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未知の犠牲者と手に入られたもの

 その数時間後。俺は隊長格全員を集めた会議場にいた。

 議題は当然、俺が遭遇したエクスクレセンス第三段階のことだ。

 隊長格三人を以ってしても撃退が精々だったアレ。緊急会議の議題に

なるのは当然のことだ。

「第三部隊隊長・常光朝月。第八部隊隊長・軌条氷魚。第十部隊隊長・

暁輩蓮。この三名を以ってしても倒せなかったと?」

 議長の態度は信用していない態度だ。まぁ当然といえば当然である。

死兆星を纏める十人の隊長のうち三人が共同しても倒せなかったとなれば

それは完全を超える完全な化け物だ。

「ええ。姿形は完全に恐竜のそれと酷似していました。ですが首が無く、

断面に口が付いている、といった感じでした」

「・・・・信じ難い話だな」

 この対応は予想済みだ。

「そうとはいえ、この怪我は本物です」

 軌条は左腕が包帯で巻かれ首から吊るしている。俺は肋骨が三本折れて

しまったが華南さんのお陰でヒビにまで落ち着いた。

 軌条の傷も八割癒えている。

「それは君たちが物理攻撃能力に劣るから強いと感じたのではないかね?」

「では朝月の圧砕重剣が欠けたのはどうでしょう?圧砕重剣は今現存する

DUの中で最高の斬撃性能を持っていると証明したのは本部です」

「斬撃性能は証明しても硬度までは証明していない」

「爆縮も粉塵爆発も通用しなかった。その上、ただの跳躍で朝月の重力制御

も上回る高さまで跳躍したんですよ?」

「それは特筆するべきことだが、常光の能力制御が不足していた可能性は?

