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冬と柚、緑色

「ふぇええええっ!?」

 むっ?この特徴的な面白い声は―――。

「ゆ、柚木っ!?」

 あろうことか柏原柚木だった。

 右腕が拘束している華奢な腕も、左手が絞めかけた細い首も柚木の

ものだったのだ。

 しかし、そうして柚木がここに?明日じゃなかったのか?

「あ~。アサちゃんもう離してあげてください」

 俺は柚木を捕まえたままだった。傍目からは後ろから俺が抱きしめて

いるようにも見えなくもない格好。

「おおうっ!」

「ふえうッ!?」

 慌てて離してしまったために柚木は尻餅をついて倒れてしまった。

 ついでに雪女も巻き込んで倒れた。そのせいで雪女の持っていた

水入りのボウルを宙に舞い上げた。

「きゃあッ!?」

「ひゃあッ!」

 二つの悲鳴が聞こえたときにはボウルは既に着地した後。雪女と柚木、

フローリングと俺はもれなく濡鼠になった。

「あいたたたぁい・・・・」

「もう~柚木ちゃぁん・・・・」

「・・・・」

 俺は半分ほど濡れただけだ。しかし、目の前の少女二人は頭から足まで

ずぶ濡れだ。これではいくら夏といえども風邪を引いてしまう。

「お前ら――風呂入ってこい」

 風呂が沸いているかどうかは知らんが半身濡れの俺と違って二人は

全身濡れだ。急がないといけない。

「で、でも常光君は・・・・」

「俺はいい。あんま濡れてないから。お前らはずぶ濡れだろ、沸いてるか

どうか知らんがとっとと入ってこい」

 腕を掴んで半強制的に脱衣所に放り込む。正直言って、二人のあの姿は

目に毒――目の保養という意味だ曲解するな――だ。

「女をいつまでもそんな格好にさせておけるかっ。文句言わずに入れ。

俺を気遣うならお前らの後に入るからさっさと入れ」

「分かったわ。アサちゃんは濡れた服は脱いどいてね」

 二人は不承不承、脱衣所から浴室に入るのを音で確認する。それから

脱衣所に入って濡れた服、Tシャツを脱いでカゴに入れる。

「服くらいなら俺が洗っといてやるか―――」

「それだけは絶対ダメ―――――ッ!」

 俺が言い終わらないうちに雪女は浴室のドアを思い切り全開にして

叫んだ。狭い脱衣所の中で音が反響して耳が痛い。

 しかし、それよりも問題なのは、今の状況。

 俺は上半身裸だ。まぁこれはいいとしよう。何の問題も無い。無問題。

 だが、これは大問題だ。

 雪女と柚木は浴室に居る。それは即ちシャワーを浴びて湯船に浸かる

ためである。そして、俺の足元には俺が取ろうとしていた二人分の衣服。

 当然、ドアを開け放った雪女とその奥にいる柚木は―――全裸。

 しかも最悪なことに、ドアを開け放って声を張り上げたポーズで停止

している雪女は全身を曝け出してしまっていた。

 ―――俺はしっかりと目撃してしまっているわけでしてハイ。

「きゃうッ!」

 柚木は真っ赤な顔で電光石火の勢いで身体を隠す。雪女は羞恥で顔を真

っ赤にしながらもゆっくりとバスタオルを巻いた後、

「とりあえず・・・・・」

 拳を握って有り得ない速度――マジ戦闘用の――で俺に肉迫、華麗な

右フックを俺のこめかみに叩き込んだ。

「出てって――――ッ!」

 避ける暇も無く綺麗に入ったフックのせいで若干薄れ始める意識の中

俺はどうでもいいこと、本当にどうでもいいことを理解した。

 ―――ああ、雪女が絶対ダメ、って言ったのは下着を見られたく

無かったからなのか・・・・・・・・。



 こめかみの疼痛と必死に戦い、それに打ち勝って気絶から覚めた俺は

ベッドに寝かされていた。

 未だ痛い頭に鞭打って身体を起こす。上着を着せられていたお陰で

寒くはなかった。とは言っても真夏だから上半身裸でも寒くはならない

と思うが。

 時計を確認すれば俺が帰宅してから大して時間は経っていなかった。

気絶していたのもごく短い時間だったらしい。

 ベッドから降りて階下へと下りていく。ダイニングにはやはり明かりが

灯っていた。

 扉を開けて中に入ると雪女と柚木が食事の準備をしていた。

「あ・・・・・」

「う・・・・・」

「え・・・・・」

 ほぼ同時の声。気まずさがダイニングを支配し始めたが俺はそれを

許さなかった。

 強引にでも話題を変えて、意識させないようにしなければ。

「お前らなんで俺の家にいるんだ?明日のはずじゃ・・・・」

 俺が話題を逸らそうとしているのを理解してくれたのだろう、雪女は

上手くその話題に乗ってくれた。

「あ、それはその・・・・・フラゲ?・・・・じゃなくて、明日のこと

を少し伝えておこうかとっ」

「フラゲ?今お前フラゲっつったか?」

「言ってませーんっ」

 必死に誤魔化している。しかし俺には聞こえた。雪女はしっかりと

フラゲと言った。俺はフライングゲットされるほど上等なモンじゃないぞ。

 しかし明日のことで伝えておきたいというのは?

