知らされなかった真実
第九章 知るべきだった、知らされなかった出来事。
朝月が珍しく一人で出かけようとしていた。普段から俺や海深たち
にべったりな朝月にしては珍しいといえる。
「朝月、どこ行くんだ?」
そう声をかけると驚いた感じの、やっちゃった感のある表情で振り向いた。
「と、友達と遊びにいくんだよ」
そう言った。
朝月に最近、恋人ができたことを俺は知っていた。当然、桜子や海深
たちも知っている。隠し通せてると思っているのは朝月だけだ。
「へぇ・・・・女友達か?」
的を射たとも言えない言葉にさえビクっと反応する。そんなに知られる
のが恥ずかしいか。もしデートなら動揺を誘い易いように女友達という
言葉を使っただけだ。朝月の場合、男だろうと女だろうと服に注意なんて
払わない。
「な、なんで・・・・?」
「男だけで行くのにそんな気合入れた格好しないだろ、お前」
普段から俺たちにべったりな朝月は他人への配慮というものを知らない。
他人と出かける際でも普段着や部屋着で出ることがままある。だから出かける
時はいつも俺や母さんが着る物を選んでやっていた。
そんな朝月が友達と出かける。しかも衣服をちゃんと選んでいる。着崩して
もいないししっかり着込んでいる。これは何かあるとしか思えない。
「う、うん。女の子もいるから。それなりの格好して行かないと」
これ以上追求されまいと急いで出ようとする朝月。俺は面白そうだった
からそれを引き止めてしばらく追求してみた。
結果分かったこと。これはデートだ。
少女と思われる個人名が出てきた。しかもそれは俺が聞いた朝月の恋人
名と同じだったからだ
俺はすぐにメールを一斉送信する。宛先は暇してるであろう桜子、海深、
落葉、雪女、影名だ。
召集メールから五分足らずで全員が集まる。本当に暇だったんだなこいつ
ら。幼馴染の女の子五人が全員暇してるっていうのに少し安心しているのは
妹に向ける兄の心境か?
「暇を持て余しているであろう暇人なお前らに朗報がある」
「暇暇ってうっさいな。暇なの自分だろうによ」
落葉の反論なんて気にしない。急がないと朝月を見失ってしまう。
「朝月がデートに行ったっぽい」
「・・・・!」
その一言に全員が食いつく。表情も変えない影名だったが視線が本
から俺に移ったのを俺は見逃さなかった。
「それって本当なの夜兄ぃ?」
桜子は俺のことをそう呼ぶ。子供っぽいから止めろと言っているし
周りからも言われているが未だに変えないのだ。
「本当だとしたら興味ありありだね」
海深は素直に興味を持った。落葉はさっき反論したことでも思って
いるのか素直に食いつけない様子。
「で、デート!?」
雪女は驚き、顔を赤くする。初心な奴だ。
「で、だ。これから後を付けてみようと思うんだ」
「そ、それって・・・・尾行ですよね?」
「ああ」
雪女の疑問に素直に答える。そうすると雪女は、
「び、尾行なんて・・・その恋愛は個人の自由で・・・それに邪魔に
なっちゃうかもしれないし・・・・」
「でも興味あるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
解決。
かくして俺たちは自分の興味本位で・・・・もとい、朝月の初デート
の行方を見守るために出陣した。
どうしてこうなった。
途中までは順調だった。しっかりと朝月の後を付けてバレないように
細心の注意を払っていたはずだった。
それなのにいつの間にか朝月を見失ってしまい、俺たちはジュースを
買って飲んでいる最中というわけだ。
「・・・・見失っちゃったね」
「分かりきったこと言わなくていいの桜子」
海深もなんだか機嫌が悪い。まぁせっかくの暇つぶし対象を失ったの
だから仕方ないか。
俺のせいではない、と思う。誰も責めてこないからたぶん大丈夫だろう。
見失った以上街に出ている意味はない。家に戻るのもなんか負けた気が
するからこんな場所(街中)でジュースを飲んでいるわけだ。
そこまで発展している街じゃない。どちらかと言えば田舎に近いだろう。
そんな街でも都会ほどじゃないにしても人はいる。そんな中、変な違和感
を感じる人物がいた。
「・・・・・」
「どったの夜月さん?朝月でもいた?」
