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霊峰ガルダに登ろう!  作者: 静先輩
第一章 リアルガルダ編
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第6話 ガルダの正体、桁がバグってた

 噴火からしばらくして、俺は例の隊長さんと、ときどき街の喫茶店で会うようになった。

「山はもうこりごりです」と口では言いながら、山の本を読み漁っている俺を見て、「ああ、このタイプは戻ってくるな」と察したらしい。


 その日も、安っぽいナポリタンを前にして、俺はずっと胸にあった疑問を切り出した。


「ガルダって、やっぱスゲー山なんですよね?」


「唐突だな。お前、まだあきらめてなかったのか」


「いや、こう……将来の話として。人生のどこかのタイミングで、ですね」


 隊長さんは、コーヒーをひと口飲んでから、じっと俺の顔を見た。


「どこのガルダの話だ?」


「どこの、って……」


 俺が毎朝窓から見ている、あの地平線に刺さってる白い峰。


「西の地平線にそびえてる、あれですよ。九千メートルの」


「ああ」


 隊長さんは、ふっと鼻で笑って、テーブルの上にあった紙ナプキンを引き寄せた。

 ボールペンで、さらさらと線を引く。


「まず一つおさらいだ。お前の家から見えるあれは、『ガルダ本体』じゃない」


「え?」


「ガルダは海の向こうだ」


 紙ナプキンの上に、簡単な図ができあがる。

 陸地。海。そのずっと向こうに、ありえない高さの三角形。


「……あ」


 頭の中で、何かがひっくり返る音がした。


 今までずっと、俺は「地平線にそびえる山」だと思っていた。

 実際、そう見える。

 でもそれは、ただの遠近感のトリックだった。


「お前の家から見えるあの白いのはな、ガルダ山塊の“手前の丘”みたいなもんだ。あの『壁』のさらに数百キロ向こう、本物のガルダは水平線に突き刺さっている」


「水、平線……?」


「そう。海の向こうに立ってる」


 言われてみれば、冬のよく晴れた日、白い峰の下の方がやけに霞んでいて「途中から空気の色が違うな」と思っていた。

 あれ、単に海だったのか。


 隊長さんは、もう一本線を引いた。

 今度は、三角形の高さを示す数字。


「で、本物のガルダの標高は、最新の観測でだいたい五万メートル前後と言われている」


「……」


「聞こえなかったか? 五千じゃない。五万だ」


「いやいやいやいやいや」


 思わず声がでかくなった。

 隣の席のサラリーマンがチラッとこっちを見る。


「五万って、それ、山でいいんですか? 宇宙ステーションが見下ろす高さじゃないですか?」


「上の方はほぼ成層圏の上限をぶち抜いてる。

 酸素はほとんどない。気圧は笑えるレベルで低い。

 重力は同じだ。だから、あそこを『山』と呼んでいいのかどうかは、学会でも議論になってる」


「そりゃそうでしょうよ……」


「頂上はもっとややこしい。ガルダは大陸どころか、プレートそのものを突き破って頭を出してる“超山塊”みたいなもんでな。どこまでが『一つの山』で、どこからが『別の峰』なのか、輪郭がはっきりしない。それなのに、だ」


 そこで一度言葉を区切り、隊長さんは俺を見る。


「登頂記録は『一名』いる」


「……は?」


 五万メートル級で、空と地面の境界がよくわからなくて、どこが山頂かもはっきりしないのに、「登頂記録あり」。

 バグじゃん。


「お前が知ってる情報はな、手前の前座の話だ。本物のガルダは、世界の地理の教科書が嫌がって載せたがるレベルの例外だ」


 紙ナプキンの上の三角形は、もはや冗談みたいな比率になっていた。

 麓の海がただの細い帯に見える。


「……人類、そんなの登れるんですか?」


「物理的に疑わしい。登山どころか、あの高度まで生身で到達できるかどうかが怪しい。だからこそ、『一名』という記録が、ずっと世界中の山屋と学者の頭を悩ませてる」


「誰ですか、その一名」


「ネルソン」


 その名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたような気がした。

 世界の山の本の片隅に載ってた古い挿絵。

 くたびれたコートに、やたらごつい杖を持った男。


「その人の話はな、書き文字で読んでも頭が痛くなる。しゃべりで聞くともっとひどい。……資料、見るか?」


「見ます」


 即答だった。


 隊長さんは、カバンから分厚いファイルを取り出した。

 紙の地図や写真が、ビニールポケットにびっしり詰め込まれている。


 最初に目に飛び込んできたのは、ガルダの遠望写真だった。


「……なにこれ」


 そこに写っていたのは、俺が知っている山のどれとも違った。


 画面の半分以上を占める、巨大な「壁」。

 普通の山なら、空に向かって尖っていくところが、ガルダは途中までは確かに「山」なのに、ある高さから上が、なんだかもう別の地形に見える。

 雲の層を三つも四つも貫いて、その上でなお、ぼんやりと輪郭を伸ばしている。


 よく見ると、遠くの雲の中に、不自然な影や境目がある。

 そこだけ重力の向きが違うんじゃないかと疑いたくなるような、ぐにゃりと歪んだ雪面。

 光の当たり方がおかしい氷の棚。

「見たことない地形」というのは、こういうことか。


「そもそも五万メートルって、それ、成り立ってていいんですか?」


「地質学者も頭を抱えてる。『あれは山というより、地球の骨が露出したものだ』って詩人みたいなことを言うやつもいる」


 隊長さんは、別のページを開いた。

 そこには古ぼけた地図とともに、丁寧な手書きのルートが引かれている。


「で、その“骨”に登ったバカが、一五〇年前に一人だけいた」

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