情を殺めた大賢者
極度の緊張と、底なしの自己嫌悪に全身を苛まれながら舞台袖に立っていたアヤメは、気がつけば見知らぬ森の中に倒れていた。頭上には見たことのない2つの月。そして、目の前には半透明のウィンドウが表示されている。
名前:アヤメ・キサラギ(21) 職業:【無職】 スキル: 【パーフェクト・ペルソナ(完全な仮面)】 – (EX:内面依存) 【努力家】 – (S) 【演技力】 – (A+)
「無職……ですか。変わらないな、私は」
喉の奥で乾いた笑いが漏れる。元の世界で誰にも認められなかった「無価値な自分」が、この異世界でもシステムによって証明されたようだった。しかし、【EX】ランクのスキルに目が留まると、冷たい炎が宿った。
アヤメは知っていた。自分には、並外れた**「努力」で技術を習得し、「演技」で理想の誰かを騙し通す才能があることを。彼女の技術は一流でも、いつだって自信がなく、不安に苛まれていた。
「私は価値がない。だからこそ、完璧な誰かを演じきり、絶対的な承認を手に入れるしかない」—これがアヤメの「噓」であり、生きるためのルールだった。
【パーフェクト・ペルソナ】。このスキルは、演じる「役割」に彼女の精神エネルギーと自己否定を注ぎ込むことで、その役割に必要とされる技能とステータスを一時的に具現化するものだった。自己否定が深ければ深いほど、ペルソナは強くなるが、アヤメ自身を蝕む。
アヤメは力を込めて、最も完璧で、最も求められるであろう「役割」を意識した。
現在のペルソナ:【清廉なる聖女の光】(SS) ステータス:魔力 EX / 精神 EX / 癒し SSS
彼女は立ち上がり、完璧な聖女の笑顔—不安と自己否定の重みを隠し通した、無垢で献身的な微笑み—を浮かべた。その力で、すぐに彼女は村人に発見され、救世主として街へと迎え入れられた。
アヤメはすぐに街の護衛団に協力する形で活動を始めた。彼女の演じる聖女は、常に周囲の調和を大切にし、誰よりも努力をする。
彼女の功績はすぐに広まり、街の人々、そして護衛団の仲間たちからは絶対的な信頼を得た。しかし、アヤメが唯一、完璧なペルソナの重圧を忘れられる場所があった。
ギルドの片隅にいる、地味な制服の事務員、リアの傍だった。
「アヤメさん、いつもすごいですね。でも、この間、朝焼けの中で一人、剣の素振りをされていましたよね。私は、そのときの『技術を磨くこと自体を楽しんでいるあなた』が好きですよ」
リアは、アヤメの眩い聖女の称号ではなく、努力家そのものを評価した。リアの澄んだ瞳には、アヤメが抱える「どうせ自分なんて」という不安も、偽りのないすべてが映っている気がした。
リアが提示するのは、「ありのままのあなたでも、価値があり、愛される」というニード(真実)だった。アヤメの心は揺れる。演技を止め、この温かい真実を受け入れたいと、一瞬、願った。
しかし、その願いはすぐに恐怖に変わる。
(もし、私がペルソナを脱いだら? この完璧な聖女じゃなくなったら? この子は、この世界は、私を嫌いになる。無価値な私には戻りたくない……!)
アヤメはペルソナをより強固にし、リアに対して微笑み返した。
「ありがとう、リア。でも私は、皆の期待に応える『聖女』でいたいんです」—それは、真実を遠ざけるための、冷たい決意だった。
街の地下から、突如として「虚偽のダンジョン」が出現した。このダンジョンは、侵入者の「噓」や「自己欺瞞」をエネルギー源とし、内部の魔物を強化する特性を持っていた。
アヤメたち護衛団は突入したが、ダンジョン内の魔物は異常に強く、彼女の【パーフェクト・ペルソナ】が逆に魔物を活性化させてしまう。
(なぜだ! 完璧に『光の剣士』を演じているのに、力が衰えていく!)
