第36星話 栗毛連盟の星 5 姫の行方
マーシャと瓜二つの王女クレア姫の立体映像を指し示すラウシュ。星域警察機構の重鎮、元警察大臣ジョルバのクールな秘書である。
「おわかりいただけたでしょうか。マーシャ様は、クレア姫とそっくりなのです。まるで見分けがつきません。私たちも、最初マーシャ様をこの星で見つけた時は、びっくりしました」
厄介な大陰謀事件の起きている星の王女がマーシャとそっくり。なんだか入り組んだ話になってきた。エリクは、訊く。
「で、そのクレア姫と言うのは、今どうしているんですか?」
ラウシュは、かぶりを振る。
「わからないのです。国王夫妻が逮捕された時、クレア姫は、逃れました。宰相ワジル一味は必死に姫を探しましたが、まだ見つかっていません。私たちも居場所は知りません。消息不明なのです。ワジル一味は、血眼になって姫の居場所を探っています。どうやら、姫は、ワジル一味にとって都合の悪いデータを持って、姿をくらましたようなのです。だから、何としてでも、姫を捕えようとしているのです」
エリクは、思わず隣に座るマーシャを見る。マーシャとそっくり瓜二つの王女が、大陰謀事件の秘密を抱えて、逃亡中なのだという。だんだん事の重大さがわかってきた。
ラウシュは、一息つくと、また、話し始める。
「では、いよいよ私たちの立場を、お話しましょう。私の主は星域警察機構で警察大臣を務めた、ジョルバなのです」
エリクは、うなずく。知っていた。
「ジョルバは、現役時代、セルス星の国王夫妻と親しく、星の内容にも通じていました。今回の政変が起きると、ただちにセルス星に探りを入れ、情報を集めました。ジョルバは今は引退していますが、星域の警察機構に、隠然たる勢力があります。あれこれ裏の裏を調べる事ができるのです。そこで先ほどお話ししたような、宰相ワジルの陰謀について、知ったのです。これはいけない。ジョルバは、焦りました。何しろ、国王夫妻が無実の罪で、処刑されるかもしれない状況なのです。ワジルの陰謀には、まだはっきりとした証拠はありません。国王の犯罪については、でっち上げとは言え、一応証拠が用意されているのです。それを反覆する手段もまだありません。法に訴えて、すぐに国王夫妻を助ける事はできないのです。何とか国王夫妻が無実で、すべては宰相ワジルの仕組んだ陰謀であると証明する証拠を固めるまで、まずは、国王夫妻を救出し、身を隠してもらう必要があるのです」
ラウシュは、じっとマーシャを見つめる。
「そこへ、思いもよらぬことが起きたのです。この星に滞在しているマーシャ様です。消息不明の王女と瓜二つの少女が、ホテルに宿泊している。私たちは驚きました」
ラウシュたちは、マーシャの周辺情報を調べて、クレア姫とは、まったくの他人の空似であると、結論づけた。
「しかし、私たちは、これは、捨てておけないと思ったのです」
クレア姫は、事件の鍵となる機密を抱え、逃亡中である。
ワジル一味は、必死に追っている。この星には、国王と懇意であったジョルバの邸宅がある。
「もし、ワジルの手の者が、マーシャ様を見つけたら、どうするでしょう? 間違いなくこの星でジョルバがクレア姫を保護し匿っている。そう判断するでしょう。そして確実にマーシャ様を誘拐するでしょう。相手は無実の国王夫妻を処刑して、王家を乗っ取ろうという連中なのです。マーシャ様のことも、王女に違いないと決めつけて、ろくに調べもししないまま、いきなり殺害する可能性があるのです。ワジルは、クレア姫の捜索に莫大な報奨金を出しています。裏で伝えられるところによると、場合によっては殺害しても構わない、そう命じているとのことです」
エリクは、身震いした。やっと状況がわかった。そんな大変なことになってたんだ。ほわほわのお嬢様マーシャが、いきなり人違いで殺される! いや、本当にその危険があったのだ。もし、先にマーシャを見つけたのがジョルバの部下ラウシュたちでなく、宰相ワジルの手の者だったらーー
黒ずくめの2人組の殺し屋のことを思い出す。
エリクは、隣のマーシャの手を、しっかりと握りしめた。マーシャはよく1人で散歩していた。狙う隙は、いくらでもあっただろう。とんでもないことに巻き込まれたもんだ。まさに、命が懸っている。
ラウシュは、続ける。
「私たちは、マーシャ様を保護することにしました。事件に巻き込んで、無関係の市民に被害が及ぶようなことになってはなりませんから」
「そういうことだったんですか」
エリクは、頭の中で考えを整理する。
「うーんと、マーシャが王女と瓜二つのせいで、下手をすると命が狙われる。だから保護してくれた、そういうんですね? でも、それだったら、なんで最初からちゃんとそう説明しなかったんですか? 栗毛連盟とか言ってみたり、無理矢理車に乗せて誘拐したり、それはどういうことなんです?」
