第36星話 栗毛連盟の星 3 黒の殺し屋
エリクは、肩から下げた鞄の中の万能検査機の指示を受けながら、そっと身を隠し、2人組に近づき様子を伺う。
いた。
2人組。本当だ。確かに照明灯が切れて、ここだけ暗がりになっている。エリクは、超駆動弱起動させる。超人の瞳で視る。
邸宅の塀で、ゴソゴソやっている2人組。全身黒ずくめだ。黒のソフト帽。黒のトレンチコート。黒の手袋。顔には黒い覆面。殺し屋装束。
「何をするんだろうね」
エリクは、目を離せない。
「見てなよ」
と、ロボ。
やがて。
「あ」
エリクは、驚く。
「塀を破った」
「あの塀も、警戒線が張ってあるはずなのに。それを無効化して、破った。これは、プロ中のプロだね」
万能検査機も、呟く。
黒の2人組、塀の切れ目を丁寧に確認すると、お互い顔を見合わせ一つ頷き、すっと中へ入る。
流れるような動作である。プロの仕事。完全な不法侵入だ。
「エリク、追うんだ。2人組についていけばいい。僕たちも警報を鳴らさずに邸宅に突入できる。願ってもないチャンスだ」
エリクは、そっと塀に近づく。綺麗に手際よく塀は切断されていた。手際に見とれている暇は無い。隙間から、中へ入る。
黒の2人組。広い庭園を、ゆっくり匍匐前進している。エリクも、気づかれないように、超駆動弱起動のまま距離をとって、匍匐前進する。万能検査機を入れた鞄をずるずる引きずっていく。
「あの2人、すごい手際だね」
万能検査機、舌を巻く。
黒ずくめの2人は、庭園を匍匐前進しながら、慎重に、設置してある各種警備装置を解除無効化していく。大物要人の邸宅の庭園には、警戒線探知網が隈なく敷かれていた。それを易々と、無駄のない動作で、除去していくのだ。
後を尾けるエリクに、安全な道ができる。
「いったい何なんだろう、あの2人」
と、エリク。
「間違いない。殺し屋だね」
と、万能検査機。
「殺し屋?」
エリクの声が上ずる。万能検査機は、続ける。
「あれだけのプロの腕前があって、苦労して大物要人の邸宅に忍び込む。単なる物盗りや、強盗って事はありえないよ。確実にプロの殺し屋だ。気づかれずに邸宅に侵入して、標的を仕留めたら、今作った道から、さっと引き上げる。足跡1つ残さない。宇宙でもトップクラスの手腕だね。大したものだよ」
「プロの殺し屋……狙っているのは、誰だろう」
黒の2人組を追って、匍匐前進しながらエリクは言う。
「それはもちろん、ジョルバだろうね。これだけ巧妙な手口で仕留めようというなら、それなりの大物に標的は限定される。ジョルバ以外、考えられないよ」
「ジョルバ……この邸宅の主で、マーシャを誘拐した張本人なんだよね。それがなんで今度は命を狙われるの?」
「わからない。星域上層部で、大きなことが動いているんだ。マーシャの件も、この殺し屋のことも。詳しい事情は、当事者に話してもらわなきゃ、わからないよ」
「もう。結局、何もわからないんじゃない」
「でも、真相には迫っているよ」
「で、どうするの? このまま殺し屋が仕事をするの見てろってこと?」
「ちょっと様子を見よう。とにかく殺し屋の作った突破口についていけばいい」
2人組、広い庭園の警戒線を突破して、もう邸宅に手の届くところ。大きな窓の下に。少し離れて、エリクも続いている。
窓にはカーテンがしてある。窓ガラスは開いていた。不用心な気がしたが、塀から庭園まで、厳重な警戒線探知網が張ってあるのだ。まさか、警報を鳴らさず突破できるとは思ってないのだ。
黒の2人組。じっと、窓の下に伏せている。様子を伺っているのだろう。
ふわりと。カーテンが揺れた。
中からカーテンが開く。
「ああっ!」
エリクは、大声を上げそうになったのを、必死に抑えた。
マーシャ!
