未知なる存在
会議室に戻った俺と小奈は春彦たちに呼び出された理由とそこで聞いた
内容を教えた。
途中で説明が面倒になってきたから小奈に代わってもらったことには
触れないでもらいたい。
「といわけです」
「それは・・・・いきなりですね」
「聞いただけじゃよく分かんない・・・・その紙は?」
金は頑張って知的探究心を抑えようとしているようだ。以前修之さん
にDUの進行のことを言われてから意識的に抑えているみたいだ。
「大方理解はできたが、文章であるとありがたい」
もう三人は“未知”に関する書類を読み終わっているらしく、読んで
いないのは俺だけとなっている。
小奈は元々読む気はなかったみたいだ。
「それに書いてあるのか?朝月はもう読んだのか?」
「ああ。読んでいいよ。ほれ」
三人に小奈から受け取った書類を渡す。俺は俺で机の上にある“未知”
に関する資料を読む。
「では私はこれで。まだ隊のほうの仕事が残ってますので」
「おう。いつもありがとな」
「いえ」
最後まで礼儀正しく小奈は去っていった。
椅子に腰掛けて一番上にある資料を手に取る。
『未知なる存在“未知”について』
そう題打たれた紙に目を通していく。
『我々が“未知”と呼んでいる存在はその名の通り、全くが未知に包まれた
存在である。その存在を知れたことは偶然と言えるだろう。
我々が開発したとある計測器がブリッツタワー・セントラル付近から
膨大なエネルギーが放出されていることを感知した。しかし、エネルギー
放出が感知された場所には何も無く、エネルギー放出体は無かった。
我々は姿の見えないエネルギー放出体を“未知”と呼称し探索
を始めた。結局、姿を確認することはできなかった』
姿も分かってないのか。エネルギー放出体だというだけで有機物なのか
無機物なのかも分かっていない状態なのか。
本格的に“未知”な存在だ。
『エネルギー放出体である“未知”が時折、高エネルギーを放出する瞬間
と高エネルギーを吸収する瞬間があった。それを調べていったところ“未
知”が高エネルギーを放出するのは死人が生まれDEATH UNITが発現す
る瞬間。高エネルギーを吸収するのは死人が死に、DEATHUNITが消滅す
る瞬間だということが分かった』
DUが発現する瞬間とDUが消滅する瞬間だって?
兄さんが以前言っていたことを思い出す。
『それが、俺たちにDUを与えた本体であり、死人を生み出した』
『いうなれば死人、死人によって命を落とした者の魂を回収して、自分の
力の糧とする』
この言葉通りのことが書かれている。これだけのことが分かっていれば
“未知”がDUを与えて死人を生み出していることに死兆星の上層部は
気付いていたはずだ。
気付いていて、俺たち死人には黙っていたというのか?
『高エネルギー放出の場合はエネルギー量に変化は見られなかった。毎回
全くの同量という異常な結果だったが。しかし、高エネルギー吸収の際
には吸収量に変化が見られた』
吸収量に変化・・・・か。さっきの三島の話を聞いた限りだと奴は
こういっていた。
『エクスクレセンスは段階が進むごとに命を失った肉体そのものがDU
に同化していってしまうでのはないかと』
もしDUが死人の生命力を自分と同じエネルギー体に変換しているとし
たら。
エクスクレセンスの死体を喰らい、自分と同じエネルギー体に変換して
いるとしたら。
吸収されていく高エネルギー量に変化があるのも頷ける。
『不思議なことだが、放出されるエネルギー量は毎回コンマ一の狂いも
無く同量だった。しかし、吸収されるエネルギーはその殆どがバラバラに
違っていたのだ。我々が実験した結果、それはエクスクレセンス化した死
人・侵食が始まった死人・普通の死人の順に吸収されるエネルギー量が
多かったのである』
実験した結果・・・か。それはつまり、最低三人以上の死人を使って
実験したことになる。最低三人以上の死人が知的探究心を満たすため
だけに殺されたことになる。それも、エクスクレセンスがいるということ
は拷問なり何なりして弱らせてから殺し、エクスクレセンス化したところ
を副隊長クラスの人間が討伐したことになる。
確固とした結論を得るまでに一体、何人の死人が犠牲になったのだろう。
『我々はこのエネルギーを自分たちのエネルギーとして使えないかと
考えた。しかしながら“未知”の居場所は未だ不明であり、消滅したDUに
我々は触れることも観測することもできなかったのである』
それはそうだろう。未知な存在である“未知”なら扱うエネルギーも
未知な存在であっても不思議じゃない。
もし“未知”の扱うエネルギーを使えればおそらく、俺たち人間が
発電などをする必要はなくなるだろう。
それを維持するために無数の死人がエクスクレセンスと化し、無数の