海深も俺と同じ方向を見る。そこには二人組みの男がいた。
特に変なところは無いように見える。サングラス以外は。
「あの男がどうしたの?」
「いや・・・・・な。何か変じゃないかなぁと」
今見ても特に変じゃないように見える。何が変だと思ったんだろう。
「あ、あれじゃない?ほら、耳のとこ」
「あ、ああ~・・・そうかもな」
よく見れば男二人組みは耳にイヤホンのようなものを付けている。ヘッドホン
のほうが近いか。しかしブリッジが頭頂部ではなく後頭部にあることとコードが
無いことが不信感を抱かせる。しかも男たちは時折、空中に何かを描くような
動きをしていた。
「・・・・・なんか怪しいな」
「夜兄ぃ。変なことに首突っ込まないほうがいいよ?」
まぁそうだな。もしあの男たちがヤバイことにでも関わっていたらまずい。
変なことには首を突っ込まないほうがいいだろう。
「せっかくだし、どっか行くか」
俺はそう言った。せっかく街にまで出てきたんだ。そもそもここにいるのは
暇人たちであって、このまま帰宅しても暇を持て余すだけだろう。だったら
久しぶりにこいつらと街に繰り出すのもいいかもしれない。
「あ、いいね。このメンバーも久しぶりだな」
「落葉は暇なだけでしょ」
影名の一言が落葉の図星を突く。口喧嘩の絶えない連中ではあるがそれがまた
にぎやかでいい。
数時間後、家に帰った俺は朝月が彼女を連れてさっきまでいたことを親の口
から聞かされ、後悔を感じていたりした。
朝月が彼女を持つようになって約一ヶ月。朝月もデートに出かける回数も
増えてきた。
今日もあいつはデートに行っている。可愛い彼女に浮かれているのか殆ど
毎週行っている。のろけが無いだけマシか。
今日は夕方くらいには帰ってくると言っていた。今日は特に出かける用事も
無かったので家にいることにした。
母さんは少し体が弱い。病床に伏せることもままある。そういう時は親父か
俺がなるべく側にいることになっている。
今は親父がいるから俺は自室にいても問題ない。特にやりたいこともないが
ネットサーフィンでもしていよう。
自分の興味のあることをしていると時間とはあっと言う間に経つものだ。
気付けば時間は午後四時。そろそろ朝月が帰ってきてもおかしくない時間
だ。
そう思った直後、事は起きた。
ボォン―――ッ!
ドォン―――ッ!
遠く、この家から遠く離れた場所で突如爆発が起きた。
空にはもうすでに夜の帳が落ち始めている。
薄暗い空を明るく照らす七色の炎が遠くに見えた。
一瞬、目を疑った。
遠くの空に見えるそれは紛れもない七色の炎。
爆発音は断続的に響き、どんどん近づいてきた。
俺はたまらず外に飛び出る。
家の扉から外に飛び出した途端、向かい側の家が爆散した。
「うわッ!」
さっき爆発が起きたばかり。なのに火の手の回りが異常に速い。一人
や二人ではないだろう。死人の仕業だとするなら最低でも五人はいる。
このままでは俺の家もやられてしまう。
そう思った俺は両親に危険を知らせるために家に戻ろうとした―――。
が、それは叶わなかった。
「んなッ!?」
目の前で家が爆発する。自分の物が、自分の日常だった物があっさり
と崩壊し、消える様がこんなにも衝撃的で精神的ダメージが高かったこと
をこの場ではっきりと認識した。
「と、父さん、母さん!」
急いで家に向けて叫ぶ。すると声が返ってきた。
「大丈夫だ・・・・夜月は無事か?」
父さんの声だ。母さんの声はしないが・・・・。
「ああ、こっちは無事だ!そっちは!?」
しばしの無言の後、信じがたい言葉が返ってきた。
「母さんはもう無理だ」
「・・・・え?」
「これじゃ即死だろう。お前は来るなッ!」
俺も父さんも下に向かおうとしたのを読んだかのような鋭い言葉。
思わず立ち止まってしまう。
「俺もここに残る」
「な、なに言ってんだよ!?そんなことしたら父さんまで・・・・っ!」
「それでいいんだ。母さんを一人にしちゃおけんし、それに―――」
爆発しても辛うじて原型を保っていた家が崩れ始める。
これじゃ中にいる父さんは・・・・・。
「もう出れん。俺は随分昔に決めたんだ。死ぬ時も場所も、紗緒と一緒
だとな」
父さんも声も聞こえにくい。火の勢いが強すぎて助けにも行けない。