そもそもそんな巨大な化け物が第二段階ですら巨大だというのに第三段階に

なるまで発見されないというのも可笑しな話だ」

「・・・・・」

「ともあれ、第五部隊と第六部隊に依頼しておこう」

 そんな感じで会議は終わってしまった。

 帰り道。春彦と金には先に帰宅してもらって、軌条と暁に帰ろうと誘われた。

「議長の野郎、絶対信じてねぇぞ」

 軌条の言葉に暁が同意する。

「そうだな。一応調べさせるが証拠がないと信じないだろうな」

 いやなものだ。最初は少しでもいい人とか思ったがそれでも結局大人か。

 自分で見たものしか信じられない。誰もがそうだと思うが大人のそれは異常

だとさえ思う。

 子供の言うことは大半が信じない。

「だとしても信じさせる証拠がないからな。何かビデオとかあればよかった

んだがなぁ」

「録画機械と録音機械なら修之さんが持ち歩いてますよ。あの人は自分の戦い

を逐一記録して自分の視点から見て、その場の判断と冷静な判断を比べています」

「はぁ~・・・律儀な奴だな相変わらず」

 以前から接点があるのだろう暁が感心する。軌条は知らなかったようで呆れ

半分感心半分といった感じだ。

 昔俺もやってみようと思ったが戦闘の前に録画と録音スイッチ入れ忘れて

諦めたことがある。

「修之さんに言っておきます」

「頼む」

 そんな事務的とも取れる会話をしながら帰路につく。

 春彦や金、修之さんや御堂さん以外と話すのは久し振りだった。学校

に行ったとしても会話なんてしなかった。紀伊坂に絡まれたことや前先

と野田とケンカした程度だ。

 こんなまともに会話をしたのは久しぶりだ。

 この後に、俺は金と春彦に言わねばならない。

 あの戦いの後に起きたことを。



 俺の家。時刻は少し遅い時間だがどうせ俺たち三人の中にはまとも

な保護者はいない。

 遅くに家を出ても帰宅が遅くなっても問題ない。

 だからこそ、こんな時間なんだ。

 シリアスな話をするのに明るい時間は合わない。だったら暗い夜中

にするのがいいだろう。

 修之さんもいる。こういう話だ、一応保護者である彼も呼んだ。

「で、話ってなんだ?こんな時間に呼んだんだ、それなりの話なんだ

ろう?」

 修之さんが切り出した。本来俺から切り出すべきだったんだが。

「はい。重要です。かなり」

「そっか。なら早く話せ。そういう話は先延ばしにしておいて良いことは

ない」

 一度深呼吸してから本題を話す。たぶん、ここにいる全員にとって衝撃

的なことだ。

「今日の戦い、俺がエクスクレセンス第三段階と戦ったときのことだ」

「・・・・・」

「俺の、DUの侵食が始まった」

「なっ・・・!?」

 驚いて立ち上がったのは春彦だった。修之さんは気が付いていたのか、

それとも似たような経験をしたことがあるのか、とりわけ冷静だった。

金は驚きと戸惑い、後は知的好奇心が混ざった表情だった。

「どういう風になったんだ?」

「両腕が、いつも圧砕重剣に取り込まれてる黒い部分が、爬虫類状の皮膚に

変化したんだ」

「肉体変化系か・・・・・一番侵食が遅い代わりにエクスクレセンス化した

時一番ヤバい種類だな」

「種類って、侵食の仕方に種類なんてあるんですか?」

 聞き返したのは金だ。やはり知的好奇心か。俺への心配はないのだろうか。

「あるな。肉体変化系に精神変化系。最後に武装変化系の三つだ」

「精神変化系はなんとなく分かるけど、武装変化系って?」

「それこそ文字通りだ。生命力の低下に伴って武装――DUの姿が変化する

タイプだ。殆どの死人がそれに該当する」

 あ、淡白な口調になってる。真面目モードか。

「精神変化系は能力の成長に伴って能力の幅が広がったりする。好奇心や

そういう・・・なんていうか、探究心?それ系統の感情が強くなる。だから

他人への配慮とか心配とか、自分の能力の使用用途が広がったことさえも

気にしない性格になる。一番DUの侵食が分かり辛いタイプだ」

「・・・・」

 金が絶句している。まぁ当然だ。まさに今の自分のことなのだから。

「今の金がその状態だな。気をつけろよ、気付いてないだけで侵食は

確実に進んでいるから」

 とんでもないことを言い出した。金にとっては寝耳に水、晴天の霹靂、

常識を覆す・・・・他に何かあったか?

