死兆星
第一章 欲しくなかった、得てしまった身体
―――またあの夢か。
不意に目が覚めて机に突っ伏していたのだろう身体を起こす。首付近
が少し痛んだ。
教室の窓から覗く空はもう夕焼け。最後の記憶は昼休みの終わり辺りで
途切れているのだが・・・・。
時計を見る。時刻は午後五時を指していた。
「どおりで夕焼けなわけだ・・・」
放課後からは随分時間が経っている。誰も起こすことはしなかったの
だろう。まぁ当然だ。俺に友達と呼べる者はいないのだから。
ただ二人を除いて。
その二人も帰ってしまったようだが―――。
不意に気配が背後に現れる。
それは一瞬で接近し俺の右腕を取った。
そして、頬ずりした。
「いやぁ朝月君の手はいつもすべすべだなぁ」
そう言いつつも頬ずりし続ける本人を見た。
「気色悪い。離れろ」
そう言い放って振りほどくと残念そうな顔をしやがった。
「いつものことじゃないですか」
「いつものことにするなよ・・・」
この気色悪い奴は一駿河春彦。一応、俺の親友だ。
短い髪の毛を水色に染めている。本人が言うには地毛らしいが信用ならない。
「朝月は手足にトラウマあるんだから、あんまりやっちゃダメだよ」
そう言って春彦を怒ったのは金の長髪が眩しい同い年の少女・湖子宮金だ。
日本人離れしていて常識とはかけ離れた外見をしているが少なくとも春彦
よりは常識人だ。
二人とも一応、親友だ。
「それは知ってますよ。でも本気で嫌ならもっと拒絶するはずです。そう
じゃないならやってもいいということでは?」
手足のトラウマ。それは五年前のとある事件に由来する。
セブンスカラー・フィナーレ。
アッシュ・ライク・スノウ。
同時に起きた二つの事件。同じ町で、同時に起きた事件だ。
何者かが仕掛けた多量の爆発物によって引き起こされた爆破テロ。その
爆薬の中には炎色反応を起こす物質が含まれていたため炎が七色の変色、
多数の死傷者を出した。以後、セブンスカラー・フィナーレと呼ばれる。
それと同時に起こった事件。死人によって引き起こされ、灰色の
雪が降り、それが無数の氷柱となった。前者に負けず劣らずの死傷者を
出した。それがアッシュ・ライク・スノウ。
そこで新しく出てきたキーワード・死人。
“死人”。それは死んだ人間という意味ではない。
これは既に世界中で知られていること。DEATH UNIT――略してDU
と呼ばれるものがある。それは常軌を逸した能力であり、いつ誰がどうして
覚醒するのか不明。誰が与える能力なのかも一切不明な未知の能力だ。判明
していることは制御に個人の生命力が関係していることと能力使用のたびに
生命力が吸われていくことだけだ。
アッシュ・ライク・スノウはその死人によって引き起こされた。
巻き込まれたのは、俺の故郷。町の住民全員だ。
俺の身体はツギハギだ。あの事件から五年間ずっと。
俺にいた五人の幼馴染。常春桜子・常夏海深・常秋落葉・常冬雪女・
常闇影名。俺はあの事件から皆を護ろうとした。でも、護れなかった。
現実、俺は皆が爆発に巻き込まれるのを目撃したし俺の肉体自体も
バラバラに吹き飛んだ。
四肢を失い心臓が壊れた。瀕死だったはずの俺は何者かの手によって
治療され今も生きている。
護りたかった人たちの身体を貰って。
右腕は海深のもの。左腕は影名のもの。右足は落葉のもの。左足は
雪女のもの。心臓は桜子のもの。
俺は男性でありながらその四肢は女性のものというツギハギだらけな
不安定な存在なんだ。
「俺は嫌がったはずだが?」
「本気の拒絶じゃないでしょ?」
ああ言えばこう言う。こいつはいつになっても口数が減らない。
「それより朝月君。そろそろ出ないと間に合いませんよ?」
「・・・何に?」
思い当たる節がなく問い返してしまう。
「何って、今日は“死兆星”の会議でしょ?田舎から本部にやってきて
日が浅いんだからちゃんと出席しておかないと」
「ああ・・・・そうだったな」
この前一度出席したことがある。あの死ぬ程退屈で面倒なやつか。
今の今まで頭から抜けていた。
実際出席しなければならないものだ。春彦に感謝しておこう。
「行きますよ。このままじゃ本当に遅れちゃいます」
そう言って鞄を持って教室の出口に向かう。
それに俺も金も付いて行った。
昇降口から出た後、俺は聞いた
「会議って何時からだっけ?」
「午後七時からだったと思うよ? そうだよね、春彦?」
「ええ」
「だったらまだ十分間に合うじゃねぇか。何だってこんなに早く?」
「そんなの遊ぶからに決まってるじゃないですか」
何を当たり前なことを、と言わんばかりに言う。
その言葉に呆れたのは俺だけではなかった。
「あのねぇ春彦」
「何?」
「私たち遊ぶなんて一言も言って無いんだけど?」
その言葉に春彦は大げさに驚いた。
「ええ!? じゃあまさか・・・・なにもしないで直帰?」
「そのつもりだったんだが・・・?」
信じられない、と顔を覆う。
「僕たちは学生ですよ? 確かに“死兆星”アルトスター、アルトブレイン、
アルトレインの隊長ですけど、それでも本来なら何も知らない学生なんです。
だったら遊んで過ごすのが真の姿なんじゃないですかね?」
何を力説しているのか。金も同じことを思ったのだろう。俺に微笑み
を向けてきた。
俺はため息を吐きながら言った。
「・・どこ行くんだよ?」
「え、付いて来てくれるんですか?」
