第36星話 栗毛連盟の星 13 マーシャを追って
岬の上に立つロキの家。
すぐ下のビーチでは。
若者が、手製のロケット打ち上げ実験をしていた。小さなロケットだ。学校の課題で作ったものである。とりあえず重力圏外へ飛ばせば、大成功だ。
「発射!」
若者がボタンを押すと、ロケットは勢い良く飛び立った。
上を飛んでいたカモメ、びっくりして、咥えていた青マントを落とす。
マーシャが肩掛けにしていた、エリクの青マントである。
勢いよく発射したロケットは、先端部分を青マントに突き刺し、そのまま、重力圏外の宇宙へ。
ビーチでは、ロケット発射実験に成功して、満足げに空を見上げる若者。
そして、ゆっくりと空を舞う、カモメ。
◇
ロキの家の正面玄関では。
近づいてくるエアバイク。
エリクは瞳を凝らす。
間違いない。乗っているのは。
ロキだ。写真でしっかり見た。狩人協会員の17歳の少年ロキ。
エアバイク、家の前で停まる。
ロキは、不思議そうに、エリクを見る。
誰だろう。ロキは、マーシャに頼まれて、エリクを探しにあちこち回っていたのだ。星都の中心街を何度か回ったが、見つけることはできなかった。
「あっ!」
ロキは気づいた。
目の前にいるのは。
亜麻色の髪、黒い瞳の少女。ミニスカートで、左太腿には、ガーターリングをしている。間違いない。
「エリクさん!」
エアバイクを飛び降りたロキ。
エリクに走り寄り、その手を握る。
「よかった! ここがわかったんですね?」
「え?」
何を言ってるんだ? エリクは、頭がぐるぐる。ぽかんとなる。この人、マーシャを連れ去ったロキだよね。
ロキは、エリクの手をとって、にっこり笑顔。
「さあ、入ってください。マーシャ様が、待っています」
家に招じ入れようとする。
「あ、あの、待って」
エリクが、やっという。
「ええと、私は確かにエリク。それであなたは」
「ロキです。セルス星王宮護衛隊のロキです。マーシャ様、今はそう名乗っておられる王女をお守りする忠実な騎士です」
少年の真摯なまなざし。
◇
なんだろう。何かがおかしい。
エリクは、必死に考えようとするが、だめだ。考える端から、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「あの」
とにかく状況をはっきりさせなきゃ。
「あなたは、公園でマーシャを連れ去ったのではないですか?」
「ええ、そうです」
ロキが、キョトンとして言う。
「公園から、僕の家に、お連れしました」
「……あの、止めようとした2人の男性に、暗幕弾とか投げませんでしたが?」
「はい」
ロキは、真剣な表情になる。
「そこまで知っておられましたか。危なかったのです。マーシャ様を、宰相ワジルの手下が狙ってきたのです。たまたま、僕がそこに居合わせて、何とか、姫を助けたのです」
ええっ! エリクはさらに混乱。もう、ダメだ。理解を超えている。
何なの、これ。
ロキ。さっきからの態度。とても嘘をついているようには見えない。そうだとすると、一体どうなっちゃうんだろう。
とにもかくにも。
「なんだか、よくわからないけど、マーシャはこの家にいるのね?」
「ええ、そうです。僕は、マーシャ様から、エリクさんを探してくれと言われて、今、外に出ていたんです。マーシャ様は、中で待っています」
中にいるんだ。
とにかく、マーシャの話を聞こう。そうすれば、すべてはっきりする。
ロキは、屈託のない笑顔で家の鍵を開ける。
「いやあ、よかった。エリクさん、マーシャ様は、本当に、あなたのことを心待ちにしていたんです」
◇
2人は、ロキの家に入った。
マーシャがいるべきはずの居間に行く。が、誰もいない。
「マーシャ様!」
ロキは、あちこち声をかけるが、当然ながら返事は無い。
「おかしいな。どうしたんだろう」
ロキに焦りの色が浮かぶ。
エリクが、居間のガラス戸を指差す。
「開いています」
ガラス戸は開けっ放しで、カーテンはゆらゆら。
ロキは、顔色を変える。
外の庭を調べる。
ガラス戸の下に、足跡が複数。
「誰かが裏から入ってきたんだ」
ロキが叫ぶ。
エリクは、ただならぬ事態に気づいてきた。
庭を走る。柵の扉も開けっ放し。
そうだ。裏手には、セムトとレクムがいる筈だ。2人のエアカーも。
だが、誰もいない。エアカーも。影も形もない。
「こりゃ、ひょっとして」
さすがにエリクも、真実に気付かざるを得ない。
ロキを振り返る。
「あの、あなたが公園で出会ったワジルの配下とは、どんな人でしたか?」
ロキは、セムトとレクムの人相服装を話す。うん、やっぱり間違いない。あの2人は、ロキがマーシャを誘拐するのを止めようとしたと言ってたけど。じゃあ。
「うわああああっ!」
エリクは、頭を抱える。
なんてこった! そうか。そういうことだったのか。
あの2人こそがワジルの手下だったんだ!