魔物の攻撃を避けながら、アヤメのペルソナが僅かに揺らぐ。その瞬間、幻影が彼女の心に語り掛ける。
「お前が偽れば偽るほど、ここは強くなる。お前の根底にある『どうせ自分なんて』という不安が、我々の力だ!」
アヤメの心は乱れ、ついに彼女の皮肉や悪態が飛び出した。
「ふざけるな!」
(結局足を引っ張るのは私の気持ちなの?……)
この動揺で仲間との連携が崩壊し、一人の団員が深手を負ってしまう。アヤメの「噓」が、初めて仲間を傷つける結果となった。
リーダーは血を流す団員を庇いながら、アヤメに懇願する。
「アヤメ! 一度引こう! 君は完璧だが、今日の君は何かおかしい!」
アヤメはリーダーの目を見た。彼は「完璧な英雄」を求めているのではなく、仲間への「情」を優先している。この優しさが、アヤメの「噓」を打ち破る「真実」だった。
アヤメは悟った。このダンジョンを攻略し、「聖女」としての地位を守り切るには、「情の厚さ」という不確定要素を切り捨てなければならない。真実は、噓の敵なのだ。
虚偽のダンジョンから撤退した夜、アヤメは自室で、ペルソナを解いた無表情な顔で、折れた剣を見つめていた。ダンジョンでの動揺は、彼女に痛烈な現実を突きつけた。「完璧な自分」を演じられなければ、仲間を傷つける。
翌日、作戦会議室。テオは血を流した団員を背後に、「今回の敗北は、私の判断ミスだ」と、いつものように責任を一身に背負おうとしていた。
その瞬間、アヤメの心に冷たい思考が走った。
(テオは優しい。だが、その『情』が、私たちを弱くする。このままでは、また失敗し、私が無価値な存在だと証明されてしまう……)
アヤメは完璧な聖女の顔を貼り付け、静かに、しかし冷たい声でテオの言葉を遮った。
「いいえ、リーダー。敗因は、あなた個人のせいではありません。私たち全員が持つ『感情的な判断』、そして『私への過度な依存心』です」
テオは驚きに目を見開いた。彼女が自分の非を認めず、論理で仲間を断罪するのは初めてだったからだ。
「情に流された判断は、すべてを危険に晒す。この虚偽のダンジョンは、弱さを喰らうのです」アヤメは続けた。「これからは、私の指示は絶対とします。目的達成のため、感情的な要素は一切排除する。それが、私たち全員が生き残る唯一の道です」
その言葉は、アヤメがこれまで演じてきた「周囲との調和を大切にする」というペルソナを、自ら切り裂く行為だった。テオは、心から信頼していたアヤメの変貌に、深い失望の色を浮かべた。
「アヤメ……君は、何を言っているんだ?」テオは立ち上がった。「情がなければ、仲間じゃないだろう! 私は君の、あの誰にも見せない真剣な情熱を信じていたんだ!」
アヤメは冷たいペルソナでテオの目をまっすぐに見つめ、感情を完璧に抑圧した声で言った。
「その情熱は、結果を出してこそ価値があります。私はもう、優しさで失敗するわけにはいきません」
この瞬間、アヤメは「情こそが弱さである」という新たな「噓」を内面化し、「絶対的な聖女の地位」を冷酷に追求する道を選んだ。彼女はテオや仲間たちの動揺を無視し、振り返ることなく会議室を後にした。もう、元の優しい「調和」の時代には戻れない。
アヤメは、より強固な【完全無欠の軍師】のペルソナを発動させ、以前よりも遥かに大規模な魔物の討伐作戦を立案した。街の長は、彼女の論理と、これまでの華々しい実績に説得され、その作戦の実行を承認した。
作戦は、囮を用いて魔物の群れを分断し、本隊が背後から一掃するという、冷酷なまでに効率的なものだった。
その囮役には、作戦の成功率を最大化するため、最も犠牲精神が強く、統率力に長けたテオが選ばれた。
作戦会議で、アヤメはテオに正面から命じた。
「テオ。あなたは囮部隊を率いてください。あなたの冷静さと犠牲精神は、この作戦に不可欠です。あなたは、私にとって最も価値のある囮です」