一般人が殺されていくだろうことは目に見えているが。
『今現在で分かっていることは纏めればこういうことである。
未知なる技術、素材で作られた未知なる場所に存在する未知なる存在。
未知なるエネルギーを用いて人々に未知なる能力を与えていく。どうして
そんなことをするのかも、誰が作って何をしたいのかも分かっていない
完璧な未知なる存在である』
結論から言おう。
「結局、何も分かってねぇに等しいじゃねぇかよ」
纏めた事柄を読んでみれば未知未知と。未知しか分かってないに等しい
状態だ。
それはあくまでこれを読んだだけの場合であるが。俺たちには三島の
憶測、推測がある。改めて思うが三島の憶測、推測は的を射ている。
向こうはまだ読んでいるみたいだ。三人で頭を寄せ合って読んでいる。
「読み難くないのかよ・・・・」
机の上に資料を戻す。もし三島の憶測と兄さんからの情報が無ければ
これを読んでも結局、何も分からなかったままだったと思う。
兄さんの情報と組み合わせて分かることがある。
それは“未知”は魂をエネルギーに変換できるということ。
兄さんはDUは魂を回収していくと言っていた。それはE4も言って
いたことだ。
そしてこの資料では“未知”が放出して吸収しているのはエネルギー
だと書いてある。これはイコールで結ばれる。
“未知”は魂をエネルギーに変換し、エネルギーを魂に変換できる。
俺は席を立ってホワイトボードに向かう。黒のペンを持って分かって
いる事柄を箇条書きにして書いてみた。
・条件は不明だが死人は“未知”によって生み出される。
・死人は命と魂、DUと化した魂を持っている。
・DUは生命力を自分と同じエネルギー体に変換している。
・果てには肉体さえもエネルギー体へと変換できる。
・DUは死人の魂を自分と同じエネルギー体に変換し、死人に殺された
人間の魂さえも変換し吸収する。
・四分の三以上の生命力を吸われて絶命した場合、エクスクレセンス
となる。
・段階が進むにつれて人間的感情が見え隠れする。
・DUに同化されるほどに死体は消える。
・未知なる存在である“未知”については、DUを使ってエネルギーを
集めていること以外何も分かっていない。
こんな感じだろうか。
誰が創造し何の目的のために創造したのかさえも不明。全くの未知。
「本当、誰がこんなものを創りだしたんでしょうね」
読み終わったのか春彦と金、兄さんがホワイトボードを見ていた。
「箇条書きにしてもよくわからないね。朝月の持ってきた書類も読んだ
から意味は分かるようになったけど・・・・」
「結局、何も分かってないに等しい状況だな。三島・・・・だっけか。
そいつの憶測もエクスクレセンスに関してだけで“未知”については
絡んでなかったからな」
こんなにも情報を集めたとしても“未知”は未知のままなのか。
そのとき、扉を開けて御堂さんが入ってきた。
「朝月・・・・・っと。その紙があるってことはもう三島から聞いた
のか」
今は昼の休み時間だ。休み時間さえも削ってここに来たのだろう。
「ええ。御堂さんも?」
「俺はたった今聞いてきたところだ。で、そっちのはもう読んだのか?」
机の上の資料を指差したがホワイトボードを見て指を戻す。
「読んだみたいだな。読んだっていっても殆ど意味無かったと思うけど」
確かに。分かったことといえば魂とエネルギー体が同じだということ
くらいだ。
「でも、これで分かったな」
兄さんが呟く。それを御堂さんがつなげた。
「死兆星は“未知”のことを知っていてなお、俺たちに言う
ことはなかった。それは、知られたくなかったからじゃないか?」
死兆星が死人たちに“未知”の存在を隠していた理由。何か死人に
露見したら困ることでもあったのか。だとしたらそれは何なのか。
「死兆星に害があって死人に知られたら困ること。一体何だっていうんだ」
「それが分かれば苦労はしないさ刀・・・・っと、ここでその名前で
呼ばないようが良さそうだ。何て呼んだらいい?」
「・・・・何とでも。名前は常光夜月だ」
「ならナイト君でいこう。異論は?」
「・・・・もう勝手にしてくれ」
「よし。死兆星が俺たちに何を隠したいのか。それが分かれば苦労は
しないさナイト君」
「・・・・・」
眉間に皺を寄せている兄さんを見なかったことにする。実際、俺も
呼び名には困っていた。まさか死兆星本部で刀騎士と呼ぶわけにもいか
ないし兄さんと呼ぶわけにもいかない。これからはナイト君か。
「まぁここで討論しても始まらないな。今日はもう帰ってもいいぞ。
朝月たちは“表”の仕事無いし、今日は“裏”の指令も無かったからな」
「え?自分の意見纏めとけって言ったのは御堂さんじゃないですか」
確かに。それで俺たちは今日ここに来てあの資料を読んだんだ。それ
なのに何もせずに帰っていいとはこれいかに?
