第37星話 賢者の贈り物の星 2 老宝石師の話
◇老宝石師の話◇
わしは、子供の頃から、石を彫ったり削ったりして細工をするのが好きじゃった。もちろん、最初手に取っていたのは、宝石などではない。その辺で拾った石じゃ。
しかし石を見ていると、不思議とそれにどんな細工すればよいか、わかるのじゃ。石を細工して、自分の思い描いた姿の作品を作るのに、夢中になっていた。来る日も来る日も、わしは石とにらめっこしていた。わしには石しか目に入らなかったのじゃ。
そんな私の所へ、よく遊びに来る近所の女の子がいた。ラーリャといった。ラーリャが来ても、わしはずっと石をいじっていた。ラーリャのことは、ほとんど見もしなかった。
「ねえ、なぜ」
ラーリャは、興味津々といった様子で言った。
「石細工をしているの?」
「好きだからさ」
わしは応えた。
「石を見ていると、どんどん図象が湧いてくるんだ。それをなんとか形にしなきゃと思う。でも、図象のほうは、次から次へと出てくるからね。とても追いつかないんだよ。ずっと石が生み出す図象を、追いかけてるんだ」
私たちは成長した。
私は、相変わらず石と睨めっこしていた。
ラーリャとは、ずっと一緒の学校だった。
ある時、ラーリャが言った。
「ねえ、そんなに石の細工が好きなら、宝石師になりなよ。きっとお似合いよ。あなたが次々と生み出す図象が、みんなを途轍もなく綺麗に飾り、輝かせるの。素敵じゃない? きっと、みんな、あなたの作った宝飾品を、欲しがるわよ」」
「宝石師?」
わしは、考えたこともなかった。
自分の石細工が、図象が、誰かの、何かの役に立つ? みんなが、わしの造った宝石を欲しがる? そんなことがあるのか?
信じられなかった。でも、気になった。
わしは、宝石師の、宝飾品の本を手に取った。
手作業で作る宝石加工品。それは確かに需要があった。そして、とても魅力的じゃった。宝石師。それは、未知の可能性のある広大な世界だった。何より自分の図象を、自在に羽ばたかせることができるのだ。わしは決めた。この道に進もうと。
わしは、宝石師の学校へと進んだ。
ラーリャとは、学校は別だった。家も遠くなった。
しかし、時々、ラーリャは、わしのもとを訪れた。
わしは一心不乱に、宝石師の勉強、あいかわらずの石細工をしていた。
「綺麗な宝石はつくれそう?」
ラーリャは言った。
「石は、そのままでも綺麗だよ」
わしは、ずっと石を見ていた。
「だけど自分の図象がね。どんなふうに石の世界を広げるだろうかと考えると、わくわくするんだ。でも」
「でも?」
わしは、ちょっと言葉に詰まった。
「どうなんだろうな。僕は宝石師を目指す。それはつまり僕の図象を他の人に受け入れてもらわなきゃいけないってことなんだ。それは本当にできるのだろうか。何せ、僕は、石ばっかいじってきたからね。他の人が何を考えているのか、何を欲しがっているのか、そういう事は、一切考えた事はないし、よくわからないんだ。ちょっと不安なんだよ」
「大丈夫よ」
ラーリャは、優しく言った。
「あなたが石を削っている時、それはあなたの心を響かせている。そして、あなたの心は、いつも他の誰かと響きあっているのよ」
ラーリャは、宇宙工学の学校に通ってるといった。宇宙に飛び立つのが、夢なのだと言う。
学校を卒業したわしは、宝石商に入り、見習いの宝石師となった。ずっとわしのしてる事は同じだった。来る日も来る日も、石細工だった。ただ、昔は普通の石だったのが、宝石を扱うようになった。私にとっては同じじゃった。石の秘める力を、自分の図象で広げ、自分の作品に造っていく。わしは熱中していた。
ラーリャが訪ねてきた。宇宙省に勤めているという。ラーリャも、自分の夢を叶えたのだ。
「どう、宝石師の仕事は」
「うん、面白いよ」
わしは、宝石細工をしながら、応えた。
「宝石細工は、宝飾デザイナーが、自分の思い通りに機械で加工するのが主流だけどね、手作業の宝飾品にも、ずっと一定の人気、需要があるんだ。機械やロボットで作った宝石と、手で細工した宝石、やっぱりどこか違う。それが人には、わかるんだね。僕の図象も、機械やロボットでは再現できない。なにせ、石を叩き、削り、切り、彫るこの手から図象が次々と出てくるんだからね。本当に。原石に眠っている図象を僕は掘り出しているだけなんじゃないかと思うんだ」
「ふうん」
ラーリャは、じっと、わしの手元を見つめていた。
「あなたは、自分の夢を叶えたのね」
「そうでもないんだ」
わしは、ラーリャに感心されて、少し気恥ずかしかった。
「言った通り、図象ってのは、際限なく膨らんでいくんだ。新しい原石を手に取る度にね。もっともっと大きなことをしたい、その思いに取り憑かれちゃうんだ。これは、際限がないんだよ」
「夢が広がっていくんだ。それ、いいことじゃないの?」
「広がっていく。確かにそうだ。でも、これには、限界があるんだ」
「限界?」
「うん。虹彩石。それは、どうしても手に入らないからね」
「虹彩石?」
「知ってるかい? 僕は手に取った事があるんだ」
わしは、目を輝かせて言った。
「色彩が変わる宝石。宇宙の神秘だ。触れた時、本当に震えたよ。すごい力が眠っている。どんなふうに細工して欲しいか、それがたちまち伝わってくるんだ。図象がどんどん膨らんでいった。それは本当に最高の宝石だ。もう間違いない。でも、この原石は、今はどこにもない。だから、この宝石の細工をすることはできないんだ。この原石は、遠い外宇宙から漂流してきた隕石の中に眠っていたものだ。この人類圏の宇宙では、発見された例がない。どうやっても、手に入らないのさ」