「お前が行きたいって言ったんだろうが。本当ならお前の都合なんざ知った
こっちゃないが、まぁいいだろう。ちょうど俺もヒマだしな」
金も頷いている。それを見た春彦は喜びを顕わにしながら先を急ぎ始めた。
「まずはですね―――」
それから六時半以降まで付き合わされた俺たちはあの時に帰宅しなかったこと
を後悔した。
ここはデルタ(三角)セントラルシティ。
その名前の通り河口にできる三角州の形をしていることから名づけ
られた。
実際三角州だ。海に面しているし両脇には川が流れていて陸地が百mほど
途切れている。
数多くの橋で繋がれている。広大な面積と最先端技術を保有していた
ことからセントラルシティと呼ばれ、後からデルタが付いた。
このデルタセントラルシティのほぼ中心、そこにあるのが今の俺たちの
目的地であるブリッツタワー・セントラルである。
このデルタセントラルシティの通信網、電話回線、その他制御の一切を
引き受ける巨大企業だ。
高さ三百mを超える巨大ビル。根元で繋がった二本の塔はその存在感を
余すことなく周囲に振りまいている。
このブリッツタワー・セントラルがデルタセントラルシティの要。これ
が機能不全になればこの街は死んだも同然となってしまう。
消費者に優しい電子系企業。それが表の顔だ。
そう。裏の顔もあるのだ。
裏の顔は“死人”を集めて作った組織“死兆星”の本拠地。数ある
支部ではなく本部だ。それは一般には隠匿されているが死人の存在と
それを統括しようとする組織、それに反抗するレジスタンスの存在は
周知の事実となっている。
死人は危険な存在。我々が正しく管理すべきだと主張する者はこの
ブリッツタワー・セントラルへ集まり、死人といえども大元は我ら
人間。ならば同等に扱うべきだと主張する者はレジスタンス組織
THE BLOOMING GARDENへと自然に流れていく。
その結果、死人内だけでなく人間内でも派閥のようなものが生まれて
しまった。
俺と春彦、金はその“死兆星”の一員だ。
“死兆星”は死人を確保し戦闘要員として扱う。死人を以って死人を
捕獲しようとするのだ。
無論、給金は出る。普通に生活する分には十分過ぎるほどの給料だ。
しかし“死兆星”に入ればその一生をブリッツタワー・セントラルの
内部仕事で過ごすことになる。金には困らないがタワー以外の仕事に
就くことはできないし旅行に行くにしてもどこかに監視要員がいる。
気にならない性格ならいいが窮屈な生活だと思うものもいるだろう。
故にそれを嫌がるものもいる。管理なんてされないで自由気ままに
生きたい。そんなものもいる。何の権利があって自分を捕獲するんだと
主張するものもいる。自分の生き方は自分で決めるというものもいる。
それら要因が絡み合って至ったのが今の状況。“死兆星”は無理矢理に
でも捕獲しようとし、ザ・ブルーミング・ガーデン(以下BG)はそれに
反抗する。そして不定期的に戦闘が起こるようになってしまった。
それが今の状況。そして俺と春彦、金はその“死兆星”の一員なのだ。
けっして人生を捨てたわけじゃない。確固たる目的を持ってここにいる。
それは、復讐。
八年前に俺の故郷を爆破した“死兆星”に対しての復讐だ。
やっとここまで来たんだ。田舎の過疎支部の下っ端から始めて本部の一部隊
の隊長まで。
内部から破壊してやるんだ。もう二度と死人を管理しようなんて思わない
ように。
二度と、死人を殺そうなんて思わないように。
第二章死兆星
午後六時四十分。俺たちは今、このデルタセントラルシティの中心部。
ブリッツタワー・セントラルの入り口にいる。
これからこの中で会議が行われるのだ。ブリッツタワー・セントラルの裏の
顔である“死兆星”の会議が。
俺たちは入り口を潜り受付へ向かう。
「どういったご用件でしょうか」
受付嬢が淡々と言う。今日はいつもの快活な人じゃないようだ。
三人同時に鞄に手を突っ込み何かを引っ張り出す。
それはヘッドホンのようなもの。白色で機械的な外見だが本来あるはずの
ものが無い。
ミュージックプレーヤーとヘッドホンを繋ぐコードが無いのだ。
俺たちはそれを付ける。ヘッドホンとは違い耳当て部分に耳掛けイヤホンの
要領でフックがある。それを耳に掛けるとヘッドホンのブリッジ部分――要は
普通のヘッドホンをした場合に頭頂部にくるアレ――が後頭部を挟み込み落下
防止の役割を果たしている。
耳当て部分にあるスイッチを押す。すると耳から耳へ、目の前の空間にゴーグル
のガラス部分のようなディスプレイが現れた。SF映画にでも出てきそうなメカ
だ。
そこにIDとパスワードを表示する。
「死兆星本部第三部隊アルトレイン隊長・常光朝月」
「同じく第七部隊アルトスター隊長・一駿河春彦」
「同じく第九部隊アルトブレイン隊長・湖子宮金」
それを聞いた受付嬢は提示されたIDとパスワードの照合を手早く
終わらせ、
「こちらへどうぞ」
と奥への道を開けた。
そこは入り口の騒がしさとは一線を画した静けさがあった。人はいるのだが
会話をしている人が少人数なのだ。
通路を奥まで進む。一切の躊躇いを持たずにドアをノックし入る。
そこには既に十人余りの人が集まっていた。
円卓を囲むように座っている。議長席にいる初老の男性の左隣からが死兆
星のメンバーだ。
全員の名前までは覚えていないが誰がどこの隊長かくらいは分かる。