「朝月、お前これからDU使うなら注意しろ。一番侵食が遅いといっても

多く使う、強力な技を使うとか続けてればあっという間だぞ」

「わかった。・・・そういう修之さんはどうなんですか?」

「俺か?俺は・・・・」

 少しだけ考える素振りを見せた後、

「俺も肉体変化系でね。だいぶ前に変化が現れてる」

 とか言った。

「・・・・えーっ!」

「なんで言ってくれなかったんですか!」

「だいぶ前って、結構危険なんじゃ・・・・」

 俺たちの講義を手で制して言う。

「大丈夫だ。最近は大してDU使ってないし。死兆星のほうも侵食が

進んでいる者にはなるべく仕事を回さないようにしてるらしいしな」

 確かに最近修之さんが戦った報告は聞いていない。死兆星内部で最強

の戦闘力を持つ修之さんはよほどのことがないと戦場に出ることはない。

「とはいえ、ついさっき出撃命令出たばっかだけどな」

「え?そんなの聞いてませんけど・・・・」

「当然だ。俺に秘匿命令で出されたもんだ。エクスクレセンス第三段階

を発見次第討伐せよ、ってね」

 事も無げに言う。侵食が始まっている死人は基本戦いたがらないもの

なのだが、修之さんは気にしないらしい。気にしないというか、まだ

気にする程の段階でもないという感じか。

「死兆星内部で最高の斬撃性能を持った朝月と死兆星内部で最高の

即死性能を持つ軌条、加えて最高の順応性能を持つ輩連がいて撃退

しかできなかった奴に、俺一人で勝てるかよっつーの」

 いや、最高の戦闘力を持つってことは少なくともそれらを通常以上に

持ち合わせているわけで。

 案外この人なら普通に勝利するんじゃないか、と感じさせる人だ。

「少なくとも今回の話、そうですかと簡単に済ませていい話じゃない。

上層部には俺から報告しとくからなるべく戦闘に出ないようにしたほうが

いい。しかし、今の死兆星の中で一番侵食が少ないのがお前らだから、

多分戦う羽目になるとは思うが」

 重大なことをさらっと流して帰っていった修之さん。

 その人が大怪我を追ったのは次の日のことだった。



「修之さんッ!」

 俺は朝に報告を受けてから死兆星本部に顔も出さずに病院に直行した。

「おお、来たか」

 軌条と暁、音無さんに華南さんがいた。

ガラスで隔離された向こうの部屋には色々な器具を繋がれた修之さん

が眠っていた。

「容態はどうなんですか?」

 息を整えながら春彦が聞く。それに表情を真剣なものにして答えたのは

華南さんだった。

「全身のあらゆる場所に裂傷と擦過傷、刺し傷。熱傷もあるそうよ。特に

深い傷は右鎖骨を切断している裂傷。とにかく傷の数が多いの。意識不明

の重体」

「意識を失う前に言った言葉は「敵は一体じゃない、二体だ」だった

そうだ」

 意味はよく分からない。だが修之さんが生きていて命に別状がないことが

分かっただけでもよかった。

 病院を出る。病院には華南さんが残っている。俺たちはとあるものを

確認するために死兆星に戻る。

「で、これがあいつのフェイスバイザーなわけだが」

 そのとあるものを軌条が机に出す。

 とあるものとは修之さんのフェイスバイザー。本人の意識がない今、

一番の証拠は戦闘になれば必ず録画録音していた修之さんのフェイス

バイザーだけだ。

 恐らく第三段階と戦いを始めたときから、何が起きて、どうしてあんな

怪我を負うことになったのか。全てが記録されているはずだった。

「じゃ、再生するぞ」

 部屋の中にいる俺と軌条、春彦と金、暁と音無さんがスクリーンを凝視

する。誰も何も喋らない。

 映像が移しだされる。

『エクスクレセンス第三段階・コールネームE3を確認。これより討伐を

開始する』

 当然なのだが修之さんの声だ。映像には俺を襲ったE3がいる。

尻尾は切断されているから確実だ。

『さて、朝月と軌条と輩蓮が戦って撃退に追い込んだ奴だ。俺一人で

勝てるかどうか―――』

 パチンッと指を弾くとカラスの羽根のような黒いものが舞い、その中

から二m五十㎝を超える、直線の一切ない曲線のみで形作られた剣。

銃身色(ガンメタルグレイ)の刀身も真珠色(パールホワイト)の刃も流麗な曲線ばかり。真っ直ぐな

場所などどこにもない。

 地面に突き刺さる前に跳躍して片手でキャッチ。両手で持って相手の

頭上から叩き落とす。

 鱗を数枚剥がすだけに留まった剣は地面に減り込み、修之さんは剣を

持ったまま一気に後退した。

 後退した直後を狙って風の塊が修之さんを襲う。それを剣で防いだ

修之さんの背後に跳躍したE3が着地する。基本本人視点なのでよく

分からないのだが、背後に蹴りでも入れたのだろう。その足を掴まれて

投げ飛ばされた。

『確かにこれは一筋縄にはいきそうにないな。あいつらが苦戦したのも

頷ける』

 何度か剣戟が続く。お互いが殆ど無傷のまま戦闘は続いていき、とうとう

修之さんが攻めに転じる。

『行動に慣れたらつまんなくなってきたな。そろそろ攻めるか』

 今まで攻めてなかったのか、なんて無粋なツッコミはしない。

 指を鳴らす。すると剣が現れた時と同様にカラスの羽根のような黒い

ものが舞い、それがE3の腹部の下に侵入する。

いくつもの羽根が渦を作りやがて影のようになる。

 そうなったところで修之さんはまた指を鳴らした。

左腕(ベクトル・レフト)

 言葉に応じて羽根の影から巨大な機械の腕が、E3の腹部目掛けて

飛び出した。

「はぁッ!?」

 さすがにそれには声を上げて驚いた。こんなのは聞いてない。修之さん

のDUはてっきり機神の葬器(マキナ・ローズ)だと思っていた。

 では、あれは?