「ああ・・・・でも頭混乱してねぇか?」
「意外と大丈夫だったりします」
「そっか。なら一番聞きたかったことを聞いておくか。憶測でも推測
でも「自分ならこうする」でもいい。何でもいいから言ってくれ」
メモとかも取る様子は無く、本当に聞くだけみたいだ。それとも
全部覚えている自信があるのかもしれない。
真剣な顔で言った。
「お前たちは“未知”がエネルギーを集めて何をしようとして
いるのか、どう考える?」
“未知”がエネルギーを集めて何をしようとしているのか。
そのことについて自分の見解を言えというのだろう。
それが一番聞きたいことだったのか?
俺たち個人の意見が参考になどなるのだろうか。
「じゃあ春彦から」
「僕ですか?そうですねぇ・・・・・何かを動かそうとしているんじゃ
ないですか?何かを動かして、何かをしたいのに動かすためには大量の
エネルギーが必要で今集めている最中、とか」
「ふむ・・・・何かを動かすか。まぁエネルギーつったらそう思うわな。
次は金な」
「私は・・・・逆に何かを止めようとしているんじゃないかな?」
「春彦とは反対意見だな」
「うん。動いている何かがあって、それが自分にとって迷惑だから止めよう
としている。でもエネルギーが足りないからこうやって集めてる、とか」
止めるのにエネルギーは必要だろうか?まぁ、必要なものもあるだろうけど。
「今まで無かった意見だな。流石、金だな。次は朝月な」
自分の番が回ってきた。しかし俺には“未知”が何をしようとしている
か、なんて検討もつかない。
いや、さっき御堂さんは「自分ならこうする」でもいいと言っていた
はずだ。
「俺は――――」
俺は“未知”が何をしようとしているのかではなく、もし自分に何でも
可能にするだけのエネルギーが、力があったら何をするか、それを考えて
言うことにした。
「俺なら、失ったものを取り返戻したい。それがもう二度と手に入らない
ものなら、なおさら」
「・・・・そうか。失った何かを取り戻したい・・・か」
一度目を閉じてから今度は兄さんを見た。
いたずらをするような目だ。
「ナイト君は何か意見あるかい?」
苦々しい表情だ。兄さんはこの呼び名で了承してしまったことを
後悔しているみたいだ。
あとでからかいついでに呼んでみよう。
「俺個人として見解は特にないが・・・・・」
これだけは、と前置きしてから言った。
「俺たちの仮説では“未知”は多重世界間に干渉できるほどの存在だ。
それにE4も言っていたな。アレが完成したら死人は滅ぶ。この世界
だけじゃなく全世界の死人が、と。だとしたら“未知”は
間違いなく、幾つもの世界に被害を及ぼす。それが良い悪いに関係無くな。
死人が滅ぶっていうのもしっくり来ない。その“滅ぶ”の意味が“死人の
消滅“による”滅び“なのか”DUの消滅“による”滅び“なのかも定かじゃない」
「・・・・お前の意見が一番役に立つよ。全く、敵にしとくには惜しいぜ」
兄さんの意見が一番現実的と言えた。春彦と金の意見は予想を言っただけ
だし俺の意見は「自分ならこうする」と言っただけだ。その点では兄さん
の意見が一番まともだろう。
御堂さんはそのまま部屋を出て行こうとする。それを春彦が止めた。
「待ってください御堂さん。御堂さん自身は、どう思っているんですか?」
「俺か?俺は・・・そうだなぁ。世界が欲しい、とかじゃねぇかな」
それだけ言って出て行ってしまう。去り際に「現にも聞きに行くか~」
と言ったのが聞こえた。
兄さんも窓を開けて窓枠に足をかけた。
「さて、俺も帰るか。そうだ朝月―――」
口笛を吹いてから俺のほうを向く。窓の外から「口笛なんかで呼ぶなぁ!
ワタシは犬じゃないー!」とザ・フェニックスの声が聞こえてきた。
「明日から三日間、お前は貸切状態な」
「・・・は?」
「詳しくは明日、海深と落葉から聞いてくれ。じゃあな!」
窓から飛び降りた。「うわぁっ!?」とザ・フェニックスの悲鳴が聞こえ
て「いきなり飛び降りてくんなぁ!」という怒りの声も聞こえた。
明日から三日間、貸切状態。一体どういう意味なんだろう?
全くもって意味不明だ。貸切状態というくらいだから誰かと一緒にいる
ことになるんだろうが・・・。
考えても答えは出ないだろう。何しろ分かっていることが少なすぎる。
ちょうど今問題の“未知”に関することのように、答えを出すために
必要なピースが足りていないのだ。
これ以上ここにいても仕方ない。俺は春彦と金と一緒に帰宅した。