第一部隊アルトブレイド隊長。
第二部隊アルトシューター隊長。
第四部隊アルトケア隊長。
第五部隊アルトサイエンス隊長。
第六部隊アルトサイレント隊長。
第八部隊アルトプレイ隊長。
第十部隊アルトヒート隊長。
左からいってこんな感じだ。その間の抜けている部分、第三と第七、第九に
俺たちが入る。
自分の席の場所まで行って着席した。
「まだ来ていない者は?」
「これで全員のようです」
「なら少し早いが始めようか」
議長席の男性が立った。
「理解しているものもいると思うが此度の会議は前回のレジスタンス組織BG
より仕掛けられた戦闘についてである。第三と第七、第九は事情により参戦で
きなかったが参戦したものは知っているだろう。奴らの戦闘能力が上昇している。
以前あった戦闘よりも遥かに、だ。それでもなお、諸君にお願いしたい」
そこで一旦言葉を切ってから言った。
「くれぐれも殺さないでもらいたい。我々は死人を殺すためにいるのではない。
然るべき場所で、自分の力に合った生活をしてもらいたいがためにこのような
捕獲などという行動に出ているのだ」
嘘を吐け。過去に盛大に殺そうとして失敗、多大な死者と莫大な金が
消えたから同じ二の舞を踏むのが怖いだけだ。
俺と春彦、金はそう思っている。あのセブンスカラー・フィナーレを
死兆星が起こしたことを知っているのがこの中に何人いるのか知らないが
俺たち以外にも思っているやつがいるはずだ。
「だから戦闘になっても殺すようなことはしないようお願いしたい」
そこで一人が手を挙げる。
第一部隊隊長だ。
「最近、市内外での惨殺事件が多いと聞きます。しかもそれは明らかに
人為的なもの。しかも人間技ではないと聞きました。それについて説明
願えますか?」
かなり平坦な声だ。普段はもっと明るくて快活な性格をしているのだが
こういう場になった途端に平坦になる。それが癖らしい。
「それについてこれから言おうと思っていた。それは、暴走した死人に
よるものらしい」
「暴走した死人?」
「左様。死人が老いるにつれて制御能力が低下していくのは知っているな。
それが若い段階で訪れてしまった者が多発しているらしい。現在は少数だが
今後増加していくと見られている。その者たちを見つけたならその場で
殺してしまってくれ。研究対象になどならんし、元に戻す方法も無いと
結論が出たのでな」
俺も聞いたことがある。今、あらゆる場所で、都市で異常な事件が
多発していると。
四肢の切断までならまだ人で可能だ。だが、頭蓋の圧砕や頭蓋ごと
背骨を引きずり出すなどといったことは普通の人間が、しかも山中で
できることではない。
その他にも心臓の抉り出し、内臓の消滅、一刀両断などなど。
とてもじゃないが人間に成せる範囲を超えている。
そのまま会議は終了した。
結論としてはBGとケンカになっても殺すなよ、それと暴走したバカ
がいたら殺せ、ということだった。
会議室を出てしばらくしてから俺はある人に声を掛ける。
「修之さん」
目的の人物が振り返る。
「おお、朝月じゃないか。相変わらずシケたツラしてんなぁ」
振り返ったのは死兆星本部第一部隊アルトブレイド隊長・日坂修之。
さっき平坦な声で質問していた人であり、俺と春彦と金にとっては
親代わりのような人だ。
故郷を失って隣町に流れた俺は怒りと憎しみを燻らせながら行き倒れて
いた。そこを発見したのが春彦と金だ。そして知り合いである修之さん
を連れて来て俺を保護してくれたのだ。そして俺の過去を知り死兆星
に入ることを勧めてくれた。
俺がここにいるのはこの人のお陰だ。
「どうした?全員揃って。まさか、俺のサイフが目当てか?」
「違います。さっきの会議のことで。修之さんは事件現場を見たことが
あるんですか?」
一瞬で真剣な表情に変わる。
「いや、見たことは無い。鹿児島とドイツの同僚から聞いただけだ」
「詳しく聞かせてもらえますか?」
「いいぜ。被害者は二箇所合計で五名。全員が山中で発見されるも
発見時には死亡。検死ではほぼ即死と出た。死因は五人バラバラだが
一番酷かったのは・・・・内臓という内臓全部食い散らかされてその上
目玉と脳味噌飛び出させてたっての聞いたな」
「・・・・・」
全員閉口。まぁ当然だ。そんな死体想像しただけでも気分が最悪に
なる。それを処理した人たちは英雄だとさえ思えてきた。
「まぁそれだけ危険ってことだ。おそらく自衛隊辺りでも抵抗できない
んじゃないか?」
周囲は相変わらず閑散としている。いや、人はいるのだ。大勢。でも
会話が殆どないから閑散としていると勘違いしてしまう。
俺たちの会話が廊下に響く。
「だからさ、管理されなくちゃいけないんだと思う。俺だって自由に
生きたいさ。束縛なんてされないで外の世界で好きな仕事して。自由に
世界飛び回ってさ。でも、俺たちの力は強大すぎる。暴走すれば手に負え
ない位に」
だから、と言って、
「俺たちで何とかしないといけないんだ。ここで暴走するならまだ被害
が最小限で済むし。俺はいずれこんな力、捨てたいと思ってる。そのために
もこのDEATH UNITがどこから来て誰が与えるのか、知る必要が
ある」
表情を元の快活なものに戻し、手を挙げた。
「じゃな。俺はこれから仕事だ。学生は帰って寝てな」
そう言って去っていった。
