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五年ぶりに

 兄さんたちは今六人全員で住んでいるようだ。

 六人で住むには少々狭いであろう家でも気にせず住んでいる。そこに俺が

いるもんだから狭さは更に増す。

 皆は着替えに帰ってきただけのようだった。それぞれが部屋に引っ込んだ

あと俺はリビングで兄さんと話をしていた。

「兄さん、聞きたいことがあるんだ」

「・・・・なんだ?」

「今聞くべきじゃないかもしれないけど、どうしても聞きたい」

「姉さんのことか?」

「・・・・そう」

 ずっと気になっていた。兄さんの口からその単語が出た瞬間からずっと。

 聞くタイミングが無かったので今無理矢理聞いたんだ。

「お前は知らなくて当然だ。姉さんはお前が生まれると同時に死兆星に

入ってしまったんだから」

「死兆星に!?ってことは姉さんは死人だったのか」

「ああ。お前は生まれた当初、血が足りないだかなんだかで危なかった

んだ。でも父さんも母さんも俺も全員血液型が違ってな。輸血用の血液も

足りない状況で、姉さんだけが血液型が一致した」

 話しても問題ないと思ったのか徐々に話し始めてくれる。俺の知らない

存在である姉さん。名前は、緋月(ひづき)だったか?

「血を分けたあと姉さんは死兆星に行ってしまった。それからあの惨劇

が起こるまで一度も帰って来なかったんだ」

 姉さんは死人だった。惨劇の時も兄さんは死人だった。あの惨劇の

後俺は死人になった。

 この兄弟には何か呪いでもかかっているのだろうか。死人になる条件

とかは一切不明のはずで、完璧に無差別だったはずなのに。

「今では生きてるのか死んでるのかさえ分からない。お前は聞いたことない

か?死兆星の中に“常光緋月”って名前の人物」

「知らない・・・な。それにもし同じ苗字だったら真っ先に不審がるって。

常光なんて苗字、そうそう無いだろ?」

「それもそうか・・・・」

 つまりもう姉さんは死兆星にはいないということ。

 それが戦死によるものなのか、エクスクレセンス発生阻止のための暗殺

によるものなのかは分からない。基本死兆星に脱退や退職なんてものは

ない。

 死か逃亡か。この二つに選択肢は絞られる。

 死なんて考えたくもなかったが仕方ない。

 そんな話をしていると海深が先に戻ってきた。

「お?なんの話?」

「なんでもないさ。兄弟の秘密ってね」

「むむ?夜月さん、そんなこというと雪女に言うよ?」

「止めてくれ!また質問攻めにされるのはごめんだ!」

 徐々に桜子も落葉も戻ってくる。それぞれが外行き用の服に着替えて

きたらしい。さっきの服も外出用だったのではないかと思うのだが、

そこを言ったら「普通着替えるでしょ?」と真顔で言われてしまったので

とりあえず同意していおいたのだ。

 まぁ夏だし汗をかいているって言えばそうなんだけど。真夏の公園で

あれだけの言い合いをして軽い戦闘までしたんだ。俺や兄さんは汗かなり

かいているのだが着替えようとは思わない。そこが男と女の差か。

「準備は終わったのか?」

「うん。皆いつでもオーケー」

「なら行くとするか」

 兄さんが椅子を立つ。俺も立って玄関から外に出る。

 意外なことに兄さんたちの家は死兆星本部であるブリッツタワー・

セントラルのすぐ近くにあったりした。

 どうして今まで気付かなかったのだろうか。死兆星の諜報部隊は何を

していたんだろうと言いたくなる。

 商店街方面へ向けて歩き始める。まだ午後になったばかりで人が

かなり多い。柚木はあれから会ってないからどこにいるのだろう。

 そんなことを考えている時、反対側の道に柚木がいるのが見えた。

 身体に包帯を巻いているから確実だろう。

