ある意味デート・・・・・そして、
「なんでこんな状況になってんだろうな朝月?」
「俺に聞かないでくれますか御堂さん?」
あの後、何故か保護者認定されてしまった御堂さんは仕方なく海深たちと
行動を共にしていた。
一度警官に注意されてしまった以上無視はできないし、修之さんが倒れて
いる今俺たちの保護者であることは事実なのである。本来敵である人物たちと
平日の公園で行動を共にする。異様な光景と感じるのかもしれない。
「あいつらはブルームシードで、俺たちは隊長格なのにな」
「でも、これで分かったじゃないですか」
「何がだ?」
「お互いに戦いを望んでしているわけじゃないってことですよ」
「・・・・どうだかなぁ」
あくまで保護者、という立場を貫くらしい。干渉するでもなく、ただ
保護者として、行動を共にしている。
彼女らは少し離れた場所にいる。必要以上に近づいてこないのは当然のことか。
(いい機会だ。聞いてみようか)
ついこの間、ふと出てきた疑問をぶつけてみよう。
「御堂さん、ちょっといいですか?」
「あ?」
飲み終えた缶ジュース(例のテラスコヴィルだ)をゴミ箱に投げ捨てる。
見事に失敗したそれを捨てに行ってからこっちを向いた。
「で、何が聞きたいって?」
「線引きがしたいんですよ」
「線引き・・・・?」
どうして今まで思わなかったのかというくらい当たり前な疑問。無関係な
第三者ならもしくは、すぐく辿り着いたかも知れない疑問。
「俺たち死人は、生命力を使い果たすとエクスクレセンスに変貌する、
でしたよね」
「そうだな。そのへんは大前提だな」
「なら―――」
こっちの空気の変化が伝わったのか海深がこっちを見た。
「もし、元気な状態から一気に死んだ場合って、どうなるんですか?」
「それは―――」
「だっておかしいじゃないですか。今まで戦場で何人も死んでるはず
です。それがエクスクレセンスになったなんて話、聞いたことないですよ」
「まぁ、そうだろうな」
立ち上がった。その目は悲しさを宿していた。
「エクスクレセンスになるには死人の生命力の四分の三以上をDUが
吸い取らないといけないらしい。目安は特にないが、肉体変化系の場合
は全身の半分近くが侵食された時らしい」
海深以外も全員こっちを向いて御堂さんの言葉に耳を傾けていた。
六人幹部会のブルームシード内でもこの疑問が出たことはないのだろう。
だからこそ興味を持って耳を傾けているのだ。
「四分の三以上奪われてなければエクスクレセンスになることはない。
そして外的内的要因で傷を負い、それが生命活動を妨げている場合、DU
は活発的に生命力を吸収し始める。それは決して死が近づいているから
ではない。自分が奪えず外に(・・・・・・・・)漏れ出てしまう(・・・・・・・)生命力をできる(・・・・・・・)限り大量に(・・・・・)
吸収しようとするからだ(・・・・・・・・・・・)。死が近ければ活発になるのではない。本来
自分が奪い取るはずだった生命力を逃がすまいと活発に動くんだ」
今までの考えとは全く違った。「死人が死ねばエクスクレセンスになる」
なんていう簡単なことじゃなかった。
死人は自らのDEATH UNITに生命力を奪い尽くされたときに暴走し
エクスクレセンスとなる。では、奪い尽くされなければ?