その直後、かかる声があった。
「これは。今期待の最年少部隊長様じゃありませんか」
そのムカつく声色は俺の知る限り一人しかいない。
振り返るとそこには思ったとおりの顔があった。
「第一部隊長にゴマ刷りですか?精が出ますね」
「そんなんじゃない。何の用です?」
第五部隊アルトサイエンス隊長・三島三好。
他人を小馬鹿にしたような性格で隊員からも職員からも嫌われている
人物。無精髭にボサボサした洗ってない感バリバリの髪の毛とこれまた
小馬鹿にしたような丸眼鏡が非常に腹立たしい。
そしてこうやって所々にやってきてはこっちの神経を逆撫でしていく。
もし仲間でなければ殺したい奴ナンバーワン一切文句なし即決定の人物だ。
「別に用はありません。通りがかっただけです」
「なら仕事に戻られたら如何です?ヒマなんですか?」
後ろの二人は冷や冷やしているようだ。こんな展開になるといつもそう。
しかも終わった後に文句言われるし。こうして言葉を交わすのも嫌がって
いる二人の愚痴を聞くのは俺なんだぞコンチクショウ。
ああそう考えると腹立たしさが三倍増しになってきた。
「ヒマじゃないですよ。ただ、同僚として挨拶くらいはと」
「それはご丁寧に。ではこちらも失礼します。もう用事は済んだので」
「ええ。では」
そう言って自分の研究室――このタワーの五階――に去っていった。
人生最大級の苛立ちを抱えながらタワーの外に出る。
ふと見上げると、五階の窓からあいつがこっちを見下ろしているのが
見えた。すぐに引っ込んでしまったので表情は見えなかったがあいつの
ことだ。見下していたのだろう。
「ホントにイライラしますね。彼と会話していると」
「お前は会話してないだろうが」
「いやいや。朝月君が彼と会話して、その手足を見られているかと思うだけ
でもう噴火直前の火山のような怒りがこう・・・・グツグツと」
「ドサクサに紛れて気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ」
いつものことだが事情を知らない他人が聞いたらただのホモ発言に
しか聞こえないぞ。
一般的な応答を求めて金を見たが、
「私も思うなぁ。あいつの視線が朝月を這ってるかと思うだけで煮えた
鍋のような怒りがこう・・・・フツフツと」
こっちも同じようなことを言っていた。
そんなアホらしい会話をしつつ帰路に着いていると三人の家への分岐路
に着いた。
俺は左へ。春彦は右へ。金は正面へ。ここから左程離れていない場所に
家はある。
「ねぇ。朝月はご飯、どうするの?どうせ春彦の家に作りに行くから
来る?」
「今日はいい。何か適当に食うわ」
金は俺と春彦の晩飯と弁当を作ってくれている。頼んだわけじゃないが
本人曰く「このまま何もしないでいたら病気になる」様な食生活だった
らしい。最初は俺だけだったのだがいつの間にか春彦まで加わっていた。
いつもならお邪魔するのだが今日はそんな気分じゃない。
二人に別れを告げ家を目指した。
家に着くなり制服から私服に着替えてベッドに倒れこむ。
今日は無駄に疲れた。それもこれも全部三島のせいだ。
あいつは他人を見下しすぎている。そもそも口調が馬鹿にした口調なのだ。
あいつと会話した日は確実に疲れが三倍増しになっている。何か適当に食べる
と言ったが食欲があまり無い。あんな夢を見たせいもあるだろう。
過去の、しかも陽が殺される夢。最悪の部類に入る夢だ。
俺は今でも許していない。陽を殺したあいつを。“アッシュ・ライク・スノウ”
を引き起こしたBGの死人。自身の能力を“氷結結界”と呼び無数の氷柱を作
った。それに巻き込まれたのだ。
そして俺は死兆星も許していない。セブンスカラー・フィナーレは死兆星に
よって引き起こされたのだ。そのせいで俺は故郷と家族、幼馴染を全て失った。
そして俺はあいつらに出会った。修之さんにも出会った。これは喜んでいい
ことなのだろうか。答えは見つからない。
どこまでいっても答えなんてないのだ。俺は――表には出さないがあいつらに
会えてよかったと思ってる。でも、あの事件がなければ出会うことはなかった。
何が善で何が悪か。それに答えを求めるのと同じくらい不毛な思考だ。
そこまで行き着いた時点で、俺の意識は眠りの中に落ちていった。
『僕と・・・付き合ってください』
僕は多分、一生分の勇気を出したんじゃないだろうか。
まだ出会ってから二ヶ月も経ってない。そんな女の子に告白するなんて
そんな勇気はもう一生出ないと思う。
答えにドギマギしながら待つこと一分。
『うん、いいよ。ただし、条件が一つ』
『な、何?』
自分にできることがハラハラしながら聞いた。
『えっとね、今よりももっと男の子らしくなって、いつか私を守って
くれるようになるの。・・・できる?』
その言葉に頷く。難しいことでもなんとかやって見せる。彼女の――
陽の期待を裏切りたくない。
楽しい生活が待っていた。同じ学校で、同じクラスで、いつも一緒に
遊んでいた。
そんな生活が、突然壊れた。
七色の炎が吹き上がる。灰色の氷柱が突き上がる。
さっき帰り道で別れたばかりだ。近くにいるはずだ。
探さなければ。この状況で僕にできることはそれだけだ。
別れた場所まで走る。そこから陽の家に向かって走る。
七色の炎と灰色の雪がぶつかっている場所まで来た。
そこで見たのは――――。
ガバッ!
