打開しなければ。

「ゆ、柚木・・・・・?」

「あ、あう・・・・・ふぇう・・・」

 まだ動揺しているのかまともに言葉さえも発せられないみたいだ。

このザマじゃ無理だな。

「柚木ちゃん、どうしたのッ!?・・・ってうわーッ!」

 つるっ! スッテーンッ!

 漫画みたいな声が聞こえてフローリングの上を転がる音がする。雪女

の奴、勢い余って滑りやがったな。バタバタと足音がして、

「柚木ちゃん、どうしたのッ!?」

 今度こそは止まったみたいだな。そして、俺は何も言い訳できまい。

 事故であること、俺のせいではないこと。そのことを雪女がしっかり

理解してくれることを切に願う。

「こぉのケダモノ――――ッ!」



 誤解はすぐに解けた。落ち着くことのできた柚木の説得と俺の弁解の

お陰か、すぐに納得してくれたのは幸いだった。

 そして結局、二度寝することにした。二人は既に起きるつもりでいた

らしいのでそのままだが、俺は柚木に強く勧められて二度寝することに

した。二度寝を勧めるって、どうよ?

 布団に潜れば心地よい眠気が襲ってくる。俺は漫画の主人公みたいに

煩悩で眠れないなんて展開はなかったが、これは純粋に俺が良く寝る、

というだけのことだ。

 睡魔に抗うこともせずに夢の中に落ちていく。最近は夢見が悪い。何

か変な夢を見なければいいが――――。

 そして、覚醒する。思えばここは自分のベッド。ついさっきまで雪女

と柚木が爆睡していた場所である。理解してしまうと、漫画とかの主人

公の気持ちがよくわかる。

「・・・・・俺は、大丈夫だ」

 例えベッドに二人の残り香があろうともっ。俺は変な気を起こさない。

俺はクールだ。

 そうそう、匂いなんて慣れてしまえばどうってことない。例え悪臭でも

フローラルでも慣れてしまえばっ!

 そう自己暗示をかけてしまえばあっという間だった。眠気に負けて

レム睡眠に落ち、ノンレム睡眠にまで堕落していく。

 こんな残り香に包まれていればきっと夢見はいい。

 そんな何の根拠もない期待をしながら夢幻の世界に落ちていく。


 

 夢の世界、そこは何でもアリな空間だ。人の記憶が整理されて思い出

やら妄想やらが五感を失った映像として体験できる。

 何て平和なんだろう。

 皆が笑っていられる空間。そんなものがあるはずがないと分かってい

ても想像せずにはいられない。そんな俺の願望が夢という形で映像化

された光景。

 皆が重荷を捨てて、素直な笑顔でいられれば。好き合う者同士が

一緒にいて、たまに小さなケンカもしたりして、すぐに仲直りして、また

ケンカして。

 求めても決して手に入らないのに、どうしても求めてしまう。そんな

情景が目の前にあった。

 しかしそこには居るはずで、居ない者がいる。

 俺が居ない。

 皆が笑顔で歩いていくのに、この世界を手に入れるためには俺が犠牲に

ならなければならないというのか?

 だとしたら、俺はどうする?自らを犠牲にできるのか?

 それは分からない。自分を犠牲にできるかなんて、夢の世界で決めて

しまうことじゃない。

 周囲の景色が闇に溶けて消え、空間が砕け散る。

 何も無い闇が広がり、これが現実なんだと思い知る。今のこの闇自体

が俺の居る場所なんだと。どんなに取り繕っても、些細なこと一つで

簡単に砕け散ってしまうのが今の俺なのだと。

 砂上の楼閣のような不安定な足元。少しの地震でも崩れ去る脆い城砦。

 蜃気楼のような平穏の中に、俺はいる。

 空を漂う雲のような日常の中に、俺はいる。

 掴もうとすれば手に入らず、見ていることしかできない。しかし、何

もしなければいずれ風に吹かれて霧散してしまう。

 それが、俺には解ってないんだ。

 夢で気付けても、俺は忘れてしまう。

「・・・・・くん」

 誰かが俺を揺すっている。名前を呼ばれて意識が覚醒していく。

「常光君」

 はっきりと名前を呼ぶ声が聞こえた時、俺は夢の記憶を一切失って

目覚めた。


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