「ここまで言えば、もう分かるだろ?」
俺の想像通りなら、御堂さんや修之さんは今までその現場を見てきて
いるはずだ。下手をすれば自ら手を下したこともあるかもしれない。
「死人を暴走させずに、その生涯を終わらせる方法はただ一つ」
自分が見てきたことを思い出して、それ以外に方法を見出せなかった
ことを悔いている。悔やんでも悔やみきれない、吹っ切れもせず、ずっと
引き摺っている表情だ。
「その死人の生命力が四分の一を切る前に、DEATH UNITに奪われる
前に、俺たちの手で即死させる」
拳を握り締め、歯を食い縛っていた。搾り出すように掠れた声は
後悔に染まっていた。
「その、一つだけなんだ」
愕然とした。御堂さんの表情はそれが真実だと言っていたし、自らも
それを経験したとも言っていた。
「じゃあ、死兆星は―――」
「そうだ。侵食が始まった死人を逐次監視して、危険と判断したら
自分たちの手で殺害、エクスクレセンスになるのを防いでいたんだ」
「死兆星の連中は自分の仲間を殺してたってのかよ!?」
落葉の怒号が響く。普段から強気でリーダー的存在の海深でさえ
震えるほどの声量だった。
彼女らの絆は深い。全員が一度死にかけて、全員が協力して一人を
助けたことでそれは更に深まったといえる。
だからこそ彼女は信じられない。暴走させないためとはいえ、仲間を
手にかけて平然としていられる組織を。組織の上層部を。その事実を知って
いながら、未だにその組織に在籍し続ける人間の心を。
「同じ死人を従える以上、THE BLOOMING GARDENも同じことを
してるはずだ」
有無を言わせぬ圧力がある。この方法に憤りを感じているのはお前たち
だけではないと、言外に言っていた。
「もし、していないというのなら、このエクスクレセンスの大量発生は
THE BLOOMING GARDENが原因だということになるぞ」
「でも、私たちはそんな話聞いたことない。確かにメンバーが減ることは
あるけど、戦ってるんだから戦死者で出るのは当然で・・・・・・・」
海深が何とか否定しようとする。材料を何とか探そうとしても見つからない。
その否定を消すように御堂さんの冷たい声が海深を追い詰める。
「俺たちは殺し合いをしてるわけじゃないんだから基本、死者は出ないんだが。
でも、戦死したはずの仲間の遺体は、見たことないだろう?」
俺でさえみたことはない。そもそも、俺は本当の戦場―――人と怪物の
戦闘ではなく、人と人の戦争という意味―――を経験したことはない。
死兆星とTHE BLOOMING GARDENは殺し合いをしてるわけじゃない。
ただお互いの死人に対する意見に食い違いがあって、どっちも譲ろうとしない
もんだからこんな抗争にまで発展してしまった。暗黙の了解として殺害は
しない、というルールがある。
つまりこの二つの組織間の抗争で死者が出ることは殆どない。俺や金、春彦
が戦場に出ているにも関わらず死体を見たことが無いのはその暗黙のルールの
ためだ。
海深も落葉も反論できない。桜子や雪女は最初から戦力外だし影名は本を
閉じて聞く体勢を取ってはいるものの論争に加わる気はないようだ。
「お前たちは死人の死を知らない。あの恐怖を知らない。一度目の前で死人
が死ぬ様を見れば分かるさ。あの得体の知れない恐怖がな」
いつもお気楽キャラを気取っている御堂さんが自分の身体を抱いて恐怖
震えた。その一瞬を俺は見た。
俺の不用意な問いが原因か。それとも無駄にケンカ腰に語りだした御堂さん
が原因なのか。
さっきまで敵同士とはいえ無為に干渉せず、平和だった空気が一変、今にも
自分たちの組織を侮辱し、あまつさえ己のみ持つ知識をひけらかす御堂さんへの
彼女らの怒りや、同時に自分たちに組織に対する不安といった負の感情が
渦巻く一触即発の空間に変わってしまった。
