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第36星話 栗毛連盟の星 6 国王救出作戦



 「我々の目的。それはセルス星の宰相ワジル一味の陰謀を暴き、国王の無実を証明することです。しかし、今は、国王夫妻が処刑されるかもしれないという時です。一刻の猶予もありません。何はともあれ、国王夫妻を救出しなければならないのです。証拠を集めて合法的に国王夫妻を解放する時間は無い。まずは救出。国王夫妻の安全を確保した上で、しっかりと謀略を暴く証拠を集めていきます」


 ラウシュの力強い声。今後の事について、すっかり手はずは整っているようだ。


 星域的大事件。マーシャを救出するのとは訳が違う。いったいどうするんだろう。


 「そこで、マーシャ様にご協力願いたいのです」


 え? エリクは、何を言っているのかわからない。隣のマーシャは、真剣な顔で、うなずいている。もう、話は聞いているんだ。


 「国王夫妻は、王宮の牢に、厳重に監禁されています。しかし、セルス星には国王に心を寄せるものがまだ大勢います。王宮内部にもいます。宰相ワジルの謀略について、みな、うすうす感づいているのです。われわれは、彼らと連絡をとっています。内部の手引きで、国王夫妻を脱出させる事は、可能なのです」


 しかし、問題がある。と、ラウシュは言った。


 肝心の国王夫妻である。誰よりも信頼していた叔父の宰相ワジルに裏切られたことで、完全な人間不信に陥っているのだという。国王に心を寄せる側近が接触(コンタクト)して脱出を勧めても信用せず、首を縦に振らないのだという。星民の敬愛を一身に集めていた立場から、反逆者の汚名を着せられ囚われた国王は、すべてに自信を失い、このままなすがままで良い、自分は法と星民に従う。違法な脱出などするつもりはない。脱出などしたら、星と星民を捨てた王として、永久に自分は笑いものになる、そう言っているのだという。


 「国王の決断が全てなのです。国王さえ脱出を同意していただければ、十分に我々はお助けできるのです。しかし、国王は、意気消沈されすべてに気力を失っています。どうしても脱出に同意していただけないのです。このままでは、お助けすることはできず、本当に処刑されてしまいます。そこで」


 ラウシュは、しっかりとマーシャを見据える。


 「クレア姫なのです。我々の最後の頼みの綱は。王女が直接、国王に脱出を懇願すれば、きっと国王の心も動くでしょう。何とか国王を励まし、脱出に同意していただけなければなりません。そのために、マーシャ様にご協力願うのです。マーシャ様に、王女の役をやっていただくのです」


 「あの」


 エリクは、さらに訳が分からなくなった。


 「マーシャが王女の役を? どういうことです?」


 「本物のクレア姫は、消息不明です。ワジル一味は、逃亡の事実を伏せて、王女は国王夫妻逮捕にショックを受けて、王宮で寝込んでいる、面会謝絶だ、と星民に宣伝しています。そして、国王夫妻には、クレア姫も国王の有罪を信じている、もう希望を持っても無駄だ、と、吹き込んでいるのです。国王はそれを信じてしまい、それもあって、すっかり諦めてしまっているのです。状況を変えることができるのは、クレア姫だけなのです。本物のクレア姫の所在がわかれば良いのですが、我々にも残念ながらわかりません。そこで、マーシャ様に王女となって、国王を直接励ましてもらうのです。これが私たちの作戦です。マーシャ様を見つけた時、これは大宇宙の意思の救いだと、われわれは思いました。我々にとってどうしても必要なクレア姫にそっくりの方が、現れたのですから」



 エリクは、またまた考え込む。マーシャを〝保護〟し〝協力〟してもらう。そういうことなんだ。落ち込んで、やる気を失っている囚われの国王を励まして脱出させる。クレア姫の代役としてマーシャが必要。しかし。ただ、そっくりで瓜二つと言うだけで、急にそんなことできるのかな。まさか、国王は自分の娘と他人の区別がつかないなんてことあるのかしらん。学園祭の芝居で王女役をやるのとは、訳が違う


 エリクの不審な眼差しに、ラウシュは応える。


 「無謀な計画とお思いでしょうか? 我々はちゃんと考えています。何度も念を入れて、作戦を立てています。マーシャ様と、国王は、直接顔を合わせるのではありません。モニター越しに会話して、国王に信用してもらうんです」


 「なんだ」


 エリクは、ほっとした。


 「じゃあ、マーシャは、セルス星に行く事はないんですね。モニター越しに国王と話をして、向こうが信じてやる気になったら、脱出作戦決行。だめだったら、皆さんがまた別の作戦を考える。それでいいんですね」


 「そうでもありません。やはり、マーシャ様には、セルス星に行っていただく必要があるのです。脱出するときに、ちゃんと生身のマーシャ様、クレア姫のお顔を国王に見てもらわなければ、信用してもらえないでしょう。もちろん、安全のためだと言って、距離はとってもらいます。そして、国王夫妻を、内部の手引きの者達と一緒に、脱出艇まで案内するのです。国王夫妻が脱出艇に乗り込んでしまえば、本物の王女でなかったと分かっても、問題ありません。とにかく脱出です。それが全てなのです」


 なんだかすごい計画だ。

 

 エリクは、頭を悩ませる。大胆でありながら、肝心な部分が国王の決断、揺れ動く個人の心という、不確定要素に乗っかっているのだ。危なっかしいな。


 ま、最終的に駄目だったとしても。マーシャは無事に引き返してこれるだろう。


 隣のマーシャ。きりっとしている。この話を聞いて、もう心を決めているのだろう。一応、エリクは訊く。 


 「マーシャ、いいの? 国王夫妻は一応合法的に犯罪者として囚われてるんだよ。それを脱出させるっていうことは、つまり違法な犯罪に手を染めるっていうことになるけど。結構危険な話なんだよ」