もの凄い寝心地の悪さと暑さ、汗の気持ち悪さで飛び起きる。
気分は最悪だった。
またあの夢だ。あの頃の夢。事件が起こる前の。
俺が陽に告白した時の夢だったから事件まではしばらく間があったはず
だ。流石は夢、なんでもありらしい。
気分を落ち着けて時計を見る。時刻は午前六時。いつも起きるのが
六時半だから少し早いくらいか。
今思えば非常に気持ち悪い。寝汗が有り得ない量だ。まるで激しい
運動――ミニマラソンとか――した直後のような有様だ。
「シャワー浴びるか・・・」
流石にこのまま学校に行ったら嫌がられそうだ。
脱衣所に入り服を脱いでバスルームに入る。
冷たいままのシャワーを頭から浴びて気持ち悪い汗を流し去る。
自分の何の変哲もない黒い髪が水気を帯び額に貼り付いてくる。
それをオールバックにするようにかきあげた時に目に入ったのは自分の
右腕。
否、海深の右腕。
腕の付け根、肩の辺りを見る。そこから先は肌の色が少し違う。
身体本体は腕と足よりも少しだけ色が濃い。腕の付け根と足の付け根
付近の繋ぎ目は真っ白だ。そこが自分の身体と他人の身体だということを
強調している。
肌の目が細かい。自分の身体とは違う、女性らしさがある。筋肉の付き
方だって女性のそれだ。スベスベしている。春彦が頬ずりするのは未だに
理解できないが。
こうして見ると思う。やはり他人の身体なのだと。
自由に動く。思いのまま。でも、どこかに罪悪感がある。
俺が四肢を奪わなければ皆は生きていられたんじゃないか?俺が死ねば
大丈夫だったんじゃないか?
そんな意味も無い感情がこの身体を見る度に現れる。
そしてその度に振り払う。
シャワーを止めてバスルームを出る。
身体を拭いて制服を着る。朝飯はパンでも焼いて食えばいい。
朝食を食べ終えた俺はリビングにあった木刀を持って家を出る。昨日は
持っていく気になれなかったから持っていかなかったが本来なら常時携帯
のアイテムだ。俺が物心ついた時から持っていた木刀。俺にとってとても
大事なものなのだ。そして玄関に出た俺は今まで自分がいた家を見上げる。
立派な家だ。けっして大きいとはいえないが一人で暮らすには十分な
大きさがある。これは修之さんがくれたものだ。
昔、春彦と金がセントラルに来た時用にと家を二つ買っていたらしい。
急遽俺も加わったことで一つ買い足したんだそうだ。
簡単に言うがかなりの金がかかっているはずだ。生活費やら何やらは
自分で何とかしているが家自体は修之さんのものだ。
俺は与えてもらってばかりだ。今の居場所だって春彦に金に修之さん
からもらった。今の地位だって修之さんの紹介がなければ死兆星に入る
こともなかっただろうから結局もらったものだ。この強さだって修之さんと
春彦に鍛えてもらったからあるのだ。自力ではない。この手足に心臓でさえ
もらい物なのだ。俺自身のものなどどこにあるのだろう。
この木刀くらいなものか。いや、これだって誰かに買ってもらったもの
だろう。別の誰かのものを譲ってもらったのかもしれない。
結局、俺は何一つ自力で手に入れてないのだ。
これが俺の本質なのかもしれない。自分で手に入れず他者からもらう。
他者から奪う。そうすれば失敗することはない。他人と同じなら成功できる。
言い換えれば他者のものを真似るという風に解釈できるかもしれない。
そんな考えごとをしているといつもの三叉路に着く。昨日二人と別れた
場所だ。
そして合流する。
いつも俺たちは示し合わせたかのようにほぼ同時に合流する。お互いの
移動時間と家を出る時間が分かっているのだ。
考えに耽っていた俺は目の前に金の手が差し出されるまで合流したこと
に何の疑問も持っていなく、それが当たり前だとして脳が認識していなか
ったのだ。
「はい。今日のお弁当。今日は帰りに買い物するから付き合ってね」
弁当箱を受け取って鞄に仕舞う。
「悪いないつも任せて。料理とか手伝えればいいんだがな。買い物まで
させちまって」
その言葉に驚いたような表情になった。
「どうしたの?朝月らしくない」
「そんな気分だったんだ。忘れろ」
少しだけ顔を緩めて笑いながら言ってきた。
「別にいいんだよ。買い物も料理も楽しいから。それにセントラルに来て
まだ一ヶ月ちょっとなんだからもっといっぱい色んな所に行って色々知ら
ないとね。だから、気にすんなって少年♪」
笑顔で背を叩いてくる。こいつのこういう性格が俺は好きだ。
思えば負の方向に思考が傾いていたな。ここで打ち切ろう。
「そうですねぇ。僕たちはまだセントラルの半分も知りませんからね。買い物
ついでにどこかに行くのもいいかもしれません」
俺の意思を感じたのか春彦が明るい方へ話題を持っていってくれる。
どこに行くかまでは決まらなかったが放課後の方針は決まった。
昨日みたいに寝過ごすことのないようにせねば。
放課後。
結局どこに行くのかは決まらず、買い物帰りに駅前をうろついただけで
終わってしまった。