そこに火に油を注ぐかのように御堂さんが畳み掛けた。
「お前らもいずれ切られる」
「切られる・・・・・?」
「死人である以上侵食の脅威はいつでも側にある。もしBG側がお前らを
暴走の危険ありと判断したら―――おそらく、容赦なく殺される」
海深の顔が怒りに染まっていく。彼女らにとっては確証のないことを
一方的に、押し付けるように言われて翻弄されているように感じられる
だろう。真実味のないことで何故ここまで言われなければならないのか、
と思っているのかもしれない。
「お前らがBGにどんな思い入れがあるかは知らないが、少なくとも、
組織自体はお前らを捨てることができる。いくら幹部会とはいえ――
いや、幹部会だからこそ暴走させるわけにはいかないんだ。気をつけて
おいたほうがいいぜ。いつの時代もどんな世界だって、組織って奴らは
生地汚い、性悪な連中の集いなんだからな」
腕を徐々に鱗に変え始めた海深が聞いた。その問いに御堂さんは一瞬
の迷いに後に答える。
「あなたは、仲間を殺したこと、あるの?」
「・・・・・あいつらは、卑劣な手段を用いて死人を殺す。死刑判決を
下されてしまった死人は決断しなきゃいけない。大人しく殺されるか、
判決に逆らうか」
「そんなことを聞いて―――」
「判決に従うならそれで終わりだ。非公開の元、即死させられる。だが
もし死を怖がって判決に従わなかったら?」
「・・・・・・」
一度は割って入ろうとしたが無理と分かると大人しく聞き始めた。無駄
に聞き分けがいい。
「判決に従わない組織内の死人は、暗殺される。本人の意思を無視して、
それでも組織が大事、暴走すると危ないという理由でな」
「・・・・暗殺って・・・」
柚木が恐々と言う。一般人の彼女にとっては無縁な言葉なのだろう。
暗殺なんて漫画か何かの世界じゃないと普通はまず、聞かない単語だ。
「暗殺なんて・・・・・普通に戦闘訓練とか受けてる死人なら簡単には
殺されないだろうし―――」
「言っただろ、あいつらは卑劣な手段を使うってな」
「卑劣な手段・・・・?」
「逆らったやつも何のアクションもないとは思ってないだろう。だから
いつも気を張り巡らしている。だからこそ簡単には殺せないわけだが、
そのいわゆる緊張状態を常に保っていることは不可能だ。じゃあいつ、
その緊張状態は解かれると思う?」
俺は気付いた。春彦も思い至ったようだ。表情を見るに向こうで理解
できたのは影名だけのようだ。
「・・・・それって――」
影名のか細い声が言う前に御堂さんが言った。
「あいつらはその死人に近しい人間を使う。親に友人果ては恋人までも
利用する。買収や脅迫、ありとあらゆる手段を用いて利用し、緊張を
解いて気を緩めた瞬間、知人の手によって命を絶たれる」
桜子は目を見開いて驚いているし、落葉は怒りも忘れて呆然として
いる。雪女は驚くことさえ忘れているようだ。
下手をすれば自分も組織から捨てられる。立派な大義名分を以って。
そんな事実をいきなり、それも敵に突きつけられて驚くなというほうが
無理な話だ。
「さっきの質問、俺が仲間を殺したことがあるか、だったか」
そして御堂さんは話を戻す。自嘲気味に笑みを浮かべながら。
「殺したよ。この手で、最愛の女性をな――――」
身体が咄嗟に反応して動いてくれたのは、修之さんの鬼みたいな特訓
のお陰だろう。言い終わる前に動き出し、腕の鱗を剣の形に並べて御堂
さんに襲いかかる海深。何かを考える前に落ちていた――子供が遊んで
忘れて帰ったのだろうか――バットを拾って、圧砕重剣が発動する間も
惜しんで二人の間に割って入っていた。
護鱗で構成された剣を防いだ圧砕重剣はまだ完璧に発動しきっておらず、
目の前で黒い闇を振り払うように霧散させて純白の刀身をさらけ出した。
怒りに感情を任せたような表情の海深が目の前にいる。その後ろでは
他の四人が戦闘態勢を取り始めていた。