 あの地面の黒い影から飛び出して、あのE3の巨体を宙に浮かせたあの

機械じみた腕はなんなんだ?

『こういう堅いのには斬撃よりも打撃のほうが効果あったりして。どんなに

堅固で堅かろうと衝撃は内部に伝わるからな』

 余裕の口調で語る。相手には言葉は通じないだろうに。

 よく見れば他の人たちも大口開けて驚いていた。暁と御堂さん知っていたら

しいので普通の表情だが。

『さて、あんまり俺もDU使い続けたくないんだ。もう侵食始まってるんでね』

 風を操って距離を取って逃げの体勢に入ったE3の正面には既に、黒い羽根

の集合体が出来上がっていた。

その背後にも、その真下にも。

『終幕だ。左足(アンダー・レフト)!』

 真下にあった影から足が飛び出す。それによって宙に蹴り上げられたE3は

口から何かを出そうとして、

『させるかっ!』

 投擲された機神の葬器によって強制的に閉じられた。

『受け取れ、テンガイ。今回はこれ以上お前に命はやらねぇよ』

 空を舞う剣。そして影から新たに吐き出される二本目の剣。

 そしてそれを取る二本の機械じみた腕。

『塵鬼・葬鬼!相克し、疾うに塵撒き葬送せよッ!』

 正面と背後の腕が剣を持ち、十字架を描くようにクロスさせて、斬った。

 あれだけ堅かったのに。最高の斬撃性能を持つ圧砕重剣でも傷一つ付け

られなかった外殻が。

 あっさりと。本当にあっさりと、四分割された。

「・・・・・」

 俺たちは絶句して声を出せない。俺と修之さんの力の差を見せ付けられた

気分で、実際、そうなのだ。

 得たDUの差なのか、天性の差なのか、努力の差なのか。例え全部だとしても、

例え全部違ったとしても、その力の差はあまりにも、決定的だった。

『これで終わりか。あいつらじゃ厳しい相手だったかもな。斬撃系に間接系だしな』

 そして影を全て散らしバイザーに指をかける。

『エクスクレセンス第三段階・コール名E3の絶命を確認。任務を終了

する』

 そして指に力を入れて録画録音を終了しようとしたところで、

『・・・・!』

 指の動きが止まって画面が移動する。修之さん自身が動いて録画録音の

終了を止めたのだ。

『連戦か・・・・勘弁してくれよ』

 修之さんの前には着物を着た女性。いや、違う。

 着物だ(・・・)。中身のない着物だけが浮いている(・・・・・・・・・・・・・・・)。

 本来いるはずの人間がいない。着物の内側はぽっかりと影が落ちている。

『・・・・・・』

『・・・・何か言ったか?』

 向こうのやつが何か言ったらしい。聞こえなかった。聞き返した修之

さんに応じてか、今度は聞こえる声が聞こえた。

(ノーバディ)・・・・・(ノーズ)・・・・の欠片・・・・・子供たち』

『・・・・?』

『未知の欠片の犠牲者・・・・・・わたしの様になっては・・・いけない』

 今まで会話もできないどころか言葉すら通じていなかったエクスクレセ

ンスが、喋った。

 それも、俺たちにわかるように、自分を否定する形で。

『どういう意味だ?』

『奴は・・・・DEATH UNITに関わった・・・・魂、回収する。力を、

集めて・・・・いく』

 奴の言うことは要領を得ない。それでも意識はあって何かの思惑の

下に行動していることが窺える。

 いや、行動したい、か。エクスクレセンスである以上、一度死んでいる

のだ。伝えたいことがあれど、肉体が言うことを利かないといった感じか。

『アレが・・・・完成すれば・・・・・死人は滅ぶ。この世界だけ・・・

じゃない。全世界の・・・・死人が・・・・』

『アレだと?アレとは何だ?』

 答えない。代わりに、着物に動きがあった。

 もぞもぞと蠢く。何もなかった袖と裾から何かが顔を出す。