 マーシャ、微笑む。ほわほわじゃない。


 「やります」


 きっぱりと。


 「無実の罪で、人が処刑されるなんて、絶対許されません。私でできることがあれば、喜んで協力いたします」


 うひゃあ。


 マーシャ、どうしたんだろう。妙に乗り気になっているな。ま、自分が王女に扮装して囚われの国王の救助に向かうって、御伽話の世界みたいだけど。こういうのって、現実では何重にも裏があるんだよな。ほわほわお嬢様のマーシャには、思いもよらないような。しかし、これはもう。


 エリクは、立ち上がった。


 「話は分りました。マーシャがしっかり決断したのです。国王夫妻救出作戦に協力する。いいでしょう。ただ、マーシャの友人として、一つ条件があります。私もマーシャに同行させてください。私がきっとマーシャを守ります。私が一緒にいかせてもらえないのであれば、友人として、マーシャを行かせるわけにはいきません。お願いします。私も一緒にいかせてください」


 ラウシュは、老ジョルバを見る。秘書では、判断できかねるのだ。


 「エリク君」


 元警察大臣の、星域の重鎮は言った。


 「君は先ほど手練の殺し屋2人をたった1人で倒した。そうだね」

 

 エリク、こくりと頷く。 


 「ふむ。君はプロの傭兵かね? ライセンスは持っているのか?」


 「え?」


 エリクは、まごつく。エリクはプロの傭兵などではなく、宇宙最強の超人スーパータイプだ。しかし同時に、指名手配犯賞金首でもある。正体をバラすわけにはいかない。


 「あの、傭兵ではなくて、その、お宝探し屋(トレジャーハンター)です!」


 「お宝探し屋(トレジャーハンター)?」


 ジョルバとラウシュ、異口同音に。マーシャも、びっくりしている。エリクがお宝探し屋(トレジャーハンター)をやっていることは、マーシャにも言っていない。


 「あの、私、お宝探し屋(トレジャーハンター)で、けっこう、危険な仕事もしているので、格闘技とかも、学んでいるんです。きっとお役に立ちます」


 エリク、まごつきながら、説明する。


 ジョルバは、しっかりとエリクを見て、


 「お宝探し屋(トレジャーハンター)。ほほう。たいしたお嬢さんだ。ライセンスはお持ちかな?」


 「あ、いいえ。今はまだ、申請中で」


 ライセンスは無い。でも普通のお宝探し屋(トレジャーハンター)がとてもいけない宇宙の難所へ行って、お宝探し(トレジャーハンター)稼業をしているんだけど。エリクはしどろもどろ。


 ジョルバは、じっとエリクを見つめていたが、


 「なるほど。なんであれ、エリク君、君の腕が確かなのは、間違いない。殺し屋2人を倒したのが何よりのライセンスだ。マーシャ君の護衛を、しっかりお願いしたい」


 エリク、ほっとして力が抜ける。警察の大御所を騙すのって、意外と簡単なんだ。


 「決まりですね」


 ラウシュが言う。一部の隙もない切れ者の秘書。優しげな瞳で、エリクを見ている。


 「実は、我々にもあまり余裕がないのです。今回の作戦は、警察の公式の作戦ではありません。現状では、ワジル一味が、法に則っているのです。われわれは、法を破って国王を救出する側です。だから、警察の組織を使う事はできません。それに、たった今、ジョルバ閣下が襲われました。ここの警備にも、人を残さなければなりません。今から国王救出作戦に行く人員(メンバー)は、とても限られているのです。私、マーシャ様、そしてエリク様、この3人で行きます。エリク様が参加してくださって、実は渡りに船だったのです。本当に心強いです」


 ええっ!


 エリク、心臓がひっくり返りそうになる。


 たった3人で、これからセルス星に突入突撃するの? なんだこれは。もちろん、向こうにも、内部の協力者がいるんだろうけど。無謀極まる作戦だな。確かに急な事態で、警察の組織も使えないんだから、そうなるんだろうけど。ちょっと待って。私がいなかったら、ラウシュとマーシャの2人で行くつもりだったの? おそろしい。間に合って本当に良かったぜ。超人スーパータイプのエリクがいれば、何があっても、少なくともマーシャは守って、生還できる。


 エリクは、心穏やかでない。巻き込まれた事件の規模が、でかすぎる。


 しかし隣のマーシャ。ほわほわした笑顔。〝きりっとするモード〟は、長続きしないんだ。


 無邪気なお嬢様。頼もしそうにエリクを見上げている


 「エリク、あなたが一緒に行ってくれることになって、本当によかった。私、なんだかんだ、やっぱり心配だったの。でも、あなたが一緒なら、絶対大丈夫。頑張ろうね。きっとうまくいく」


 能天気だなあ。


 エリクは、寒い笑顔。


 もう。御伽話の冒険と違って、本当に命懸けなんだから。


 ラウシュが、付け加える。


 「エリク様が倒した2人の殺し屋、いかがいたしますか? まだ、意識は失っていますが」


 ジョルバが、厳かに言う。


 「手錠を嵌めて、地下室に掘り込んでおきなさい。後でじっくり話を聞けばいい。もっとも、殺しの目的の詳しい事情など、知らぬだろうけどな。殺し屋など、所詮、そういうものだ」




(第36星話 栗毛連盟の星 7 セルス星へ に続く)

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