未知の欠片について
翌日、春彦たちと落ち合ってから死兆星まで向かう。エントランスに
入るころにはフェイスバイザーをつけて受付まで行く。
「お久しぶりですね常光さん!湖子宮さんに一駿河さんも!」
「本当に久しぶりに感じますね。ずいぶん居なかったみたいでしたけど
どうしたんですか?」
「あ~・・・・家族が交通事故に遭っちゃいまして・・・・」
「それはご愁傷さまです・・・・」
今日の受付嬢はいつもの快活な人だ。名前も知らないが最初に会った
ときにはこのテンションの高さに驚いたものだ。
フェイスバイザーのディスプレイにIDとパスワードを表示する。
「死兆星本部第三部隊アルトレイン隊長・常光朝月」
「同じく第七部隊アルトスター隊長・一駿河春彦」
「同じく第九部隊アルトブレイン隊長・湖子宮金」
「は~い!IDとパスワード、お名前の照合が完了しました。どうぞ
入ってくださ~い」
表会社社員は出入りできない入り口から中に入っていく。
死人であり、死兆星総合十部隊員でなければ入れない。死人は死人
でも戦闘能力の低い人や能力的に価値の低い人は表会社で働くだけに
留められる。
地上三十階までは死人も一般人も共通の施設だ。しかし三十一階は違
ってくるのだ。片方のタワーが“裏”の仕事に使われる、すなわち死兆星
のためのものなのだが、一般には来客用やらなんやらと誤魔化している
らしい。一般職員も課長以上の権限と他三人以上の承認がないと入れない
タワーだ。
このエントランスからはその死兆星が使うタワー直通のエレベータがある
のだ。
「あ・・・」
ふと思い出したことがあって入り口まで戻る。
「すいません」
「はい~?」
「御堂十四隊長は今どこにいるか分かりますか?」
「待ってくださいね~・・・・・」
目の前のパソコンに向かう。ここではどこかの部屋を使う際には
申請する必要があるのでどこかの部屋を使っているなら絶対に分かる。
「でました~。十五階の第三会議室の使用申請が出てます!たぶん、そこ
にいるかと!」
「分かりました。ありがとう」
「いえいえ!」
春彦たちの場所まで戻る。十五階の会議室という旨を伝えてエレベータ
に乗る。このエレベータは一階から最上階である百階まで到達できる
万能エレベータだ。隊長、副隊長その他上層部の人間以外使用しては
いけないVIPなエレベータだ。
会議室前に着くと御堂さんが立っていた。
「お、やっと来たか」
腕時計で時間を気にしながら言う。
「この会議室、使用申請しといたから使いな。中に資料が置いてある。
それを読んで自分なりの意見を考えといてくれ。俺は“表”の仕事がある
からここに戻って来られるのは・・・・夕方以降になっちまうから」
“表”の仕事、か。
年齢が規定以上に達している人は死人総本山としての死兆星の傘下に
入ることはもちろん、ブリッツタワー・セントラルの社員として働く
ことも義務付けられている。
俺たちは死兆星での仕事を“裏”。ブリッツタワー・セントラルでの
仕事を“表”と呼称している。
御堂さんは“表”の仕事があるらしい。というか本来、毎日あるはず
なんだけど。
「というわけだ。意見まとめ終わったら何しててもいいから。会議室
近辺にいろよ」
そう言って走り去っていった。よほど時間がないと見える。
「じゃあ入りましょうか」
「おっけー」
「この会議室にも何かと縁があるな」
俺たちは扉を開けて会議室に入った。部屋の真ん中にある机の上に
少量の書類のようなものが乗っている。
おそらくこれが“未知の欠片”に関する資料なのだろう。
A4サイズの用紙が十枚弱。たったこれだけの資料しか無い。政府
直轄組織の死兆星でも情報が殆どないとすると余程未知な存在という
実感が湧く。
しかし書類は一つしかない。三人が同時に読むのは不可能だった。
「先に誰が読む?」
「春彦からでいいんじゃない?」
「金、今適当に言いましたね?」
そう言った時、会議室の窓が開いた。
「よっ」
「なぁんでワタシがブラコン野郎の私事に付き合わされなきゃなんない
のよ・・・・」
窓を開け放って入ってきたのは兄さんこと刀騎士とザ・フェニックス
だった。
「あなたたちは・・・・っ」
咄嗟に鎖を伸ばそうとする春彦。それは俺が止めた。
「待て待て。俺は朝月に会いに来ただけだ。戦いをしに来たんじゃない」
「ワタシ帰るよー?迎えに来るから、帰る時んなったら呼んで」
「了解」
兄さんだけが部屋に入りザ・フェニックスは窓から帰っていった。
どうやって往来の人々に見つからずに帰るつもりなんだろうか。いや、
そもそもメインストリートに面していて地上十五階にあるこの会議室に
どうやって見つからずに昇って来たのだろうか。
以前みたいに上昇気流で昇って来たんだろうけど人目は避けられたのか?
