夏と秋
第十章得ようと足掻いて、やっと得られた時間
まだ俺が寝ている時間。その時間にそれは突然やってきた。
インターホンが鳴った気がしたが俺の意識は再び深い睡眠に落ちる
ことを望んでいた。それに抗うことなくノンレム睡眠に落ちようと
したとき、鍵をかけ忘れていたのか誰かが入ってくる気配がした。
流石に警戒した。しかし殺気も怒気も無いためベッドの上から動く
気にはならなかった。
ドカドカと階段を駆け上がってくる音がする。足音はおそらく二つ。
つまりは二人以上が玄関から堂々と入ってきたことになる。
よくもまぁ寝起きでここまで頭が回るものだと我ながら思う。しかし
この直後のできごとは俺の理解能力を上回った。
「起きろアサ――っ!」
まだ俺が寝ていると思ったのか、声から判断して落葉が俺をベッド
から蹴落とそうとした。
隊長格として不意打ちであっても、侵入者に気付いている状態で
攻撃を受けるわけにはいかなかった。
「ほっ!」
「んなっ!?」
仰向けの状態から綺麗に足を上に跳ね上げ、手を思い切り伸ばして
倒立の体勢にしてから両足で着地した。この間、見事に二、三秒。
俺のいた場所を寸分の狂い無く通り過ぎた蹴りは窓硝子を割りかけた。
「落葉てめ――何しやがる!」
「アサが起きないからだろ!インターホン鳴らしたのに」
「来るなら来ると言っておいてくれ!海深も止めてくれよ・・・・」
海深と落葉は二人だけだった。何やらバッグを持っていてお出かけ用
の服を着ている。海深は部屋の入り口付近で壁に寄りかかっていた。
「はぁいアサ。昨日夜月さんから聞いてなかった?」
左手を振って挨拶をする。俺にとっては海深の挨拶に挨拶を返すより
も現状とこれから三日間何が起きるのかを知るほうが先決だった。
どうして海深と落葉が俺の家の場所を知っているのか。教えてないはず
なのに。それにどうしていきなり押しかけてくるのか。これから三日間
貸切とはどういう意味だ?
「兄さんからは殆ど聞いてない。ただ、三日間貸切状態だの詳しくは海深
と落葉に聞けだのと言われただけだ」
素直に言うしかない。実際、これ以上のことは知らないのだ。海深と
落葉が二人とも外出用の服装で来たことからどこかへ連れて行かれるで
あろうことは想像に難くない。
「今日から私と海深、桜子と影名、雪女と柚木で三日間。アサは一日
付き合わなければならない。それが一昨日決定されたこと」
寝耳に水だ。だって俺はそんな決定を知らない。
「まぁアサは知らないだろうけどな。アサ居ない時に六人で話し合って
勝手に決めたことだし」
・・・・どうりで知らないわけだ。俺の居ない場所で勝手に決められ
ていたのだ。
つまりはこれから三日間は六人の行きたい場所に付いて行け、という
ことなのだろう。俺の都合など全く考えてない、勝手すぎる。
「はぁ・・・・・どこ行くんだよ」
以前の俺は絶対に言わなかった言葉。前の俺はこんな一方的な決定
をされたら確実に無視していただろう。死兆星の決定ならともかく、なぜ
こんな奴らの言うことを聞かねばならないのか、と。
でも今の俺なら快諾できる。皆と一緒にいることは決して嫌ではない
のだから。
「へぇ・・・・文句言わないんだ?」
「どうせ文句言っても無駄だろうしな。ついでに今日からはしばらく
暇だったんだ」
パジャマ代わりに来ていた古いTシャツ脱ぐ。すると海深と落葉は
慌てて部屋を出て行った。
「ちょ、ちょっと!着替えるなら言ってよねっ!」
口調も慌てているようだし、最後にちらっと見た顔は若干赤かった
気もする。いきなり脱いだ俺も俺だが。
「寝起きなんだから着替えるのくらい当たり前だろうに。しかも幼馴染
の着替えくらい、問題ないだろ」