「あ、あれ柚木か?」

 落葉が先に気付く。俺は言おうとしたのだがどう呼んでいいものかと

口籠ってしまう。

 心の中では勝手に柚木と呼んでいる。しかし実際はどう呼んだものか。

 さっきの公園で柚木と叫んでしまった気もする。改めて呼ぶとなると

どう呼んでいいものやら分からない。

「おーい柚木―!」

 俺が悩んでいるのも関係無く海深が呼んでしまった。

「あ、あれ?常光君に・・・・海深ちゃん?」

 何か有り得ない光景を見たような表情になって俺たちを見る。まぁさ

っき口論してた連中が肩を並べて談笑してれば不思議がるか。

 海深が柚木の腕を掴んで引っ張ってくる。そしてそのまま進みだした。

「え、え?海深ちゃん、どこいくの?」

「どうせだから付き合ってよ。ここで会ったのが運の尽き。このまま一緒に

ショッピングだ!」

「え、え~!?」

 海深に手を離されても一応付いてくる。律儀な奴だ。

 柚木と並行して歩く。小声で言った。

「悪いな、巻き込んで」

「い、いえ。どうせ暇でしたし」

「まぁ暇だったから俺と出かけるなんてことしたんだろうしな」

「・・・・・」

「どうした?」

「いえ、常光君喋り方が柔らかくなったなぁって」

 言われて驚いた。自分でも意識してなかった。そんなに変化が起こるもの

だろうか?こんな短時間で。

「そ、そうか?」

「はい。しかめっ面は相変わらずですけど」

 それは余計だ。と思いながらも気持ちは晴れやかだ。普段とはまた違った

気持ちでここにいるんだから。



 しかし―――。

「どうして女の買い物ってこんなに長いんだろうな・・・・・」

「俺に聞かないでくれ兄さん・・・・・」

 三時間後には俺と兄さんはぐったりとうな垂れていた。

 少し離れた場所にあるファンシーショップで女性陣六人はまだきゃいきゃい

言って騒いでいる。

 買ったり買わなかったり、選ばせておいてセンスが悪いだの、それでも

いいじゃないだのと。男である俺と兄さんは振り回されっぱなしだ。

「俺も五年間、金に振り回されてきたけど・・・・」

「そっちは一人だろうが。こっちは五年間五人分相手にしてきたんだぞ」

「五倍・・・・・・勘弁して」

 体力的には全然余裕なわけだが、いかんせん精神的に厳しい。

 だって、ランジェリーショップにも連れて行かれたんだ。

 目のやり場に困る、なんてもんじゃない。目のやり場が無いんだ。

 見れる場所なんて床くらいのものだった。

 そこで俺と兄さんの精神力メーターは一気に減少したわけで。

「どうしてあいつらは男が興味なさそうだったり行き辛い場所ばっか

選んで行くんだよ・・・・」

「お前への報復じゃないのか、五年分の」

 ・・・勘弁して欲しい。

「二人とも何してんのー?」

 海深はこっちの気も知らずにこっちへ来いと手を振っている。

 桜子と落葉は海深と同じでこっちの気などお構いなし。雪女は何か

気が引けるのが困ったような表情で、影名はいつも通り無表情。

 俺と兄さんは気だるそうに立ち上がって海深のいる場所まで行った。

「次はどこいくんだ?」

「・・・・できれば家にしてほしい」

 そうすると海深は「何言ってるの?」と言って、

「まだまだ行くよ!とりあえずはここに・・・・」

「ちょっと待て!お前らはどうしてさっきから俺の行き辛い場所ばっか

行く!?」

「そんなの五年分の行き辛さに決まってんだろ?」

 いやね落葉。そんな真顔で言われてもね。

「で、その五年分の行き辛さとやらにどうして俺も巻き込まれている?」

 兄さんの苦々しそうな顔も理解できる。結局兄さんの精神的ダメージは

俺のとばっちりなのだから。

「う~ん・・・・・まぁ連帯責任?」

「ふ・ざ・け・ん・な」

