第36星話 栗毛連盟の星 11 姫を探して
静かな海辺のロキの家で。
マーシャは、ロキが出してくれた紅茶とお菓子で、一息ついた。
「あの、お願いがあります」
マーシャは、ロキに。
「なんなりと。何でも言って下さい」
ロキは、マーシャを王女だと信じている。頬をずっと紅潮させたまま。
「実は、ここには、友人と2人で来たのです。しかし、公園で友人とはぐれてしまったのです。なんとしても友人と合流しなければなりません。友人を探したいのです」
「友人?」
なるほど、王女のお付きの人か。ロキは、そう理解した。
「では、私が探してきます。マーシャ様は、この家にいて下さい。お願いします。絶対にここから出ないでください。部屋のカーテンもしっかり下ろしておいてください。ここなら安全です」
「わかりました」
マーシャは、とにかくロキを頼るしかない。
「で、マーシャ様、友人というのは、どのような方ですか?」
「私と同じ歳の女の子、エリクです。亜麻色の髪で、黒い瞳。いつもミニスカートで、左の太腿にガーターリングをしています。きっとエリクも今、私のことを探しているはずです。エリクを見つけて、ここに連れてきてください」
「任せてください」
ロキは立ち上がる。
「ここは小さな星ですからね。中心街の辺りを探せば、きっと見つかるはずです。ミニスカートで、ガーターリングをしている女の子ですね。この星では、あまり見かけない格好ですから、すぐ見つかるでしょう」
ロキはマーシャに、この家から出ないように、誰かが訪ねてきても応対しないようにと、また念を押すと、丁寧にお辞儀をして、家を出て行く。
1人残されたマーシャ。
カーテンの隙間から、そっと外を見る。
庭の向こうには、青い海と空。カモメが飛んでいる。
御伽話の冒険の世界。
国王を救出する王女の役。
現実になってみると、とっても大変だ。
◇
「ああ、もうダメ」
エリクは、ドサっと植え込みの陰に倒れる。
ずっとマーシャを探して公園内を歩きまわっていたのだ。結構広い森の公園である。もちろん、何の手がかりもない。ただ疲れただけだ。そしてお腹もペコペコだ。
「どうしよう」
エリクは、目が回る。
全力超駆動すると、とにかく、空腹になるのだ。
ところが。
現金どころか、携帯端末も無かった。全部、爆発した脱出ポッドに置いてきてしまったのだ。電子決済もできない。
マーシャはワジル一味に連れ去られた可能性が高い。早く助けないといけない。一刻を争うのだ。しかしこれじゃ、救出どころか、エリクが、行き倒れになってしまう。
八方塞がりだった。
もう、どうすりゃいいの?
「どうすりゃいいんだ?」
その時、声がした。植え込みの向こう、ベンチからだ。
「あの小僧、女の子を連れて行きやがったんだ。結構目立つはずなんだけどな。どこへ消えたんだ。奴のアジトが、この星のどこかにあるってのかな」
苛立たしげな声が、続く。
女の子を連れて行った?
気になった。エリクは、身を起こす。
ベンチに座っているのは。
2人組の男。
2人とも、カウボーイハットで、革のチョッキ、革のズボンにブーツ。お揃いの格好。
エリクは、植え込みを飛び越えて2人の前に出る。
「あの、女の子が連れていかれたって、どういうことですか? 実は私、友人の女の子を探しているんです。この公園で、はぐれちゃって。赤いロングヘアで、青いマントを肩に羽織った、ドレス姿の女の子です。知りませんか?」
2人の男は、あっという顔をした。
2人組。言うまでもなくセムトとレクムの兄弟である。こちらも逃げたロキとマーシャを追ってあちこちウロウロ探し回っていたが、何の収穫もなかったのである。
顔を見合わせる兄弟。
のっぽの兄セムトが、弟に小声で耳打ちする。
「俺にまかせとけ。こりゃひょっとしたら、ひょっとして、チャンスだぞ」
セムトはにこやかに、エリクに、
「ええと、お嬢さん、あなたの友人、俺たちは、知っていると思う」
「本当ですか!?」
エリク、必死な表情。
「うん。確かに見た。その赤い髪っていうのは、鬘じゃないかな?」
「そうです!」
エリクは飛び上がる。
「間違いありません!いったいどこで見たんです? どこへ行ったんです? 教えてください!」
セムトは冷静に考える。この子は。明らかに王女の仲間だ。確かに、王女が1人で逃亡潜伏しているとは考えにくい。お付きの護衛か侍女か。王女とはぐれて探している? するとさっきの小僧は一体何だったんだ? 奴はお付きじゃなかったのか?