「これ、見てもいいか?」
どうせ兄さんたちは殆ど“未知の欠片”について知っているんだろう。
だったら見ても問題ないのではないか。
「いい・・・と思うけど」
「じゃ見させてもらうな」
俺の首を掴んで金が小声で言う。
「ちょっといいの?一応機密扱いなんだよ!?」
「刀騎士の仕業にして盗み出したことになってんだろ?だったら問題
ないだろ。むしろ刀騎士が内容を知らないほうが辻褄が合わないだろ?」
「まぁ・・・・そうですね」
納得してくれたようだ。実を言えば今の理由は後から付けたんだが。
兄さんは黙して読んでいる。文章を目が追う速度が速い。
「さて、俺たちは何をして待ってようか・・・・・」
兄さんが読んでいる以上俺たちはすることが無い。すると、会議室の
扉がノックされた。
「隊長、いますか?」
この声は―――。
春彦も気付いて「入っていいですよー」と言う。声の主は「失礼します」
と断ってから扉を開けて入ってきた。
「やっぱり隊長はこちらに居られましたか」
ぴっしりとスーツに身を包んだ痩身の女性。ツリ気味の目が怖い印象
を与えるが実際の性格は黒い長髪と同じように綺麗で優しい。
名前を飛塚小奈。第三部隊副隊長――すなわち俺の隊の副隊長だ。
「・・・・お客様ですか?」
書類を読む兄さんを見て、怪訝な顔をしながらも深入りしない。いつも
そうやって深入りしないでいてくれるから以前の俺にとっても接し易い
相手だった。
「あ、ああ」
「お茶でも出しましょうか?」
「頼めるか?」
「了解しました」
仕事のときは事務的な口調なのが玉に傷なんだが。まぁ、この感想も
以前の俺なら抱かなかったんだろう。以前の俺ならば馴れ馴れしくないし
不用意に近づいて来ない仕事相手程度にしか思ってなかったからな。
数分後に小奈が三つの湯飲みを持ってきた。
「どうぞ。おかわりはありませんので」
「ありがとうごさいます」
「ありがとねー」
「ありがと」
「あれ?俺の分は?」
お盆を机の端に置いてから小奈が言った。
「隊長は一緒に来てもらいます」
「んあ?俺・・・?」
「はい。そのために探していたのですから」
扉を開けて待っている。俺になんの仕事があるのか。まだ学生でそういう
“会社でやるような社会的な仕事”には疎かったために、戦闘能力の低い
頼れる副隊長に戦闘以外の仕事は全部任せてしまっていた。だから事務的な
仕事は俺に回ってくることは無かったし、戦闘関係の仕事なら直接指令がく
るはずだ。じゃあ何だっていうんだ?俺に個人的な用件のある人物からの
呼び出しとしか思えない。
でも俺に個人的な用件のある人物なんてあまりいない気がする。
「第五部隊隊長・三島三好隊長がお呼びです。時間のあるときに個人
研究室まで来て欲しいとのことです」
「・・・・・」
柚木にしかめっ面と言われていた顔をさらにしかめる。あいつとは
極力会いたくないんだが・・・・・。
「い・・・・」
「今は時間が無いなんて言わせませんよ。 先ほど「俺たちは何をして
待ってようか」と言っていたのが聞こえてましたから」
「げ・・・・」
「行きますよ隊長。放っとくといつまで経っても行きそうにありません
からね」
無理矢理引っ張っていかれた。問答無用で会議室から連れ出される。
少し前はここまで強引じゃなかったのに。
ここは十五階。ブリッツタワー・セントラルの研究施設等は五階から
七階に集中している。盗難や襲撃の危険があるから本来ならもっと上階に