「どうしてこんな奴を庇うのアサ!?」
海深の怒号が響く。先ほどの落葉に勝るとも劣らないほどの声量で
御堂さんを睨む。その視線には明らかな軽蔑と憎悪が宿っていた。
人一倍仲間意識の強い海深たちのことだ、きっと仲間を殺せる組織の
ことなんて許せないだろうし、その組織に屈服して最愛の女性を手に
かけた御堂さんのことはもっと許せないのだろう。信じられないことでも、
御堂さんの言うとおりいつか自分たちも組織に捨てられるのではないか
という恐怖も混じっているかもしれない。
「御堂さんは修之さんの次くらいに俺たちの面倒を見てくれた人だ。二人目
の保護者的存在。自分の子供みたいに世話焼いてくれたいい人だ」
なるべく表情を動かさずに喋った。表情の変化で感情を見透かされない
ために。
戦いたくなんてない。今でも大事な彼女たちと戦いたいだなんて誰が
思うだろう。それでも、今の俺の居場所を壊させるわけにはいかない。
「こんな権力に屈服して自分の恋人さえも殺すような最低な奴でもッ!?」
「御堂さんは―――」
これも努めて表情を動かさないようにした。
「いつもお気楽キャラで軽い印象があっても、強くて、怯えても決して
逃げることはしない頼れる人なんだ!そんな人が、さっき、自分の身体を
抱いて震えていたんだ!」
俺の剣幕に押されるようにして海深が下がる。俺は追わなかった。
「それだけ辛い、苦しいってことだ。そんなことも分からないのかよ」
再び睨み合う俺の前に春彦が入ってきた。
「二人とも止めてください!ここで戦っても何も誰も得なんてしないはず
です!」
必死な訴え。戦いたくない気持ちは俺も一緒だが、こればかりはどうにも
ならない。向こうが戦いの矛を収めない限り。
素直に退いてくれることを期待したが、なかなかどうして、上手くいかな
いものだ。
全員が同時に、戦闘態勢を取り直した。
「やっぱり、死兆星なんて早く潰しておくべきだったんだ」
海深の小さい声が静まり返った公園に染み渡る。
「そんな最低最悪な組織、存在しちゃいけないッ!」
今までは命令でもあったのだろうか、死兆星を潰すということをして
こなかったようだ。だが、それも今の話で限界だったらしい。
強大で巨大だが、暴走しかけた仲間を助けずに殺す最低最悪な組織。
彼女らの中で死兆星はそう認識されてしまったらしい。
「アサもこっちに来て!そんな組織にいちゃダメだよ!」
俺に呼びかけてくる。俺は彼女たちを認めていない。自分が崩れる
からという理由だけで彼女たちの生存を、存在を認めていないのに、
海深をそんな俺を気にかけてくれた。
でも俺は―――。
「壊させるわけにはいかない」
俺は圧砕重剣を構えて海深の前に立ちはだかった。
「どうしてっ!?」
悲痛とも取れる声が俺を苛む。どうして海深たちを困らせるのかと
責め立てる。彼女たちの心を、期待を、あらゆるものを裏切って俺は
“ここ”を選んだ。
「この場所が、俺の居場所だからだ」
「・・・・・ッ!?」
海深の声にならない声が聞こえた。自分たちはもう居場所ではない、
と面と向かって否定されたのだ。ショックを受けても仕方なかった。
桜子は泣いているし雪女も涙目だ。影名は相変わらず無表情だが。
そんな中、落葉が言った。
「なら、こっちを居場所にさせてやるよ。そっちが無くなって、目を
覚ませば、分かってくれる」
「・・・・強制的に連れ戻す」
彼女たちは俺を理解してくれているのではなかったか。だからこそ
戦場でも日常でも、過去のように接することはなかった。見知らぬふりを、
敵のふりをしていてくれたのではなかったか。
では何故今、落葉は俺を連れ戻そうとする?強制的に連れ戻して自分を
認めさせるなんて、彼女ららしくない。
思考が錯乱しているのか。
組織の実態。死人の死の真相。自分たちも捨てられるかもしれないという
可能性。仲間を平気で殺す組織、人物。俺からの否定。
