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復讐者(2)

一度帰宅して着替えた俺は、夕方近くに家を出た。

特に向かう先などなかったはずだが足は自然に、あるいは意図して、ある場所

へ向かっていた。

 東中央公園。もう殆ど修復の終えた公園。何故ここに来たのだろう。

特に意味などなかったのかもしれない。

 しかし、そこで見たものは意味があった。多き過ぎる意味が。

「・・・・・」 

 気温が下がった。体感温度だが確実に下がっているだろう。

「・・・・・」

 公園の真ん中には一人の少女がいた。華奢で小さい身体。地面にまで

届く長い髪。右目から右頬にかけてと両鎖骨、両足に刻まれている棘の

ような刺青。少女だろうその姿を、視界に捉える。

「・・・・・見つけた」

 五年前に眼に焼き付けた影と、目の前の少女の姿が重なる。

 (ひなた)を殺した、張本人。

 “氷結結界”のDEATH UNITを持つ、THE BLOOMING GARDENの

一人。

「見つけた・・・・!」

 背中に手を回すが、しまった、木刀は必要ないと思って持ってきて

いなかった・・・!

 ここが公園でよかった。側にあった木から枝を折り、それを木刀の

代わりとする。小さいから圧砕重剣も小型になってしまうが、人間

一人、死人一人殺す程度なら問題ない。

 紀伊坂と戦ったときと同じようなサイズの圧砕重剣を持って佇む

“奴”に向かって一足飛びに駆ける。

「・・・・あ!」

 向こうも俺に気付いた。髪の毛のせいで顔は見えないが驚いている

のは分かる。

 流石に戦いを経験しているだけはある。俺の不意の攻撃をあっさりと

回避した。

「君は・・・・!」

「やっと見つけたぞ・・・・。五年だ!五年間も探した!」

 器用に攻撃を避け続ける。

 目の前に恋人の仇がいるのに、攻撃を当てられない。もどかしさと

焦りが俺の注意力と攻撃の鋭さを鈍磨させていく。

 今ではただ、圧砕重剣を振り回しているだけだ。

「お前を殺せる日を夢見てた!陽の仇を取れる日を待ち焦がれた!