するべきなんだろうけど、四階には警備員たちの詰め所的なもの
と訓練施設的なものがあるから防衛面では安心と言っていい。
しかしながらその研究施設等はあくまでブリッツタワー・セントラル
のもの。死兆星の研究施設はもっと上の五十五階から五十七階に集中
して作られていた。五階には三島の“表”の個人研究室があったはず
だ。何の話か知らないが恐らくはそっち――五階の個人研究室に来い
ということなのだろう。十階分も降りなければならない。
「面倒だな・・・・・何の用だよ」
そう一人愚痴っていると横の小奈が言ってきた。
「隊長、随分穏やかになりましたね」
「そ、そうか?」
「ええ。以前のように突っ撥ねる感じが薄くなってますし、声色も少し
明るくなってます」
「・・・・もしかしてさっきの強引さも俺が穏やかになったから?」
「はい。隊長は“関わるなオーラ”を常日頃から周囲に散布してました
から。あまり深入りしないようにしていたのです。でも、今はその“関
わるなオーラ“が殆ど無くなっていたので、少々強引にいかせてもらい
ました」
なるほど、そういうわけか。
エレベータに乗る。さっき使ったVIPなエレベータだ。
五階まではあっという間。行くのが面倒というだけで時間はそんなに
かからない。
ものの二、三分で五階に着く。三島の個人研究室はどこにあったかな
っと。
「こっちです」
流石副隊長。よくわかってる。
エレベータから少し離れた場所の部屋。プレートには三島と書かれて
いる。
小奈が扉をノックする。
「どちらです?」
なんともムカツク声だ。いや、声自体はムカツク要素はないんだが
本人の性格を知っていう都合上どうしてもムカツク。
「第三部隊副隊長・飛塚小奈です。常光朝月隊長を連れてきました」
「はいはい。入っていいですよ」
小奈が扉を開ける。小奈に続く形で俺も入る。
「失礼します」
「・・・・失礼します」
無言でいたら小奈に小突かれた。礼儀的にも言うべきだったと自分
でも思っている。
「ご足労願って申し訳ない。少しお話がありまして」
無駄に丁寧口調なのはこいつのデフォルトだ。自分が皮肉や嫌味を
言いに行くときはもう少し砕けた喋り方だ。こういう風に低姿勢なのは
何か重要な用件なのだろう。他人の機嫌を損ねることを日頃からする
わけだが、自分が損をするときは比較的普通。
「用件はなんです?どんな嫌味が出てきますかね?」
そういう風に言ってしまう俺を小奈が小声で責めてきたが、俺の
意識はすでに三島に向いていた。
「すみませんが今回は割りと真面目なお話です。第一部隊隊長である
日坂修之さんに関することです」
「・・・・!」
自分も真面目に切り替える。こいつが真剣なのを見るのは初めて
だが、それでも真剣なのが分かる。
それよりなにより、修之さんに関することというのが俺の気持ちを
引き締めた。小奈も俺と修之さんの関係を知っているから邪魔しない
ように黙っている。
「実はですね、私は日坂さんが秘匿命令でE3を討伐しに行ったのを
予め連絡を受けていたんですよ。本人からね」
「なん・・・・だと?どうして・・・・?」
「戦闘中のリアルタイム動画を私のフェイスバイザーに転送するから
その動画と写真から推測でも憶測でもいいから分かることを言ってくれ
といわれまして」
ということはあの映像記録の内容は全部知っていることになる。今まで
ずっと考察していたのか?