2人はエリクの案内でマーシャを見つけ、裏からこっそり家に入って、エアカーで、連れ去った。
ワジルの手下をマーシャのところに、手引きしちゃったんだ!
◇
「ああ、もうダメ!」
エリクの絶望的な叫び。
「マーシャ、どこ!」
周りを見ても、青い空と海。エアカーが、どこへ行ったのか、わからない。探す手がかりもない。
マーシャがまた誘拐されてしまった。
「落ち着いてください、エリクさん」
エリクから手短に事情を聞いたロキは、青ざめたが、確固たる口調。
「まだ間に合います。マーシャ様がどこへ行ったか、追跡することはできます」
「どうやって?」
「実は、マーシャ様には、発信機をつけてあるんです」
「発信機?」
「はい。マーシャ様は、僕のことを、完全には信用していない様子でした。それも当然です。何しろ、身内に裏切られて、追われているんですからね。ひょっとしたら、僕を疑って、1人でここを出ていってしまうんじゃないか。それが心配でした。そこで、申し訳ないと思いましたが、マーシャ様に、こっそり発信機をつけさせてもらったんです」
「ロキ! お手柄よ!」
エリクは飛び上がらんばかり。
「どこ? マーシャはどこ?」
「今、確認します」
ロキは自分の携帯端末を取り出す。覗き込むエリク。
「ええっ!」
エリク、目を丸くする。
「これは」
ロキもびっくり。
発信機から送られてくるマーシャの現在位置。
星の重力圏外。宇宙空間だ。
「何これ。ねえ、ロキ、間違いなく発信機は、マーシャにつけたの?」
「はい。間違いありません。マーシャ様の青い肩掛けに、しっかりつけました。絶対確かです」
「青い肩掛け。私のマントだ」
携帯端末を睨むエリク。
もう間違いない。マーシャはこの星から連れ出されちゃっている。あの2人組のエアカーは、宇宙航行の機能はついてなかったはずだ。じゃあ、もうどこかで宇宙船に乗り換えたってこと?
最悪の事態。
エリクの選択肢はただ1つ。
「私がマーシャを助ける。絶対に、絶対に、助ける」
宇宙空間へ追いかけて行こう。超人のエネルギー残量の全部を使って飛翔するんだ。
「ロキ、この携帯端末、借りるよ。今から私がマーシャを追いかけるから」
「追いかける? どうやって?」
驚くロキに、エリクは1つウィンクする。
「任せてといて。あ、ロキ、しっかり目をつぶって」
「目を?こうですか」
ロキはしっかりと目をつぶる。超人の力を、やたらと人に見せて良いものではない。
「そう。そのままにしててね。じゃあ、行ってくるよ。超駆動!」
エリクは黄金の光の気を纏う。たちまち、光の矢となって、宇宙へと飛翔する。
◇
1直線に、重力圏を突き抜けた。エネルギー残量は少なく、あまり時間は無い。携帯端末の示す位置座標。幸い星からあまり離れていない。
「ん?」
見つけた。
宇宙空間を浮遊していたのは、小さなロケットだった。エリクの背丈くらいの。遊びで作って飛ばすようなやつだ。もう燃料は尽き、推進力を失って、浮遊している。
エリク、近づいて、ロケットにつかまる。
「あ」
ロケットの先端に、エリクの青マントが突き刺さっている。発信機もしっかり付いていた。
「何なの。これ、どういうこと?」
もちろん、マーシャの姿は、どこにもない。
「ねえ、一体何が起きてるの?」
エリクは、訳がわからないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ロケットと青マントを抱えて、急いで地上に戻る。
結局。
岬の崖の下のビーチで。このロケットを作って飛ばしたと言う若者を見つけた。
「この青いマントは?」
「確か、ロケットを飛ばす時、カモメが青い布切れをくわえて飛んでましたね。そうだ、ロケット発射にびっくりして、それを落としたんだ。それがロケットに引っかかって、宇宙まで行っちゃったんですよ」
マーシャが肩掛けにしていたエリクの青いマント。マーシャが2人組に連れ去られる時、飛ばされてしまったらしい。せっかくの発信機。またも、手掛かりが途切れてしまった。
宇宙への飛翔。完全な無駄骨だった。
(第36星話 栗毛連盟の星 14 狩人の嗅覚 へ続く)




