変わって行こう
第二章消してしまいたくて、見失いたくなかった目的
兄さんの語りが終わる。俺の知らなかった出来事が語り終わったのだ。
衝撃・・・・なんて陳腐な言葉では片付けられないほどの感情が俺の
中で渦を巻いている。
「じゃあ・・・・・」
辛うじて、ほんの少しだけ言葉を搾り出す。これからする問いは今までの
自分の生き方を、目的を全て否定するのもなのだ。
「アッシュ・ライク・スノウは・・・・・俺にとって復習の相手なんかじゃ
なくて、命の恩人ですらあって・・・・・本来なら感謝の対象だっていうの
かよ・・・・!」
この五年間。俺は偽りの記憶を頼りにしてアッシュ・ライク・スノウを
憎み、恨み、復讐することを目的として生きてきた。
それが、感謝の対象だって・・・・・?
「そうなるな。だから―――」
兄さんの言葉を、圧砕重剣を地面に突き刺すことで止める。
今の俺は一つの感情で纏まっていない。
助けてくれなかった兄さんに対する憎しみ。助けてくれたアッシュとメイ
ガスに対する感謝、今まで持っていた憎悪。俺の前から居なくなる、その
選択肢しか与えられなかった俺自身に対する憤慨。
もし今、何か言われたりしたら、何をするか分からない。
「五年間の俺の想いの全ては・・・・・無駄だったって、無意味だったって
のかよ―――ッ!」
再び地面に突き刺す。やり場のない感情を、この行為で発散させていた。
全てを知って、アッシュ・ライク・スノウを恨む必要も無いと分かった
今でも、俺は兄さんに剣を向けた。
「朝月ッ!」
兄さんの声が響く。俺は耳を傾けまいとしつつもどうしても聞いてしまう。
「もう無理なんだよ・・・・・」
何を知っても、何を理解しても、もう今更無理だ。
俺はもう、依存に頼ってしか生きられない!
「俺はずっとアッシュ・ライク・スノウに復讐するために生きてきたんだッ!
五年間もだ。それを・・・・今更変えられるかよッ!」
圧砕重剣を開く。左右に分かれて漆黒となった刀身は重力を奏でる地獄篇と
なる。
「あの時から・・・・皆が居なくなったときからそうなんだよ!」
瞬間的に収束したバースト・カラット。それを放ちながら叫んだ。
「俺はもう、何かに依存しなけりゃ生きられないんだよッ!」
俺は今も依存している。
陽の死、皆の死。それに依存して今も復讐という生きる目標に縋り付いて
いる。
その生きる目標に依存して、他者と関わりたくないという臆病を、目的を
達成するためと切り捨ててきた。
依存は、増やすことは容易でも消すことは限りなく困難だ。
俺自身、依存を消すことなんてできない。
「夜月さん!」
海深の護鱗でバースト・カラットは事も無げに防がれてしまう。
「なんてことだ・・・・・」
兄さんは悲しそうな顔で地面を見ている。声にも悲痛さが、自分の無力を
呪うような響きがあった。
「朝月は結局・・・・・依存の道を行ったのか・・・・・!」
何度も何度もバースト・カラットを放つ。何度防がれても放ち続ける。
無茶だと分かっていた。単なる逆恨みだとも。真実を教えてくれなかった
兄さんたちに対する逆恨みだと分かっていた。
「ぐ、ぐうああああああああッ!」
身体が侵食されていく。両腕を覆っていた黒い闇が突如変化する。それは
爬虫類の皮膚に成り代わり、俺の右腕を肩まで侵食していた。
「あ、朝月・・・・・!」
侵食され激痛の走る身体で、それでも俺は剣を構える。今ここで剣を
降ろせばそれは、今までの俺の生き方全ての否定を認めたことになるから。
「おおおおおおおッ!」
振り下ろした圧砕重剣は海深の護鱗で防がれる。
俺はもう、戻ることなんてできやしない。
あの時の身体のように、俺の心はあの夜にバラバラに砕かれた。
そして復讐心の塊となって戻ったんだ!
「どうしてだ朝月ッ!もう昔のようには戻れないのか!?」
悲痛な叫び声。大切なものを失いかけている者の声。
俺には届いていなかった。
「戻れないさ!今ここにいるのはあの頃のような“光り輝いていた月”
じゃないッ!」
ヒビの入った護鱗に突きを叩き込んだ。
「太陽を失って“輝き方を忘れた月”なんだよッ!」
「・・・・ッ!」
砕け散った護鱗。その真後ろにいた海深を庇うように兄さんが刀を
交差させて圧砕重剣を受け止めた。
再び振り上げてから重い一撃を刀に叩き込んだ。
「ぐう・・・・ッ!」
「全てを失って、今を手に入れたあの日から俺は変わったんだ!全ての
過去を認めたら・・・・変わった俺はどこにいくッ!」
刀にヒビが入る。
「変わる前の俺はもういないんだッ!じゃあ、全部間違いだったと、
勘違いだったと認めた俺はっ!生まれ変わって今ここにいる俺はどうなる!」
ヒビ割れた刀は圧砕重剣の圧力に耐え切れずに砕ける。その刃が兄さん
を切り裂こうとした時、銃声が響き剣を弾いた。
影名の撃った弾丸だ。
「あの頃みたいに、なんてできやしない。戻れやしないんだ・・・・」
爬虫類化した手で剣を持つ。震える手でしっかり持って、大切な家族
に剣を向ける。
「陽を失った朝月はもう二度と輝けないんだッ!」
「ど・・・・」
新しい刀を取り出した兄さんは思い切り怒った表情で言った。
「どうしてお前は昔からそう意固地なんだッ!」
仕掛けては来ないものの威圧感だけで攻撃を受けている気分になって
しまう。
「何だかんだと理由をくっつけていつも自分のミスを認めようとしない
じゃないか!家族でテレビ見てたってそうだ。クイズで自分が自信満々
だったのに不正解だったときだって理由つけて認めなかった!」
何か別なものも混じっている気がする。そう思ったときにはもう兄さん
が目の前で刀を振りかざしていた。
「今だってそれの規模が違うだけの延長だろうが!」
「・・・・・!」
刀自体の攻撃力は大してない。圧砕重剣が重いせいで刀の重さを感じる
ことがないからだ。でも速さなら向こうに一日の長がある。
「壊れたのがなんだ!太陽を失ったがどうしたっ!変わってしまったのが
何だっていうんだッ!」
俺を斬らずに寸止めをしているだけだというのに痛みを感じる。それが
胸に言葉が突き刺さっている痛みだと気付くのに時間はかからなかった。
「壊れたなら作り直せばいい!太陽を失ったのならまた見つければいいっ!
