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第36星話 栗毛連盟の星 17 邂逅



 エリクは、マーシャに抱きつく。


 「うわ〜、マーシャ、ごめん」


 エリクの目から、大粒の涙がこぼれる。


 「守ってあげられなくて、何もできなくて、この肝心な時に、本当にごめん!」


 もうそう言うしかなかった。手段は尽きたのだ。


 宇宙で唯1人の超人スーパータイプ、宇宙最高額賞金首の自分が、こんなにあっさりと消されてしまう。そして、親友1人守れなかった。


 エリクはマーシャに抱きつき、泣きじゃくる。


 マーシャは、そっとエリクを抱える。


 「いいのよ、エリク。あなたを巻き込んだのは私。私が悪いのよ。だから自分を責めないで。エリク、巻き込んじゃって、ごめんね」


 2人の少女の抱擁。ジョルバもラウシュも、眉1つ動かさない。ラウシュの光線銃(ブラスター)、エリクとマーシャに突きつけたまま。


 ジョルバが言う。


 「お嬢さん方の始末は、ここでつけるのかね?」


 「まさか」


 と。ラウシュ。


 「閣下の執務室の絨毯を血で汚すなど、ありません。地下室へ連れて行きます。そこで終わらせます」


 「そうか。では、早くしなさい」


 ジョルバの声、何の感情もこもっていない。見た目は相変わらずの好々爺。陰謀の中心人物。


 「エリク様、マーシャ様」


 ラウシュの口調も変わらない。光線銃(ブラスター)を手にしているが、あくまでも慇懃。


 「お別れの挨拶は済みましたか? では、参りますよ。ご心配なさらずに。あなた方とは、短い間とはいえ旅を共にしまして、私もこの結果は、心苦しく存じます。ですから、最後は決して苦しみも痛みもなく、安らかに旅立っていただくよう、手を尽くします。これが私の最大限の厚意でございます」


 クールな銀縁眼鏡の秘書。そっと微笑を洩らす。この男の笑顔を見たのは、これが2回目。


 「さあ、行きますよ。歩いてください」


 ラウシュに促され、エリクとマーシャ、しっかりと手を握りながら、扉の方へ。


 もうだめだ。


 エリクは観念した。とんでもない奇跡でも起きない限り、助かる術はない。ここで終わりなんだ。


 

 ラウシュと、2人の少女、扉の前に立つ。


 扉が、さっと開いた。


 「なんだっ!」


 ラウシュが、大きく目を見開く。


 目の前。


 黒ずくめの2人組が立っていた。



 ◇



 黒ずくめ。黒のソフト帽、黒のトレンチコート、黒の手袋。黒い覆面で、しっかり顔を隠している。


 エリクは、驚いて口をあんぐり。


 この2人。最初にジョルバ邸に来た時、侵入しようとしているのを見つけ、エリクが背後から襲って昏倒させた2人組だ。殺し屋の2人組。


 なんだ。何が起きてるんだ。


 実際には。


 驚いたり、考えたりする暇もなかった。


 黒ずくめの2人組の動きは(はや)かった。


 扉が開くや、黒ずくめの1人が、一瞬でラウシュの喉に手刀を叩き込んだ。


 「ぐおっ」


 ラウシュは、そのまま意識を失い、どう、と倒れる。鮮やかな手並み。


 おお、エリクは驚く。ラウシュは、明らかに修練を積んだ特殊戦闘のプロなのだが。一撃で倒した。


 黒ずくめのもう1人は。


 素早く部屋に飛び込み、光線銃(ブラスター)を手に唖然としていた黒服スーツの2人の後頭部に、連続で手刀を叩き込み、倒した。


 ジョルバの手の3人の男。瞬く間に倒され、床に伸びている。光線銃(ブラスター)を構える暇もなく。



 エリク、思わず()っとなる。


 殺し屋。これがプロの殺し屋の手並み。そうなんだよね?


