第36星話 栗毛連盟の星 4 囚われの国王
部屋に入ってきたのは、長身の男だった。銀縁の眼鏡。銀髪をオールバックにして綺麗に撫ぜつけている。鋭い眼光。引き締まった体。無駄のない動き。
格闘戦闘のプロだな、エリクは見定める。
銀髪の男は、マーシャと抱き合うエリクを見据える。探知機のような視線。エリクは、思わずぞわっとする。
「マーシャ様、その方は、一体?」
男は、当然の質問をする。
エリクと抱き合ったままのマーシャ。
「この人は、私のお友達で相部屋のエリクです。私が誘拐されたと心配して、助けに来てくれたんです」
「助けに来た? その、エリクさん、どこからどうやっていらしたんです?まさか、その窓から?」
銀髪の男、ますます不審を強めて、エリクを。当然だ。邸宅の厳重な警備を突破しても侵入。普通では考えられない。
エリクは、忙しく頭を動かす。
マーシャは、保護されていると言った。何かの事件に巻き込まれているそうだ。ともあれ、ここの人たちは、味方だったんだ。マーシャには今すぐ逃げ出すつもりは無い。ここの人を信用しているのだろう。事情を確認しなくちゃ。
エリクは、何とか、辻褄を合わせようと、
「マーシャが誘拐されたのでびっくりして、あちこち探したんです。ちょうどここの前を通った時、2人組が塀を破って、この家に侵入するところを見つけたんです。なんだろうと思ってついてきたら、窓にマーシャが見えたんです。そうしたら、2人組が光線銃を抜いたので、これは殺し屋だ、マーシャが危ないと思って、すぐに2人組を殴って眠らせて、窓から入ったんです」
いろいろ苦しい説明。半分以上は本当だけど。
「2人組? 殺し屋?」
銀髪の男、さすがに驚く。そして、窓から外を見る。下に倒れている黒ずくめの2人を見つける。
慌ただしくなった。銀髪の男は、人を呼んだ。奥から、何人かすぐに現れた。みんな屈強で、精悍な顔と体つきだ。昏倒している2人組を窓へ引き上げ、奥へ運び込む。
一通り指図した銀髪の男は、
「マーシャ様、エリク様、奥へどうぞ」
と、案内する。
万能検査機も、自分の入っていた鞄を担いで、短い手足でちょこちょこと、窓から入ってきていた。エリクは、ロボ入りの鞄を肩から下げて、ついていく。
案内されたのは、奥まった、小さな部屋。窓は無い。殺し屋の侵入騒動があったのだ。警戒が必要なのだろう。
立派な椅子とテーブルがある。
「どうぞ、お座り下さい」
銀髪の男に促されて、マーシャとエリクは座る。
一旦、奥へ引っ込んだ男は、すぐにポットとティーカップを載せた盆を持って、現れた。
自分も椅子に座り、テーブルの上で、紅茶を淹れ、エリクとマーシャに勧める。エリクは紅茶を飲んで、やっと一息つく。とりあえず、信用して良さそうだ。
◇
「失礼しました。エリク様。私はラウシュ。当家の主ジョルバ様の、秘書をしています」
銀髪の男は名乗った。
秘書? エリクは油断なくラウシュに視線を走らせる。この眼光、身のこなし、どう見ても、戦闘のプロだ。ジョルバの護衛もしているんだろう。
「あの、ラウシュさん」
マーシャが言った。
「エリクにも、事情を話していいですよね? エリクは、私の大事な、信用のおける友人です。それにもう、この事件にエリクも巻き込んでしまったことですし。私、これからもずっとエリクと一緒にいたいんです。そうしないとやっぱり安心できなくて。だから、エリクにも事情を知っておいてもらわないと困るんです。お願いします」
「確かに」
ラウシュは思案している。冷徹な眼。もちろん考えている事は、主の立場だけだろう。しかし、今のこの男の判断は、
「わかりました、マーシャ様。エリク様も巻き込んでしまった。それは間違いない。私たちの責任でもあります。ただ、エリク様、これから話す事は、とても重大なことなのです。人の命、一つの星の運命がかかっているのです。一旦関わったら、そう簡単に抜けることはできません。軽々に話を洩らしてもらっても困ります。私たちも、この事件には命懸けなのです。それはご了承いただけますか?」
丁寧だが、有無を言わせぬ口調。簡単に抜けられない。話を洩らすな。これは警告なのだろう。
エリクは、頷く。
「わかりました。私もずっとマーシャと一緒にいたい。それに、危険なことに巻き込まれているというなら、それが何なのか、ちゃんと知っておきたいです」
「よろしいでしょう」
ラウシュは、語り始める。
◇
「この星から星間航路3日のところに、セルス星があります。小さな星ですが、なかなか繁栄した美しい星です。セルス星には、国王がいます。もちろん、国政の権限はなく、儀礼上の国王ですが、王家は星民に敬愛され、広く支持されてきました。もともと王家は宇宙で手広く商会を経営し成功した一族で、セルス星も商会が開発発展させたのです。ところが先日、セルス星で政変がありました」
突如、国王夫妻が逮捕投獄されたのである。国王の特権的地位を利用して、セルス星国家の富を、不正に着服蓄財していた、というのが、その容疑である。
この国家的事件の捜査を指揮したのは、国王の叔父にあたる、宰相ワジルだった。宰相ワジルは王族だが、老練な政治家で、経験の浅い国王に代わり、政務全般を取り仕切っていたのである。自らの強力な党派を擁し、星議会にも、盤石の支持を固めていた。宰相ワジルは、国王の犯罪は、セルス星国家への重大な裏切り反逆である、王族の一員として、身内を追求処罰するのは心苦しい事であるが、法の公正を守るため、悪を見過ごすことができない、自分は断固として戦う、そう宣告した。
「もちろん、国王の不正というのは、でっち上げなのです」
ラウシュは、語気を強める。
「単純な、王家の乗っ取りなのです。国王を追放処分すれば、当然、ワジルが次の国王になります。そして莫大な王家の富も手にすることができます。富と権威を我が物にしたい。ただそれだけで、甥である国王を抹殺しようとしているのです。しかし、宰相ワジルは、実に巧妙な男です。捏造した証拠を用意し、メディアを使って星民に大々的に宣伝しました。自分の政治党派を総動員して、国王追及キャンペーンをやっているのです。カネをばらまいています。うまく王家を乗っ取り、富を手にしたら、分け前をやる、そう言って、仲間の連帯を強固にしているんです。付け入る隙もありません。今では、国王夫妻を反逆罪で、死刑にする、そう息巻いているのです。徹底的にやるつもりなんです」
「死刑!?」
エリクは、飛び上がった。
「それは大変なお話ですね……確かに凄い事件だと言うのはわかりました。でも、それにどうマーシャが関係あるんですか?」
ラウシュは、パチンと指を鳴らす。
「これをご覧ください」
立体映像が、浮かび上がる。
少女の姿が映し出される。立派なドレスを着た少女。その姿。栗色のくるくる巻毛に、明るい青い瞳、どこかほわほわした風情。
「マーシャ! これ、マーシャですよね」
ラウシュは言う。
「これは、囚われの国王夫妻の一人娘、クレア姫なのです」
姫?
エリクは、マーシャと立体映像の少女を見比べる。
どこからどう見ても、そっくり。
瓜二つだった。
(栗毛連盟の星 5 姫の行方 へ続く)