窓に見えたのは、まさしくマーシャだ。
栗色のくるくる巻き毛。表情はよくわからないけれど。ぼんやり庭園を眺めている。窓の下の2人組にも、離れて植え込みの陰に隠れているエリクにも、気づいていないようだ。
エリクは、万能検査機をせっつく。
「やったよ。マーシャは無事だった」
「うん。よかった。あの様子だと、厳しく監禁されてるわけではないみたいだね。やっぱり訳ありなんだ」
「よーし。助けるよ!」
踊り上がりそうになるエリク。
その時。
窓の下に伏せた殺し屋2人組が動いた。2人とも、素早く、慣れた手つきで光線銃を抜いたのだ。
「あっ」
エリクの心臓が止まりそうになる。
「あの2人組、どうするんだろう」
「狙いは殺しだろうからね。邸宅の主ジョルバの。いよいよ突入するんだ」
「え? じゃあ、窓にいるマーシャは、どうするんだろ」
エリクとしては、ジョルバと殺し屋がどうなるかは、どうでもよかった。ただマーシャが救出できればそれでよかった。
「プロの殺し屋だからね」
万能検査機の冷静な声。
「邪魔は、容赦なく排除するだろうね。マーシャのことも、これまで解除してきた警備同様、一瞬で始末する。声もあげないようにね。そして、窓から突入するんだ」
「ええっ! じゃあ、マーシャが殺されるってこと? ダメ! 私、行くからね!」
「うん、エリク。あの2人を倒すんだ。ここまでの道を作ってくれたんだけどね。マーシャを助けるためには仕方がない。でも、事情が100%わかってるわけじゃない。殺しちゃだめだよ。向こうはこっちにまるで気づいていない。無防備だ。君なら上手いこと倒せるだろ」
「もっちろん!」
ついに戦闘許可が出た。マーシャも見つけた。後は、心置きなく大暴れするだけ。
エリクの動きは迅速だった。ロボの入った鞄を置くや、
「超駆動!」
たちまち、黄金に輝く光の気に包まれたエリクは、突進する。超人の力全開だ。その動き、常人にとらえることはできない。ひとっ飛びで窓の下へ。そして、黒の2人組が振り向く隙も与えず、その後頭部へ手刀を喰らわせた。
ドサッ、
黒の2人組は、一言も発する間もなく、光線銃を手にしたまま、崩れ落ちた。エリクは倒れた2人を素早くチェック。ちゃんと力加減している。昏倒して、意識を失っただけだ。よし。
超駆動を解除して、窓から中に飛び込む。
「マーシャ!」
抱きしめる。
紛れもなくマーシャだった。急に現れたエリクに、びっくりしている。キョトンとしていると言うべきか。
「マーシャ、無事だった?」
ぎゅうっと抱きしめて。マーシャは、目を丸くしている。
「うん。無事だよ。エリク、どうしたの?」
「どうしたの?」
エリクは、マーシャをまじまじ見る。
囚われの姫を騎士が助けに来たんだけど。マーシャにまるで緊迫感は無い。いつものほわほわおっとり屋お嬢様だ。
なんだこりゃ。ちょっと拍子抜けした。
「あの、マーシャが誘拐されたから、私、必死になって探してたんだよ。それでやっと見つけたの」
「えっ! あ、そうか。そうだよね。誘拐……そうだった。それは心配するよね。ありがとう。私のことを必死に探してくれてたんだね。ごめんなさい。ちゃんと連絡しなきゃいけないかったんだけど。いろいろ事情があって」
「事情? その、事情って何?」
やっぱり、単純な誘拐事件じゃなくて、何か込み入った事情があるんだ。
マーシャは、にっこりとして、エリクの頬を撫ぜる。
「私、いきなりホテルの前で、エアカーに連れ込まれたの。もうびっくりしちゃった。でも、話を聞いてわかったの。知らない間に、すごく重要なことに巻き込まれちゃってたの。それで、ここの人たちに、保護され、協力することになったの」
「保護?協力? 巻き込まれた?」
今度は、エリクがキョトンとする。
「うん。それが、とんでもなく大きな事件なの」
「事件?」
「ちゃんと説明するから」
マーシャが言いかけた時、部屋の扉が開いた。
「誰です? マーシャ様、誰かいるのですか?」
人が入ってくる。
(栗毛連盟の星 4 囚われの国王 へ続く)