いや、それは言い訳だ。本当は七色の炎に恐れを抱いてこの場から
動けないだけだ。
知識だけ無駄にあっても仕方が無い、と今痛感した。
「朝月を頼むぞ。あいつはまだお前が居なけりゃダメだ。ちゃんと
側にいてやるんだぞ」
「ああ・・・・・ああ」
何度も頷く。普段から普通の人間を気取って、影でこそこそ死人に
ついて、それを統括する組織について調べていても、知識だけが無駄に
付いていざというときになんの役にも立ちやしない。
自分の両親が死に掛かってるっていうのに、俺はここに立ち尽くした
ままだ。
「それに・・・・緋月も連れ戻してくれ。あのバカ娘は十年弱も連絡
一つ寄越さん親不幸者だ。連れ戻して墓の前に連れてきてくれ」
「ああ・・・ああ!」
嗚咽にも似た返事を返したと同時、返事が届いたかさえも分からない
くらい同時に家が崩れ落ちた。
巻き込まれないようにそっと離れる。もうあの家は原型なんて留めて
いなかった。
よく見れば周囲の民家の殆どは焼け落ちていた。
我が家常光家を囲むように建っている常春家、常夏家、常秋家、常冬家、
常闇家も燃えていた。
まずは皆を探して合流することが先決か。朝月もそうだが桜子たちの
安否も気になる。
そうして走り出した直後、怒号が聞こえる。
「こんなことして・・・・あんたら正気かッ!」
少女のような声。声だけでは年齢までは分からないが性別が女であることは
確か。そんな声に反論するかのような青年の声が響く。
「ああ正気だとも!っつても、この作戦は隊長方には結構不人気だったがな。
かくいう俺もそこまで好きじゃない」
「じゃあ何でこんなことするんだよ!こんな一般人の老人子供沢山巻き込んで
までワタシたちを捕らえたいの!?」
「それが目的だからな!」
指を鳴らして木材やらなにやらを焦がしている・・・・あれは最早炭化させて
いる青年と黒いベルトでガッチガチに拘束された右腕を振り回して応戦している
少女が目に入った。
少女が何をしているのか分からないし青年がどういう理屈で攻撃しているのか
も分からないが、一つだけ確信したことがある。
あの二人がこの惨劇の中核たる死人。会話から察するに二つの勢力の衝突が
原因なのかもしれない。そのせいでこの街が燃えたのだ。
思わず割って入って殴りたくなる衝動に駆られたが、必死に抑える。あんな
人外じみた戦いにDEATH UNITを(・)持って(・・・)いる(・・)とはいえ訓練も何も積んで
いない俺が割って入っても殺されるだけだ。
怒りを押し殺してその場を後にする。戦いの行方など気にはならなかった。
しばらく走り回っていると海深の姿が見えた。
「海深ッ!」
「夜月さんっ!」
駆け寄ってみると海深の後ろには桜子、落葉、雪女、影名と全員が揃っていた。
「お前ら無事だったんだな!・・・よかった」
「そっちこそ。朝月は?」
「まだ見つかってないんだ。これから探すつもりなんだが―――」
「だったら私たちは向こうを探してみるよ。こっちで手分けしてみるから夜月
さんは向こうを見てきて」
「了解。集合場所はここでいいか?」
「いいよ。とりあえず三十分後に集合で」
そう言って別れる。来た道から見て右に曲がって先へ進む。
つい十分くらい前まで感じていた怒りはだんだんと消え始めていた。朝月が
側にいないということが恐怖心をそそる。
すると、あの時の青年の声が聞こえてきた。
「なぁ。ザ・フェニックスのやつどこいった?」
『さぁな。見失った以上、探すしかないだろう』
「そうなんだけどよ・・・・・」
さっきまでの戦いは終わったのだろうか。この状況だと少女が負けたか
逃げたかしたのだろう。すると男はそれを捜して追うはずだ。
もしかしたら青年の所属する勢力の名前とかが分かるかもしれない。
この先どう転ぶにしても俺の心から憎しみと復讐の文字が消えることは
無いだろう。その矛先として組織名を知っておくのも悪くないかも
しれない。
そんなことを考えながら青年の尾行を開始した。よく見れば青年は
一ヶ月前の街中で見かけた怪しい男二人組みの片割れだった。
あの良く分からない機械を頭に装着している。時折、空中に何かを
描くような動きを見せるのは戦場でも変わらないようだ。
「ああ、華南か?見つけたんだが逃がしちまった。そっちはどうだ?
