第36星話 栗毛連盟の星 10 王女の護衛
ロキは、マーシャの手を引いて急ぐ。
公園から道に出ると、ロキのエアバイクが置いてあった。やや大型の、2人乗り用だ。
ロキは、バイクにまたがると、後ろに、マーシャを乗せる。
「さあ、しっかりつかまっていてくださいね」
ロキは、バイクを走らせる。
とにかく安全な場所へ。自分の家に王女を連れて行くのだ。
◇
公園の奥では。
2人組の男が、暗幕弾で失った視界をやっと取り戻していた。
「なんてこった!」
のっぽが言う。
「あの小僧、絶対許さん!」
と、小太りの男。
この2人は、実の兄弟だった。のっぽの兄はセムト。小柄小太りの弟は、レクムという。
ロキとマーシャに名乗った通り、宰相ワジルの手の者である。ワジルは機密データを持って脱出逃亡した王女クレア姫を捜索するため、方々へ配下を差し向けていたのである。
もっとも、この小さなゾパ星には、まさか王女が潜伏することはあるまいと、配下の中でも一番期待してない2人組セムトとレクムの兄弟を差し向けたのだった。2人はこれまでワジルの下では、使いっ走り程度の仕事しかしていなく、王女の身柄捜索確保という重大な任務は、初めてであった。
初の大仕事に最初は嬉々としていた2人だが、当然ながらゾパ星に王女の姿などなく、活動費もわずかで何もできないので、気を腐らせていたところ、偶然にも王女を発見したのである。
「ああ、あと1歩だったのになあ、兄貴」
弟のレクムが、嘆く。
のどかな公園。
樹々がざわめいている。
逃げたロキとマーシャの影も形もない。どこに行ったのかもわからない。
「なんとしても見つけ出すんだ。とにかく、王女はこの星にいる。それがわかっただけでも、大金星だ」
兄のセムト、キョロキョロ周りを見回す。
「なあ、兄貴」
「なんだ?」
「報告はしなくていいのかい?」
「報告? 何を?」
「そりゃ、クレア王女を見つけたことをさ。ワジル閣下に報せないと」
「ダメだ」
兄のセムトは、ピシャリと言う。
「どう報告するんだ? 王女を見つけました。でも、逃げられちゃいました。そう報告するのか? 見つけたら、何が何でも身柄を確保しろ。場合によっては殺害してもいい、そう言われてるんだぞ。逃したなんて言ったら、どんな大目玉を食うかわからん。永久に無能扱いを受けるぞ。下手すりゃ、俺たちが処分されるかもしれん」
「じゃあ……どうするんで」
「もちろん捕まえる。俺たちの手で、王女を確保する。ここは小さな星だ。探せば、きっと見つけることができる。今度こそヘマはしない。見つけたら必ず確保する。生きていようが死んでいようとな。さ、行くぞ。探すんだ!」
やれやれ、と弟のレクムはため息をつく。
これまで、大きなことをやって上手くいった試しの無い俺たちだ。
こりゃ、今回もダメかも。
◇
「マーシャ!」
エリクは、叫んでいた。ゾパ星の中心街を1周りしてきた。このゾパ星は別荘や保養施設の多い、風光明媚な小さな星だった。大型の商業施設やレジャー施設は無く、静かで、落ち着いた星である。
星の様子がわかったところで。
マーシャのところへ、元の公園の森へ戻ってきたのだが。
姿がない。
絶対に守らなくてはいけない親友の姿が。
「マーシャ、どこに行ったの! マーシャ!」
必死に叫ぶが、返ってくるのは樹々のざわめきだけ。枝を渡る栗鼠が、不思議そうにこちらを見つめてくる。
「はぐれちゃった。なに? いったいなにが起きているの?」
エリクは、青ざめる。
どうしたんだろう。マーシャが、エリクを置いて1人で勝手にどこかへ行っちゃうなんて、考えられない。
だとすると。
エリクに告げずにどこか行かなくちゃいけない理由ができた。
その理由って。
エリクは、震える。
宰相ワジルの手先に、発見され、連れ去られた?