それでも収穫はあった。今金がハマッているキーホルダーの店が分かった
のだ。
今セントラルで流行っているのは「多苦労くん」といういかにも苦労して
ます感を出している少年を模した人形だ。
何がいいのか理解不能の境地だがなぜが女性には人気が高く、「苦労を吸い
取ってくれる」といった開運グッズとしても人気だ。
俺は別に興味無いが。
その店の位置が分かっただけでも金にとっては十分だったようだ。
満足そうな顔をした金を連れて家への道をたどる。
ふと、暗い路地裏が目に入った。
そこには人が倒れていた。その人に覆い被さるように一人の男が座っている。
様子が変だ。頭を上下させて倒れた人の腹付近に顔を近づけて動かしている。
春彦も金も気付いたようだ。幸い人通りは少ない。声をかけるために接近
する。
足音が聞こえたのだろう。こっちが声を発する前に向こうが振り向いた。
「・・・!」
その顔にゾッとする。生気のない表情。ただただ欲望に染められた瞳。口
元には大量の血液が付着していて今も滴っている。
倒れた人は女性だった。腹部に大きな穴が開いていて内臓が見えている。
あれではもう生きていないだろう。
男の手には巨大な爪があった。人工ではない。アクセサリのように装着して
いるのではない。直接、指から生えている。
これは明らかにDEATH UNITだ。
始めて見る、暴走した死人。その生命力を全てDUに吸い取られた化け物
の成れの果て。
一目で分かる。こいつは危険だ。
「春彦!」
「分かってます!僕はここへの道を塞ぎますから朝月君は討伐をッ!」
春彦は自分の入ってきた方向へ向き直ると手を広げた。
「螺旋を描け!」
すると春彦の周囲、何もなかった場所から無数の鎖が現れた。
「螺旋鎖鎌!」
それが建物に食い込み路地への道を塞いでいく。それに気付いて仰天して
いる人も少なくない。しかし春彦はそれを気にした風は無い。
「この状況だと私は何もしないほうがいいかな?」
金も動揺など一切せず、成り行きを見守っている。
「そうだな。俺だけで終わる」
俺は背中に背負っていた木刀に手をかける。袋から出したそれは俺にいつ
もの感覚をくれる。
「砕け散れ」
木刀が変化する。腕をも巻き込んで、何処からか現れた黒い闇が侵食して
いく。
「圧砕重剣!」
木刀の姿が一変する。黒い闇に包まれた木刀は巨大になって再び現れた。
刀身から柄頭までの長さは一m八十㎝に届く。純白の刀身の根元に漆黒の
宝石が嵌っている。それが禍々しさを強調させている。西洋刀の面持ちだ。
重圧はかなりのものがある。
これが俺のDU――DEATH UNITの略――圧砕重剣だ。
俺の生命力を奪い取って俺に力をくれる最高の相棒であり最大の敵。
「私本部に連絡取っとくね」
目の前で戦闘が始まろうとしているのに平然と携帯電話を取り出して
電話を始める。
それを尻目に俺は前に出る。敵はすでに移動を開始しているのだ。
こちらへ向かって。
あいつにとって、俺たちは沸いて出た餌でしかないのだろう。
俺にとっても、単なる敵。それでしかない。
無言で駆ける。右手にある重さを感じてそれを振り上げる。
「おおおおッ!」
一切の小細工なしに振り下ろす。
これは修之さんからの教えだ。
『お前のDUは攻撃力が高いんだ。だから下手な小細工はいらない。
ただ振り下ろし、振り上げ、突き崩し、薙ぎ払え』
技を覚える必要なんて無い。この剣で突き、斬る。それが俺の技だ。
敵の顔に恐怖の色が出る。本能的に危険だと感じたのだろう。
逃げる体勢に入る。だが、容赦はしない。背中を見せた相手に攻撃する
ことが卑怯だと言われようが知ったことか。逃げる相手を攻撃するのが
卑怯だろうが知ったことか。敵の都合など、俺には関係ない。
逃げようとする敵を背中から縦に両断した。
肉体を両断しただけでは満足しなかったのか地面にまで食い込み亀裂
を走らせる。
圧倒的な重圧で対象を砕く剣。故に、圧砕重剣。
やっと本部の者に連絡がついたのだろう。金の話し声が聞こえてくる。
「はい、東セントラル駅前の路地です。螺旋鎖鎌で封鎖されているので
すぐに分かると思います。一般人と思われる死者が一名。暴走者が一名
―――」
そこまで言って言葉を切る。上を見てから言い直した。
「暴走者は二名です」
「・・・!」
咄嗟に上を見る。今まさに隣の建物から飛び降りてくるところだった。
右手に刃渡り四十㎝ほどの肉斬り包丁。あれはもはや包丁とは呼べない
大きさではないだろうか。
回避する。受け止めてもよかったのだが敵の力が分からない上に受け
止めるのだとすれば相当な力が必要になる。もし無理だった場合は自分に
自分の刃がめり込む破目になるのでそれは避けたかった。
今の死兆星の能力者ならば腕くらい千切れても再生できるだろう。でも
この身体は傷付けたくなかった。俺にとっては忘れられない過去の傷痕で
あり、何よりも大切な身体なんだ。
だからこの身体を傷付けようとしたコイツは敵だ。敵は殺すんだ。防御