ラーリャは、しばらく考え込んでいた。
「その虹彩石、それがあれば、あなたの夢も、叶うのね?」
「ああ」
わしは、答えた。
「僕の図象の世界、完成するよ。きっとね」
ラーリャは、それから、しばらく、わしの前に現れなかった。
わしは、一人前の宝石師となり、少しずつ、自分の作品も知られるようになり、売れるようになってきていた。忙しかった。昔からやってきたように、ただただ原石を宝飾品へと細工し続けてきた。
久々にラーリャが来た。
「立派になったのね」
ラーリャは、言った。
「業界じゃ、有名になってきているじゃない。すごいね」
「有名? そうでもないよ。それより、君は、ええと」
ラーリャは、にっこりと、笑った。
「今度、宇宙省の大調査団に参加することになったの。これ、私の昔からの夢だったの。可能な限り、宇宙の奥へ行くの。人間のいける果てまで行ってくるわ」
「へえ、そうか。君は宇宙省だったね。がんばってね。帰ってきたら、話を聞かせてくれよ」
話をしながらも、わしはずっと、宝石細工をしていた。
「ええ」
ラーリャは、言った。
「当分、会えないね」
それきり、彼女は、わしの前から消えた。
月日が流れた。わしは、独立して自分の店を持った。まずまず繁盛した。
わしは、ずっと石と向き合い、宝石細工に夢中だった。自分の図象、形となった図象、うまくいかなかった図象、お客に喜んでもらえた作品。手元に残った作品。積み上げられた作品と図象に埋もれて、わしは、年老いていった。
そして、ある日。
お客が来た。
ちょうどその時も、他に誰もお客のいない時だった。わしは、1人で宝石細工をしていた。
入ってきたのは、ラーリャだった。一目でわかった。
わしは、驚いた。もう何十年かぶりだった。2人とも、すっかり年老いていた。ラーリャは、わしのことなど、とっくに忘れたと思っていた。
再びわしの前に現れたラーリャ。昔と全く変わらない様子で、言った。
「相変わらず宝石細工の仕事なのね。よかった。図象の豊かさ、みずみずしさ、本当に昔と変わらないのね」
彼女は、私の手元と、店内の宝石を見回して言った。
わしは、黙り込んだ。一体どうしたんだろう、急に。
ラーリャは、わしの心を見透かしたように、くすっと笑い、
「帰ってきたのよ。宇宙省の大調査航行からね。宇宙の果てから、来たばかりなのよ」
わしは、声も出せなかった。ラーリャの仕事とは、一生涯をかけたものだったのだ。
「お土産、あるのよ」
ラーリャは、わしに差し出した。
それは虹彩石の原石だった。こぶし大はあった。
手に取ったわしは、震えた。
はっきりと、ラーリャを見た。こんなにラーリャをはっきりと見たのは、初めてだった。子供の頃からの知り合いのラーリャを、白髪頭になってから、初めて、しっかりと正面から見たのだ。これは紛れもなく虹彩石。いったいこれをどうやって? 宇宙の涯の涯まで探した? わしのところに持ってくるために?
わしの心を、ラーリャは、はっきりと見透かしていた。
「これがあれば、あなたの夢は、完成するんでしょう? それを聞いて、これを手に入れるのが、私の夢にもなったの。どうやって探したらいいのか、もちろんわからなかった。でも、宇宙を長く航行するうち、この石が、私を呼んでいるのに気づいたの。本当よ。びっくりしちゃった。私は、調査団の任務で1人で宇宙探索できるようになった時、まっすぐに、この石のところに行ったの。本当に、この石が輝いていたの。不思議な気分だった。とっても。宇宙の涯で、あなたに巡り会ったように思えた」
そして、わしには、わかったのじゃ。
ラーリャは、わしを愛していたのだ。最初から。ずっと。そして、わしも、ラーリャのことをずっと想っていたのだ。ラーリャと触れ合う心の響きが、わしが石を彫り、削り、カットする音だったのだ。わしの図象は、すべて、ラーリャのものだったのだ。どんなに離れていても、宇宙の涯からでも、2人の共鳴する心響きは、途絶えた事はなかったのだった。
わしと、ラーリャは、接吻をした。
2人を隔てていた長い歳月も、お互いもうすっかり年老いていたことも、なんでもなかった。
わしとラーリャは、結婚した。
ラーリャは、ほどなく宇宙省を定年退職した。
一緒にこの宝石店に住んだ。わしの宝石細工の仕事を、ラーリャは、じっと見つめていた。
わしは、虹彩石の原石をカットし、削り、彫り、いくつもの宝飾品を造った。わしとラーリャの2人の作品だ。2人の最高の図象の結晶だった。完成した品々を、わしは、店へ出さなかった。どうしても出せなかったのだ。
だが、やがてラーリャが亡くなった。とても安らかな死だった。わしはラーリャの宝石を、手放すことにした。商品として店頭に飾った。そして、話した通り、心の共鳴が人を呼びよせ、強い想いを持つお客が、これを買って行った。
お嬢さん、虹彩石。これが残った最後の1つだ。この石に込められた強い想いは、ずっと誰かの手から手わたって響き交わし続ける。それをラーリャは、願っていたのだ。お嬢さんがこれを買ってくれるなら、わしはもう、思い残すことは何もないのじゃ
◇
老宝石師の話は終わった。
エリクは、虹彩石の指輪を買い、店を出た。
宇宙の涯までも響き合う、強い想いのこもった宝石の指輪。
(第37星話 賢者の贈り物の星 3 菓子職人の話 へ続く)