 これから自分を殺す予定だったラウシュを倒してくれたのはいいんだけど。この人たちの狙いは、ジョルバ? 一体誰が差し向けてきた殺し屋なの? 勝手にドンパチするのはいいとして。


 自分とマーシャのことは、見逃してくれるだろうか。


 いや。 


 そんなことあるわけないよね。この現場を目撃した以上、消される。容赦なく、確実に。


 誰に殺されるかが、変わっただけ。



 「エリク君じゃないか?」


 なじみぶかい声がした。黒ずくめ覆面が喋ったのだ。


 あれ? この声は。エリク、ポカンとなる。


 「びっくりした。エリク、ここで何してるの?」


 黒ずくめ覆面のもう1人も言う。女性の声だ。


 この声は、もう間違いない。


 2人の黒ずくめの殺し屋。


 覆面を外す。


 エリクは、わなわなと、震えた。


 目の前にいるのは、まさしく、


 ギルバンとレイラ!



 ◇



 「ギルバンさん! レイラさん!」


 この時ほど、エリクが仰天したことはなかった。


 ギルバンとレイラ。

 

 以前、エリクがダリューン星で出会い、一緒に事件の捜査をした、宇宙警察の刑事である。


 ギルバンは、〝大宇宙刑事〟の異名をとる宇宙警察きっての切れ者である。本人は、〝宇宙一の頭脳〟と称している。


 レイラ。ギルバンの部下。若干18歳の乙女だが、宇宙警察期待のエリート刑事である。


 「あの、いったい、どうしたんです? いったい、なぜ、ここに?」


 エリクは、もう訳がわからない。ギルバンとレイラ、ジョルバ邸にこっそり侵入しようとしていたのを見つけたので、殺し屋だと思って、エリクが昏倒させてラウシュに引き渡したんだけど。実は顔見知りの宇宙警察の2人だった?


 ギルバン、まじまじとエリクを見つめ、


 「いったいなぜここに。それを聞きたいのは、こちらの方だよ。エリク君。僕たちは、この閣下に用があってね」


 ギルバンは、すばやく光線銃(ブラスター)を拾い、ジョルバに突きつける。


 ジョルバ、ソファーに優雅に座ったまま。顔色1つ変えない。部下の3人が倒されたのを見ても、眉1つ動かさない。


 大宇宙刑事ギルバン、横目でマーシャを見る。


 「こちらのお嬢さんは。そういうことか。なるほど、確かに瓜2つ、そっくりだ」


 レイラも頷く。


 「このお嬢さんを、クレア姫の身代わりに使って何かしようとしてたのね。ジョルバ閣下、何をしようとしていたのです? 話してください。すべては終わったのですよ」


 うら若き乙女刑事も、拾った光線銃(ブラスター)を構えている。


 女の敵は許さない、がこの乙女刑事の信条である。ジョルバが、マーシャのような少女を陰謀に巻き込んだことに、心底怒っているのだ。


 「あの、私から説明します」


 エリクが、やっと言った。とにかく状況を整理しよう。


 これまでのあれこれを、なるべく手短に話す。ジョルバが、エリクの親友マーシャを誘拐して、国王救出作戦の王女役をやってくれと頼んで、承諾させたこと。しかしそれは嘘で、実は、国王殺害作戦の予定であったこと。その作戦が急に中止となり、エリクとマーシャは用済みとして、今しも殺害されるところであったこと。


 「いや、驚きだね」


 ギルバンは、目を丸くする。


 「エリク君、君はこの星域で、そんな大冒険をやっていたのか。とにかく無事でよかった。何しろ、宇宙一悪辣な男にまんまと騙され、利用されるところだったんだからね。間に合ってよかったよ。それにしても、この閣下はそんな悪事を考えていたのか。これで全て明らかになった。事件の解決が早まった。エリク君、お手柄だよ」