 引き攣った表情で怒ると影名がポツリと言った。

「・・なら夜月は来なければいい」

「へ?」

「一緒に来なければ巻き込まれることもない」

 本から視線を移さずに結構酷いこと言うな・・・・。

「そっかー。夜兄ぃ帰るのかー」

「仕方ねぇな。嫌がってるの無理矢理ってのは好きじゃねぇしな」

「落葉ちゃん、変な意味に聞こえるから気をつけたほうがいいよ?」

「まぁ帰るっていうならご飯の準備お願いねー」

「え、おい・・・・」

 兄さんが置いていかれる。なんかドナドナを思い出す。

「お、俺も行くって!誰も行かないなんて言ってないだろうが!」

 慌てて付いてくる。慌てている兄さんなんて見るのは初めてじゃない

だろうか。

 このあと何時間付き合わされるんだろう。考えたくも無いが現実逃避

はできそうにない。

「ほらほら行くよアサ君」

 桜子に腕を引っ張られているんだから。

 そのままずるずると引き摺られていって、家に帰ることができそうに

なったのは更に三時間後くらいのこと。

「俺そろそろ帰るぞ」

 休憩している皆に言う。驚いたような表情だったが兄さんだけは普通

だった。

「そうだな。もう結構な時間だし、俺たちも帰るか」

「で、でもアサは・・・・」

「朝月は朝月で今の生活がある。昼間言ったはずだぞ?朝月の居場所は

今の仲間の場所であって俺たちのいる場所だって」

 今日は本当に楽しかった。心から楽しかったと思えるなんて何年ぶり

なんだろう。他人と関わりを持つことを極力避けてきたから、もし笑える

ような出来事があったとしてもそれは春彦や金に関係していることかも

しれないな。

「俺明日は死兆星で仕事あるからさ。今日はここでお別れ」

 海深はそれでも引きとめようとしたが兄さんに止められる。確かにここで

海深たちのいる場所に行ってしまえば俺は春彦たちの場所に戻らなくなる

かもしれない。それだけは嫌だった。

 家族だけれども、あくまで今は、他人として。

 死兆星とかBGとか。俺のトラウマとかが全部解決して初めて、俺は

皆に追いつける気がしたから。

「じゃ、また今度な」

 俺は家に向かって歩いた。今の俺の帰る場所はここであって、あの家だ。

「今度・・・・か。うん、また今度」

「気をつけて帰れよー」

「アサちゃん、またねー」

「アサ君も一緒にお出かけしよーねー!」

「・・・・(ふりふり)」

「朝月!仕事とか、頑張れよ」

「じょ、常光君、またね~」

 七つの声を受けて俺は帰宅した。少し歩かねばならない距離だが今は

電車やバスを使う気はなかった。

 皆と再会できたこの街を少しでも見ておきたかった。もう二度と無意識下

で記憶の改竄なんてしないように。

 とはいってもやっぱり一番印象的なのはブリッツタワー・セントラルだ

よな。

 そんなことを考えていたらあっという間に自宅に帰宅。

 家のリビングからは光りがもれていた。

「ただいまー」

「朝月君、おかえりなさい」

「朝月やっと帰ってきた?」

 思ったとおりだ。春彦と金がリビングで寛いでいた。

 金はエプロン姿だったが。

「悪いな遅くなっちまって。飯、待ってたのか?」

「ええ。先に食べて朝月君の分が冷めちゃうのは可哀想だ、そう金が言って

ました」

「そうだね。春彦も同じこと言ったね」

 金がキッチンに入っていく。今から準備だろう。凄く疲れているので

金のご飯はありがたい。

「朝月君は先にお風呂に行ってきたらどうですか?あんなことがあった後

に何時間も連れまわされて汗かいているでしょう?」

「ああ、そうすっかな」

 自室に戻ろうとする俺を春彦が止めた。

「あ、朝月君」

「なんだ?」

 いつも浮かべている笑みを少しだけ優しい笑みに変えて春彦は言った。

