知らされなかった真実(2)
普通になっていたと思う。誰も不審がっていなかったし、俺が行こう
と言った方向を何の躊躇いもなく探してくれた。
朝月もタイミングよく目を覚ましたようで俺の下へやってきた。
「朝月!無事だったんだな!?」
駆け寄って無事を確認する。自分でもわざとらしいと思ったのだが
思った以上に朝月たちは気付く様子がない。
「ああ、皆は?」
朝月は安堵しているみたいだ。これで少しでも朝月の気持ちが軽く
なればと思ったが、こんなことは償いにもならないことは分かっている。
でも、償えるものではないのだ。あれはもう、何をどうしたって償える
ものじゃない。
「こいつらは無事だ。でも、父さんたちは・・・・」
「・・・・そっか」
朝月の表情が曇る。泣き出すことも視野に入れていたが、朝月は泣く
ことはおろか、曇った表情をすぐに取り戻していた。
「とりあえず、皆で逃げよう。ここに居たら危険だ」
俺の主導で皆が移動を始める。朝月の口調が変わっているのには最初の
内に気づいていた。
何がどうしたことだろう。朝月が一回りも二回りも大きくなった
ような錯覚を受ける。
だが、瞬時に理解する。
朝月は悲しみを乗り越えたわけではない。ただ、他の悲しみが大きす
ぎて、両親の死、という悲しみを感じられないんだ。
そしてその悲しみを感じられないのは俺のせいでもある。恐らくは
陽の死が大きすぎて悲しみを感じられないのだ。
俺の罪悪感が増えていく。このまま増えていったら、どうなって
しまうのだろうか。
たぶん、きっと、罪悪感を背負っているのが普通だと感じられるように
なってしまって、いずれ背負っている罪悪感さえも感じられなくなって
しまうのかもしれない。
「俺の来た方向は危ないと思う。反対に逃げたほうがいいかも」
「分かった。・・・・しかし朝月、口調が変わったな」
「・・・・変か?」
確かに少し違和感はある。しかしそれは俺が今までの朝月を知っている
からであって、初対面に人ならば違和感など抱かない。
「いいや。カッコよく見えるぞ」
朝月が少し照れているのがわかる。こんな状況だからこそ、そういう
場を弛緩させるようなものが必要なのかもしれない。実際、少しだけ
和んだような気もする。
照れた感じの朝月は、口調が変わってしまう前の、彼女の存在が皆に
バレたときの朝月そのままだ。
「そのカッコよくなった感じを、陽にも見せてやれよ」
「・・・・!」
一切の抵抗も違和感も無く、そんな言葉が口を突いて出たことに驚愕
した。あれだけのことをしておきながら、何が「陽にも見せてやれよ」
だ。どうして俺がそんな言葉を朝月に言うことができるだろうか。
「・・・・・・・・ああ」
悲しみを押し殺したような返事。朝月は今も泣き出したいだろうし、
心折れそうだろう。それでも今は悲しんでいる時ではないと自分を
抑え込んで今走っている。
朝月が自分の来た方向と逆に行こうと言い出したのは恐らく、陽の遺体
を見られたくないから。それと朝月自身、あの場所に戻りたくないんだろう。
だからこそ逆の方向を指示して自分が先頭に立つ勢いで走り出したのだ。
この道の先が安全なのかどうかも分からずに。
進んだ先は案の定、行き止まりだった。
何らかの組織が動いている以上、これは作戦だ。さっきの青年の言葉が
確かなら目撃者は極力排除―――すなわち目撃されては困るということ。
朝月たちが向かった方向のような街の外に出られる場所が本来、あっては
ならないのだ。
俺たちの目の前には七色の炎の壁が高く聳え立っていた。
行く手を阻む壁として屹立していた。
「おいおい・・・・行き止まりかよ」
この壁を越えることは無理だろう。熱の塊みたいなもんだ。触れよう
ものならたちまち燃えるか溶けるかするだろう。
しかし熱い。この炎の中で、炎の壁を前にしてこの程度の熱さで済んで
いるのは最早奇跡と言えなくもない。
「ここでもかなり熱いってーのに、あの壁の隙間を通ってけってか?