「・・・鋏?」

 軌条が呟いた。その通り、袖と裾から現れたのは巨大な鋏。人間の胴体

なら普通に切断するであろうサイズのものだ。

 浮いているから足が鋏だろうと関係ない。もっと驚くことがその先に

あったからだ。

 ビリバリッっと布地を引き裂く音がした。そして、着物の背後、背中から

六本に及ぶ、手足のものよりも更に巨大な鋏が現れた。

 両足の腿から二本ずつ。二の腕から一本ずつ。腹部から一本。そして、本来

頭部があるべき場所から一本現れる。

『おいおいおい・・・・・』

 修之さんが少し後ずさった。下手したら逃げようとしたのかもしれない。

『新たに出現したエクスクレセンス第三段階をE4とする。これより討伐する』

 再び機神の葬器を出現させ、両手で構える。

 着物はもう何も喋らずに全身の鋏を閉じたり開いたりしてチョキン

チョキンと音を鳴らす。

 結構恐怖をそそる音だが、修之さんは駆け出した。

『さぁッ!』

 振り下ろした剣は二の腕から生える鋏によって受け止められる。隙の

できた修之さんを背中の六本が襲う。

 剣を手放すことで全て回避した。そして二本目の剣を取り出す。

 今度は下から切り上げるが片足に受け止められ、腿から生える四本

の攻撃を受けた。数箇所に切り傷が刻まれ二本目の剣を手放し、離れる。

『ヤバい・・・・な。武器がなくなっちまった』

 そう言いながらも気を抜かず、ボクシングのような構えを取る。

『こういう時だけ思うよ』

 だけ、の部分を強調して言う。その手足が徐々に黒く染まっていった。

『自分が肉体侵食系でよかったってな』 

 眼が、動く。

 眼が、変化する。

 烏の眼だ。

 DUが修之さんを侵食している。

『朝月は爬虫類って言ってたけど、俺は鳥。烏だ』

 手は鳥の足を模した五指。足はカラスの足指は四本。爪は異様に長く、

堅そうだ。眼は瞳孔が縦になっている。さながら猛禽類のそれだ。

 身体の所々に黒い羽根が見える。カラスの全身のある羽毛。それが人間

の肉体の反映されているのだ。

『武器が使えない俺の、今できる最大の戦力だ』

 当然、迅い。

 映像がコマ送りのように動く。その速度に追い縋り、追従する鋏を

堅固で鋭い爪が防ぎ、いなし、受け止める。

 鋏が伸びる。それはマニピュレーターのようなもので、自在に曲がる。

 四肢全てを使って攻撃を防いでいる修之さんの防御を潜り抜けて、

身体に刃が届く。

 身体の各所に裂傷が刻まれていく。そして、その傷を構わず腕を伸ばした。

『攻撃を当てないことには、何もわかんないからな』

 爪が着物を引き裂く。破れた布地は地面に落ちる前に解けて消える。

 距離を取った修之さんは着物を動きを注視した。

 そして、驚愕する。

『おいおい。物理攻撃は無効かよ・・・?』

 着物の中には、何もない。

 暗い影しか、ないのだ。

 手から、腕から、背中から、腿から、足から、頭から、腹部から生えてい

る鋏は一体どこから生えているのか。そんな疑問に答えなどない、と自信を

もって言えるほどに、何もなかった。

 着物の中は着物によって作られた影が落ちるのみ。鋏など欠片もない。

『物理系以外か。こりゃ軌条のほうが有利だな』

 E4は浮遊している。必然的に移動は速くなる。距離などあっという間に

詰められてしまった。

『逃げられそうもないってのが精神的に一番キツイかなっ!』

 鋏を避けながら、防ぎながら接近する。近接戦闘は敵の領域だが、

こちらも接近しなければ攻撃は当たらない。一度接近されてしまえば

向こうが体勢を崩すか逃げるかしなければこっちに逃げる選択肢は

無い。逃げようと背を向ければ、一瞬のうちに切り裂かれる運命だ。

