第1話 地平線の向こうにそびえる、俺の「目標」
ガルダ山。標高九〇〇〇メートル級、世界最難関、地平線に刃みたいに突き立ってるバケモノ山。
生まれてからずっと、この街の西側の窓は、だいたいガルダの方向を向いている。だから朝起きてカーテン開けるたびに、あの白い峰が、ほんの少しだけ空の位置を変えて見える。
季節や気圧の具合で、見え方が変わる。冬の澄んだ朝なんか、ヤバい。空の青を切り裂くナイフだ。ああいうのを「神々の座」とか呼ぶんだろう。俺は別に神にはそこまで興味ないけど、山はスゲー。とにかくスゲー。あれ登ったやつマジで偉人。
噂によると、ガルダ登頂は公式には記録ゼロ。標高からして人間がギリギリ呼吸できるかどうかってラインだし、天候がヤバすぎて、登山隊がまともに取り付けないまま撤退、みたいな話ばっかり。
けどさ。
「最難関」って、つまり、まだ誰もちゃんと攻略してないってことだろ?
ゲームなら、一番燃えるやつじゃん。
最近、YouTube で登山動画とか登山系Vlogを漁るのが日課になっててさ。ドローンで撮った稜線とか、テントの中で凍りかけた指でコーヒー淹れてるところとか、見てるだけで脳内に酸素が駆け巡る感じ。
画面越しなのに、標高三〇〇〇メートルってテロップ出ると、なぜか自分も少し息苦しくなった気になる。錯覚だけど、気分は最高だ。
「このルート、風強すぎて撤退します」とか言ってるけどさ、逆に言えば、ちゃんと準備して、ちゃんと訓練すれば、行けるラインってことだろ。
ガルダの動画は、一個もない。
それが、ずっと引っかかってた。
検索窓に「ガルダ 登山」「ガルダ ドキュメンタリー」とか入れてみても、出てくるのは遠景からのタイムラプスとか、ふもとの村から撮った観光動画ばっかり。コメント欄には「呪われた山だから近づいちゃダメ」とか、まあ、オカルト好きが喜びそうな話が並んでる。
でも、登頂動画はゼロ。
この世界、もうだいたい何でも誰かが撮ってアップしてるってのに、ぽっかり空白。
「だったら、初投稿、俺がもらってもよくね?」
そういう発想になるのは、まあ、俺がいいとこのボンボンだからだろう。
親父は重工メーカーの役員で、祖父の代からの会社。工場では登山ギア用の金属パーツも作ってる。幼い頃から「うちは安全性能で勝負だ」とか聞かされて育った。安全、安全、安全。
それを、山で証明してやるのも、ちょっとカッコよくないか。
ガルダの前哨戦として、「各大陸の最高峰七つ制覇」とか、いかにもやりそうなことも脳内スケジュールに入れた。俗に言う「セブン・サミット」ってやつだ。世界地理のテストには一ミリも役に立たなかったのに、山の名前となるとスラスラ覚えられるのが不思議だ。
歴史の授業で名前だけ出てきた、五百年前の登山家レビルの話も掘り返した。
あの人、ほぼ素手で七大陸最高峰を全部制覇してる。ピッケルとロープは使ってたけど、防寒装備は羊毛マントとか革靴とか、今からするとギャグみたいな装備だ。
真面目な学者は「英雄譚として誇張されている」とか言ってるが、ロマンに水を差すなよと思う。
「レビルができたなら、現代装備の俺なら続ける余地はある」
そういう雑な計算をしつつ、俺はベッドの上で世界の山岳地図を眺めながら、サムネイルをイメージし始めた。
吹雪の山頂に立つ俺の自撮りに、脳内でテロップを付ける。
『ガルダ初登頂・世界独占生配信』。
なかなか悪くないタイトルだと思う。