無理だろうよ」
俺はそう言って近くにあった燃えていない建物の中に入る。これで少し
は熱さも緩和されるかもしれない。俺の読みは正しかったらしく、ほんの
少しだけ熱さは緩和されていた。
「どうするの?行き止まりだし、他に行く道もないよ?」
もし逃げる算段も立たず逃げる道も見つからなければその先に待つのは
死だ。この燃え盛る街で、死人たちが戦いを繰り広げている中で生き残る
のは不可能だろう。さっきの青年の言葉じゃ目撃者は極力排除だ。俺たち
が見つかれば問答無用で殺される。俺のDUを以ってしても皆を護りきる
のは無理だ。何とか逃げる算段を立てなければ――――。
「死ぬしかないんじゃないか?」
「・・・は?」
「行く先もない逃げ道もないんじゃこの状況、死ぬ以外ないだろ?」
朝月に何があったのかは分からなかった。何故、突然こんなことを
言い出したのかも。それでも俺は我慢がならなかった。
パン―――ッ
「バカなことを言うなッ!」
思わず手を出してしまっていた。朝月相手に頬を叩くのはもちろん、怒
るなんて一度もしたことなかった。
「心が折れたくらいで自暴自棄になるな!折れたなら俺たちが直してやる。
たった一度、自分の無力を痛感して、心が折れた程度で死のうとするんじゃ
ないッ!」
叩かずにはられなかった。あんな自暴自棄になったようなことを言った
だけではない。朝月の言葉は、朝月を助けた陽の行動を、気持ちを踏み躙る
言葉だ。脱出しようと奔走する俺の気持ちも、皆が無事で良かったと純粋に
喜ぶ桜子の想いも、皆で助かろうとする海深の努力も、表情には出さないが
安堵している落葉の安心も、崩落に巻き込まれ死にかけて尚助かるために頑
張った雪女の心も、後生大事に抱えていた本を手放してまで雪女を助けに行
った影名の行動も、全てを否定した言葉だったからだ。
「確かに陽は死んだかもしれない!クラスメイトたちは死んだかもしれない!
父さん母さんも死んだ!それでも、俺たちはまだ生きているんだ!今ここで
死ぬことで、父さん母さんや陽が喜ぶと思うなッ!」
激情に任せて朝月を怒鳴る。自分でも考え無しに言ったので何を言った
のか良くわかってないのだが、朝月には届いたようだ。
「わ、悪かった。俺もなんか、色々あったからさ・・・・」
「色々あったのか分かってるが、もう二度と言うなよ?」
「ああ。約束するよ」
俺は微笑みかける。朝月も微笑みを返そうとした時――――。
「何だなんだ?生き残りがいるんじゃねぇか?」
『そのようだな。目的のアッシュじゃないが、目撃者だ、殺しておいた
ほうがいいんじゃないか?』
唐突に、別の二つの声が割って入る。
人影は一つなのに、声は二つだった。
それはあの時少女と戦っていて、朝月を殺そうとした奴らで、俺が
止められなかった人物。
姿の見えない輩蓮と言う名の男と名も知らない青年だった。
「つーかそこの少年はあん時の色男じゃねぇか。恋人に護られた命、ここで
失くしちまうことになるけど、いいか?」
青年がパチンと指を弾く。
俺は青年の能力を知らなかった。ただ、周囲の空気がうねりを上げ
気温が上昇したのが理解できる。
「まずい!全員逃げろ!」
敵の能力が理解できずとも危険ということだけは察知できた。指を鳴らす
のが攻撃の合図なのは分かっていた。はっきりした能力が分からずとも、
少なくとも爆発系であることだけはわかっていた。
いや、姿無き輩蓮と名も無き青年が合同して初めて爆発となるのかも
しれない。だとするならば、輩蓮の消えている今は―――。
―――爆発する。
「間に合うかよ!」
『この距離で逃げ切れると思わないことだ!』
二人の声を合図にしたかのようにして突如、大爆発が起きた。
俺の怒号が功を奏したのか最悪の展開―――全員の死は免れた。
だがしかし、その一段階下の最悪は免れなかった。
俺は朝月を突き飛ばして覆い被さるようにして護った。背中を激しい熱さ
痛みが襲い、悶絶しながらも朝月が大怪我をしていないことを確認できた。
しかし朝月は顔面蒼白だった。俺たちは大丈夫だったが皆はどうだろう。
一切の声が聞こえず、不安を煽る。
「桜子ぉッ!」
朝月の悲鳴が聞こえる。俺も立ち上がろうとしたが背中の激痛で動くこと
はおろか身動ぎ一つできない。駆けていく朝月を止めることもできなかった。
「う、海深は?」
縋るような朝月の声は聞いていてあまりにも悲痛で、しかし、俺ではその
悲痛な声を止める術を持たないことを理解していた。
皆の声は殆ど聞こえない。苦しんでいる呻き声だけが耳を打ち、聴覚の