を許さず逃走を認めず回避しようとさえ思えない一撃を放つ。
「はぁあああッ!」
回避した直後、無理矢理身体を回転させて横薙ぎの一撃を見舞う。
普通なら両サイドの壁に阻まれて振りぬけないだろう。だが、俺には
できる。
横の壁を削り取りながら振りぬかれた圧砕重剣は肉斬り包丁の抵抗を
感じさせずに寸断した。
敵の肉体も横に両断した剣は反対側の壁を削りながら止まった。
思った以上に力を込めてしまったようだ。二の腕が痛い。
いつもより身体を傷付けられるのを嫌って激情したせいか。朝のあの
思考が原因だったのかもしれない。
この身体を傷付けられるということは俺の過去を踏み荒らされるという
こと。兄さんも幼馴染たちも一緒に傷付けられるということに他ならない。
それは我慢できなかった。
しかし何故だろう。今までにも傷付けられたことは何度もあった。その
時はここまで激情しなかったのに。
いや、考えても無駄か。俺は俺の心の中さえ理解できていないのだから。
「これから来るってさ。もう撤収していいって」
金の言葉で我に返る。今はこんな思考に埋まっている場合じゃない。
これの続きは家に帰ってからだ。
俺はDUを木刀に戻してから入ってきた道とは別の道から路地を出た。
今日はいつものように金が料理をしにきてくれる。昨日は春彦の家で
作ったから今日は家なのだそうだ。
まだ来るには時間がある。ベッドに寝転んだ俺は今日の戦いについて
思い返していた。
なぜあんなに感情が昂っていたのか。考えても無駄だというのは理解
している。俺は自分の心の中さえも理解しきれていないのだ。
イメージ的には頭の中に何か箱がある感じだ。その中に何かが入って
いるのだが開かない。いったい何が入っているのだろう?昔に忘れて
きた喜怒哀楽でもあるのか?あの事件以来、心を閉ざしてしまった俺の
何が入っているというのだろう。
自分で自分が理解できない。これほどまでに気持ち悪く歯切れも悪く、
怖いものはない。
もし感情の暴走がこの箱を開けるのなら俺は何度でも暴走してやろう。
俺自身で手に入れられるなら手に入れてやる。他人から与えられるのは
もう十分だ。
木刀を持って外に出る。庭は広くない。それでも圧砕重剣を振り回す
くらいの広さはある。
「・・・・」
開放の言葉はいらない。俺はなしでもDUを行使できる数少ない人物の
一人だ。
俺は絶対に修之さんに勝てなかった。あの人の技は俺の対処できるキャパ
シティを越えていた。
剣を構えたところで妙な気配が現れた。
「・・・誰だ?」
上を向く。家の屋根の上だ。一般人ならばそんなところに登れない。
ならば必然的に“こっち側”の人間ということになる。
睨む。数分後に影は動いた。
「そんなに睨むなよ。せっかく後輩の様子を見に来てやったってのに」
その顔には見覚えがあった。というよりもいつも見ている。
「・・・御堂さん?」
第二部隊アルトシューター隊長・御堂十四。
修之さんの古い親友で俺や春彦のこともよく気にかけてくれる。遠距離
支援部隊の隊長だ。
「・・・・私もいます」
俺の背後、植木の陰から出てきた人物にも驚いた。
「音無さんまで・・・」
第六部隊アルトサイレント隊長・音無現。
気配を感じさせない探索専門部隊の隊長だ。
隊長格が二人。集うとこなど滅多にない。基本こういう人たちは群れるとこを
嫌う。
「俺だっているぜ」
正面、家の影からまた一人現れる。
第八部隊アルトプレイ隊長・軌条氷魚。
開発されたもののテストプレイを専門とする部隊の隊長。彼もまた、他人と
行動を共にするタイプではない。
「今日は第五隊長と第一隊長以外みんないますよ」
かねてから感じていた気配の主は俺も知る人物だった。
第四部隊アルトケア隊長・結城華南。
主に傷の手当、回復を専門とする部隊の隊長。彼女は人当たりの良い人だから
不思議ではない。
しかし第五、第一隊長以外全員いるというのは?
「ちょっとお前に用があってな。皆来てやったんだ」
彼は会話したことがない。名前とどんな人物かを知っているだけだ。
「会話するのは初めてだったか・・・俺は第十部隊アルトヒート隊長・暁輩蓮だ」
暁輩蓮。会話はしたことがないがとても事務的な性格で軌条のサポートが主な
仕事だと聞く。先陣を切って突撃する第一部隊の修之さんが言うのだからその
通りなのだろう。
第一部隊と第五部隊の隊長以外(春彦と金は除く)全ての隊長格がここにいる。
これはどうしたことだ?
DUを管理しようとする死兆星の隊長格。それは自分の部下全員に襲われても
平然としていられるような連中だ。それが十人中八人が揃っている。今の状況で
勝てぬものなどいないのではないか。
そう思っていると御堂さんが言った。
「お前、エクスクレセンスと戦ったんだろ?」
「・・・?エクスクレセンス・・・?」
「あや、知らないか。暴走者のことだよ。ついさっき緊急会議で決まったんだ」
会議が開かれていたのか。俺たちが召集されなかったのはなぜだ?