変わってしまったっていうなら、また変わればいいッ!」
剣撃から蹴りに変わったことに対処できずそのまま蹴り飛ばされる。
本来なら壁にぶつかるはずだった俺を桜子と落葉が受け止めてくれた。
「お前の居場所は今の仲間のいる場所であり、俺たちのいるここだ!お前の
復讐は死兆星に向けられてTHE BLOOMING GARDENに向けられるもの
だっ!お前が変わろうと努力するなら全力で手伝ってやるッ!」
暖かい二人に受け止められて、俺は抵抗する気力を失う。兄さんの
言葉に負けた、と言ったほうがいいか。
近寄ってきた兄さんは手を伸ばす。
「もしお前に“あの頃に戻れ”と言ってお前が苦しむなら、そんなことは
もう言わない。時間をかけてもいい。あの頃へ向けてまた“戻れば(変われば)”いい。
昔に“戻って(変わって)”復讐心なんて消しちまえ」
俺はもう戻れない。今の復讐の道を進むしかない。
でも兄さんは言った。戻れとは言わない。あの頃を目指してまた“変わ
れば”いいと。
兄さんがいて、桜子がいて、海深がいて、落葉がいて、雪女がいて、
影名がいて、金がいて、春彦がいて、修之さんがいて。
そこが全部俺の居場所で。
そんな暖かい場所で、昔に“戻る(変わる)”ことができるなら。
昔を目指して“戻れる(変われる)”なら。
俺は兄さんの手を取る。
ついさっきまであった戸惑いや五年間持ち続けてきた憎しみは姿を
消していて―――。
俺は昔みたいに“変われる”んだと、思えた。
五年ぶりに触れた兄さんの手は五年前よりもずっと大きかった。桜子
だって落葉だって五年前とは全然違う。
俺一人だけが五年前に囚われたまま過ごしてきたんだと思い知る。
「やっと手を取ってくれたか、朝月」
兄さんの後方で春彦と金が笑っているのが見える。邪気の無い笑顔で、
御堂さんも笑ってくれていた。
「お前の立ち位置を教えてくれよ。まだよく分かってないんだ」
御堂さんが言う。あまり笑うことの無かった俺が笑ってしまう。
「俺は死兆星第三部隊隊長でBGの幹部会と家族の人間です。エクス
クレセンス以外とはもう、戦いません」
「そっか。まぁ、結果オーライと言うべきかな」
御堂さんは踵を返す。たぶん休憩時間にでも激流商店街に出てきた
のだろう。だとしたら時間はとっくに過ぎていることになるが。
「俺は会社に戻るぜ。お前は今日ズル休みだろうから明日来い。あの
資料、まだ終わってねぇんだよ」
持っていた梓弓を仕舞いながら歩き去る。その後ろに春彦と金も
続いた。
明日は死兆星に行かないといけない。だから今日は本来、疲れたから
仮病で休んだのだ。このあとに予定なんてない。
「朝月このあとは予定とかは無いのか?」
ちょうど今予定はないと確認したところだ。迷い無く答える。
「無いよ。今日は仮病で休んでたから」
「なら今の俺たちの家に来いよ。この五年分の隙間、埋めないとな」
「・・・・そうだね」
数時間前なら絶対にしなかったであろう微笑なんてものをしながら
俺は兄さんの後に続く。
「アサと遊ぶとか久しぶりだねほんと!五年分遊ぶから覚悟してねっ」
「雪女とか趣味変わり過ぎで驚くなよ?」
「お、落葉ちゃん、余計なこと言わないでくださいっ!あ、アサちゃん
も笑ってないで・・・っ」
「・・・・・・ふふ」
「おっ?影名が笑ったぞ!」
「・・・・・夜月うるさい」
「ほらほら!アサ君もいこっ!」
桜子に腕を抱かれて海深と落葉が肩を組むように首に腕を乗せる。雪女が
控えめに俺の左手を引いて、影名は少し離れて本を読みながら歩いている。
また兄さんの背中を追いかけてこんな風に歩くことができるなんて思いも
しなかった。
今の状況が幸せというのだろうか。そうなると、過去の俺はずっと幸せの
中にいたのか。
失ってから気付く。それが普通なのかもしれないな。