大部分は朝月の悲痛な声と炎の燃え盛る轟音に支配されていた。
「ゆ、雪女!影名ッ!」
かなりの苦労をして顔を動かし朝月のほうを見る。そこには火傷と裂傷
で血塗れの桜子と右腕を吹き飛ばされ悶絶している海深の姿があった。
他の三人は見えない。今の顔の角度じゃ見えないから顔の位置を変えれば
済む話なのだが今の俺にはそれさえもできない。
それほどに背中の傷が原因で衰弱しきっていた。
「あ、ああ・・・・ああ」
悲鳴が止み、今度は絶望したかのような脱力した声。それを壊す、今の
全てを壊した男の声がする。
「案外しぶといなこいつら。一人は無傷だしよぉ」
『しっかりやれよ。他のメンツだってアッシュ・ライク・スノウと
ザ・フェニックスとザ・メイガスを探しているんだから。俺たちだけが
いつまでもこんなところで足止め食ってる場合じゃないんだ』
「わぁってるさ。まぁこれで終わるだろ」
青年が指を鳴らそうとする。その標的は瀕死の皆や俺から無傷の朝月
になっていた。
俺は激痛苛む身体を無理矢理に動かして立ち上がる。
「あ、朝月・・・・逃げろっ!」
「兄さん!起き上がっていい身体じゃ・・・・!」
俺の側まで戻ってきた朝月は俺の心配をする。確かに俺は起き上がって
いい身体じゃない。今も気を失いそうな激痛が背中を攻め立てている。
「いいから逃げるんだッ!お前の手に負える状況じゃないんだ、もうッ!」
俺は自分のDEATH UNITを発動する。皆には生涯見せまいとした特異
能力を開放する。
俺が最も忌むべき、今最も感謝すべき力。
俺が訓練を積んでいるであろうこいつらに勝てるなんて思っていない。
それでも時間稼ぎくらいできるはずだ。
何かの漫画でこんなことを言っていたのを思い出す。
慢心や余裕といった心が生み出す油断というものは、それ単体で死を
招くほどに危険なものだ。決して心に抱いてはならない。
その通りだと思った。このときの俺は、どんなに訓練を積んでいても
所詮青年。俺とだって年齢も大差ないんだろうと。そういう油断が慢心
を生んだ。
それが俺の敗因か。
「うおおおおおおッ!」
俺の能力で生み出した刀を空間から出現させる。俺のDU「刀騎士」は
空間というどこにでもある場所から自在に無数の刀を収納できる。
それを持って青年に斬りかかった。
しかし、
「邪魔だ。死に損ないは失せてろ」
「ぐふッ!?」
能力を使うまでもない。といった風情で普通の蹴りを俺の横っ腹に叩き
込む。それだけで俺は真横に蹴り飛ばされて瓦礫に身体を強かに打ちつけた。
「に、兄さんッ!」
朝月の声も今は遠い。意識が失いかけ、朦朧とした意識の中で青年の声を
聞く。
「さて、俺にも用事があるんでな。とっとと死ね」
鈍い音が聞こえてものが転がる音がする。
「ガホッ、ゴホゴホッ!」
朝月の咳だ。蹴り飛ばされたのか。
ふと、空を見る。空から降ってくる一粒の灰色の雪。この圧倒的な勢いで
街を蹂躙した炎を不可思議な力で押し止め続けてくれた氷柱の源。
そして陽の命を奪った直接的な原因。
それが皆に降り注ぎ、皆を氷柱の中に閉じ込めた。
「な、にを・・・・する気だ・・・・」
辛うじて出した声は爆発の轟音にかき消され、俺の意識は消えかける。
『まずいぞ氷魚!逃げるんだ、アッシュ・ライク・スノウの雪だッ!』
「ちっ!流石にタイマン張る気にはならねぇな。退いて合流するぞ」
姿無き輩蓮と最後に氷魚と呼ばれた青年が走り去る音が聞こえた。
俺は氷の中に囚われ、不思議と冷たさを感じずに意識を失った。
次に俺が目を覚ました時、周囲はまだ暗く、炎が燃え盛っていた。
「俺は・・・・・?」
起き上がる。背中の激痛は成りを潜めていた。不思議に思って背中
を触ってみるが傷痕すらない。
不思議に思っている俺の前の三人の少女が立っていた。
二人は確実に少女。俺と同じか少し下くらいの印象を受ける出で立ち
だ。だが三人目は女性といった印象が強い。
よく見れば氷柱はあと六本ある。その中にはそれぞれ桜子、海深、
落葉、雪女、影名、朝月が閉じ込められていた。
「お、お前ら!皆に何をしたッ!?」
怒鳴りたてる俺を右腕を黒いベルトでガッチガチに固めた少女が諌めた。
「落ち着いて。落ち着いて。何もしちゃいないって!」
確かに氷漬けにされているだけで何かをされた様子もない。
というよりも時間が止まっているかのように何も変わっていなかった。
「今はスノウの力で皆様の時間進行を遅らせてもらっています」
中心の女性が意味不明なことを言う。時間進行を遅らせる。この氷には
そういう効果があったのか?