思考が錯乱するには十分ではないか。
そもそも、思考が錯乱する理由なんて人それぞれだ。何が原因で、何が
要因で錯乱するかなんて、分かりやしない。
俺の背後で、御堂さんが梓弓を取り出すのが感じ取れた。
「御堂さんまで―――ッ」
春彦はまだ止めようとしているみたいだ。しかし、もう無理だろう。
怒りに我を忘れた海深。おそらく錯乱でもしているのだろう落葉。仲間の
行動に合わせている影名。おどおどしながらもしっかり構えている雪女。
自分は足手まといだと思ったのか後退する桜子。
そして展開について行けず立ち尽くす柚木。
「柚木・・・・!逃げろっ!」
俺の声にビックリして震えた柚木。咄嗟に行動が取れないようだ。
「ここはもう戦場になる、死ぬぞ・・・・・ッ!」
決して大袈裟ではないだろう。周囲を見るどころか自分さえも見失って
いる彼女らに、もう柚木は写っていない。
「・・・・・ッ!」
柚木は走って逃げた。公園から出て離れていくのを確認して少しだけ
安堵した。
海深の護鱗が周囲に散る。落葉が石を握り締め、雪女が空手の構えで
横に立つ。二本の拳銃を持った影名に守護されて胸の前で手を握っている。
いざ、開戦―――。
と思われた時、俺の前には春彦の鎖が幾重にも交差して行く手を
塞ぐ。
海深の前には俺の兄・夜月が現れた。
「どうして、争うんですか!」
「お前たち、何してるんだ!」
全く同時に二人の叫び声が響く。俺は動じず、海深も動じずに答えた。
「俺は戦う意思なんてなかったよ。向こうが戦いを吹っかけてきたんだ。
お前も見てただろ?」
「あんな最低最悪な組織にアサを任せておけないよッ!このままじゃ、
アサだって殺されちゃう・・・・ッ」
「でもアサの奴、戻ってこないんだ・・・・・もう居場所じゃないとか
言って、あんな男を庇って・・・・っ」
落葉はやっぱり錯乱してるかもしれない、と俺は思った。恐らく兄さん
も同じことを思ったんじゃないだろうか。
だからこそ兄さんも止めようとしたのだろう。
「俺たちの目的は何だった?俺たちが関わりを持てば朝月は死兆星にいる
ことができなくなって、目的も遂げられない。朝月を困らせる、悲しませる
のが嫌だったからこそ、今まで無関係を保ってきたんじゃないのか?」
「で、でも・・・・このままだとアサちゃんが殺されちゃいます・・・・!」
普段から口数の少ない雪女までもが焦っている。戦場に出ていながら、
縁遠いものだった死。それがいきなり身近な人物、ひいては自分に降り
かかろうとしている。それが焦りを生んでいるのか。
「落ち着け・・・まず、その朝月が殺されるっていうのはどういう意味
なんだ?」
兄さんは至って冷静だ。流石大学生・・・・普通に生きているならだが。
皆の生存は望んでいたことだ。表には出さないが信じている。だが、
どうしても腑に落ちない点がある。
皆が五体満足で生きていることだ。
海深は右腕を、落葉は右足、雪女は左足、影名は左腕、桜子は心臓を
俺に移植しているはずなのに。
そこだけが、俺の本当に皆を信じる心を麻痺させる。
「死兆星は死人を殺すんだ!大義名分掲げて暴走しかけた仲間を助けよう
ともしないで殺すんだっ!このままじゃアサも殺されるに決まってるッ!」
海深はかなり動揺しているようだ。息つく暇もなく捲くし立てる。
確かに暴走しかければ俺は殺されるだろう。でも、エクスクレセンスに
なって見境なく暴れるよりマシだ。皆を傷つけるよりずっと・・・・。
「落ち着け海深っ!」
肩を叩いて落ち着けようとする兄さん。それでも海深は手を振り払った。
「どうして落ち着いていられるの!?アサが死ぬかもしれないっていうの
に!どうして・・・・・っ!」
錯乱した様子の海深は兄さんを責めるような目つきになって言った。
「夜月さんは、本当はアサなんてどうなってもいいんだッ!」
