第37星話 賢者の贈り物の星 1 贈り物を探して 【2人の少女の別れ】 【隣のマーシャシリーズ8】
星の旅人、17歳の少女エリク。
たまたまホテルで出会った同い歳の少女マーシャに一人暮らしは寂しいからと頼まれて、相部屋暮らしをしていた。
しばらくの間。栗色くるくる巻毛で、ほわほわしたおっとり屋お嬢様マーシャとの、優しく柔らかく寛げる、陽だまりの暮らしが続いた。
しかし、それももうじき終わる。
連絡があった。マーシャの両親が、仕事を片付けて、こちらに来る。
エリクとマーシャの相部屋暮らしは、マーシャの両親が来るまでの間だけ。最初からそういう話だった。
マーシャとも、お別れだ。
柔らかい陽が差し込むホテルの居間。
朝。眠そうに朝食を摂る寝間着姿のマーシャを見ながら、エリクは、思う。
この陽だまり。本当に、かけがえのないものだった。
でも、ずっと続けていくわけにはいかないんだ。
自分は宇宙のお尋ね者。指名手配犯。賞金首。誰かといつまでも関わっているわけにはいかない。マーシャとは、むしろ長く過ごしすぎたかもしれない。
やがてくるお別れ。最後に。
贈り物をしよう。
何がいいかな。
◇
エリクは、街へ出た。
大繁栄星の星都。
林立するタワービル。重力装置で浮遊するブロックビル。
数多の建物に、ショップ。
あちこち見て回ると、目眩がする。
エリクは、散々歩き回った。が、マーシャへの贈り物、これはというものは、なかなか見つからなかった。
どれを買って贈っても、記念になりそうだ。しかしどれも、どこか物足りなかった。可愛いマーシャには、なんだって似合う。でも、特別なものでなければならなかった。
本当に、大事な、かけがえのない時間を2人で過ごしたのだ。そのエリクの想いを、しっかりと受け取って欲しいのだ。伝えたいのだ。
想いを形に。
どうすればいいか、何がよいか、エリクには思いつかない。あちこちいろいろ、迷って歩きまわって。
そろそろ陽が翳ってきた。
贈り物探しって、こんなに難しいんだ。
エリクは、あてもなく星都を歩く。
中心街から外れた裏通りに。
一軒の宝石店があった。
エリクは、ふと、足を止めた。小さな店だ。宝石店。特に変わり映えはしない。飾り窓に、ネックレスや指輪が並べてある。ごく普通。
宝石店なら、中心街の高層タワーのショップを、さんざん見てきた。豪華絢爛たる宝飾品。どれもこれも素晴らしかったが、最後の贈り物には、なにか物足りなかった。
でも。
エリクは、妙に気になった。
裏通りの小さな宝石店の、飾り窓。
そこにあった指輪。普通の金のリング。嵌めてある石。やや淡い紫の光。これは何の宝石だろう。その石は、幾重にも小さく優雅にカットされていた。エリクが初めて見るカットだった。とても幻惑的で、見る者を魅惑する指輪だった。
おや?
エリクは、気づいた。指輪の宝石の色。それが変化したのだ。紫から、赤に。
おかしいな。
さっきは間違いなく紫だったんだ。見間違いかな? エリクは、瞳を凝らす。
指輪の宝石。今度は青に変化している。間違いない。これは、色彩が変わる宝石なんだ。
こんなのも、あるんだ。
エリクは、店に入った。
小さいが、きれいに片付き、落ち着いた宝石店だった。
エリクの他、客は誰もいない。
店の奥に。
老人がいた。ここの店主だろう。
店主は、腰かけて、道具を使い、何か作業をしている。
エリクは、奥へ進む。
店主の老人は、片眼鏡をし、一心不乱に手を動かしている。
宝石の細工しているようだ。宝石職人なのだ。ここは、宝石職人が出している店のようだ。
エリクは、店主の作業を、黙って見つめる。様々な道具を使いながら、宝石を磨き、削り、カットしていく。手作業の宝石彫り細工。初めて見る光景だ。目を離すことができなかった。老人の手さばきは、流れるように鮮やかだった。
やがて、作業が一段落する。
店主は、手を止めた。
そして、道具を置き、彫った石の出来栄えを確認すると、1つ頷き、作業用の片眼鏡を外す。
老人はゆっくりと、エリクを見上げる。
「お嬢さん、何をお買いに来たのかな?」
鋭い眼差しだった。エリクは、思わずドギマギする。こちらの心を、体を刻み、彫り込むような眼差し。
「あの、贈り物を探しているんです。友達に送る。とても大切な友達なんです。その友達とお別れすることになって。別れの贈り物、何かいいものがないか、見て回ってるんです。そうしたら、ここの飾り窓の、色彩が変わる宝石の指輪が、気になったんです。見せてもらってもよろしいですか?」
店主の老人は、黙って立ち上がった。そして、飾り窓の鍵を手にすると、店の表のケースを開け、あの指輪を取り出し、小さなガラスケースに乗せて、エリクの許へ持ってくる。
「さあ、お嬢さん、よくご覧なさい。触っても大丈夫じゃよ」
エリクは、そろそろ、指輪を手に取り、光に翳す。
「綺麗」
きらめく石。目の前で。確かに、ゆっくりと色彩が変わる。赤、紫、青、緑、橙。
なんだろう。このめくるめく光。輝き。変化する彩り。石は、複雑にカットしてある。しかし、それは尖った刺す光ではなくて。
ほんわりと包み込むような。心と体に、沁み入ってくるような。気高く美しいけど、親しみやすい。優しく温かい。そう、まるで、マーシャ! 華やかに彩られるマーシャ!