後ろのいた刺青の少女――右目から右頬にかけてと両鎖骨に棘のような
刺青を入れた少女が言う。
「ぼ、ボクの能力はこの“氷結結界”内部の時間進行速度を自在に操作で
きます。今この中の皆は時間進行を一万分の一にしているから・・・・・
ボクたちの一万秒が氷の中の一秒になってます・・・・」
つっかえながらもそう説明してくれる。一万秒ってどのくらいだろうか。
正確な時間は分からないが約三時間。俺たちの三時間が氷の中での一秒
だというのか。
「私の力は“魔法”。オリジナルからレプリカを生み出し、同じもの同士
を繋げ合わせることができます。逆に別のもの同士が同化している場合に
はそれを剥離させることもできます。あなたの背中の大火傷は私が直しました」
「・・・・どうやって?」
「無事な部分の皮膚を必要な分だけレプリカを作ります。そして火傷の部分
を根こそぎ剥離して足りなくなった部分を即座にレプリカで補強、最後に
皮膚を繋げ合わせて終わりです」
簡単に言ってのけるが相当に難しいこと。それにそのDUを使うためには
氷を解除しないといけないだろう。まだ信じきれないが彼女たちは俺を助け
てくれたのだろう。
「そ、それでですね。ボクも氷を張り続けるのは辛いので皆さんを早く
直してしまいたいのですが・・・・」
「手伝って頂けますか?」
その問いには即答できる。まだ信用ならない人たちだけれども、もし
このまま皆を放っておけば死は確実。それだけは避けたかった。
「いいだろう。助けるためなら全力で手伝う」
「そう言って頂けると思っていました」
そこから始まったことは明らかに異常だった。死人はこういう領域
にいる存在だと改めて思い知らされる。俺自身も死人だが一般人同然
に暮らしていたのでこんな光景は見たことなかった。
損傷の酷い桜子は後回しにしてまずは海深に取り掛かった。氷を
解除してまずは一番酷い傷、吹き飛ばされてしまった右腕の接合から
始まった。オリジナルの断面から腕の内部組織のレプリカを作る。それ
を使って胴体の肩口にある傷に腕を接合した。腕内部の神経系を接合、
それから骨、筋肉、皮膚と順を追って修復していった。
DUを使っているからか、本来なら十時間近くもかけて行う大手術。
それをものの数分でやってのけてしまう。
順番に氷を解きながら皆を治していく。本来なら完全治癒が絶望的
な傷もどんどん癒えていく。喜びと同時に抱いた恐れを、問いとして
聞く。
「なぁ。もしあんたが死んだりしたら・・・・皆はどうなるんだ?」
ほんの少しの逡巡の後、隠してもためにならないと思ったのか
真実を言う。
「もし私がその生涯を終えた時、この能力も同時に解除されます。
そうすれば私の能力で繋ぎ合わせているこの傷も復活してしまうでしょう」
やっぱり、と歯噛みする。どうしようもないこと。この治癒が人の手に
よるDUを使った治癒であるからこそ、一時的に確実であり、確実に
消滅の時も訪れる。
それでも、いずれ確実に能力が消え、悶えて死ぬことが分かっていよう
とも、俺は今目の前の生を求める。
「続けてくれ」
「はい」
――――。
――。
朝月以外を全て終わらせ、最後に取り掛かろうとした時、
「あ、あの」
「ん?」
刺青の少女――アッシュといったか。が俺に言ってきた。
「か、彼は見ないほうが・・・・い、いいと思います」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。ワタシも見ないほうがいいと思うな」
あの女性はもう既に作業に取り掛かり始めている。俺だけがここに
いるわけにはいかない。
「あっそ。なら頑張って。自分を保つのよ」
俺は朝月の氷が解かれた場所まで行く。
そこであの少女たちの言葉の意味を理解した。
朝月はもう、死体同然だった。まだ生きているのか疑わしいくらいに。