「価値のある囮……か」テオは静かにその言葉を反芻した。彼の顔は、怒りよりも深い悲しみに満ちていた。「かつて、お前は私に、『誰も切り捨てない』と言ったな」
「私は全員を救う最善策を選んでいるだけです」アヤメはペルソナで塗り固め、その心の痛みを完璧に隠した。「私を信じるなら、命令に従ってください」
テオは命令に従った。彼はアヤメへの失望を胸に、囮部隊を率いて魔物の群れの正面へ向かった。
作戦開始。テオの囮部隊は、凄まじい数の魔物を引きつけ、計画通りに群れを分断した。その動きは完璧だったが、魔物の反撃は予想を上回る苛烈さだった。
「隊列を維持しろ! あと一分耐えれば、アヤメの援軍が来る!」テオは叫びながら、巨大な魔物の爪を盾で受け止めた。彼の身体は限界に達していた。
しかし、その「一分」が絶望的に長かった。
後方のアヤメは、戦況を冷静に分析していた。テオの部隊が崩壊寸前であることはわかっていた。だが、ここで予定より早く本隊を動かせば、分断した魔物の群れが再び合流し、作戦全体の成功率が10%低下する。
アヤメの耳元で、テオの部隊からの悲鳴に近い報告が入る。
「リーダーが集中攻撃を受けています! アヤメ様、今すぐ援護を!」
アヤメのペルソナの下で硬質化した顔に、一瞬だけ人間的な動揺が走った。テオは、かつて自分の努力を認めてくれた、数少ない人物だ。彼女の「情の厚さ」が、叫び出そうとしていた。
(行かなければ……! 彼の命は、作戦の成功率より、私の良心にとって価値がある!)
しかし、すぐに【完全無欠の軍師】のペルソナが、その感情を叩き潰した。
「冷静になれ。テオの死は確率計算に含まれている。ここで動けば、より多くの命を失う」
アヤメは通信を切り、冷酷な命令を下した。
「本隊は予定通り、後方の分断された群れから掃討を開始。囮部隊の救援は、群れの合流が確認されるまで行わない」
アヤメは「情」を完全に排除し、「論理的な成功」を選んだ。
作戦は成功した。魔物の群れは一掃され、街は救われた。アヤメの「冷酷な軍師」としての評判は頂点に達し、功績はステータスに反映された。
しかし、囮となったテオは、重傷を負って帰還した。彼はアヤメの冷酷な決断を理解したが、その行為に深い失望を抱いた。彼は二度と剣を握れなくなり、護衛団を去ることになった。
それは、アヤメが「情を排除した冷酷なペルソナ」に従った結果、受けた「罰」だった。彼女はウォントを手に入れたが、繋がりのヒントであるテオの情を失った。
アヤメの指揮により、街は虚偽のダンジョンの脅威から一時的に守られ、安定を取り戻した。街の長は、アヤメの功績を称え、大規模な「英雄讃歌の祭り」を開催した。
祭りの夜、アヤメは煌びやかなローブに身を包み、大勢の民衆の歓声を浴びていた。彼女は完璧な聖女の笑顔を浮かべ、人々が求める言葉を淀みなく口にした。
(これが、私が求めたもの。絶対的な承認……)
しかし、何かが足りない。これほど多くの承認を得ても、心の中の「どうせ自分なんて」という感情は、いつまでも消えない澱のように残る。むしろ、「この完璧なペルソナを脱げば、すべて失う」という恐怖が増しただけだった。
人混みを離れ、アヤメが一人、静かな路地裏で孤独を噛みしめていると、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
テオは杖をつき、剣を握れない身体のままだ。しかし、子供たちと戯れながら、リアと穏やかな笑顔を交わしていた。
リアは、アヤメの作戦によって魔物の被害から守られた人々が贈った質素な花を手にしていた。彼女はそれをテオに渡し、心からの言葉をかけた。
「テオさんは、この街の真の守護者です。あなたは名誉や報償のためではなく、私たちを情だけで守ってくれた。この足で二度と戦場に立てなくても、誰もあなたの優しさを忘れません」
