第36星話 栗毛連盟の星 8 姫と2人の騎士
「マーシャ」
エリクは、また、マーシャをしっかりと抱きしめる。
「私があなたを守る。だから私を信じて。これからここを脱出する。私、あなたを連れて宇宙空間を飛翔するから。あれこれ説明している暇はないの。あなたは私にしっかりしがみついていて。お願い。それでいいの」
マーシャは、小さくうなずいた。
「エリク。信じるよ」
よし。行こう。
エリクは、心を決めた。マーシャに超人の力を見せるのは、初めてだ。でも、今は力を使うしかない。それしか選択肢がないのだ。
脱出ポッドの中。警報サイレンが鳴り響き、探査画面が真っ赤になっている。機器類は、制御不能。もう時間がないのは一目瞭然だった。
「じゃあ、行くよ! 超駆動!」
超人の力、全力全開!
エリクとマーシャ、黄金の光の気に包まれる。
これで宇宙服なくても、宇宙空間を飛翔できる。
しっかり抱きしめていれば、マーシャも一緒に飛んでいける。
エリクは、ポットの床を蹴り、ジャンプ。そのままポッドの壁を突き破り、宇宙空間へと飛び立った。
宇宙空間で、マーシャと2人。しっかりと抱き合う、光の気に包まれて。
マーシャ、瞳を大きく見開いている。何が起きているのかわからないのだろう。光の気の黄金の輝きの中、プリンセスドレスをひらひらさせている。着替える暇はなかったのだ。
こりゃ、本当に、姫を守る騎士だな。エリクはそんなことを思う。
◇
目指す星はすぐ目の前。
エリクは、目測する。よし、全力超高速! ひとっ飛びで行ってやるぜ!
光の矢となって飛んでいく。
残されたポッドは。2人が飛び出してまもなく爆発した。塵となって宇宙に消えた。
◇
ぐんぐん星が近づいてくる。
エリクはスピードを緩めない。そのまま大気圏に突入する。
一瞬で雲を抜けると、そのまま地表へ。緑の陸地だ。ちょうどいい。
急降下。
地表直前で。
エリクはブレーキをかけ、体勢を立て直すと、ふわりと大地に足を下ろす。
無事、脱出成功。
エリク、ふうっと息をつく。誰かを抱えて宇宙空間を飛翔した事は、あまりなかったのだ。でも、うまくいった。超人の力は切り札なのだ。時間制限がある。やっぱり最後までとっておいてよかった。宇宙では何があるかわからない。
マーシャ。エリクにお姫様抱っこされて、キョトンとしている。固まっている。そりゃそうだ。
「着いたよ、お姫様」
エリクは、にっこりとする。
マーシャも、地表に足を下ろし、あたりを見回す。
青い空。爽やかな空気。緑の草地に樹々。少し離れたところには、建物も見える。人影は見えない。
「ここは森? それとも大きな公園かな」
つぶやくエリク。
ん?
マーシャが、物問いたげに、こちらを見つめている。
そうだ、説明しておかなきゃ。
「マーシャ、びっくりしたでしょ」
エリクは、何とか辻褄を合わせようとする。超人である事は秘密なのだ。
「見た? 私の能力」
「うん。2人で宇宙を飛んでいた。夢じゃないよね」
「うふふ。言ったでしょう。私、お宝探し屋をやっていたの。これ、お宝探し屋の隠し技なのよ」
「ええっ!」
マーシャはびっくり。
エリクは、得意然と、
「うん。宇宙のお宝探し屋ってのは、どんな危ない目に合うかわからないから、いろんな隠し技を持っているものなのよ。あ、でも、これ秘密なの。絶対誰にも言わないでね」
「うん。わかった。もちろん誰にも言わないよ」
素直に信じたマーシャ。もちろんお宝探し屋に宇宙を飛翔する技などあるわけないのだが、世間知らずのお嬢様のマーシャは、素直に信じてくれた。
マーシャは、エリクの手をしっかりと握る。
「エリク、ありがとう。もうあなたは命の恩人ね。本当に、本当に、ありがとう。あなたは、私の騎士ね」
姫から、騎士の公認が出た。
2人の少女は、見つめ合い、にっこりと笑顔を見せ合う。
「あっ!」
エリクは、その時思い出した。
万能検査機!
相棒ロボット、ポットの中に、置いてきてしまった。マーシャを助けることに夢中だったのだ。ついうっかり。
しまった!
