第36星話 栗毛連盟の星 7 セルス星へ
「お父様。お母様。迎えに来ました。クレアです。クレアが来ました。あなたの娘です。もう、何も心配はございません。皆は、お父様の無実を信じています。さあ、立ち上がってください。歩き出してください。お父様は、みなの救いなのです。このまま、星が闇に呑まれてはなりません。まず光の方へ。しっかりと歩んでください。このクレアが、ご案内いたします。勇気を出して、ここから出ましょう」
マーシャは、台本を両手でしっかり持って、必死に練習している。処刑寸前の国王夫妻を助けるため、王女になりきるのだ。慣れるために、豪華なプリンセスドレスも着ている。
「大丈夫かなあ」
と、エリク。マーシャは頑張ってるけど、どう見ても、三文芝居。悪いけど、学園祭レベル。大体、素人にいきなり本物そっくりの演技をしろとか、無理なのだ。
「この台本、誰が書いたんですか?」
「不肖、この私めでございます」
操縦席に座るラウシュ。銀髪をオールバックに撫でつけた銀縁眼鏡の男、星域警察機構の重鎮の秘書である。
「あはは。そうでしたか」
エリクは、寒い笑い。
ラウシュの台本なんだ。こういうのは、プロに頼めばいいのに。ま、そういう時間もなかったんだろうけど。
エリク、マーシャ、そしてラウシュ。
セルス星国王夫妻奪還救出部隊。たった3人だけ。
今は宇宙空間の中。
元警察大臣ジョルバの邸宅での話し合いの後、そのまますぐに用意された宇宙艇で、星を飛び立ったのだ。
◇
「ずいぶん小さい船ですね」
エリクは言う。この作戦、全て不安要素だらけだ。3人が乗っている船も、近距離宇宙航行型の小型宇宙艇。エリクの愛機ストゥールーンよりちょっと大きめで、居住スペースがある。
操縦席のラウシュ、冷静に振り返る。
「大きいと目立つのです。今、セルス星は国王夫妻逮捕で、殺気だっていますからね。こっそり星に着陸して、すぐ仲間と連絡をとって王宮へ行く。そして、国王夫妻を連れ出し、星を離れる。我々の任務は、それだけです」
それだけ。やけに高いハードルだよな。エリクの頭痛は痛くなる。国事犯として囚われている国王夫妻を助け出す。その鍵となるのが、マーシャの王女の芝居なのだ。
不確定要素、多すぎ。
エリクは、失敗した時のことを考えることにした。うまくいったときは、自分の出番はないんだし。何があろうと、親友マーシャは守る。
「そんなに緊張しないでください。まだまだ、道は長いです」
ラウシュ、エリクの心を見透かしたように言う。
「ええ」
エリク、やや気恥ずかしい。生死を懸けた場は、何度も踏んでいるんだけど。今回は、親友を守るという、厄介な場だ。
マーシャは顔を真っ赤にして王女のセリフの練習をしている。
ほわほわのおっとり屋のお嬢様も、真剣だ。何しろ無実の罪で処刑されそうな人を助けるのだ。
◇
セルス星へ出発してしばらくが過ぎた頃。
狭い船内で。
「いかんな」
操縦席のラウシュが、声を上げる。
「お嬢様方、起きてください」
居住スペースの長椅子で抱き合って寝ていたエリクとマーシャ、目を覚ます。
「どうしたんです?」
寝ぼけ眼を擦りながら、エリクが言う。
「追われています」
ラウシュの冷静な声。
「ええっ! どういうことです」
「やはり、ジョルバ閣下は、マークされていたようです。閣下が国王のために動いている事は、ワジル一味に知られていたのです。私たちが閣下の屋敷から出たところから、尾けられていたのかもしれません。高速艇が3機、追跡していきます。このままじゃ、追いつかれます」
「追いつかれると、どうなるんです?」
「それは彼らの考えです。ただ、この辺は行き交う船もまばらな宙域です。わざと、ここで襲撃を仕掛けようと狙ってきた可能性が高いです。殺し屋を放ってきたような奴らですからね。我々を捕獲する、いきなり撃沈も、あるかもかもしれません」
ラウシュ、さすがに緊迫している。
いきなり撃沈?早くも大ピンチだ。
マーシャも、息を呑んでエリクにぴったり身を寄せている。さすがに顔が真っ青だ。
「迷ってる時間はありません。マーシャ様、エリク様、よく聞いて下さい。我々が逃げ延び任務を遂行するための選択肢は、ただ1つです。このすぐ先に、電離解障害帯があります。そこでは探査が効かなくなります。それを利用するのです。電離解障害帯に飛び込んだら、ただちにお2人のいる居住スペースを、切り離します。そこは脱出ポッドとなっているのです。近くの星まで、自動で航行可能です。居住スペースを切り離せば、この宇宙艇も、かなりのスピードが出せます。私はそのまま電離解障害帯を抜けて、追手を惹きつける囮となります。私たちは一旦別れるのです」
「別れる? それで、その後どうするんです? 脱出ポッドで、私とマーシャが、どこかの星に漂着したら」
と、エリク。
「落ち着いて行動してください。普通の旅客を装って乗合宇宙船を見つけ、セルス星へ向かってください。そして、セルス星に着いたら、王宮前広場にある小鳩亭と言うレストランに行ってください。そして、そこの主人に『木苺と黒すぐりのパイをください』と言うのです。それが合言葉です。小鳩亭は、我々の仲間、国王支持派の隠れ処なのです。合言葉を言えば、後は仲間が手配してくれます」