 大宇宙刑事は、2人の少女に、にっこりと笑顔みせる。そして、今度は、刑事の方の事情を説明する。


 「宇宙警察は、ずっとジョルバ閣下を内偵していたんだ。何しろ、この星域の裏事キナ臭い話には、必ず閣下の名前が出てくるからね。名前が出てくるだけで、尻尾は掴ませない。いや、たいした御仁なんだよ、この閣下は。もちろん閣下は警察機構に影響があるからね。閣下を探るのは、少数のチームで秘密に行っていた。私とレイラ君も、チームに参加していたんだ。そこへセルス星の政変が起きた。ジョルバ閣下と宰相ワジルは、昔からの昵懇の仲だからね。どうやら2人で国王を追い落とす陰謀を仕組んだということがわかってきた。ところがはっきりした証拠がない。そこへ事態が急展開した。この星で、姿を消したクレア姫とそっくりの少女が、誘拐された。しかも、その事件を、閣下が、裏から手を回して、揉み消したというんだ。こりゃ、何かある。誘拐事件である以上、警察がきちんと動いてもいいだろうという判断になった。しかし、表向きは事件になってないから、一般の警察機構とは別の秘密特務班で、動くことになった。そこで選ばれた私とレイラ君が、閣下の邸に突入するということになった。私たちはうまくやった。ところが、あともうちょっとで突入できるというところで、ジョルバの部下に見つかってしまってね。不意に後ろから襲われ、不覚をとった。気絶させられてしまったんだ。2人で、手錠を嵌められて、地下室に放り込まれてたんだ」



 あはは。


 エリクは冷や汗。


 そうだったんだ。正義の刑事ギルバンとレイラが、悪の親玉ジョルバの犯罪の証拠を抑えて取り押さえようとしたのを、エリクが、思いっきり邪魔したわけだ。


 いや、黒ずくめの2人組、見るからにおいしかったし。それに、2人組を殺し屋だっていたのは、私じゃなくて、万能検査機(メガチェッカー)だから!



 星間国家的大陰謀事件。


 やっぱり二重三重の裏があるんだ。あまりの急展開に、ついていけない。

 

 

 ◇



 「私たちは、手錠を嵌められて、地下室に放り込まれたの」


 レイラの口調、どこか陶然としていた。


 「でも、私とギルバン刑事は、決してあきらめなかった。信じていたの。どんな苦境でも、2人でいれば、必ず乗り切ることができるって。だから、あらゆる手段を尽くして、2人で声を掛け合って、励ましあって、一緒に工夫して、なんとか手錠を外し、地下室の扉を破り、慎重に、この屋敷の人間を倒し取り押さえ、やっとここまでたどり着いたのよ。宇宙広しといえど、私とギルバン刑事だからこそ、なし得た事よ」


 レイラは、頬を紅潮させる。18歳のレイラは、上司であるギルバンに、密かに胸をときめかせる乙女刑事だったのである。ギルバンは、星中のご婦人(レディ)方を虜にする美男子としても知られていた。


 レイラは、なんであれ、ギルバンと2人きりで過ごせたことが嬉しいらしい。


 ギルバンと2人組で悪戦苦闘し、ついに脱出突破決行成功したことに、レイラの胸のときめきは、最高潮に達していた。



 「さて、ジョルバ閣下。元警察大臣殿」


 ギルバンが、ゆっくりと、ジョルバに近づく。


 「あなたの悪運もここまでです。少女誘拐監禁殺害未遂という、言い逃れができない重大犯罪の現場を押さえましたからね。セルス星の大陰謀のほうも、宇宙警察が総力で動き、一気に解明します。もう宇宙警察本部には連絡をしています。長らく、誰もあなたには手が出せなかった。だが、この日を待っていたものは、警察内部にも多いのです。あなたの身柄を確保します」


 ジョルバ、相変わらず、表情を変えない。全てが終わり、全てを失う瞬間となっても、星域の警察に名を轟かせたその威厳は失わない。


 レイラが、つかつかとその前に出る。


 「あなたはこれまで多くの罪を犯してきました。今回は、さらに関係ない少女を巻き込み、命を奪おうとしました。決して許されません。裁きを受けてもらいます。星と星民を護るという、警察の神聖な使命を、あなたは汚したのです」


 ここで初めて、ジョルバは、ふっと笑みを洩らした。


 「お若いの、熱いな。わしも、その昔には、理想に燃えておったものじゃ」




(第36星話 栗毛連盟の星 18 大団円 へ続く)


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