「じゃあアサは私たちの着替え見ていられるって言うのか?」
「・・・・・無理だな」
改めて考えてみれば無理な話だった。幼馴染といっても五年前を最後
に丸っきり会っていなかったのだ。成長した姿は面影を残していても
別人とさえいえるほどに成長していたりする。
「・・・その無理だな発現はアレですか?私たちの着替えは見るに耐え
ないものという意味で?それとも私たちと同じ意味で?」
「曲解すんなっ」
急ぐ必要性を感じないが一応少し急ぎ目に着替える。どうせ外出用の
服を選ぶ必要はない。適当に見繕った服を着て部屋から出る。
すると階段のそばにまだ少しだけ顔の赤い二人が待っていた。先に
一階に下りていればよかったものを。
「アサ、荷物だけどね、プールセット一式ね」
プールセット?ということは三人で市民プールにでも行くつもり
なのか。海水パンツなんかあったかな。
「水着なんて俺持ってないぜたぶん。使う必要がなかったから買って
ないと思う」
「なら行きにどっか寄って買えばいい。その服だってクローゼットの
中から適当に引っ掴んできたんだろ?」
俺の服装を指差して落葉が言った。実際その通りなので文句は言わない。
「まぁ、そうだな」
「だったら水着の柄とかも気にしない性質なんじゃねえか?」
気にしない、と言えば気にしない。海水パンツなんて日常的に使う
ものでもないし、ただでさえ日常的に使う衣服でさえも柄とかはあんまり
気にせずに無地のものを選んでしまう。ブーメランパンツは遠慮したいが
それ以外ならあんまり拘りなんかなかった。
「確かに気にしないな。よっぽどセンス最悪なもんじゃない限り」
「なら出掛けに寄ってパパっと買っちゃおう。時間もったいないから
早く行こ」
海深はとっとと階段を降りていってしまった。俺はまだ用意終わって
ねぇっての。いくら水着が無いからといっても持っていくものは幾つか
あるだろう。それの用意が終わっていない。
「早くしろよ。海深と玄関で待ってるからな」
落葉もそう言って階段を下りていってしまった。俺は急いで準備に
かからなければ、また待たせて蹴りを避ける羽目になるのはごめんだ。
プールに行くのに必要と思われるもの――タオルやらタオルやら――
をその辺に放り投げてあったバッグに詰めて階段を下りる。冷蔵庫に
立ち寄って何か軽食っぽいものでも無いかと漁ったがいかんせん、俺は
普段から冷蔵庫の中身は空だった。食材系は金が自分で持って来るし
飲み物はその都度買いに出て一度に幾つか買い溜めしたりしていた。
当然、お菓子やらパンの類は何も無かった。
何も口にすることなく玄関へ向かう。仕方ない、水着を買いに寄った
ついでに何か買って食べるとしよう。このままじゃ昼まで大丈夫か
分からない。
靴を履いて外に出る。そこには自転車に跨った二人が居た。
「つーか自転車かよ。俺持ってないぜ?」
「え・・・・嘘?」
驚き顔の海深。普段から使用用途ないから買ってないんだよ。通学は
徒歩だしな。
「本気・・・・っぽいな。見当たんねぇ」
落葉は玄関前を見回すが当然、自転車の類は置いていない。それを
認めると嘆息した。
「このご時世に自転車の一つの持ってないとは・・・・普段の移動に
困ったりしねぇのか?」
「普段は徒歩だ。自転車なんて使う機会ないから買ってねーんだ」
俺が自転車を持っていないことを知った海深は自分の自転車の後ろ、
荷物とかを括りつけたりする場所を叩いた。
「しょうがないからここ、座って。乗せてくから」
二人乗りか。まぁ問題ないだろ。
そう思い自転車の荷台に乗る。乗り心地は悪いうえに尻が痛かった
が文句が言える立場でもない。
「行くよー?掴まって無くて平気?」