一番嫌な事態。あってはならないこと。
今、宰相ワジルの手先が、ここでマーシャを見つけたら。間違いなく王女クレア姫だと誤認する。マーシャが、王女じゃない、別人です。といっても、聞き入れないだろう。大喜びでマーシャを連れて行く。そうしたらどうなるんだろう。よく調べて、別人、他人の空似だったとわかって、解放してくれるだろうか。
いや。
ラウシュの話じゃ、敵はそんな丁寧なことをする連中じゃないらしい。
ーーいきなり殺害もあり得る。
「ダメえええっ!」
蒼白となったエリク、髪を掻きむしる。
「私のマーシャ! 誰よりも愛らしくて、何の罪もないマーシャ! 手を出しちゃダメ! 返して! 傷つけないで!」
叫ぶ。
とにかく探さなきゃ。
どこをどう探していいのか、手がかりなんて全くない。
ああ、万能検査機がいれば。
エリクは、相棒ロボットのことを思う。
きっといい知恵を出してくれたのに。
今は。
宇宙空間で爆発する脱出ポッドから、本当に身一つで脱出したのだ。
何もなかった。着の身着のまま。マーシャを抱えての宇宙空間飛翔で、光の気のエネルギーも相当減ってしまった。エネルギーの無駄遣いもできない。
気は焦るが、本当に打つ手がない。
「でも、諦めないぞ」
エリクは、空を見上げる。茜が差している。そろそろ夕暮れ時だ。
「マーシャ、待っててね。必ず迎えに行くから」
◇
「さあ、こちらへ。ここは僕の家です。ここなら安全です」
ロキは、エアバイクを止める。
マーシャは、降りた。
海に面した岬に建った、瀟酒な家だった。
「ここは僕の両親の家なんです。両親は今、遠くの星へ長期旅行に行っていて、いません。僕1人だけです。気兼ねなく、寛いでください」
家の中へ。マーシャは、案内された居間の椅子に座る。とにかく、ほっとした。
「ちょっと待っていてくださいね」
ロキは、キッチンに消える。少しして、紅茶のポットと、ティーカップを2つ乗せたお盆を持って、現れる。
「さあ、どうぞ」
自分も椅子に座り、マーシャに紅茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます」
「本当に、何も遠慮しないでください。僕の両親もセルス星出身なんですけど、風光明媚なこの星が気に入って、以前から移住してたんです。僕はセルス星の寄宿舎に住んで学校に通いながら、時々この両親の家にも来ていました。この星の狩人のライセンスもとって、公園での狩りもしていたんです。それが、こんな幸に繋がるなんて。本当に、何があるかわかりませんね」
ロキ、頬を紅潮させている。
マーシャは、出された紅茶を飲みながら、考える。
ロキは、マーシャを完全に王女だと信じている。状況的に、当然だ。そして公園で現れた2人組。あれは間違いなく宰相ワジルの手の者。そう名乗っていた。あの2人組も、マーシャを王女に違いないと確信して、連れ去ろうとしていた。本当に危ないところだった。連れ去られていたら、本人確認もちゃんとしないで、殺されていたかもしれない。
私は、どうしたらいいんだろう。
さっきから同じ考えがぐるぐる頭を回っている。
ロキは、命懸けで、マーシャのことを守ってくれた。でもそれは、マーシャを王女だと誤認しているからだ。王宮護衛隊だと言っていた。その使命感、王への忠誠心からだろう。
自分が王女だと、騙すようなことをしているのは、やっぱりよくない。
では、ここで自分は王女じゃない、他人の空似だと言ってみたら? どうなるだろう?
それでもやっぱり、ロキは、自分を王女だと信じ続けるだろう。それで、王女が身分を明かすことができないので、そう言ってるのだと考えるだろう。既に危ない目にあっているんだ。絶対自分から離れようとはしないだろう。もちろん、宰相ワジルの手の者も、ここで見つけたマーシャを、王女クレア姫だと、固く信じている。追跡の手を緩めることはないだろう。王女の代役国王救出作戦について、話すわけにもいかない。
別人だと説明しても、余計ややこしくなるだけだ。
結局。
今は、ロキに頼るしかない。敵側に発見され、狙われているのだ。1人でやっていく術はない。もう少しだけ、ロキの好意に頼ろう。
なんであれ、他人を騙すことになるのは、マーシャにとってとても心苦しいことであるが。
ロキは、国王の無実を信じ、救出を願っている。マーシャは、国王救出作戦のために、ここまで来た。マーシャが真の王女でなくても、マーシャに協力してくれることに、間違いなく賛同してくれるだろう。
あまり多くの人を巻き込んではいけない。
マーシャは思う。星間国家的大陰謀事件。事態の大きさに、改めて身震いする。
とにかく、エリク。
エリクと合流しなくちゃ。
(第36星話 栗毛連盟の星 11 姫を探して へ続く)




