第21話 ネルソンはなぜ吹き飛ばなかったのか
当然、疑問が浮かんだ。
ネルソンはどうしたんだ。
あの男は、ガルダに登った。
しかも単独無酸素で、旗を三本持ち、王笏を杖にし、山頂候補を全部まわり、期限に間に合わせるために半分くらい小走りして、クレバスを三段跳びで越えた。
そのネルソンが、登山口で天然地雷を踏まずに済んだ理由は何だ。
運が良かったのか。
それとも、何か知っていたのか。
気になって、俺は資料を漁った。
屋敷の書庫にあるガルダ関連書籍。
ロウガンさんにもらったコピー。
ゲームの設定資料。
公式掲示板の考察スレ。
不気味なくらい詳しいユーザー作成年表。
調べていくうちに、意外なことがわかった。
ネルソンがガルダへ向かった当時、爆発現象は正式には発見されていなかった。
発見されていなかった。
つまり、ネルソンは「ここは爆発する湿地です」という情報を持っていなかった。
ガイドブックもない。
危険地図もない。
警告看板もない。
爆発事故の記録もない。
なのに通過している。
俺は椅子に沈んだ。
なんなんだ、あいつは。
山の側が気を遣ったのか。
いや、ガルダがそんな気配りをするとは思えない。
ガルダはゲームバランスを知らない山だ。雪崩と毒ガスと猛禽を同じ皿に乗せてくる山である。ネルソンだけ通行無料にするような愛嬌はない。
さらに調べると、先住民の存在が出てきた。
いた。
マジでいた。
ゲーム内だけの敵キャラではなかった。
ガルダ周辺には、当時から現地の人々が暮らしていた。彼らは経験的に、麓の危険地帯を知っていたらしい。
つまり、天然地雷の存在を、学術的な言葉ではなく、土地の記憶として把握していた。
ここは踏むな。
ここに荷を置くな。
ここは雨のあと近づくな。
そういう知識だ。
ただし、ネルソンがその知識を教えてもらえたかというと、無理だった。
当時は文化交流が成立していない。
言語も未解明。
外から来た人間がガルダへ近づけば、基本的に槍を向けられる。
そりゃそうだ。
自分たちの聖地であり生活圏であり、しかも上空には四メートル級の猛禽がいて、足元には天然地雷がある土地へ、海の向こうから見知らぬ登山家が王笏を持って現れたら、誰だって警戒する。
しかもネルソンである。
資料の肖像画を見る限り、悪人には見えないが、善良な旅人にも見えない。目が「この先に登れる場所がありますね」と言っている。あの目で聖地を見上げられたら、槍の一本くらい向けたくなる。
当時わかっていたのは、ごく限られた接触方法だけだったらしい。
特定のジェスチャーを見せると、先住民が槍を引っ込め、道を通してくれることがある。
その程度。
会話ではない。
交渉でもない。
「敵ではないかもしれない」という最低限の合図。
俺はゲームを思い出した。
先住民に追われるエリアで、特定のタイミングで武器をしまい、両手を見せ、胸元の布を少し下げると、相手が道を開けるギミックがあった。
最初はただの和解イベントだと思っていた。
実際には、史実に基づく接触ジェスチャーだったのか。
あの運営、本当に山と史実には妙に誠実だ。
肖像権では足元を見ないくせに、先住民のジェスチャーは拾う。
倫理の地形図がどうなっているんだ。