「いえ、実は自分の研究に熱中してしまって報告が遅れただけです」
・・・・この野郎。
「それでですね、依頼された本人は重傷で意識不明。となれば生前に
一番関係が深かったと思われる常光隊長に代わりに聞いて頂きたいと」
「・・・・死んでねぇよ」
「これは失敬」
小奈が若干ハラハラしている。たぶん、春彦とかも居たらオロオロ
ハラハラしてるんだろうな。
「しかしながらですね、動画と写真のみでは推測も憶測も難しいのです。
ですのであまり期待しないで頂きたい」
「・・・・分かったよ」
「では」
三島は自分のデスクから数枚の書類のようなものを手渡してくる。
それにはエクスクレセンスについてのアレコレが書かれていた。
「少し長くなりますが、よろしいですかな?」
「ああ。幸か不幸か時間ならある」
「それは結構」
自分も同じと思われる書類を持って語り始めた。
小奈は聞いているだけのようだ・・・・と思ったら後ろから俺の
持っている書類を覗き込んでいた。
「まず注目すべきは外見の変化ですかね」
確かにそうだ。第一段階と第二段階でさえも見違えるほどの変化
があったのに第三段階になった途端に今までの法則性が消えた。
「第一段階は人間と同じサイズで人型をしています。第二段階は
人間よりも大きく動きは鈍重、しかしながら攻撃力は第一段階を圧倒
するほどの差があります。第三段階となると俊敏でいて攻撃力は
第二段階よりも上。それでいてサイズは人間と左程差が無い。あっても
二倍か三倍程度の差ですな」
ファースト、セカンド、サードと。自分なりの呼称があるみたいだ。
確かに、第二段階は壁みたいだったり柱みたいだったりと色々な
形だ。紀伊坂は普通なほうだったのだと今にして知る。
しかし、と三島は言う。
「この外見の変化は実はそう重要でもないのです。重要なのはこれから
挙げる二つの要素」
流石に研究者。動画と静止画だけでここまで見抜く。俺ならばここまで
見抜くのは無理だ。大きさが違う程度にしか分からないし、そもそも
そこまで考えようと思わないかもしれない。
「重要なのはこの二つ。感情の有無と遺体の有無です」
「感情の有無と遺体の有無・・・?」
「はい。第一段階、第二段階と色々調べてきた我が第五部隊だからこそ
気付けたことです。それは段階が上がるにつれて遺体が消えていくこと。
そして人間の感情が見え隠れしてくることです」
「人間の感情が・・・・・?」
小奈さえも口を挟んでしまった。それほど衝撃的であってこの情報は
このまま上層部に提出したほうがいいんじゃないかとさえ思う。
続く説明にはさらに驚きがあった。
「第一段階は人間の形をしていながら、その行動原理は殺人意欲と
食欲に限定されてきました。そこに感情の挟まる余地は無く、自らの
能力に乗っ取られている様でした。そして討伐したとしても遺体が
消えてなくなることは無かったのです」
俺は思い当たる節があった。俺が最初、路地裏でエクスクレセンスに
遭遇した時。あれは第一段階だった。そして俺はそれを殺した。両断し
たのだ。そしてその死体は死兆星が回収していった。
「第二段階のエクスクレセンスは死亡後、その肉体が徐々に風化していく
ようにして消えていったのです。我々も最初は分析するのに慌てる羽目に
なりました」
第二段階に出会ったとき。紀伊坂は俺が消滅させてしまったが、それ
以外の第二段階とも戦っている。殺したあとは徐々に身体が粒子状に
消えていった。