テオは頷き、静かにリアに返した。「そうだな。私は、もう誰かに『すごい』と言われる必要はない。こうして、お前たちと笑い合えるだけで十分だ。俺の命の価値は、この場所にある」
その言葉は、アヤメの心の核を貫いた。テオが「剣を握れない」という最大の喪失を受け入れ、なお「幸福」であること。リアがそれを「名声とは無関係の価値」として肯定していること。
アヤメが血眼になって追っている「外部の承認」と、彼らが分かち合っている「内面の充足」。
(私が血眼になって追っているものは、偽物……? 価値とは、力や称号ではなく、このささやかな繋がりなのか……)
アヤメは初めて、「真実」の力を意識した。彼女の【パーフェクト・ペルソナ】が、一瞬、激しく乱れた。
しかし、すぐにアヤメの「噓」が囁く。
「愛は弱さだ。彼らは、優しすぎるから貧しく、取るに足らない場所にいる。私は違う。私はもっと上へ行ける」
アヤメは、真実を意識した上で、それを「ウォント(地位)のための道具」として利用することを決意した。
アヤメが目指す「大賢者の称号」は、単なる武勲だけでは得られない。王国の魔法評議会は、冷酷な軍事力による治安回復だけでは、街の内部対立が解消されていないことを知っていた。
「アヤメ殿の報告書は優れている。だが、血の通った統治ではない」評議会の使者はアヤメに伝えた。「真の大賢者とは、人々の心と生活の安定を実現するもの。単なる論理では、民衆の心は得られません」
アヤメの努力と演技、そして冷酷な戦略は、ここで壁に突き当たった。真の民衆の幸福を示すデータがなければ、彼女の「完璧な統治者」ペルソナは完成しない。
そのとき、アヤメはリアを思い出した。
アヤメはギルドの執務室でリアを呼び出した。
「リア。あなたの集めたデータに、私は関心がある」
リアは驚きながらも、すぐに納得した。「テオさんのような人々の真実の声を聞けば、アヤメさんの施策も変わるはずです!」
リアは、「冷酷なシステム」の犠牲になった人々のデータや、名誉と無縁の場所でささやかな幸福を見つける人々の記録を、熱心に語った。彼女は、いつかそのデータが「本当に人々の幸福に貢献できる誰か」に届けられることを心から願っていた。
アヤメは優雅な笑顔(偽りのペルソナ)を保ったまま、リアの語る「情の厚さ」と「真実の幸福」に関する情報をすべて記録した。
アヤメはリアの情報を、評議会向けの報告書で巧みに利用した。
慈悲の分配 リアの情報を基に、最も不満が高まっている貧困層へ資源を「最小限かつ戦略的」に分配する政策を打ち出す。これは「聖女の慈悲」として演出された。
論理的な統治 報告書では、この分配を「民衆の不満指数を低下させ、支配の効率を高めるための合理的な手段」として論じた。
この政策は、魔法評議会と民衆の両方を欺くことに成功した。評議会は「彼女は冷酷な合理性と、人々の心を読む慈悲を兼ね備えた」と評価し、民衆は「聖女アヤメは私たちを見捨てなかった」と歓喜した。
アヤメは、リアの情報を「ウォント(地位)のための道具」として利用することで、「大賢者の称号」への推薦を勝ち取るという「報酬」を得た。
アヤメは自室でペルソナを解いた。
(やはり、噓は正しかった。真実の幸福は、私のような選ばれた者が、手段として利用するものだ)
アヤメは、真実を拒絶し、「冷酷さこそが成功に必要な真実である」と確信した。この成功体験によって、彼女は「情」を完全に排除することを最終的に決意する。
「大賢者の称号」の推薦を得たアヤメは、権威の頂点に立っていた。彼女の「冷酷な戦略」と「偽りの慈悲」は完璧に機能しているように見えた。しかし、その支配の裏側で、歪みが噴出し始める。