あの後ポッドは。背後で感じた。爆発した筈だ。
焦るエリク。必死に状況を整理する。
ポッドの爆発。それほど大きいものではない。万能検査機の耐久力なら、持ちこたえられるだろう。という事は。
相棒ロボットは、今、宇宙空間を浮遊している。おそらくこの星の重力につかまって、ぐるぐる周回してるだろう。救助信号を出しながら。ひとまずは安心。ロボットは、宇宙空間でも大丈夫だ。
うん。よし。吹っ飛んだわけではない。居場所もわかっている。いずれエリクの愛機ストゥールーンで探しに行こう。
でも。
さんざん文句言われるだろうなあ。
エリクは、冷や汗。
迎えに行く時、1番いい機械油持って行かなきゃ。
◇
いろいろやるべき事はあるけど。
「マーシャ、ここで待っていて。この星の様子、見てくる。あ、その前に」
エリクは、自分のマントを外して、マーシャの肩に掛ける。
マーシャは、まだ、プリンセスドレスのままだったのだ。目立ちすぎる。エリクのマントを肩掛けにすれば、何とか誤魔化せる。赤い鬘は、被ったままだ。宇宙空間でも吹っ飛ばずに済んだ。
「これでよし。マーシャ、あなたは事件の鍵を握る王女とそっくりで、これから王女の役を果たしに行く。作戦成功するまで、危険はいっぱいなのよ。どこにワジルの目が光ってるかわからないからね。じゃあ、ここ動かないでね」
エリクは、マーシャと別れ、1人街の方へ。
エリクを見送ったマーシャ。まだちょっと心細いけど、宇宙での危機一髪の後、緑の地表に足を着けて、やや落ち着きを取り戻していた。
一人きり。
心地よい風が吹き抜けていく。鳥のさえずりが聞こえる。そして、小川のせせらぎ。
マーシャ、音のする方を見る。すぐ先に、綺麗な小川が流れていた。さらさらと静かな音。
急に喉の渇きを覚えた。飲食もすっかり忘れていた
「こういう川の水って、大体飲めるように調整されてるのよね」
マーシャは、小川の畔にしゃがむと、両手を水に浸す。冷たい。心地よい。
掬って、一口飲む。
喉を潤し流れる水。マーシャは、生き返った気がした。
ほう、と息をつく。
これまでのあれこれのことを思い出す。そして、これからのこと。王女の役を果たし、国王夫妻を救出する。
これからだ。これからが大変なんだ。でも。今は。少し休息しよう。
マーシャは、ドレスの裾を捲り、サンダルを脱ぐと、ゆったりと、冷たい小川の水に、両足を浸す。
◇
「美しい。なんて、美しい人なんだ」
ロキは、見惚れていた。
頬が赤く染まっている。
狩人姿の少年。まだ、17歳である。
長銃を担ぎ狩りに来ていたのである。だが、この広大な星立公園、奥まった小川のせせらぎの近くに来たところで。
ゆったりと両足をせせらぎに浸している少女を見つけたのだ。
ロキの鼓動、高まる。
少年は樹の陰にいる。少女からは見えない。だが、少女を見ることができた。ロキ、じっと見つめる。動くことができなかった。
赤く長い髪の少女だ。
どこか物憂げな青い瞳。肩に青いマントを翻がせ、捲り上げたドレスの裾は、ゆらゆらと揺れている。
「まるで伝説の精霊……いや、女神というべきか」
心臓の鼓動、どんどん高まる。破れそうだ。
「今日は、僕の、運命の日なのか」
とても非現実的な出会いに思えた。今にも全てが壊れ、無に帰してしまうような。
ロキは、この瞬間を、失いたくなかった。あの美しい少女を。いつまでも見ていたかった。いや、見ざるを得なかった。虜になっていた。もう夢中だった。その少女の面影。どこか、見覚えがあったのだ。少年は、はっきりと、少女を知っていた。
◇
マーシャは、柔らかい光と風、せせらぎの音の世界の中。
久々の穏やかな世界に浸っていた。
「エリクが、戻ってくるまで、こうしていよう」
透明な水を、覗き込む。自分の顔が映る。
そこに。
ふっと、影が、差した。
「きゃっ!」
水の中から、何かが飛び出してきた。
マーシャ、思わずのけぞる。
蛙だった。大き蛙。蛙が水の中から、急に眼の前へ、飛び出してきたのだ。
「いやあっ」
マーシャは、ひっくり返った。
仰向けになったマーシャの横を、大蛙は、知らぬ顔で、ぴょんぴょんと跳んでいく。
「ふう、びっくりしたな」
マーシャ身を起こそうとした時。
「大丈夫ですかっ!」
誰かが駆け寄ってきた。
マーシャは見る。狩人姿の少年だ。肩に、長銃を担いでいる。
ロキは、マーシャがひっくり返ってのを見て、思わず飛び出してきたのだ。
「もう、心配ありませんよ」
ロキ、マーシャを抱え起こす。
「あの、ありがとうございます」
マーシャも、突然現れた少年の瞳の純粋さを認め、笑顔になる。
「何が起きたんです?」
ロキは、真剣。
「蛙が」
「蛙?」
マーシャは説明した。小川に足を浸していたら、急に蛙が飛び出してきて、びっくりしたと。
「そうだったんですか」
ロキは、まだマーシャを抱えている。その時、少年の呼吸が止まった。
腕に抱えている少女。
美しい。
いや、それだけではないのだ。
蛙にびっくりして、後に倒れた時、マーシャの赤い鬘は、吹っ飛んでいた。そして、羽織っていた青いマントも飛ばされていたのである。
ロキが直視しているのは。
栗色のくるくる巻毛の明るい青い瞳の少女。その身にまとうのは胸も肩も露わなプリンセスドレス。曲線美の姿体がはっきりと。
少年は、思わず震えた。
まさか、そんなバカな。そんなことがあるはずがない。見覚えがある。さっきからそう思ってたけど。
「あ」
マーシャも気づいた。ロキの腕から離れると、慌てて鬘を拾い被り、マントを羽織る。再び見つめ会う2人。
「あの、あなたは、今日は狩りに来られたんですか?」
マーシャが言った。なんだか気まずい。少年は、異様な眼差しで自分を見つめている。他に言うべき事は、思いつかなかった。ロキは、頷く。
「はい。狩りに来ました。ここは鳥獣保護区ですが、増えすぎた害獣は、許可を得て、狩猟をすることは許されています」
少年の視線、ずっとマーシャに注がれている。喰い入るようなその目線。
なんだろう。マーシャは、戸惑う。でも、悪い人じゃなさそうだ。
「私、マーシャと言います。この星に来たばかりなんです。ええと、あなたは、この星の方ですか?」
「はい、今は、このゾパ星に住んでいます」
ロキは、マーシャから目が離せない。
間違いない。
クレア姫。
(第36星話 栗毛連盟の星 9 戦う騎士 へ続く)