「大丈夫だよ。自転車の運転程度で振り落とされてたまるか」
バランス感覚はある程度ならある。本気で落ちそうになったら自分
から転落するから海深までコケることはないだろう。
「じゃー発進!」
海深の漕ぐ自転車が前に進みはじめる。振り落とされてたまるか、と
膝で荷台を挟んで固定して必死にバランスを取る。
意外と海深の運転は安全運転だった。いつもよりも遅いのか落葉は
フラフラと揺れながら少し前を走っている。
通行人にぶつかりそうで危なっかしいのだがそこは考えている。
しっかりぶつからないように避けていた。
俺は意地で海深に掴まらないようにしていた。海深の安全運転の
おかげで左程辛くはなかった。ただ、カーブに差し掛かったりすると
体重移動が難しかったりする。いつもの運転がどんなものかは知らない
が落葉の速度を見るにあれくらいの速度を出しているのだろう。もし
あの速度で走られたらたぶん落ちる。というよりも海深もろともコケる
ことを避けるための自分から落ちる。
プールの場所なんて俺は知らなかった。今までプールに行くなんて
考えは持ったこともなかったからだ。行く必要なんて無かったし行く
相手も春彦か金に限られていた。
海深たちは結構行動的なほうだ。雪女と影名なんて動かないの典型
だし、柚木も桜子もあまり運動するほうではない・・・と思う。
海深と落葉だからこそプールに行こうなんて考えたのだろう。
「ほんとはさ、皆で来たかったんだけどさ」
後ろを見ずに海深はいう。そんなのスピードが出てないせいか声は
普通の音量で十分聞こえた。
「二人で貸切なんて言わないで皆を誘ってプール行きたかったんだ。
けどさ、夜月さんは別の用事でいないし、桜子は泳げないから行かない
って言うし、影名はどうせ水に触れないで本読んでるだけ。雪女も
あんまり泳ぎたがらないからね。柚木は何だかんだ言って体力は結構
あるけど――ほら、包帯だらけだからさ。あんまり肌出したくない
んだって」
「・・・・なるほどな」
影名が本好きで遊ぶよりも読書。授業よりも読書。歩くよりも読書
だったのは知っている。でも桜子と雪女が泳げないというのは知らな
かった。柚木がプール等にいけないというのも頷ける。包帯だらけじゃ
見られたくないだろうし、怪我なら包帯を取るわけにもいかないだろう。
「だから今回は私と落葉だけなんだ。残念だったねー柚木いなくて」
最後の部分が若干からかい口調なのは気にしないことにしよう。絶対
からかうためにそういう口調にしたんだから、食いついたら負けだ。
まぁ、雰囲気を和らげようとしたのもあるんだろうけど。
「・・・別に残念じゃねぇさ。元より友人のいない人間だったんだ。
こんな夏休みに誰かと外出するってだけで、今までみたいに暇な休み
を過ごさなくていいってだけで十分だ」
本音を吐露すれば、できるなら全員で行きたいところだ。別に全員
分の水着が見たいからでは決して無く、全員で行けばより楽しくなる
だろうと思うから。俺が楽しいを追求するなんて思いもしなかった。
自転車が止まる。そこはプール側の用品店のようだ。
「ここでパパッと買っちゃおう。どうせ柄なんて拘り無いんだろう
から気に入ったのを買って」
自腹なのは仕方ない。自分のものだしな。ついでに何か買おう。
腹が減ってきた。朝食抜きだからな。
適当に選んだゆったり気味の海水パンツ。柄は無い。青一色だ。
ついでにパンも買っていく。元から少食だからパンは一つで足りる。
「パン?ああ、朝飯食ってねーからか」
「一個で足りるの?」
「ああ。乗りながら食うから遠慮なく進んでくれ」
袋からパンを取り出して齧り付く。小さいパンだからすぐに食べ
終わってしまう。途中、信号で止まった時に海深の背中にぶつかりそう