敵を斬って、斬り捨てて、この剣がお前の命を刈り取る瞬間を、俺は

ずっと!」

 ただただ力任せに右手一本で剣を振るう。一粒の雪が降り、地面に

落ちた直後、灰色の氷柱となって俺を襲う。

 ギリギリで直撃を免れた俺は圧砕重剣を突き出した。

 “奴”は雪を降らせて圧砕重剣上に落とした。雪が氷柱となって圧砕

重剣の刃を包みこんだ。

「神曲よ、蘇れッ!」

 最後の部分以外全ての詠唱を無視して強引に開いた地獄。今まで

やろうと思ってもできなかったことができた。

 漆黒に染まる刀身。純白に染まった宝石。開いた刀身が、剣を包んで

いた氷を無理矢理砕く。

「・・・・ッ!?」

 “奴”は驚く。敵の心情など無視して攻撃をかけた。

「バースト・カラットッ!」

 瞬間的に収束された重力が、圧倒的な破壊の光線となって“奴”を

狙う。

 バースト・カラットは確実に“奴”を貫いたはずだった。

 だが、俺が貫いたのは蜃気楼。熱で屈折した光が“奴”の蜃気楼を

生み出した。

「蜃気楼!?熱なんてどこに・・・・」

 氷柱から抜け出た俺は、逃げようとしている“奴”を見つけた。

「逃がすか・・・!」

 無言で剣を構える。すると、自然と形が変化していく。

 半分に割れた黒い刀身は片側に移動し、本来合わさっていた部分が峰

と化す。刃は鍔を中心に固定され、峰にはいくつかの穴が開く。

 両刃の剣を中心で二つに分けて無理矢理片刃にしたような歪な剣。

片側に二つの刃が存在し、峰に穴がある煉獄の剣は陽炎を生み出すほど

に熱を持っていた。

「サモン・ブラスト!」

 峰から噴き出た炎は刃に取り付き周囲の酸素を取り込んで爆発的に

巨大になる。剣を振って、その炎を“奴”に向かって放った。

 大容量の炎が周囲の木々を焼き、焼かれた木々は灰色の氷柱によって

冷却されていく。

 “奴”が気にしていたのはこの公園。自分の身を護ることよりもこの

公園が失われることを拒んだ。

 酷く嘲笑われた気分だった。

「アッシュ!もっと早くこっちに来い!」

 聞こえたのはさっき死兆星の本部で聞こえた声。刀騎士のものだった。

「速く!スノウがそこにいたんじゃ何もできないってばっ!」

 これもさっき聞いた声。ザ・フェニックスのものだった。

 バチンッと音がして何かが落ちる音がする。

 すると、さっきまで怒涛の勢いでアッシュだかスノウだかに迫って

いた俺の炎が、何かによって対消滅した。

「なッ!?」

 完璧に同質量。強すぎて俺に、周囲の木々に被害を出させず、弱すぎて

打ち負かされない。完璧に同質量。

 光と熱で思わず目を閉じてしまう。それがいけなかった。

 すぐに目を開けたが、もう既に誰もいなかった。

「・・・・ちくしょう」

 炎の衝突で蒸発した氷のせいで湿度が高い。不快と思うほどの湿度の

高さだ。

 最後に見た場所までいく。誰かがいた痕跡はあっても誰もいなかった。

「逃げられたか・・・・」

 あの炎は何だったんだろう。声は刀騎士とザ・フェニックスのもの

だけだったが他にいたとしてもおかしくはない。でも確か、

『上昇気流か・・・・フェニックスなら余裕か』

 と軌条が言っていたっけ。上昇気流を生み出すなら熱関係の能力だろう。

 そう考えるとあの炎はザ・フェニックスのものだったと考えるのが妥当

か。

 結局、名前は不明のままだ。手がかりとしてはアッシュとスノウ。この

二つの呼び名があったから・・・・まさか、アッシュ・ライク・スノウ

そのままなわけないだろう。

 踵を返して公園を出ようとする。家に帰ってフェイスバイザーから

死兆星に連絡してこの公園をなんとかしてもらわないと。

 ガサッ!

 すぐ背後で音がしたのは踵を返した直後だった。

「誰だッ!?」

 枝を持って振り返る。まだ圧砕重剣は出さない。もし一般人だったなら

無用な誤解を招くかもしれない。

「あ、あの・・・・」

 木の陰から出てきたのは以前、この公園であった少女。

 長い黒い髪を結ばずに遊ばせている。右目から頬にかけてと両肩、両足

に包帯を巻いたあの少女だ。

「お前は・・・」

「あ、あの、何があったんですか?」

 おどおどした感じの問い。嘘の付けない性格らしい。

「とぼけないでいいよ」

「ふぇッ!?」

 面白い声が出た。それに俺の言葉に随分と驚いていたようだ。

「全部見てたんだろ?明らかに俺に対する恐怖感が出てるぜ」

「そ、そんなつもりじゃ・・・・」

「いいよ。怖がられるのには慣れてる」

 あの大規模爆発の中で奇跡的に生き残っていたベンチに腰掛ける。その

横に少し距離を置いて少女も座った。

 まぁ一般人からしてみれば俺たち死人なんて、恐怖の対象でしかないん

だろうな。

「全部見てたんだろ?」

「・・・・・はい」

「だろうな。じゃなきゃ、あんな現場見たら怖くて逃げ出すぜ。いや?

目撃してたらもっと逃げるか・・・・。わけわかんなくなってきた」

「・・・し、死人・・・なんですね?」

「ああ。もう随分前からな」

 少女は俯いたままだ。恐々・・・・って感じでもないか?