両腕両足は千切れ飛び、心臓付近には金属片のようなものが突き刺さ
っている。
そのあまりの無残さに、俺は一瞬吐きかけた。
しかし必死に我慢する。あれは朝月だ。吐くなんてあまりにも酷すぎる。
堪えて見直した時、あの女性の困ったような表情が見えた。
「どうした?」
「彼・・・・腕と足のオリジナルがないの。このままじゃレプリカも
作れないし接合もできない・・・・!」
今まで順調にきた。だからこそのショックも大きかった。
朝月が直せない。それはつまり朝月の死を意味する。
「心臓も殆ど潰れちゃってるし・・・・爆発で傷を負った直後に氷に
閉じ込めたから良かったけど、このままじゃ五分ともたない・・・・!」
俺は必死に打開策を練る。ふと、妙案が浮かぶ。
「他の・・・・」
「え・・・・?」
「他の皆の四肢と心臓を使うことはできないのか!?皆のレプリカを
持ってきて朝月に接合できないのか!?」
「・・・・・確かに。心臓も腕も足も基本的な組織は一緒・・・・・
できるかもしれない・・・!」
女性は急いで動く。海深から右腕のレプリカを。落葉から右足の
レプリカを。雪女から左足のレプリカを。影名から左腕のレプリカを。
桜子から心臓のレプリカをそれぞれ持ってくる。
どうしてレプリカを分けたのかは分からない。俺の四肢と心臓のレプリカ
でも良かったはずなのだが・・・・。
「一度能力を使った場所の方が慣れてて扱い易いんです。だから皆様から
それぞれ拝借いたしました」
口を動かしながら手を休めずに朝月を治していく。
腕や足がくっついていく様をみていると、不謹慎にもプラモデルみたい
な組み立て式にさえ見えてくる。
俺にできることはあまり無さそうだった。
数分後。朝月は無事に再生された。腕も足も心臓も。自分の物では
ないにしろ元通りと言ってもよかった。
目覚めた皆には状況は説明した。アッシュと呼ばれた少女。自分の
ことをザ・フェニックスと名乗った少女。同様にザ・メイガスと名乗った
女性。この三人によって俺たちは一命を取り留め、朝月も九死に一生を
得たのだと。
自分の手足のレプリカを身に着けた朝月を見た皆はそれぞれの反応を
見せた後、ザ・メイガスに向き直る。
「ありがとう、って言ったほうがいいのかな?」
「いいえ。どちらでも。でも、これだけは言わせてくださいな」
ザ・メイガスは朝月のほうを見る。周囲の炎は勢いを弱め爆音が轟くこと
も無くなっていた。
まだ夜中だ。あの青年たちは引き上げたのだろうか。
「あなたたちは彼から離れるべきです」
「なん・・・・だと?」
「彼はあなたたちに依存しています」
薄々気付いていたことであり、気付かないふりをしてきたことだ。
朝月は俺に―――俺たち六人に依存している。
「生まれた当時から一緒にいた人たち。普段からあなたたちは彼の面倒
を見続けてきましたね?」
「ま、まぁね。私たちは同い年だけど朝月って少し頼りないところあった
から・・・・」
「彼は今回―――恋人を持つことであなたたちから離れることができかけ
ていました。このまま問題無く進んでいれば彼は自分の大切な人を護る
ことのできる立派な人になっていたと思います」
どうしてザ・メイガスがそんなことまで知っているのか。そんなことを
疑問に思ったがそれはすぐに上塗りされる。
あのままならば朝月は俺たちに依存している状況から脱却できた。それ
ができていれば一切の心配は無くなるはずだった。
「それがこんな事件に巻き込まれて、大切な人を護れずに失い、あなたたち
を目の前で失いかけた。この心の傷は彼の依存をさらに強めます」
言うとおりだった。例えてみるなら、自分で作ったプラモデルとかは
大切にするだろう。それは自分で作って手に入れたからだ。それが壊れ