「あ、明日は起こしに来ますから寝てていいですよ。その後は買い物に付き

合ってもらえますか?」

 柚木はやっぱり少しつっかえながら言う。柚木と雪女は話をしている

間も手を休めていなかった。

「買い物自体は問題無いからいいが・・・・どうして起こしに来るんだ?」

「海深ちゃんと落葉ちゃんに言われたたんです。アサの奴は放っとくと

起きないから起こしに行ってやれ、って」

 ・・・あいつらめ、余計なことを。これでも明日は頑張って早起き

してやろうと意気込んだところだったのに。出鼻を挫かれる、とはこう

いうことを言うのかもしれない。

 こうなったら何がなんでも起きてやる。起こしに来る前に起きてやる。

そんな無駄な決意を固めている俺に柚木は言った。

「そ、それにその・・・・ついでにご飯でも・・・と」

 どうして料理なんてしながら会話ができるんだろう。それに食事なら

殆ど毎日金が――って二人はそんなこと知らないか。

 しかし今日に限っては助かったと思う。今確認してみたが買い置きの

カップは無かった。

「飯くらい自分で食えるのにな・・・・・ここまで来て料理するのも手間

だろうに」

「じゃあ、アサちゃんは料理できますか?」

 痛い。とても痛いところを突かれた。普段から金に任せっきりな俺が料理

などできようはずもない。洗濯と掃除くらいなら辛うじてできるが。

「・・・・・・・・・・・・できねぇよ」

「だと思いました。ヨルちゃんも料理できませんから、もしかしたらと

思って」

 ちなみにヨルちゃんとは兄さんのことだろう。雪女は誰にでもちゃん付け

で呼ぶ習性がある。

 晩飯を作ってくれるというなら遠慮無く頂こう。ちょうどなにも無かった

から買い物に出なくてはいけなかったのだ。二人のテキパキ行動するさまを

見る限り料理は上手そうなので問題は無いだろう。普段の金とどっちが上か

密かに食べ比べといこうじゃないか。

 しばらく待っていれば料理は完成した。過去に無理に手伝おうとして失敗

しているので何もしないことが一番の手伝いになることを理解している。

「さて、いただきます」

 二人は評価でも待っているのか料理に手をつけない。これは俺が先に食べて

何か言う必要があるのか。

 とりあえずは目の前にあったものを口に運ぶ。料理の腕は金に負けず劣らず、

しかしながらここは経験と時間の差か、味付けは金のほうが好きだった。

 雪女と柚木は「どう、どう?」って目で訴えかけてくる。正直な感想を言え

ば金のほうが上、というべきなんだろうけど・・・・。

「うん、美味い。金に負けず劣らずだな」

 そんなへタレな感想しか言えなかった。

 料理の良し悪しなんて余程の差が無い限りつけ難いものだと俺は思う。それ

に判定した個人によって見解も分かれるだろうしな。うん。

「金って・・・・いつも一緒にいるあの女の子?」

 雪女は戦ったことがあるから見覚えがあるんだろう。柚木はこの前に一度

だけ会ってはいるが会話はしていないから人物像が見えないのかもしれない。

「そうそう。あいつはいつも作ってくれてるんだけど、あいつと負けず劣らず

っていうのはかなりの高評価だぞ」

 金の程度が分からないことには理解のしようもないかもしれないが、二人は

それで満足してくれたようだ。箸を持って、

「いただきます」

 声を合わせて言う。それから料理に手をつけ始めた。

「で、明日はどこに行くんだ?」

 食事中に(口に物を入れながら)喋るのはマナー違反と金によく言われる

が今は居ないしいいだろう。

「物を口に入れながら喋るのはマナー違反ですよアサちゃん」

「ちゃんと飲み込んでから言ってください。そ、それなら聞きますから」

 ・・・・ここでもか。

 なんだ、俺の周囲には無駄に食事中のマナーにうるさい連中ばっか

だな。まぁ、俺が間違っているので文句も言えないんだが。

 口の中の物を咀嚼しきってから改めて言う。

「で、明日はどこに行くんだ?」

 向こうも口の中のものを飲み込んでから喋る。そうだよな、俺に注意

しておいて自分ができてなくちゃダメだよねー。

「明日は私たちの趣味に付き合ってもらいたいですね」

「しゅ、趣味と言っても運動系じゃないので・・・つ、疲れることは無いかと」

 運動系じゃないのは百も承知。こいつらの趣味とは一体・・・・・?