「な・・・・・・ッんだと!?」
兄さんの目も強張る。キツイ目だ。
「アサのことをどうでもいいって思ってるからそんなに冷静でいられる
んだ、落ち着いてなんていられるんだッ!だって自分の弟が死ぬかも
しれないっていうのに落ち着いていられるなんておかしいよッ!」
荒い息を吐きながら海深が叫ぶ。その視線は明らかな軽蔑が入っていた。
「大勢のためなら少人数を見捨ててもいいなんて思って――――」
その時、公園に頬を叩く音が響いた。無論、怒りを目に灯した兄さん
によるものだ。
「海深、確かに俺とお前は長い付き合いだ。俺のほうが年上だけど幼馴染
だと思うよ。でもな、言っていいことと悪いことってもんがあるッ!」
本気で怒っている目。俺も一度しか見たことがない目だ。
春彦も金も御堂さんも目の前で起こっていることに付いて行けず唖然と
している。
「確かに俺は大きな目的がある。死人たちが普通に住める街、自分のDU
なんて気にしなくていい街を作るっていう目的があるさ!それでも、朝月
がどうなってもいいなんて思ったことは、この世に生を受けてから一度
もねぇッ!」
頬を叩かれた海深でさえも呆然としていた。本気で怒った兄さんの迫力
に呑まれている。
「朝月が目的を成し遂げたいと思っているって感じたからこそ、俺は朝月
の望むであろうことをしてきた!姉さんを奪っていった死兆星に居ること
さえも認めてきたんだッ!」
姉さん・・・・・・?
なんだそれは、俺に姉さんなんていないはずだ。俺の兄弟は兄さん一人
のはずで・・・・。
「自分の思考を取り戻せッ!全てクリアしろッ!お前がそんな状態じゃ
取り戻せるものも取り戻せなくなっちまうぞ!」
「あ・・・・・・ぁ・・・あ」
ようやく落ち着きを取り戻したらしい。
それよりも俺は聞かなければならないことがある。姉さんってどういう
意味なんだ兄さん?
「兄さ―――」
「お前もお前だ朝月!」
俺の声は兄さんの怒号で掻き消された。兄さんに怒鳴られるのは人生
で二度目だ。
「お前がそういう態度だからこんなことになったんだ。もう居場所じゃない
と。俺たちの死を踏み台にしたからだと、認めたら崩れてしまうからなどと!
御託を並べていつまで認めないつもりだ!?」
「そういう態度って―――」
「お前の復讐心はそんなものなのかよっ!?俺たちの死、という台座が
無くなった程度で霧散するほど軽い心なのかよッ!?」
「そんなことない!俺の復讐はそんな軽いものじゃない!」
必死に反論する。でも、反論はあっさり返される。
「だったらどうして俺たちを認めない!崩れないなら、認めてもいいじゃ
ないか!」
「・・・・・っ」
何か、嫌な予感がした。このまま口論を続ければ、俺の望まないことに
なるという予感が。
「お前は逃げてるだけだッ!」
その言葉が、何故か、胸に突き刺さった。
「陽の死が受け止められず、陽の死が認められず、認めたくなくって、
その周りにあった“俺たちの死”という“素材”をくっ付けて事実から
逃げているだけだッ!」
陽の死。その単語が俺の記憶を呼び覚ます。
あの忌まわしい、セブンスカラー・フィナーレとアッシュ・ライク・
スノウを。
「陽は事故死だった!あの事件に巻き込まれた不運な少女だったんだ!
その死を認めるのが嫌で目の前のアッシュに行き場のない怒りを向けた。
俺たちの死さえもアッシュと死兆星のせいにして、単純に怒るだけで、
自分のいいように記憶を自分で抑制して、ただただ復讐心をアッシュに
向けるだけでいいようにしたんだ!」
止めろ。止めてくれ。今でも目に浮かぶ、あの時の映像。
氷柱に刺し貫かれた陽。燃え盛る故郷。佇む少女。
そして――――――――。
呼び覚まされていく記憶。俺が無意識下で書き換えてしまった記憶の
大元。忘れたかった、忘れるべきではなかった記憶が、感情が、想いが
呼び覚まされていく。
あの、事件が起こった日の。