「第三段階のエクスクレセンスは死亡後は確認されていませんが、身体の
一部であろうとも本体から切り離された場合、一瞬にして消滅してしまい
ました。我々は驚きましたよ。何せ調査の余地が一切の無いのですから」
第三段階と出会ったとき。殺すことはできなかったが尻尾を切断する
ことはできていた。そしてその尻尾はすぐに消えて無くなった。
全部に当てはまる。俺の経験してきたこと全部に三島の憶測が当て
嵌ってしまう。
「あなたたちがこの映像を見ている時、刀騎士が来ましたね?」
「ああ・・・・ていうか何で知ってる?」
「御堂さんから聞かせてもらいました。彼は私のことを嫌っていますが
私の腕は認めてくださっているのでね」
「・・・・そうかい」
確かに腕は認める。でも人間性が崩壊しているのはいかんともしがたい。
「その刀騎士さんからの情報も踏まえて、私はこう考えました」
人差し指を立てる。何かを説明するときに人がよくやる仕草だ。
「エクスクレセンスは段階が進むごとに命を失った肉体そのものがDU
に同化していってしまうでのはないかと」
「DUに、同化だと?」
「ええ。死人が死したあとにDUは残らない。刀騎士さんの話では我々
死人には命と魂、そしてDUと化した魂があるそうですね。死んだ時点
で命は消える。残るのは肉体と魂とDUなわけですな。今までDUは
死人の生命力を――命を食って能力を発揮していました。では、死んで生命
力の供給が無くなった場合、DUはどうやって活動しているのか。それは
おそらく、肉体を侵食して喰らい、それを糧としているのではないか、と」
「肉体を・・・・糧にしている・・・・?」
考えるだけでおぞましくなる。俺たちは死ぬまでDUに命を吸われた
挙句、死んでもその死体を喰われるというのか?
「そうならば、エクスクレセンスに段階があるのも、高い段階が死んで
その死体が消えてしまうのも説明がつきます」
確かに・・・・。
「段階は肉体侵食の程度を示すもの。姿が変わっていってしまうのは
それこそがDUの真の姿だからではないのか。強さが変化していくのは
DUが肉体を喰らうほどに、人間の肉体を操るのではなく自分の肉体を
動かすイメージに変化していくからではないか。私はこう考えています」
憶測ってレベルかよこれが・・・・。
そんな半ば呆れ気味で素直に感心している俺と小奈を置いて三島は
次の話に行ってしまう。
「続いてですがね、第一段階はさっき言ったとおり、能力に身体そのもの
を乗っ取られている感じでした。しかし、常光さん、あなたが最初の
第二段階である紀伊坂と戦った時、彼はどういった様子であなたに攻撃
を仕掛けてきましたか?」
「どういったって・・・・あいつとは生前にちょっと諍いがあってな。
それの恨みやら憎しみやらで襲いかかって・・・・!」
遅れて気付いた。小奈も気付く。第一段階はどうして俺を襲ってきた?
それは単なる殺人意欲や食欲で襲ってきたに過ぎなかった。それ以降の
第一段階も考えなど一切持たないかのように無様の攻撃を仕掛けては
迎撃されるだけだった。互い互いで食い合っている光景も見たことがある。
まるで獣のようだった。
だが第二段階はどうだった?俺たちが攻撃を仕掛ける前に攻撃してきた
のは紀伊坂くらいのものだった。それ以外は全てこっちから攻撃して、
それから戦闘が始まっていたように思える。
第二段階たちは、俺たちに興味無かったとでもいうのか?