 そこで思い当たる節があった。以前、柚木が公園のベンチで眠っていた

ときのことだ。

 あのとき柚木が持っていた本はなんだったか?確か――――。

 そして同時に先ほど聞いたばかりの桜子の言葉も思い起こされる。

『そうだねぇ。明日は肉体的よりも精神的に疲れを見ると思うから』

 まさか・・・・・・。

「なぁ」

「ん?」

「俺、辞退してもいいか?」

「ダーメ」

 ですよねー。しかも手に持っているそれは何だコラ。

 どう見てもヴォイスレコーダーだった。言質って奴かチクショウ。

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 全員が食べ終わると二人は片付けに取り掛かる。手伝おうとも思ったが

以前、金を手伝って盛大に皿をぶちまけた経験があるので辞退しよう。

 片付けが終わると二人は置いてあった自分の荷物から何かを取り出して

きた。それはタオルか何かに見える物だ。

「なんだそれ?」

 本気で分からない俺は素直に聞くことにした。そして返ってきた答えに

対して思わず即答してしまった。

「お風呂セット。今日泊まるつもりだったから」

「帰れ」

 即答してしまってからしまった、と思う。実際は条件反射的に出た台詞

だったので意図して言ったわけじゃない。しかしそんな事情は二人に伝わる

はずもなく、

「そ、即答・・・・・」

「ひ、酷いですアサちゃん・・・・」

 ズドーンと音がしそうなほどに落ち込む二人。雪女は半分演技入ってる

だろうけど柚木は本気にしてるっぽい。

 必死に弁解を試みる。

「ああ悪い悪い決して本気の意味じゃなく条件反射的に言い放ってしまった

ものであって決して本心なんかではなくてだなああもうっ!」

 半分演技で泣真似をしていた雪女は泣真似で身体が震える演技もして

いたが今では笑いを堪えて震えている。

 何故か柚木は涙目だしな。ああもうっ!

 勢いと条件反射で却下してしまったことを謝って、二人の誤解を解く

(殆ど柚木限定だったが)ために一時間近い時間を要した。

 結局泊り込んだ二人には俺の部屋のベッドを使ってもらい、俺はソファ

で寝ることになった。当然といえば当然の帰結か。



 朝月に電話をし終わった後、隣にいる人物に顔を向ける。

 今は春彦の家の前から電話しているなんて朝月は思わないだろうなぁ。

 今日はご飯を作ってあげられないな。明日はしっかりと作ってあげ

ないと。朝月は放っとくと料理なんてしないでコンビニで済ませちゃう

からなぁ。

「伝える必要もねぇだろぉよ。時間的にはハルの奴に作ってやれる時間

はあんだろ?」

 無駄に現代人の不良っぽい喋り方なのは仕方ない。昔からこういう性格

なのだ、こいつは。

「まぁね。でも朝月のは作って上げられないし、朝月が春彦に電話し

ちゃっても困るでしょ」

「ちげぇねぇな」

 いつも丁寧口調な彼が今みたいな喋り方だと違和感が大きい。

「いつごろから目覚めてたの?」

「結構前からだぜ?でも、ハルの奴が迷惑だから俺を封印(・・)したように、

俺はハルを困らせるようなことはしたくないからな。だから出て来なか

っただけだ」

 いつも大人しい彼と違って、今の彼は忙しない。あっちへフラフラ

こっちへフラフラとウロチョロしている。

「でもよ、ハルが危険になったら問答無用で出てくるぜ。例えあいつに

とって迷惑だったとしてもだ。それが俺の仕事だからな」

 無数の針金を組み合わせて最後に肉付けするようにして出現する深緑色

の刀。それを軽く振るうだけで大気が揺れるような得体の知れない振動

が起きる。私はそれが何なのかは知らないけれど。

「できるなら出てきたくなんてねぇけどな。その展開が一番好い」

 刀をしまう。虚空に消えるようにして深緑色の刀は消えていった。

「なら、そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?春彦は小休止のつもり

だったみたいだし、あんまり出てきてると気付かれちゃうよ?」

 そうだな、という肯定の言葉を残して家の中に入っていく。

 扉を開けて私の視界から消える前に彼は言った。

「クガネは俺の名前、覚えてんのか?」

 覚えられていない、そう返されたときの脅えが分かる。しかしそんな

脅えるような未来にはならない。

「覚えてるに決まってるよ。忘れるわけないじゃない、夏彦(・・)

 微かな笑顔を残して彼は私の視界から消えた。

 正確には、ただ春彦の家に入っただけなんだけど。

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