・・・・まぁそんな簡単に見つかるわけもねぇわな。じゃ、また後で」
青年の通話が終わったようだ。しかし電話らしきものは一切持って
いないのに何で通話していたのだろう。やはりあのヘッドホンらしき
もので通話したのだろうか。
「輩蓮、目撃者は極力排除だっけ?」
『ああ。気乗りしない命令だがな』
「じゃあよ・・・・」
青年は指を刺す。さっきから虚空に向けて喋っているのはDUで姿を
消しているやつでもいるのか、とも思った。
だが、その思考は一瞬で消える。
知らぬ間に結構移動していたようだ。ここは街のはずれで街の外は
もうすぐ目の前だった。
そこを走る一組の少年少女がいた。
「アレも殺さないとダメなのか?」
青年の問いに輩蓮と呼ばれた見えない男が答える。
『目的地は明らかに街の外。・・・・殺害対象だ』
「マジかよ・・・・・」
青年は指を鳴らそうとする。いつの間にか集まっていた白い粉のような
ものが朝月たちに向かって進んでいく。
今なら間に合う。助けられる。恐らくあの白い粉と青年のDUが合同
して爆破していたのだろう。そうならば青年のほうを止めてしまえば
爆発は起きないんじゃないのか?
俺には今それができる。俺のいる位置は青年の後ろ数m。声を出し
ながら走っていって気を逸らせば朝月を助けられる!
俺は動こうとした。でも、動けなかった。
怖い。そんな原始的な感情が俺を動けなくする。今ここで出て行けば
朝月と陽は助けられるかもしれない。でも、俺は確実に殺されるだろう。
それが怖くて、足が竦んで、震えてしまって言うことを聞かなかった。
爆発が起こる。同時に灰色の氷柱も聳え立ち鮮血が舞うのが見えた。
俺は護れなかった。間に合うことができたのに、恐怖で体が動かなかった。
そして弟の彼女を、見殺しにしたんだ。
朝月は生きている。爆風で吹き飛ばされていくのが見えた。だが、
青年たちは気付いていないようで視界の端に少しだけ映った人影を
目指して走っていった。
自分が生み出してしまった惨状を見る。俺が直接的原因でなかった
としても、俺が動けていればこの惨状は生まれなかったかもしれない。
自分が恥ずかしくなる。同時にとても腹立たしくて自分自身にしか
向けられない憤りが爆発しそうだった。
もう取り戻せない。あの状況ではどう足掻いたって日向陽は死んで
いるだろう。朝月が護りたかったものを、俺の弱さが、俺の脆弱さが、
永遠に失わせてしまった。
その罪悪感に耐え切れず、俺は走る。目を瞑って走ってその現場から
離れる。
記憶を失いたかった。過去を変えたかった。現実を認めたくなくて、
受け入れられなくてただただ走った。
海深たちが待つであろう集合場所まで走る。それまでに俺は普通に
振舞えなければならない。俺が犯してしまったことを誰にも知られない
ために。
直接的原因じゃないにしても、俺は朝月から陽を永遠に奪ってしまう
助けをしてしまった。
そのことを朝月に知られなくなくて、ひたすらに隠した。
自分の泣きたい気持ちも、罪悪感も、憤りも全てを隠して、知られまい
として隠した。
皆の前では普通に振舞わなければならない。そしてそれとなく朝月の
いる方向へ皆を誘導するんだ。
皆が生きていることを知らせる。それが今の俺が朝月にできる最大の
償いだと思った。