「今まで第二段階は・・・・・自分から攻撃をしてくることはなかった・・・」
「そうです。全ての戦闘記録を見ましたが、全て我々から攻撃をしかけて
います。あなたと紀伊坂戦を除いてね」
「じゃあ、奴らの行動原理は?」
それは――。と一拍置いてから、
「人間の中で一番強い感情である怒りや憎しみです」
小奈も黙ってしまう。それでは今まで第二段階は怒りや憎しみの感情
が出ていたというのか?
「誰かへの憎しみを持って行動していたからこそ、こちらへの危害は
加えてこなかった。現に紀伊坂はあなたに怒りや憎しみを持っていた
のでしょう?」
「あ、ああそうだ」
「この時点で人間的な感情が徐々に出てきているのです。それが確信
に至ったのは日坂さんの戦闘映像」
フェイスバイザーを手に取る。手に取っただけだけど。
「あの映像の中ではE4が喋っていましたね。それも我々に注意を
促すような内容でした。そこで今までのエクスクレセンス全てを比較
してみたところですね、第一段階が喋ったことは皆無。咆哮のような
ものは上げても人語を言うことはなかった。第二段階は恨み言や怨嗟
の言葉を叫ぶことはあっても他になにかを言うことはなかったのです」
そして、第三段階。
「第三段階はE4のように確かに喋っています。未だに発見されている
のがE3とE4だけなので確定にはなりませんが」
俺は素直に感心した。そして三島を少し見直した。
いつも他人をバカにしているだけのようなイメージだったのに、流石
に研究者。俺ならここまで気付くことはなかった。おそらく、修之さん
でも。
小奈は書類をじっと読んでいる。内容はたぶん今言われたことと同じ
だと思う。
「どうしてエクスクレセンスに感情が表れるのかは分かりません。流石に
そこまでは憶測も推測も及びませんでした」
「いやいや・・・・十分すげぇよあんた」
敬語もすっかり忘れてしまっていた。どんなに気に食わない奴でも
礼儀として、皮肉として敬語だったのだが、そんなものをすっかり忘れて
しまうほどに今聞いた話は衝撃的だった。
「これが役に立つならやった甲斐があったというものですな。ああ、
それから―――」
書類を小奈に手渡した俺に三島がより真剣な表情になって言う。
「このことは上層部には内密にお願いしますよ。日坂さんの戦闘記録
映像は上層部に提出していないそうなので」
「ああ、分かったよ。小奈も、いいか?」
「あ、はい。了解しました」
席を立つ。このことを春彦、金、御堂さんに兄さんに。早く伝え
たかった。
「失礼しました」
二人で同じ挨拶をして三島の個人研究室から退室する。
この一時間にも満たない時間で相当な事実が分かった。いや、事実
じゃない可能性もあるんだけどね。三島も憶測、推測って言ってたし。
でも、改めて考えて見るにつれて全てが当てはまっていく。俺が
今まで気にもしなかったことが一気に分かった。知りたい人が知ればこれ以上
無いほどの有益な情報となるのかもしれない。
それでも、分かってない部分はある。憶測も推測もできない部分。
どうしてエクスクレセンスに感情が表れ始めるのか。そもそも、人を死人に
変えてしまうDEATH UNITとは何なのか。
それよりも不明な存在である“未知”とは何なのか。
エレベータに向かうまでの道程で小奈は貰った書類を熟読している。
読みながら歩くのは危ないと思うのだが―――。
「あ、副隊長――っ」
「え?」
言ったが遅かった。小奈は目の前に迫っていたエレベータの扉に気付かず
に激突してしまった。
「へぶっ!」
ガンッ!と見事な音がして額をこれまた見事に赤く腫らして涙目になった。
「う・・・・ぐっ」
「・・・・・笑っていいか?」
笑いを必死に堪えて涙目の小奈に聞く。すると小奈は額をさすりながら、
「・・・・笑ったら殴ります」
といった。
エレベータに乗って会議室に帰るまで小奈はずっと書類を見ていたが
余程恥ずかしかったのか顔が赤かった。