第36星話 栗毛連盟の星 16 ジョルバ邸再び
3人は宇宙港へ行った。エアカータクシーを使った。2人組のエアカーは、窓ガラスが砕けている。それで宇宙港に乗り付けるのは、剣呑だった。
宇宙港で、エリクとマーシャは、ロキと別れた。
改めてしっかり手を取り、何度もお礼を言った。
どうかご無事で、こちらはお任せくださいと、少年は、最後まで頼もしく、笑顔だった。
宇宙港で、主星行きの乗合宇宙船はすぐに来た。近くの星である。しょっちゅう便があるのだ。
エリクとマーシャ、乗合宇宙船に乗り込んで、ほっとした。
「ロキは、マーシャがクレア姫だと、本当に信じてたね」
ゾパ星を振り返りながら、エリクが言う。
「ええ」
マーシャは、窓から宇宙の星々を眺めながら、悲しそうに言う。
「私たち、あの人をすっかり騙しちゃったね」
エリクは、マーシャの手を握る。
「ロキは、王女を助けたいと思っていた。私たちも国王と王女を助けるために、働いている。全部片付いたら、また会ってちゃんと話そう。わかってくれるよ」
「そうだね。ありがとう、エリク。国王救出、絶対成功させようね」
マーシャ、エリクの瞳を見て力強く言う。
国王救出か。エリクは、本当は、もうこれ以上、マーシャに危険なことをさせたくなかった。セルス星に着く前から、こんなに危ない目にあった。ロキがいなければ、マーシャはワジルに拐われていただろう。今からこれじゃ、救出作戦、うまくいくのかな。
とにかく自分の超人の力、早く完全回復させなきゃ。
主星に着いた。戻ってきたのだ。
主星の宇宙港からエアカータクシーで、ジョルバの屋敷へと行く。
立派なブロック型タワーの邸宅に到着する。
エリクとマーシャ、ほっとする。超大物の家だ。ここに来れば、何はともあれ安心。ワジルの配下には、見つからなかった。
ここを出発してから、戻ってくるのに、丸一日もかかっていない。いろいろあった。ずいぶん命懸けのことが起きた。
2人の少女は、屋敷に入る。
◇
「お帰りなさいませ」
2人を出迎えたのは、銀縁眼鏡に、銀髪をオールバックにして綺麗に撫ぜつけた、長身の男。
「ラウシュさん!」
エリクとマーシャ、びっくりした。宇宙空間で、別れた男。
「よかった、ご無事で。ラウシュさんも、こっちに戻ってたんですね?」
「ええ」
ラウシュは短く答える。あくまでも、クールな男。戻ってきたエリクとマーシャを見ても、驚いた様子は無い。
エリクは、いろいろつっかえながら、これまでのことを説明する。
脱出ポッドが爆発したこと。何とかゾパ星に着いたが、ワジルの配下にマーシャが見つかり、王女と間違えられて、拐われそうになったこと。王宮護衛隊のロキに助けてもらったこと。
ラウシュは、うんうんと、黙って話を聞いている。
「それで、セルス星に行けとの指示でしたが、一旦戻ってきたんです。ちゃんと報告しなくちゃと思って」
「わかりました」
ラウシュは、表情を変えない。
「では、来てください。ジョルバ閣下がお待ちです。ちょうどお二人に、お話しすることがあります」
なんだ、あっさりしてるな。エリクはちょっと拍子抜けした。
◇
ジョルバ。星域の重鎮の老人は、別れた時と同じゆったりとしたガウンを着て、大きなソファーに座っている。
エリクとマーシャ、その前に座る。少し待たされた後、またこの部屋に通されたのだ。
ジョルバの傍には、ラウシュが立ち、それ以外にも、2人の黒服スーツの男が、脇を固めている。
「お帰りなさい、お嬢様方」
ジョルバは、優しく言う。飄々とした好々爺だ。大陰謀事件の中心にいるとは、とても思えない。
「申し訳ありません。任務の途中で、引き返して来たりして」
エリクはいうが、ジョルバは、笑って手を振る。
「いいのじゃよ。ラウシュから、聞いたよ。お嬢様方、なかなかの大奮闘だったそうじゃないか。本当にご苦労をかけて、申し訳ない」
エリクは、赤くなる。
確かに大騒動だった。でも、肝心のセルス星へは、行けなかった。
「あの、私が国王を救出に行くというのは、どうなるのでしょう」
マーシャが言う。
ジョルバは、ラウシュに、目配せする。
「説明してあげなさい」
ラウシュ、コホンと咳払いする。
「大変申し訳ありません。誠に勝手な話なのですが、その作戦は、中止となりました」
「中止?」
エリクとマーシャ、異口同音に。
「ええ、先ほど、決まったのです。エリク様とマーシャ様には、無理を言ってお願いしたのですが。このような秘密の作戦には、思いもよらぬ状況変化による変更がつきものなのです。だから、こちらに戻ってきていただいて、ちょうど良かったのです」
「中止、ですか」
エリクは、ほっとする。なんだ。よかった。もうマーシャが危険な目に遭う事はないんだ。エリクとしては、作戦中止の方が、良かったのである。
「ええと、でも」
と、マーシャ。
「それでは、国王はどうなるのでしょう? 処刑はされないのでしょうか? 救出はしないということなのですか?」
国王夫妻のことを、本当に心配している。
「もっと安全な策を取ることにしたのです」
ラウシュが、クールに言う。マーシャの顔、明るくなる。
「じゃあ、もっと安全に、国王を救出できるということなんですね?」
ラウシュが、ジョルバを見る。
老人は1つ頷くと、
「国王は、死ぬのだ」
と、言った。
◇
国王が死ぬ?