「お前たちは戦闘で疲れてるだろうって議長様のお心遣いだ」
暁は砕けて言う。しかしその口調から議長のことが嫌いであることが伺える。
エクスクレセンス―――記憶が正しければ確か異常生成物・・・とかなんとか
という意味だったはずだ。
「それで・・・?」
「は?」
音無さんが唐突に聞いてくる。主語を言ってくれ。主語を。
「エクスクレセンスと戦った感想は?どんな感じだった?」
ああ、そういうことか。
「皆さんは無いんですか?戦った経験」
「無いさ。今隊長格の中で戦った経験のある奴なんてお前と修之くらいじゃ
ないか?」
「御堂さん辺りだったら自分から探してそうだったのに」
「お前は俺を何だと思ってやがる?」
「制御しきれない困った戦闘狂――by修之さん」
「オーケー。始末してくる」
そう言いつつも動かない。まずは俺の話というわけか。
「みんな経験が無いからね。興味をもった者同士、経験者に話を聞きに
行こうということになったわけ」
全く、迷惑な話だ。それなら修之さんの所に行けばいいのに。
「その修之に断られたからこっちに来てんだよ」
軌条が言う。特に怒った風も無く、仕方が無いといった風情だ。
しかも心読まれてるし。勝手に他人の考えを読むな。
その時後ろで「勝手に読むなと言われても・・・・」とか呟いている
声が聞こえた気がした。うん、気がしただけだ。
「それでどうだったんだ?こっちは気になってんだ。手短に頼むぜ」
暁の注文に応えるべく思考したのも一瞬、すぐに語りだした。
「あれは、怪物だった」
『・・・・』
俺の言葉に全員が息を飲む。
「振り向いた時のあの瞳、忘れられそうにないな。生気の無い顔。欲望
だけが映った瞳。あの戦いの仕方。どれを取っても野生の獣みたいだった」
「どんな戦い方だった?」
軌条から鋭い質問が飛ぶ。
「目の前の存在が何であろうと関係ない。それは餌だ。そう思って襲い
かかってきたんだろう。でも俺が剣を振り上げたら逃げの体勢になった。
獣みたいに本能的に感じ取ったんじゃないのかな」
木刀を庭に刺す。土を抉って少しだけ刺さり止った。
「俺は怖かった。将来俺もあんな風になるのかと思うと、凄く怖かった」
ああ、そうか。これなんだ。あの時の俺が激情していたのは。
自分もあんな風になるのか。もしなったらどれだけ強いんだ?どれだけ
の被害を齎す?もしかしたら、俺が暴走したせいで俺みたいな過去を背負う
子供が再び現れてしまうかもしれない。
この命――幼馴染たちの身体を奪ってまで繋ぎとめたこの命を失うのが
怖い。幼馴染との唯一の絆を失うのが怖い。あいつらが存在した証拠を
失うのが怖い。この身体をそんな風にしてしまうのが怖かったんだ。
だから俺はあんなになった。目の前の存在を、俺の恐怖を増大させる
存在を消そうと躍起になったんだ。
「俺は自分のDEATH UNITが怖くなった」
沈黙が降りる。誰もがその境遇を自分に置き換えているみたいだ。
「・・・・そうだな。そうか」
まず声を発したのは御堂さんだった。
「怖いよな。俺は見たことないからどんな恐怖かは分からない。でも、怖い
ことだけは分かるぞ」
屋根から下りてきて頭に手を乗せる。
こんなことされたのはいつぶりだろうか。兄が行方不明になって幼馴染が
死んで、修之さんからは愛情を貰ったがこんなことはされなかった。一応、
アッシュ・ライク・スノウを起こした少女にはされたが、あれはカウント
しなくていいだろう。そうなると―――。
もう八年以上も手を頭に乗せるなんてこと、されてなかったんだ。
「で、用はそれだけですか?」
それでも俺はいつもの口調だ。こんな弱味みたいなの見せられるわけない
だろう。
後ろで軌条が「くく・・・」と笑っている気がした。そう、気がしただけだ。
「え~。この感動的な場面でその台詞って・・・・。空気読めよ」
「そっちの都合なんて知りません。用がないならお引取りください」
「うわっ!可愛げねぇ。修之はよくこんなの育てたな!」
じろり、睨むと御堂さんは口を閉じる。
そこへ陽気な声が入ってきた。
「あれぇ?御堂さん。音無さんも。何してるんです?」
春彦だ。そうだ、今日は家に来るんだった。忘れてた。
後に続いて金も入ってくる。
「勢ぞろいだ~。もしかして皆食べてくの?」
金の言葉に全員が反応する。ヤバい。
「ほう。金の飯か?」
「結構美味しい。是非」
「あんまり関わりがないからな。ここらで親交を深めるとするか」
「私も一度だけ食べたことがあります。美味しいですから私も是非」
「ここで俺が降りたらダメだよな?勢いで俺も参加」
結局全員が食べることに。
「えぇ~!買い足してこなきゃ!」
そう叫んで金は玄関の中に荷物を置く。それで鞄からメモ用紙を取り
出して何かを書く(もの凄い勢いで)。
「春彦!」
「は、はい!」
「これだけ買ってきて!」
メモ用紙を押し付ける。
それを見た春彦の顔が引き攣った。
「ちょ、ちょっと、こんなに持てるわけ・・・!」
「DU使えっ!」
「無茶言わないでくださいッ!」
春彦の反論を蚊でも払うかのように手を振っただけで無視しキッチンへ
駆けて行く。
「朝月君、手伝ってください!流石にこんな量は持てませんから!」
「お、おう」
勢いに押されて頷いてしまった。ミスしたな。
「というわけだ。ご馳走になるぜ」
「その言葉は金にでも言ってください。御堂さんたちは玄関から入って
右にあるリビングへ行って待っててもらいます。狭いですから庭へ出て
食べたほうがいいかもしれませんね」
「おう、その辺は金と話すわ。行ってらっしゃい」
にこやかに俺たちを送り出す御堂さん。音無さんも無表情で手を振って
いる。
軌条と暁はすでに玄関へ向かっている。
「手伝いましょうか?元はといえば私たちが食べるって言い出したのが
原因ですし」
結城さんだけだ。こんな風に言ってくれたのは。
「いいですよ。結城さんは客人です。そんなことさせられません」
やんわりと断る。実際、やらせるつもりはない。
「朝月君急ぎますよ!」
春彦にせかされる。行こうとした俺を結城さんが呼び止めた。
「ねぇ朝月君」
「はい?」
「知り合って一ヶ月経つんだからそろそろ苗字で呼ぶの止めない?」
「え?いやあの・・・」
口篭っていると結城さんは言った。
「これからは華南って呼んでね。そうじゃないと反応しないから」
そう言って家に入っていった。
心なしか言葉遣いがフランクになっていたような気がする。
そういえば結城さん――もう華南さんか。あの人って何歳なんだろう。
見た目では若い。俺と大差ないくらい。学生だって言われても違和感
ないな。
聞こうにも聞いた瞬間に鉄拳が飛んできそうだ。避けることは可能でも
その後に問題が残るだろう。
いすれ解けるまでこの疑問はしまっておこう。
「急いでっ!」
「はいはい!」
俺たちは買い物に出かけた。
帰ってきたのは三十分後。エクスクレセンスとの戦いよりも疲れた
ことは金には内緒だ。