アヤメが推進した「貧困層救済と治安回復のための計画」は、リアのデータに基づいて行われたが、アヤメはリアが意図した「真の救済」とは真逆の形でその情報を利用した。彼女は貧困層を「支配の障害」と見なし、治安維持のために過剰な統制と罰則を敷いた。
ある日、アヤメは魔法評議会から、「テオを中心とする元護衛団員たちが、アヤメの統治に不満を持つ貧困層と結託し、反体制的な陰謀を企てている」という密告書を受け取った。
密告書の証拠資料には、テオや貧困層との交流を熱心に記録したリアの「真実のデータ」が使われていた。アヤメの冷酷な作戦に失望したリアが、テオのグループに協力し、アヤメの非道な政策を記録していたのだ。
アヤメはすぐにリアを呼びつけた。
「これは何ですか、リア」アヤメは、完璧に平静な聖女のペルソナの下で、激しい怒りを燃やしていた。「あなたは、私の慈悲を利用して、私を裏切ったのですか?」
リアは動揺しながらも、澄んだ目でアヤメを見つめた。
「私は裏切っていません。ただ、あなたの行動が人々の真の苦しみを無視していると警告しただけです。あなたが見ているのは、支配するためのデータだけです。テオさんたちは、ただ、ありのままの優しさが報われる場所を求めているだけなんです」
リアの言葉は、アヤメが路地裏で見た「真実の繋がり」をそのまま突きつけていた。
(私は愛されない。だから完璧でなければならない。しかし、この子は、愛こそが価値だと証明しようとしている。私の地位、私のウォントを、この「優しさ」が破壊しようとしている……!)
アヤメの心は激しく揺さぶられた。テオは裏切ったかもしれないが、リアは心から自分を信じ、真実を教えてくれようとした。アヤメの中に残されていた「情の厚さ」が、これが最後のチャンスだと叫んだ。
しかし、そのとき、「どうせ自分なんて」という自己否定が、ペルソナの力を借りてすべてを叩き潰した。
「あなたは嘘つきです。あなたの言う『優しさ』は、私を貶めるための弱者の武器だ」
アヤメは「噓」を完全に受け入れた。そして、リアの真実のデータを「反逆の確固たる証拠」として魔法評議会に提出した。
アヤメの冷酷な告発により、テオと彼のグループは反体制派として即座に投獄された。そして、リアは「聖女アヤメを陥れようとした裏切者」として糾弾され、「虚偽のダンジョン」の最前線に、処罰として強制送還されることが決定した。
それは、アヤメが最も守りたかった、そして真実を体現していたリアの人生を、決定的に破壊する行為だった。
リアが連行される際、彼女はアヤメに向かって叫んだ。
「あなたはすべてを手に入れました、アヤメ様! でも、あなたが切り捨てた孤独は、これから永遠に……」
アヤメは無表情な聖女の顔を保った。リアの叫びは、アヤメの転落の代償を正確に突きつけたが、アヤメはもうそれを受け入れない。
「噓」は語る。
「私は完璧だ。情は死んだ。これで、誰も私を脅かすことはできない」
アヤメは「大賢者の称号」をかけた最終試練として、自身を否定した因縁の場所、虚偽のダンジョンの深部へ単独で突入した。彼女はもはや、誰の助けも求めない。彼女の【パーフェクト・ペルソナ】は、最高度に硬質化された【絶対的な審判者】として君臨していた。
ダンジョン深部で、アヤメは処罰として最前線に送られていたリアと遭遇する。リアは傷つき疲れ果てていたが、その瞳の光はまだ消えていなかった。
「アヤメ様……」リアはか細い声で言った。「あなたも、ここに来たのですね。このダンジョンは、『偽りの心』を喰らいます。完璧な演技は、ここでは通用しません」
「もう通用しないなど、私には関係ない」アヤメは冷たいペルソナで答えた。「私は、偽りこそが真実だと証明するためにここに来た。あなたは、私の勝利のために利用できる最後の道具です」