宝石を見つめるだけで、こんな体験をしたのは初めてだ。
エリクは、かすかに震えていた。色彩変化の指輪から、もう目が離すことができない。
「気に入ってくれたかな」
店主の老人の言葉に、やっと顔を上げる。店主の眼差し。さっきは刺すように鋭かったのが、いくぶんか、和らいでいた。
「これは、あなたの作品ですか?」
エリクは訊いた。
「そうだ」
老人は、静かに応える。
「この店にあるものは、全てわしの作品じゃ。わしは宝石師じゃ。どれもわし一代の作品じゃ」
自信と、誇りに満ちた口調。強い職人気質を感じる。
気のせいか。店中の宝石たちがキラキラと、店主にして宝石師の老人を祝福しているように見える。
エリクは、また、色彩の変わる宝石の指輪を見つめる。これだ。これが絶対にいい。これをマーシャに贈ろう。2人の友情、2人の絆、2人の思い出。それがきっと永遠になる。
「これ、本当に素晴らしいです。これが欲しいです」
エリクは、言った。老人は、微笑みを浮かべる。先ほどまでの厳しい顔が、柔らかになった。
「すごくきれい。色が変わる宝石。初めて見ました。これは何という宝石ですか?」
「それは、虹彩石じゃ」
老人の声、かすかに震えている。
「虹彩石?」
エリクは、宝石については、それほど詳しくなかった。宝石には、ありとあらゆる種類の色があるのは知っている。でも、色の変化する宝石。虹彩石。初めて知った。それがどのような価値のあるものなのか、わからない。
「お嬢さん、この石を見て、一目で欲しくなったのじゃな? この石の色が変化するのを見たのじゃない?」
エリクは、頷く。
「不思議なものじゃ」
老宝石師は、じっと、自分の作品である虹彩石の指輪を見つめている。
「虹彩石。この石は、多くの人には、それほど興味を惹かぬものなのじゃ。なぜなら、多くの人にとっては、この石の色は変わらぬのじゃ。普通の地味な宝石だと、みんな思うのだ。だが、これをどうしても欲しいと思う、そういう人もいる。ごく稀に、石の色が変わるのが見える人がいるのじゃ。だから、店先でも、わざわざ何の石なのか、説明書きはつけてないのだ。見て、これに惹かれて、手に取って、どうあっても欲しくなった。そういう人に売りたいのだ」
色の変化する虹彩石。しかも、一部の人にしか、色の変化は見えない。そんなことがあるのだろうか。
「わしは、これの原石を手に入れた。贈られたのじゃ。こぶしほどの大きさだった。それをカットし、刻み、彫り、この石を嵌め込んだいくつもの宝飾品をつくった。これは、売れるのだろうか、誰かに気に入ってもらえるのだろうか。どんな人が買うのだろうか。ずいぶん思いをめぐらしたものだ」
老宝石師は、言葉を切る。
少し間をおいて。また、話しだす。
「やがて、わかったのだ。最初、誰もこれに目を留めようとしなかった。単に美しい宝石が欲しい、きれいな宝飾品が欲しい、そういうお客には、あまり興味のないものなのだ。普通の石。よくある石、地味な石にすぎない。だが、ある日、これをどうしても欲しいというお客が、現れた。その人は言ったのだ。失ってしまった、もう会えない最愛の人の思い出に、この宝石が欲しい、と。これは間違いなく永遠の記念になる。そう言ったのじゃ。それからも、多くの人は目に留めないが、ごく稀に、どうしても欲しくなる人が現れる。それは決まって、誰かへの強い想いを持つ人だった。色彩の変化が見えるのだ。この虹彩石は、人の心、人が人を想う心に共鳴するのだ。この石が、人を呼び寄せるのだ」
エリクは、宝石を、まじまじと見つめる。
心に共鳴する虹彩石? 確かに、エリクは、この宝石を見てどうしても欲しくなっていた。
マーシャを想うエリクの気持ちが、この宝石に吸い寄せられたというのか? 想いによって、色彩が変わるのが見えるようになる?
そんなことがあるんだ。
まさに、宇宙の神秘だ。
でも、なぜだろう。
この宝石の秘密。エリクは、知りたくなった。
「あの、よろしければ」
老宝石師をしっかりと見据え、
「この宝石、虹彩石、人が人を想う心に共鳴するという石の由来、お聞かせ願えませんか?」
老宝石師は、頷いた。
「よかろう。お嬢さん、あなたは、確かに、この宝石がここへ導いたのじゃ。話して進ぜよう」
(第37星話 賢者の贈り物の星 2 老宝石師の話 へ続く)