ここまで言ったラウシュ、かすかな微笑みを浮かべた。この男の笑顔を、エリクは初めて見た。
「私が無事にセルス星にたどり着けるかどうか、判りません。でも、マーシャ様、エリク様、私とまた出会えなくても、ご心配なさることはありません。向こうにいる仲間を信頼してください。そしてきっと国王夫妻を救出してください。どうか、よろしくお願いします。さあ、これより電離解障害帯に突入します。敵を欺く最後のチャンスです。切り離しますよ。では、ご無事で!」
あれこれ言う間もなかった。
突如、船に通信障害が発生する。探査画面が灰色になる。電離解障害帯だ。これは宇宙空間にあるちょっとした沼のようなもので、大きくはない。すぐ突き抜けてしまう。でも、一瞬だけ、追手の目には見えなくなる。
最後のチャンス。
ラウシュに躊躇はなかった。
ラウシュの操縦席と、エリクとマーシャのいる居住スペースの間に、壁が下りる。次の瞬間、居住スペースは切り離された。身軽となったラウシュの宇宙艇は、そのまま最高速度で飛んでいく。
エリクとマーシャを乗せた脱出ポッドは、電離解障害帯の沼に潜み漂う。
狭いスペースで。2人の少女は、しっかりと抱き合っていた。
エリクはもちろん、本気で攻撃されたら、超人の力を発動して撃退するつもりだけど。
とりあえず、何も起きない。そのまましばらく時間が経った。
エリクは、ほっとした。何とかなった。
ラウシュの目論見通り、追手は切り離された脱出ポッドには気づかず、身軽になって全力スピードで逃げる宇宙艇を追跡して行ったのだろう。
とりあえず、すぐドンパチにはならない。
マーシャは、怯えてエリクにしがみついている。ぶるぶる震えている。発見されて即座に撃沈される恐怖があったのだ。当然の反応。
「マーシャ、大丈夫だよ」
エリクは、マーシャを優しくしっかりと抱きしめる。
もう。マーシャをこんなに怖い目に合わせるなんて。やっぱり、この事件には、首を突っ込むべきではなかった。命懸けって、ただごとじゃないよね。
「あなたのことは、何があっても、私が守るからね」
にっこりとするエリク。とにかく今を元気づけなきゃ。マーシャも、しっかりとエリクを見つめ、笑顔に。
「ありがとう。エリク。あなたがいてくれれば、なんだかとっても安心。何が起きても絶対安心。そんなふうに思える」
もう震えてはいない。顔はやや青ざめているけど。
「うん。マーシャ。落ち着いていこう。とりあえず、無事は確保できた。じゃあ、この脱出ポッドを、発進させるよ」
エリクは、ポッド起動スイッチを押す。
動き出す脱出ポッド。すぐに電離解障害帯の沼を抜け、通常の宇宙空間に。近くの星まで、自動操縦だ。
エリクは、探査画面を確認する。
「すぐ近くに、小さな星がある。有人星だね。私たちのホテルのある星の、遠い衛星みたいだ。とりあえず、そこに着陸して、次の交通手段を見つけよう」
脱出ポッドは、遠距離星間航行用では無い。近くに有人星があって、ほっとした。ポッドの推進力。思いのほか大きい。探査画面に映る目的の星、ぐんぐん近づいていく。
「そういえば、マーシャ」
エリクは気づく。
「有人星に降りて、今度は乗合宇宙船に乗り換えるから。結構人目につくよ。そのままじゃダメ。鬘を被って」
マーシャは、うなずいて、鬘をかぶる。王女と瓜二つの姿で、セルス星を歩くのはことはできない。変装用に、ラウシュが鬘を用意しておいたのだ。栗色くるくる巻毛のマーシャは、赤いロングヘアになった。
「うふふ、それも似合うよ。マーシャ、可愛い」
ちょっと赤くなるマーシャ。
「そのドレスも目立っちゃうからね、着替えて」
まだ、マーシャは練習用の豪華な王女のドレスを着ていたのだ。確かに、このままで、人目につく場所に出ることができない。マーシャは、ドレスを脱ごうとする。
その時。
狭い脱出ポット内に、警報が鳴り響く。
「緊急事態発生! 緊急事態発生!」
人工音声だ、なんだ? エリクは固唾を呑む。
「ポッドの動力炉に、異変、不具合が発生! 非常に不安定な状況です。このままでは、エネルギー制御不可能となって爆発する確率が、95%以上。乗員の方は、直ちに、ここから脱出避難してください」
「はあ?」
エリク、目が点になる。
爆発する? 脱出避難しろ?
何言ってるの?
これ、非常用脱出ポッドだよ。脱出ポットから、また脱出しろ? なんで? どうやって?
「ああ、もう」
さすがにエリクも焦る。
「なに、一体なの? 動力炉が異変? なんでそうなるの? 整備不良?ひょっとしてこっそり爆破装置でも仕掛けられていたの? それともさっきの電離解障害帯で、機器がおかしくなったの!?」
ポッドの異変。客観的に見て、1番可能性があるのは、最後の場合だった。だが、今は詮索している場合じゃない。
ともあれ。
着陸予定の星はすぐ目の前だけど。
ポッドは爆発する。ほぼ間違いなく。
脱出しなきゃ。
エリクは、覚悟を決めた。
(第36星話 栗毛連盟の星 8 姫と2人の騎士 へ続く)