「・・・・・」

「・・・・・」

 無言の時間が続く。俺は何も考えていなかったが、覚悟は決めていた。

基本、他人とは関わらない主義だが関わってしまった場合はなるべく

自然消滅を狙っていくようにしている。でもこの少女だけは、関わって

みようと、思った。自分の意思で。だからこそ今日ここに来たのだ。

俺が自分から関わってみようと思った数少ない人。死人とバレてしまって、

しかもあれほど強力凶悪と知れてしまえば、俺から離れていくのは必定。

 その、覚悟だ。

「・・・・あ、あの」

「何だ?」

 次に来るであろう言葉に覚悟を決めていた俺は完全に毒気を抜かれた。

「あ、お友達に・・・・なってくれませんか?」

「・・・・・・は?」

 思わず気の抜けた声を出してしまった。

覚悟していた展開とは真逆の、意外すぎる展開。

「・・・・お前馬鹿か?」

 思ったことを言ってしまった。

「ふぇ!?な、なんでですか!?」

「俺死人だぞ?それも結構強力で扱い慣れてる。怖くないのか?」

 怖いのは俺だ。ここで聞き返してどうする?もし意見を覆えされたり

したら・・・・。

 でも、この少女は俺の想像の遥か右斜め上をいく人だったようだ。

「た、他人を人間とか死人とかで、差別するのは・・・よ、よくないんです」

 人格者だ。どんな育て方をしたらこんな良心的な娘に育つんだろ?

「昔、ボクの友達で・・・・死人の子がいました。ずっと隠してきたのに

些細なことがきっかけで、露呈してしまって。皆から拒絶されて、ボクも

少なからず避けてしまいました。そして数日後に自殺しました」

 死人が自殺。結構普通なことだ。だから皆、自分が死人であることを

隠す。事実、俺もこの少女に隠してきた。

 死人と知れば、誰もが離れていくから。

「だから、死人とか人間とかで・・・・さ、差別なんてしたくないんです」

「・・・・」

「もうボクのせいで誰かが自殺してしまうなんて・・・・い、いやです」

 幼いころにそういう体験をしてしまうと、こういう感じに育つのか。

 人にもよると思うがな。

「・・・そういうことか」

「は、はい」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・あ、あの」

 俺は素直に驚いていた。

 この娘、ボクっ娘だったのか・・・・。

 ではなくてっ!

 今の世の中にもこういう娘がいるのだな。

「いいぜ。友達でもなんでもなってやるよ」

「ほ、本当ですか?」

「嘘」

「ふぇっ!?」

 面白い声が出た。

「友達だ。名前くらい教えろよ。モノローグの中でいつまでの少女扱いじゃ

嫌だろ」

「え、あ、あの・・・・」

「名前」

「は、はい」

 少女が鞄の中を漁る。出てきたのは名刺だった。今時名刺かよ。

 差し出された名刺には名前と電話番号。アドレスも書いてあった。

「改めまして、ボクは柏原(かしわはら)柚木(ゆずき)。よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしく」

 手を出された。俺も手を出して握手する。こんな古風なのは久しぶりだ。

「え~っと・・・・お名前・・・・」

「あ?ああ、言ってなかったな」

 ベンチから立つ。握手まで座ったままというのは失礼だったかもしれない。

「俺は常光朝月。変な名前だが、よろしく」

「は、はい」

 新しい関係。春彦と金、他の隊長さんたち以外に初めて、自分ひとりの

力で得たもの。

 今まで自分で手に入れたものがなかった俺。誰かに与えられ続けてきた

俺が、初めて自分で得たもの。

 大切にしていきたい、と思った。

 女の子だからとかボクっ娘だからとか包帯少女だからとか儚げだから

とか一切関係なく・・・・・。

 い、いや、多少は関係あるかもしれないけれど・・・・・・。

 失いたくはないと、思った。


 驚いた人もいるだろう。俺にこんな無駄オタク知識があったことに。


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