になったことは言わないでおこう。
気付けばプールと思わしき場所に着いていた。なんか、市民プール
って感じの建物だ。
正直言って小さい。こういう常識的な知識が少し薄かったりする俺
でも小さいとわかる。見回せば、道路を渡った先に大きなプールと
思わしき場所があった。
「なぁ。向こう行ったほうがいいんじゃねぇか?」
そのプールを指差したが、
「あっちは人多いからダメ。あっちのプールできてからこっちに人
来なくなっちゃったから人少なくてラクなんだ」
「まぁ水深百五十㎝ちょっとで二十五mプールが一個だけ。遊具なんて
気の利いたもんはないけど」
人の声も聞こえないようなプールだ。来たとしてもここに愛着を
持っている老齢の方とか暇だから来たみたいな連中だろう。
自動販売機も何もないエントランスへ入る。滅茶苦茶狭い。普通
プールとかのエントランスホールといったらもっと広々としていて
ゆっくり休めるような空間ではないのだろうか。
「十畳もねぇんじゃねぇかこのエントランス?」
落葉も不平不満があるみたいだ。正直俺も狭いのはあんまり好きでは
ない。
狭くて受付に爺さんが一人しかいないエントランスホールを抜ける。
そこからはすぐに更衣室へ分かれる道だった。
「じゃあ着替えてくるから、出たところで待っててね」
「先行くなよー」
先行くも何も到着地点は一緒だろうに。俺は二人とは反対の道を
進んで更衣室に入る。誰も使用した形跡のない少ないロッカーの中から
できるだけ小奇麗なものを選んで開ける。中は意外なほど綺麗だった。
外より中身に気を遣っているみたいだが、まず外見を何とかして欲しい。
中身が綺麗でも外見がダメじゃ意味が無いだろう。
さっさと着替えてしまう。女子と違って着替えに時間はかけない主義
だ。昔からそうで、着替えも食事も一人のときは時間をかけない。
プールは学校で使ったような帽子はいらないはずだ。一応ゴーグルは
持ってきたので首に下げておく。
五分も経たないで着替え終わった俺は更衣室の外に出てプールへ向かう。
プールが見える場所に出る。しかし、見事に俺以外誰もいなかった。
「・・・・・」
正確には俺と海深と落葉以外、だが。二人はまだきていない。
まぁ俺としては静かでいい。人がゴチャゴチャしているよりも遥かに
マシだ。雑草とつくしくらい違う。・・・・・あんまり変わらないか。
何分か待つ。すると後ろのほうで話し声と共に足音が聞こえてきた。
「ロッカーは中身は綺麗だったんだがな~」
「もうちょっと見た目を何とかして欲しかったね。あれじゃ使うって
気にならないよ」
体がすっぽり入る大きさのタオルを持って海深と落葉がようやっと
プールサイドまで出てきたのだ。
「お前ら遅いな・・・・・そんなに着替えに時間要るか?」
極端に言えば服脱いで水着着るだけだ。それこそ十分もかかるような
ことじゃない。普段の外出用の服を選んでいるなら別だが。
「身だしなみは整えておいて必要以上ってことはないの」
二人はプールに入る前に必ずやらされるやつ・・・・えーっと。
あの冷たい水をかけられたり膝まで水に浸かるやつ。名前忘れた。それ
をやってから俺のいる場所まで来た。
「ほんっとに人いないなー。もしかして私たち三人だけか?」
「みたいだね。閑古鳥が鳴くってこいういのを言うのかあ」
本当に三人だけだ。だから俺の視線も当然、目の前の二人に行き着く。
今気付いたが落葉は無駄に胸がでかい。男っぽい口調のくせに柚木
含めた幼馴染連中の中では最大ではないだろうか。身長が高い上に、
戦いの日々にいたせいで鍛えられている身体。身長は百六十㎝を超えた
辺りか。男なら低い部類だろうけど女なら高い部類・・・か?