 攻防は続く。E4は殆ど無傷。恐らくは着物全てを失えば消滅するの

だろうが十八本の鋏が相手では無理すぎる。

 身体中に傷が刻まれる。いつのまにか、鋏の形が変わっていた。

 刃じゃない部分にヤスリのようなものが付いている。それが修之さん

の顔面の右頬を直撃した。

『痛ッ!?つか熱ッ!』

 右頬の皮膚が剥がれる。大きな擦り傷ができてしまった。

『ヤスリの付いた鋏なんて意味ねぇだろうが!』 

 叫びながらも動きを止めない。傷が痛んでも気にしない。少しでも

気を抜けば死ぬ。それほど高度な戦い。

 やがて鋏と着物を繋ぐ部分、アームの部分の大きなギザギザができる。

E4はそれと鋏のヤスリを強く、素早く、何度か擦りつける。

 鋏が摩擦で熱せられ、修之さんを襲った。

『熱いっつーの!熱せられた鋏って何の拷問だっ!』

 とか叫んで着物を一部を引き裂く。なんとも緊張感のない叫びだろう。

 とはいえ、修之さんも余裕はないのだろう。黒い羽根は集めようと

してもその隙さえ与えてもらえない。

 やがて全身の切り傷が激しい痛みを持ち始める。裂傷は傷ついた直後

よりも少し時間が経ってからのが一番痛いのだ。

『ッ痛!』

 そしてとうとう、動きが鈍ってしまった。

『ぐわッ!』

 両腕両足腹部を鋏でビルの壁に固定されてしまう。

 E4の動きも止まった。だが、今の修之さんに抵抗はできない。

 と思われた。

『待ってたぜ。そうやって余裕を見せて、動きが止まるのをな!』

 黒い羽根を集結させる。それに気付いたE4は急ぎ、頭部の鋏で

修之さんの顔を狙った。

『せめて一撃・・・・報いるまで死ぬか!』

 動かない身体を無理矢理動かして頭は避ける。ただ、本来頭に当たる

はずだった攻撃が右の鎖骨に直撃、鎖骨が切断されてしまった。

 その間に黒い羽根は集結した。E3を殴り飛ばしたときのような黒い

渦が出来上がり主の命令を待っている。

右腕(ベクトル・ライト)』 

 呼びかけに応じて渦から機械じみた右腕が現れる。そして次の声に

応えて動いた。

『正拳突き(アサルトナックル)!』

 肘から火を噴いて(比喩ではなく本当に)先ほどのパンチとは比べ

ものにならない程の勢いで拳を突き出した。

『―――――――――ッ!』

 E4の声にならない声が響く。機械の拳が鋏を砕いたのだ。

 左側の鋏――正確には背中の外側二本、左二の腕の一本、左手の一本

が砕かれ、粉々になってしまっていた。

 一応痛覚はあるのだろう。そう考えると本体は着物ではなく鋏なのかも

しれなかった。

 他の鋏で壊れた鋏を押さえながら後ずさる。拘束から開放された修之

さんは重力に逆らわずにそのまま地面に落下した。

『どうした?・・・・まだ続けるか?』

 息も絶え絶えに羽根を集結させる。それを見たE4は踵を返して

逃げ出した。

『・・・・』 

 無言に倒れ伏す。全身の傷は激しい痛みと熱を持ち、右の鎖骨からは

大量の血が流れていた。

『ちっ・・・・最高の戦闘能力なんて言っておいて・・・・このザマか』

 映像では修之さんがどんな表情かは分からない。苦笑でもしている

のだろうか。

『あいつら・・・・笑えねぇなこりゃ』

 少しだけ映像が動く。カメラの位置がズレたのだ。それは修之さんの

頭が下がったことでもある。

 そしてさっきの言葉を最後に修之さんの声は聞こえなくなった。意識

を失ったのだ。

 しばらくなんの動きもない地面の映像が続いた。やがて人の足音が

聞こえて華南さんの声が聞こえた辺りで映像は切れた。


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