そうになれば必死に防ごうとするだろう。それも依存の一種なのではないか。
例えばペットだ。自分で飼う動物は愛着が湧く。それが目の前で事故に
遭って死に掛けたとしよう。死なずに命を取り留めた時、その動物に対する
愛着はより強固なものとなる。
それと同じ原理ではないか。
「もし目覚めた時あなたたちが生きて目の前に現れれば、彼は泣いて縋る
でしょう。生きていてくれてよかった、と。それは彼を心の底から安心
させると同時に彼のあなたたちに対する依存を高め、本来あるはずだった
“依存を克服した彼”の未来を永劫奪うことになります」
あなたたちもそうでしょう?とザ・メイガスは続ける。
「あなたたちも互いが互いに死んだと思っていたから、生きていた今は
感じる想いも違うはずです」
確かにそうだった。皆が生きていてくれて心底安心しているし、もう
二度と危険な目に合わせてなるものか、と俺は思っている。
これが心境の変化か?今彼女が言ったように、死んだと思った人が
生きていたからこそ感じている想いなのか?
二度とこんな、皆が死ぬかもしれないなんてこと体験したくない。もし
皆が危険な目に遭うならば、俺は身を呈して護り続ける。
一見、皆を護ろうとする美しい心がけに思える。だが、その真実は違う。
“もうあんな思いしたくない”という自分を護るための心がけだ。
これは、俺が皆に依存しているということなのか?
皆を失うことを極端に恐れ、その恐れを二度と感じることのないように
皆を護ろうとする。
それは皆も同じなのか?
「彼の場合はそれが人一倍強いでしょう。あなたたちが生きていることを
知れば、彼は二度と依存から逃れられない。再び恋人を、大切な人を
失うことを恐れて、あなたたちから離れられなくなってしまいます」
それは―――ダメだ。
俺は密かに朝月を自立させようとも思っていた。親バカな父さんは
朝月を甘やかしてばかりいたが、朝月だってもうそれなりの年齢なんだ。
だからこそ俺は死人について調べていた。あそこは一般人は決して
立ち入れない場所だと聞く。どこかの組織に行ってしまった姉さんの
ように、俺もどこかに行ってしまえば朝月は俺を頼れなくなる。
そうなった場合に皆に対する依存が強くなる危険もあった。だがそこは
なんとかなると思っていた。
だが、今の状況はもうそんな簡単なことではなくなってきている。
「俺たちがいることで、朝月は逃れられない依存に囚われることになる
のか」
「そうです」
なんと理不尽なことだろう。
助けたいと、立派にしてやりたいと思っていた弟。恋人という大切な人
ができて安心していたところにこの惨劇。
今にして本当の意味で知る。この世に永遠なんて、絶対なんて無い。
助けたい思いが叶った直後、本当の意味で助けるには自分は居なくなら
なければならない。
世界は理不尽で無差別で不条理だ。
朝月から離れなければならない。それを認めたくなかった。
「で、でもじゃあ身体のことはどうするんだよ?あんたが死んだら朝月も
死ぬんじゃないか?その事実を知らせないでおくのは無理があるだろ!?」
「あなたたちから見て、もう大丈夫と思ったら教えてあげればいいと思う
わ。今はダメだけれど、もし彼が“もう大丈夫”といえるほどになった時
あなたたちが彼に直接、教えてあげて」
何も言い返せなかった。俺たちにとっても朝月にとっても、今ここで
俺たちが居なくなることが最良だなんて―――。
認めたくない。でも、認めざるを得ない。
今の俺たちの目の前にあるのは横道のない一本道だけだった。
「私たちと一緒に来ますか?」
その場を無言で立ち上がった俺は皆を半ば無理矢理連れていく。
これ以外の道はないことを教えて説き伏せるんだ。
気を失っている朝月を置いて立ち去る俺は、あれほどまでに感じて
いた罪悪感を、一切感じなくなっていた。