そういったスタイルの良さが赤ビキニなんて水着を落葉に選ばせた
のかもしれない。
ちなみに海深は落葉よりも更に背が高い。鍛えられているのは同じ
だが身長には十㎝ばかりの差がある。俺は百八十㎝くらいで少し背が
高い自身はあるのだが海深は女の身で百七十㎝はある。背が高いせいか
胸の付近が少し残念なのはご愛嬌。それ(胸の小ささ)が原因だったの
か青いワンピースタイプの水着だった。
落葉が横にいるせいで自信の無さに拍車がかかったのかもしれない。
「お、なんだ~?ジロジロ見んなっ」
お決まりとも言える落葉の言葉に海深は全くにしない様子。落葉を見て
少し溜息を吐いているが俺は知らないことにする。変に何か言って面倒
な事態に発展しても困る。
「水着なんて見せるためのもんだろうが。嫌なら着衣水泳の練習でも
してろ」
「む・・・・なんだ、アサは濡れスケが好みか?」
・・・・このままだと謂れもない濡れ衣を着せられそうだ。しかも
最悪な。そんなフラグは何とかして回避しておきたい。
「そんな俺に圧倒的に不利なフラグを立てないでくれっ」
「そこまで不利か?」
「逃げ道全部潰しておいてよく言うな。認めれば変なレッテル貼られる、
認めなきゃ認めないで着替えの時みたいな曲解して、慌てて弁解でも
しようものなら認めたと同じようなもんだろうがっ」
あー確かに、と落葉は手を打つ。自分で仕掛けておいてそこまで考えて
なかったとは。
ともあれこれで準備は整ったわけだ。あとは準備運動を少々すれば
なんの問題も――――。
「よっし!プールなんて久々だーっ!」
落葉はなんの運動もなしに飛び込んでしまった。
「あっ!私が先に入ろうと思ってたのにっ!」
海深も同様に飛び込んでしまう。
俺は少し頭を抱えた気分になった。俺こそ無視するような印象かも
しれないが意外としっかりやるタイプだ。いや、元々は準備運動とか
めんどくせーってタイプだったんだけれども、修之さんと春彦に見事
に矯正された。運動前に準備しておかなければ怪我の要因になるだろ
うし水泳の前に運動しなければ身体が驚く。とのことだった。
だから意外とうるさかったりする。
「お前らなぁ・・・・準備運動くらいしろよっ」
すると二人はポカンとした表情で「何言ってるのこの人?」みたいな
視線を向けてきやがった。
「準備運動くらいしようぜ?申し訳程度でもいいからさ」
至極全うなことを言ったつもりだったのだが、
「「え~・・・」」
二人揃って口を三角形に歪めやがった。
「いやいやいやいやっ!え~・・・じゃねぇよ。準備運動くらい大した
労力でもないだろうが!」
こう言っている間にも着々と準備運動を終えた俺。もうこいつらは
水に浸かったから今更やってもあんまり意味無い。
最低限の準備運動を終わらせた俺に落葉が挑戦的な口調で煽ってきた。
「ふむふむ。アサは運動してからじゃないと水にも入れない臆病者
っと」
「・・・・・」
少しイラっときた。俺は普通のことをしたまでなんだがな。
「だってよー。敵と戦ってるときなんて準備運動の暇ないぜ?する意味
あんのかよ?」
まぁ一理ある。実際の戦闘では準備運動をしている暇なんか無い。
でも、その前に走ったりなんだりしてることのほうが多い。
しかしそれでも万全に越したことはない。万全を尽くそうとしたのに
臆病者呼ばわりとはこれいかに。
「いいぜ・・・そこまで言うなら白黒はっきりしてやろう」
最低限の運動はこなした。これで何の問題も無く入れる。
水の中はあまり得意ではなかったが、こればかりは仕方ない。
「おお?やる気だな隊長さん」
「アサと競うなんてひっさしぶりーっ」
戦う気など無い。ただ競うだけだ。流石に臆病者呼ばわりはムカついた。
本人たちにとっては場を楽しくする材料なのだろう。俺もそこは理解
している。それでもムカついた。
割と本気でいかせてもらおう。
「さぁて。何で競おうか?」
「何でもいいぜ。とりあえず、濡れスケ好きの臆病者隊長様に負ける
競技はねぇからな」
挑発的な言葉に精一杯の笑顔で返した。
「・・・・・・・」
今はとりあえず。
着せられそうになっているあらぬ濡れ衣(あれ、これって自爆ワード?)