いろいろ不明な点はあったが、王女発見につながる手がかりを見つけたことには違いない。利用するしかない。セムトは、ニヤリとする。
「それがどこへ行ったか、俺たちもわからないんだ。たまたま、森の中で出くわしたんだ。長銃を担いだ狩人姿のガキが、あんたの友人の女の子を、連れ去るところにね。俺たちは女の子を助けようとした。ところがガキの奴は、俺たちに暗幕弾を投げつけてきやがった。それですっかり見失っちまったんだ。俺たちも心配して探してたんだけどね。どこを探しても見つからない。それで途方に暮れていたところよ」
「やっぱり……マーシャは、連れ去られたんですね。あ、私の友人、マーシャっていいます」
「マーシャ?」
セムトとレクムの兄弟、顔を見合わせる。なるほど。今、王女クレア姫はマーシャって名乗ってるのか。
エリクは必死に考えている。
「マーシャを連れ去ったのは、長銃を担いだ少年、で、間違いないんですね」
「ああ、あんたと同じくらいの歳のガキだな」
「う〜んと、あの、携帯端末をお借りすることはできないでしょうか? あの、家に忘れてきちゃって。ちょっと調べてみたいんです」
何か気づいたらしい。セムトは、自分の携帯端末をエリクに渡す。自分たちが気づかない王女への手がかりを、この子が見つけたというなら、大儲けだ。調べてもらおうじゃないか。
エリク、必死にセムトの携帯端末で検索。そして1つ、大きく頷く。
「何かわかったかい、お嬢ちゃん」
「はい。この星の銃の事情について調べました。この星では、勝手な銃の所有携行は、禁止されています。狩人のライセンスがある人だけが、長銃を登録申請した上で、所持することができます。堂々長銃を担いでいたということは、ライセンス持ちの登録狩人です」
セムトは、頷く。
「わかったけど、それは普通のことだな。それで? 他に何かわからないのかい?」
「この星の狩人協会のサイトを調べました。この星では、狩りはあまり人気がなく、登録狩人の数も、かなり少ないとあります。害獣駆除の狩人を募集と出ています。狩人が少ないなら、少年の狩人は、もっと少ないのではないでしょうか。狩人協会に行ってみます。何かわかるかもしれません」
セムトとレクム、おおっ、と声を上げる。王女への手がかりがつながった。
エリクは、思案する。何が何でも、マーシャを探さなくてはいけない。絶対に失敗は許されない。やっと繋がった手がかり。
でも、1人では。やっぱり、人数がいたほうがいい。
この2人は。
セムトとレクム。
言葉遣いは悪い。人相も……ちょっとアブナイ感じがする。でも。マーシャが連れ去られようとするのを助けようとして、被害にあったんだ。根はいい人たちなんだろう。よし、手伝ってもらおう。
エリクは、2人組の男に向かって、
「私、エリクっていいます。連れ去られた友人のマーシャを、なんとしても助けたいんです。お願いです、力を貸してください。今はお金を持ってませんが、後で、必ずしっかりお礼をします。信じてください。一緒にマーシャを探してください」
頭を下げる。
セムトとレクム、顔を見合わせる。
「お嬢ちゃん、ちょっと待ってて、俺たち2人で、相談するから」
セムトは、レクムを引っ張っていく。
「どうするんだ、兄貴」
「うむ。こりゃ、渡りに船ってやつだな。あのエリクって子は、間違いなく王女のお付きだ。それが俺達を全然疑わず、信じきっている。しかも王女を助けるのを手伝えと。こりゃ、大笑いだ。あの子は、俺たちが気づかなかった手がかりにたどり着いた。使えるぜ。王女を探すのに、使ってやろうじゃないか。もちらん王女を見つけたら、俺たちが捕まえる。あの子もふん縛ってやる。俺たちが実はワジル閣下の手の者と知ったら、一体どんな顔するだろうな。こりゃ、面白くなってきたぜ。王女とお付き、2人まとめて閣下に献上できる。もう間違いなしだ」
思わず、ひっ、ひっ、と笑いがこぼれる。
「しかし兄貴」
弟のレクムは、首をかしげる。
「じゃあ結局、俺達を出し抜いて王女を連れて行ったあの小僧は、一体何者なんだろうな。王女のお付きが知らないって事は、一体誰なんだ?」
「そうだな。あの嬢ちゃんの話からすると、この星の住人の、お節介野郎ってとこだな。通りすがりに王女と出会ったんだろう。一般人だ。それなら、気をつけていれば、大した相手じゃない。今度こそ、絶対うまくいくぞ」
自信を深めるセムト。
兄弟の話し合いは終わった。
「エリクの嬢ちゃん、わかった、手伝うぜ。俺たちだって、女の子が目の前で拐われたのを見て、黙ってるなんてわけにいかないねえからな。謝礼なんて別にいらねえぜ。こちとらには男気ってものがあるからな。困っているご婦人のためなら、一肌脱ぐ。当然だ。よろしくな。俺はセムト。そしてこいつは、俺の弟のレクムだ」
笑いを抑え切れないセムト。
エリクも笑顔。やっぱりいい人なんだ。
「よろしくお願いします」
3人は歩き出す。
まずは、狩人協会へ。
歩きながら、弟のレクムは呆れていた。
兄貴にころっと騙される人間がいるだなんて。考えたこともなかった。
やはり宇宙は広いのだ。
あのエリクの嬢ちゃん。極め付きのヌケサクだな。
王女のお付きがあれじゃ。
やっぱり国王が宰相に足を掬われたのも、当然なんだ。
レクムは一人、かぶりを振る。
(第36星話 12 栗毛連盟の星 マーシャまた誘拐される へ続く)