「これは、機密を要するのです」
ラウシュは、断固たる口調。
「もし、マーシャ様に、きちんと事情を全て説明し、保護を申し出ても、マーシャ様が、信じてくださるかどうか、わかりません。マーシャ様が、私たちのことを信用せず、保護の申し出を断って、誰かにこのことをしゃべってしまったらどうなるでしょう? 周り回ってワジルの手の者に知られてしまうかもしれません。だから事情を知らせずに、マーシャ様の身柄を確保することが必要だったのです」
なるほど。ようやく事情は全てわかった。
それにしても。理由を知らせず女の子の身柄を確保するのに栗毛連盟というのは。もうちょっと何か考えられなかったのかね。
「我が主、ジョルバは、ここの星系警察にも、人脈があります。最後の非常手段でマーシャ様をエアカーに乗せた時、主から、警察本部長に、これは事件ではない、保護だと一報したのです」
それで警察は動かず、非常線も張ってなかったんだ。
ジョルバの手の者が、マーシャを誘拐し、元警察大臣の威光で、捜査を止めた。そこまでは、万能検査機の推理通りだった。ロボは、やや得意げな顔をする。
しかし、結局。想像していたのと違って、ジョルバが正義の味方で、悪党ワジル一味からマーシャと、セルス星の国王一家を守るため、戦っている、そういうことなんだ。
部屋の扉が開く。ジョルバの手の者が、顔をのぞかせる。ラウシュは、立ち上がると、扉のところで、何か小声で話している。
ラウシュは、振り返った。
「マーシャさん、エリクさん。我が主ジョルバが、お会いになるそうです。いらして下さい」
◇
なかなか豪華で、趣味のよい部屋だった。
大きなソファーに座ったジョルバ。ゆったりとしたガウンを着た老人だった。柔らかな瞳をしている。ラウシュのような凄みは無い。好々爺といったところ。
これが、星域に睨みを利かせていた大物なんだ。
ジョルバの真向かいに座ったエリクとマーシャ。
エリクは、仔細に老人を検分する。好々爺。しかし、時折、その瞳には鋭い光が走る。
やっぱりただ者じゃないな。傍に立つラウシュも、緊張している。
「よく来てくれた。ラウシュから、全部説明をしてあるんだよね。私のほうも、話を聞いている。マーシャさん、そして、友人の、ええと」
「閣下、エリク様です」
ラウシュが言う。ジョルバは公職を引退していたが、秘書は閣下と呼んでいた。
ジョルバは、顔を綻ばせる。
「おお、エリクさん。君が、家に侵入した殺し屋2人組を追跡して、倒してくれた、そうなんだね。厚く礼を言う。殺し屋は我が家の警備を難なく解除して踏み込む寸前だったというではないか。君がいなければ、わしの命も危なかった。相当な手練。狙いは間違いなく、わしだっただろうね」
エリク、微妙な笑顔を浮かべる。
エリクこそは、マーシャを助けるためなら、場合によってはジョルバを始末してもかまわんとの意気込みで、この家に乗り込んできたのだった。
しかし、結果的に殺し屋2人を倒した。つまりジョルバを救ったのだ。
老人の秘書であるラウシュは、冷や汗。
「申し訳ございません。警備には万全を期していたのですが。直ちに対策をとり、今度こそ必ずや絶対に破れぬ万全の備えをいたします」
「ははは」
ジョルバは、鷹揚に笑う。
「なに、第一の扉が破られても、第二第三の扉が用意してある。わしとて、簡単にはくたばらぬよ。第一の扉を破っただけでも、見事なものだけどな」
「あの?」
エリクが、口を挟んだ。
「結局、あの2人の殺し屋は、誰が雇った者なのでしょう」
ラウシュが応える。
「今の状況から来て、おそらく宰相ワジル一味でしょう。ジョルバ閣下が、国王と昵懇で、国王のために、密かに警察機構に手を回して動いている。それは向こうも感づいているでしょうから。ひょっとしたら、閣下がクレア姫を匿っている。そう考えているかもしれません。しかし、いきなり殺し屋を差し向けて来るとは。相当向こうも焦ってますね。巨大な富のためなら手段を選ばない危険な連中。それははっきりしました」
「ワジルの一味とは、限らんな」
ジョルバが、おどけたように言う。
「わしは長いこと、警察の上層部で働いてきた。星域の裏ごとには、だいぶ関わってきた。わしを恨んでいる者は大勢いる。誰が殺し屋を差し向けてきてもおかしくは無い。しかし、今は時期が時期だ。敵はワジル一味と考えておくのが無難だろう」
ラウシュが、こくりと頷く。
「では、今後のことを、説明させていただいてよろしいでしょうか」
「よろしい。こちらの2人のお嬢さんに、君から計画を話したまえ」
計画?
エリクは考える。今の私とマーシャって。マーシャが、命を狙われているクレア姫とそっくりだから、安全のために保護してもらっている、そういうことだよね。それ以外に何かあるのだろうか。
(栗毛連盟の星 6 国王救出作戦 へ続く)