と臆病者の称号を突っ返したい気分でいっぱいだった。
俺たちの行ったプールに天井は無い。学校の授業で使うような青空教室
状態のプールだ。当然、ライトなんて存在しやしない。
だから夕焼けも暗くなってきた今の時間くらいになると撤退せざるを得
ないのだ。
もう夕方も過ぎた。夜の帳が徐々に落ち始めていて辺りは薄暗い。そろ
そろ街灯も点灯し始めるころだろう。
俺と海深、落葉はそんな薄暗い道路を自転車を手で押しながら疲れ
きった表情で歩いていた。
勢いに任せて散々競った挙句、決着がつかないで何度も繰り返した
から疲労はピークだ。体力的にも精神的にも。
「つ、疲れたぁ~・・・・・」
海深は結構体力あるはずなのに、もう自転車を漕ぐのも面倒なよう
だ。落葉も似たようなものだった。
「お前らが無駄に意地張って競争ばっか挑んでくるからだろ・・・・」
そういう俺もぐったりしている。修之さんに見られたら「体力無いなぁ」
とか言われそう。実際は体力が無いわけではなく多い体力を使い果たした
だけなんだが。
あのプールから家まで少し距離があるのが辛い。流石にこのまま解散
になるだろう。二日前みたいに連れまわしたりはしないで欲しい。
「確かに疲れたけど・・・・まぁ楽しかったよな」
体力の限界に挑戦したことなど、戦い以外ではなかった。遊びだけで
はしゃぎ回って体力が限界に達するなど有り得ないと思っていた。
それでも体力ある同士が全力で競い合うと体力は尽きる、と学んだ。
「確かにね・・・・アサも楽しかった?」
海深は俺の問う。落葉の言葉には俺も賛成したかった。でも、あの
言葉に賛成することはできない。
「いいや」
「え・・・・?」
不安気に眉を下げる。少し心が痛いが仕方ない。しばらくの沈黙の
せいで海深は目を悲しそうに伏せた。落葉の言葉に賛成できない。なぜ
なら―――。
「楽しかった、じゃない。“すごく”楽しかった、だ」
沈みかけていた目を輝かせた海深を少しだけ、楽しそうに見ている
落葉も嬉しそうだった。
「落葉・・・・お前、オチ読んだな?」
「まぁな。海深は見事に引っかかったみたいだが、私は引っかかんない
ぜ。嬉しかったことは否定しないけどな」
自分でも恥ずかしいと思うクサイ台詞だった。言ったことを後悔し
そうになる。しかし、海深が落葉に向かって怒った。顔が赤いのは
羞恥からか騙されたからか。
「落葉~・・・・気付いてたんなら言ってよねーっ」
「言ったらアサが仕掛けた意味ねーだろっ」
疲れてるはずなのに走って追いかけっこする二人。俺はそんな気力も
無い。海深と落葉が置いていって倒れかけた自転車を二つも支えている
んだから。
しばらく追いかけっこをしてたが本当に体力の限界に達したのだろう。
更にぐったりしながら帰ってきた。
「お前らバカだろ?」
「確かに頭は弱いけどカタカナで言わないで・・・・」
「余計にバカにされてる感じすんだろが・・・・」
俺が支えていた自転車を受け取って再び歩き出す。さっきまでは沈んで
いた海深の表情も今は晴れやかだった。
俺の家は海深たちが帰る家の道中にある。となれば必然的に俺たちは
途中で解散することになる。・・・・あいつらが家に寄っていくとか
言わない限り。
「じゃーアサはここでね」
流石に無かった。疲れたから泊めてって~とか言ってくるかと思って
た。こいつらの言動は未だに予想できないことが時折ある。
「じゃなー。明日は確か・・・・桜子と影名が来ると思うからさ。今日
みたいにいつまでも寝てないでちゃんと起きとけよー?」
「よかったね。明日はゆっくりできそうだよ。今日の疲れなら取れる
かもね」
二人は自転車に跨っている。もしかして漕いでなかったのは俺の徒歩
速度にあわせていたからか?あれだけ遊んで騒いでまだ自転車に乗れる
体力があるとは・・・・・。
「おう。今日はありがとな」
「お互い様々。んじゃねーっ」
海深たちは本当に自転車で走り去っていった。体力バカってのはああ
いう存在のことを言うんだなと改めて思う。
楽しい、と感じることは今までもあった。でも、今日のそれは今まで
のとは段違いのものだった。今までのは目的意識を持ってそれに向かって
行動することの楽しさだった。仕事好きの人間が感じることかもしれな
い。まぁ、俺の場合は復讐心だったが。
今回は普通に動いて遊んで、といった行動的な楽しさだった。仕事
とか目的とか一切関係ない純粋な遊びの時間。五年以上も体験して
なかったものだ。この先にはまだ俺の知らない楽しさがあるのだろうか。
今日は春彦の家での食事になる。少し休憩したら出ないと。
・・・・結局、寝落ちした俺は金からの電話でたたき起こされた。
ちょっと書く速度を上げていきたいと思います