「喋り方、優しくなりましたね」

 柚木にも似たようなことを言われたが春彦にも言われるとは。

「そうか・・・・・?さっきも言われたんだが自覚がない」

「自覚無しに良い方向へ改善されるのはとてもいいことですよ」

「そういうもんかね・・・・」

 ふと、春彦の首から下がっているアクセサリのようなものが目に

入った。

「春彦、なんだそれ?」

「ああ、これですか?」

 取り出されたのはチェーンに通された二つの小さな指輪だった。

 年代物だろうか。結構汚れている。

「昔、好きな子から貰ったものですよ。指に入らなくなっちゃったので

こうして首から下げているんです」

「・・・まだ、好きなのか、その子のこと?」

「――――ええ」

 それ以上は言おうとしなかった。だから俺も追及しなかった。

 とにかく、と春彦は言って、

「以前の朝月君よりも今の朝月君のほうが好きですよ」

「気持ち悪いこと言うなよ。しかもドサクサに紛れて頬ずりしようと

すんなっ」

 このやりとりも久しぶりな気がする。今の言葉と比較してみると、

数ヶ月前の俺は結構冷たい言葉で突っぱねていたんだな。

 ―――なのに懲りずに何度もしてきたこいつはどうかと思うが。

「いえいえ冗談でなくてですね。金もきっと、今の朝月君のほうがいい

っていいますよ」

「・・・・そういうもんかね」

 少しでも“変わった”自分を春彦に認められたことが嬉しくて、でも

素直に言うことなんてできなかった。

 照れくさい。

「ま、とりあえずお風呂入ってきてください。早くしないと金のご飯

できちゃいますよ」

「分かったわかった」

 自室に引っ込んでから風呂へ向かう。あの口ぶりでは春彦は風呂に

入ったんだろうか。

 まぁ男の風呂描写なんてカットカット・・・・・。

 風呂から上がったときにはちょうど(くがね)のご飯が出来上がったところ

だった。

『いただきます』

 そう言ってから手をつける。言わないと金に椅子を投げられる。

 明日は全員で死兆星に行かねばならない。数日前に盗み出した未知

に関する資料に目を通さないと。

 御堂さんたちはもう終わったと思うが・・・・。

「明日見る資料は俺が見てないだけか?」

「いえ、僕たちも見てません」

「あ?何で?」

「御堂さん曰く、資料を見る際には一度も読んだことが無い者同士が

一斉に読んだほうがいいらしいです。知り合いから変な偏見なんかを

受けないためらしいですが」

 じゃあ御堂さんたちもまだ見てないということだろうか?

「御堂さんたちはもう見てますね。ただ、明日は“表”の仕事で午後の

遅くからしか僕たちとは会いませんから。会ってもほんの数分間程度

でしょうし」

「そっか。あんまり量も多くなかったし、大丈夫か」

 もそもそとご飯を食べる。金の作る料理はいつも美味しいのだ。

 死兆星に行くのはちょっと気が引ける。漠然とした“不安”がある

のだ。何が不安なのか分からないのだが、漠然と、死兆星に行っては

いけないという不安がある。

 何かを忘れているような気もする。今日の出来事を通してまた俺は

知らずの内に何かを忘れようとしたのか?

 忘れている以上、確かめようが無い。何かがきっかけて電撃的に思い

出すまで何を忘れていたかなんて分からない。

 どんなに“不安”があってもそれが何か分からない以上俺は死兆星に

行くしかない。思い出すのも怖いが、忘れたままというのも今となって

は怖いのだ。

 明日で思い出せればいい。もし思い出せないようなら思い出すまで

待たないといけない。

 とりあえずは明日。

 今日サボった分、しっかりとやらなければ。

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