ダンジョンの核に辿り着くと、巨大な「虚偽の魔王」が姿を現した。魔王はアヤメの最も深い不安を具現化する。魔王は語り掛けた。
「お前は、この世界で最も価値のない存在。お前の勝利は、すべて偽りだ!」
魔王は、リアを人質にとり、アヤメに問いかけた。
「その女は、お前の『情の厚さ』という弱さの証拠だ。救うか、称号か、選べ!」
アヤメの中に、激しい葛藤が起きた。テオに続き、リアまで失えば、彼女の心に残る「人間性」は完全に死滅する。しかし、そのとき、アヤメの「噓」が最終的な結論を導き出した。
「情は私を弱くする。情は私を無価値に戻そうとする。私は、それを認めない。私は、完璧な存在でなければならない」
アヤメは、魔王とリアの位置、そして魔王が現実の敵ではないという「虚偽のダンジョンの本質」を理解していた。この魔王は、虚偽の力がアヤメの心を利用して生み出した、幻影の集合体に過ぎない。
アヤメの真の目的は、魔王を倒すことではなく、リアという「情の象徴」を、自らの手で排除することだった。
アヤメは、完璧な聖女の顔を崩さず、リアに冷たい言葉を突きつけた。
「リア。あなたの価値は、私に『情の弱さ』を思い出させることでした。しかし、私はその弱さを克服した。あなたの命は、私にとって、何の価値もない」
アヤメは、リアの目の前で、【パーフェクト・ペルソナ】のスキルを、リアの心臓が位置する「一点」に向けて発動させた。
「ペルソナ:【虚偽の終焉者】」
アヤメは、「情を断ち切る冷徹な決断」という感情をエネルギーに変換し、リアだけを狙う完璧な一撃を放った。
リアは、最後にアヤメの冷たい瞳を見つめ、微かに微笑んだ。「あなたは……ずっと一人で、完璧を演じ続けるのね」
リアの身体に虚偽の力(魔王のエネルギー)が集中し、その身が砕け散ると、同時に魔王の幻影も霧のように消滅した。
魔王の力は、リアの死という「現実の犠牲」によって、初めて完全に打ち破られたのだ。アヤメはリアの消滅をもって勝利を宣言した。彼女は「情の厚さ(ニード)」を、現実の人間を犠牲にして完全に切り捨て、「完璧な演技(噓)」によって虚偽のダンジョンを攻略した。
アヤメは、魔王討伐という偉業を成し遂げ、「大賢者の称号」と絶対的な名声、富、権力を手に入れた。人々は彼女を「冷酷にして完璧な救世主」として崇拝した。
勝利の祝典の最中、アヤメは宮殿のバルコニーに一人立ち、歓声を浴びていた。テオは追放され、リアはアヤメ自身の手によって殺害された。彼女の「完璧な演技」を理解し、その裏側にある真実を受け入れてくれる観客は、もう誰もいなくなっていた。
アヤメの顔には、完璧で、決して崩れない【絶対的な審判者】のペルソナが貼り付いている。しかし、リアを犠牲にして得た勝利は、彼女の心に永遠の空虚を残した。
その瞬間、ダンジョンで吸収した「虚偽の力」が、彼女の自分を認められない心の弱さと融合し、ペルソナと肉体を完全に結びつける。
「私は……完璧だ。情は死んだ。誰も、私を傷つけることはできない……」
アヤメは、その勝利の絶頂で、ペルソナの力によって自らを「孤高の英雄」という役割の中に完全に封じ込めた。 彼女の瞳から、人間的な感情や葛藤の光は完全に消え失せ、冷たい思いと絶対的な承認欲求だけが残る。
彼女は「大賢者」として永遠の地位を得たが、それは「人間アヤメの死」を意味した。アヤメは「誰にも愛されない自分」から逃れるために、「永遠に完璧で、情を持たない支配者」として生きることを選び、自ら心を殺した。
アヤメは、生きたまま、最も孤独な役割の中に閉じ込められた。 彼女の物語は、「救世主」の偶像が永遠に君臨する、冷酷で「噓」に満ちた世界で幕を閉じた。
読んでくれてありがとうございます。初めて書いたので文章がおかしかったり設定が途中で崩壊していたら申し訳ないです。ぜひ感想など書いていただけるとありがたいです。