エリクと、マーシャ、顔を見合わせる。どういうこと?
ジョルバは、続ける。
「国王は死ぬ。もっと安全な方法でな。王宮の侍医を、買収することに成功したのだ。国王夫妻に毒を盛る。それで行くことにした。もちろん、反逆嫌疑を苦にし、法廷で裁かれる恥辱を避けるための自殺、そう発表する。いろいろと慎重に再検討した結果、これが1番安全な方法だと言うことになったんだ」
何を言ってるんだろう。
エリク、ぽかんとなる。
「最初の計画、マーシャ君に王女に扮装して、国王を脱走に導く。これは、国王が脱走したところで、発見した警固隊と銃撃戦となり、やむを得ず国王夫妻を射殺してしまった、そういう作戦だったのだ。自分の星と星民を棄てて違法に逃げようとした国王の脱出中の死。これなら、国王の権威も完全に失墜するし、きれいに片付く。そう思ったのだ。ところが、肝心の国王が脱走になかなか同意しないんでね。それでマーシャ君を使おうとしたんだ」
「エリク様も」
ラウシュが、口を挟む。
「なかなかすばらしい手駒に思うわれたのです。凄腕の無法者の方のようですから。エリク様が国王の脱走に同行して暴れていただけば、国王射殺の大義名分も、立つというものなのです」
この人たちは。
エリクの頭はぐるぐるする。マーシャは、すっかり固まっている。
「じゃが、いろいろ散々検討し直してのう。派手な芝居はしないほうがやっぱり良いだろうと判断したんだ。ワジルの方から、そう言ってきた。なるべく大勢人が関わらず、確実で安全な方法。それで毒殺ということになった。ま、殺しは綺麗にした方が良いからのう」
「あなたたちは、つまり」
エリク、ぶるぶると震える。ジョルバは、人の良さそうな顔で、にこにこしている。
「うむ。このわしが、ワジルと組んで、この陰謀の筋書きを描いたのじゃ。わしは国王とも昵懇じゃが、ワジルとはもっと古くからの付き合いでな。2人で組んで、思い切ったことをしてみたのだ。ただ、国王に濡れ衣で嫌疑をかけたのはいいが、裁判で有罪にして処刑するのは、とにかくハードルが高い。なにしろ、証拠は、捏造したものばかりだからな。国王支持派も、いきり立っておる。すべて合法的に上手くというわけにはいかんのだ。それで国王を怪しまれずに抹殺する方法、それについてずっと知恵を絞っていたと言うわけだ。お嬢様方には、せっかく用意した舞台に立ってもらえなくて、本当に残念じゃのう」
冗談を言っているのではない事は、エリクにもわかった。
なるほど。星の王家乗っ取りの大陰謀劇なのだ。二重三重に裏があって、当然なのだ。エリクとマーシャは、体良く使われる駒に過ぎなかったのだ。
好々爺のジョルバ。
クールなラウシュ。
この人たちは。
目の前にいる2人。そしてセルス星の宰相ワジル。みんなグルで悪の一味だったんだ。
やっぱり! 最初から、女の子をいきなり誘拐するなんていう人間を、信じちゃいけなかったんだ!
え、じゃあ、待って。
エリクは必死に頭を絞る。
この人たちが、マーシャに、国王を助けるために王女役をやってくれっていう話も、マーシャに本気で王女役をやってもらうためについた、全部嘘だったってこと?
すっかり騙された。
ジョルバもラウシュも、とても芝居をしてるようには見えなかった。悪の一味より、俳優をやったほうがいいんじゃないの? 星の権力の莫大な富がかかってたら、人間、何でもやっちゃうものなんだ。
感心している場合じゃない。どうすればいいんだろう。とりあえず、私とマーシャは。
エリクには、嫌な未来しか見えないが、一応言ってみる。
「あの、話は分かりました。私とマーシャは、何であれ、お役御免なんですね。皆さんの計画に、必要ないわけですから。あはは。それじゃあ、これで、さよならしてここを出ていって、もう大丈夫ですね?」
「そういうわけには参りません」
あくまでもクールで、丁寧なラウシュ。
「エリク様、マーシャ様、あなた方は、我々の計画を知ってしまいました。ここから出て行くことはできません。われわれは、遊びでやっているのではありません。一世一代の大勝負をしているのです。そして、必ず勝つのです。そのために邪魔なものは、すべて排除します。あなたがたは、ここで舞台から降りる。そして、永久に消えてもらいます」
うおおっ!
エリクは、総毛立つ。
やっぱりそうなのか。国王を殺害しようという人たちだ。ついでにエリクとマーシャの命を奪うなんて、なんでもないんだ。
「ひどいですよ!」
エリクは叫ぶ!
「勝手に陰謀に巻き込んで、用済みだから、消すとか。そんなの、あり得ません!」
「ありえるんです」
ラウシュは、光線銃を抜いた。他の2人の黒服スーツも、光線銃を抜く。
だめだ。これは。本気で殺すつもりだ。話をしてどうなる状況ではない。
どうすれば。
エリクは、超駆動! と念じるが、光の気の気配もしない。
宇宙での全力飛翔を2回連続でやってしまったのだ。尽きた力、全く戻っていない。
何もできない。普通の女の子の力しかない。
身を守る術はない。
このまま、あっさりと殺され、闇から闇に葬りされるの?
そんな!
ダメ!
(第36星話 栗毛連盟の星 17 邂逅 へ続く)




