第36星話 栗毛連盟の星 2 大物の屋敷
じりじりするエリクの前で。
万能検査機の必死の精査が続く。
「まだ?」
我慢の限界のエリク。
「あなたが頑張っても何もわからないなら、ここはやっぱり私が」
「エリク、ちょっと見えてきたよ」
「なに?」
エリクは、瞳を光らせる。
「事件があったのに、警察が動かない。つまり、警察が組織として、事件の背後に絡んでいる。その線で精査したんだ。まず、ここの星系警察を動かせる人間、それはまず、警察本部長と、星長だ。で、その周辺を徹底的に精査してみたんだけどね。おかしな話は何もない。ごく普通に仕事をしてる政治家に警察トップだ。なんていうか、小物なんだね。大それた犯罪をするために組織を動かせるような立場じゃない」
「で、それでどうなるの?」
エリクがせっつく。
「落ち着いてよ。つまりこれはここの星系警察の判断じゃなくて、もっと上層部の力が働いている。そう考えるべきなんだ」
「上層部?」
「うん。星系警察の上。つまり星域警察機構だね。そこから圧力がかかって、今この星の小物たちは、よくわからないまま命令に従っている、誘拐事件の捜査を止めた。これが真相だろうね」
「星域警察機構……そこのトップってどこにいるの?」
「ねえ、だから落ち着いてよ!」
エリクがまた殴り込みを考えているのを見て、万能検査機は慌てる。
「かなりいい線の情報が拾えたんだ」
「本当?」
「本当さ。大物だよ。星域警察機構の大物が、この星にいるんだ」
「大物?」
「うん。星域警察機構で、警察大臣までやってた超大物だよ。ジョルバという男だ。今は引退して、この星都に邸宅を構えている。もともとここの星の出身なんだ。現役時代、警察上層部のきな臭い話に、かなり関わっている。いろいろな事件に名前が出ていくるんだ。正式な役職肩書はないが、今も警察に隠然たる勢力を持っているという話だ」
「ジョルバ? 元警察大臣? それが、なんで、マーシャを」
急に出てきた名前に、エリクは面食らう。
「そこまではわからないな。でも、警察上層部のやばい話には、大体絡んできている超大物がここにいるからね、行ってみる価値はあるよ」
「わかった」
「あと、エリク、僕の判断と指示に、絶対従ってね。迂闊に手を出したら、やばい相手なんだ。本当に。絶対勝手に暴れちゃっだめだよ」
「うん……ちゃんと言うこと聞くから」
やや不満げな、エリク。
「必ずマーシャは助けるんだからね」
エリクは、万能検査機を鞄に入れ肩から下げると、金百合柄の青マントを翻して、ホテルを飛び出した。
◇
「マーシャ、待ってて。必ず助けるからね」
エリクは、エアバイクを飛ばす。ホテルのフロントで借りて来たのだ。大星都を走るには、小回りが利いて、エアカーより便利だ。
宵の星都。
「本当だ。ずいぶん平和だね。全然誘拐事件の捜索をしてる雰囲気じゃない」
エリクは辺りを見回しながら、つぶやく。
いつも通り人でごった返しているが、特に緊迫した雰囲気はない。警官も歩いているが、のんびりした表情だ。検問も無い。非常線は張られていない。
普段と同じ平和な大都会の宵。夜の熱気賑わいに満ちている。
ジョルバの邸宅。
星都の中心からやや離れた、閑静な高級住宅街にあった。
広大な敷地に建つ宏壮な邸宅群。中でもひときわ大きく目立つのがジョルバの邸宅だった。緑豊かな庭園の中に、立派なブロック状のタワーが建っている。
「すごいね」
エリクは、エアバイクを物陰に停めると、タワーを見上げる。
万能検査機は、忙しく透査。
「引退したとは言え、星域の超大物の家だからね。エリク、気をつけなよ。要塞並みの警備体制だ。うかつには踏み込めないよ」
「で、マーシャは? マーシャはここにいるの?」
「うーん」
万能検査機、電光板を赤と黒にチカチカさせ点滅させる。
「ここでアタリかも知れない」
「本当!?」
「うん。タワー内部にいる人間の反応は、7人。その中に、背格好がマーシャと同じ人物がいる。髪型も何とかわかるけど、マーシャと同じだね」
「やった! お手柄よ!私の万能検査機! じゃあ、いよいよ救出ね」
万能検査機は、広範囲に周囲の物体を透査できた。近い距離なら、建物の内部でも、かなりの情報を拾うことができたのである。
ついにマーシャにたどり着いた。
ロボのご主人様の少女は嬉々として、今にも突入しかねない様子。瞳を爛々と光らせている。
「さあ、私の万能検査機、マーシャはあのタワーのどこにいるの? 教えてちょうだい」
「ちょ、ちょっと待って」
万能検査機が、慌てる。もう、無鉄砲なご主人様の少女いつも手を焼かせるんだから。
「なによ。後は、マーシャを救出して帰るだけでしょ?」
「だから落ち着いて。エリク、何を考えているの? マーシャの居場所を特定したら、全力超駆動して、光の気の戦闘飛翔能力で、一気に突入してマーシャを奪還する。それは、できるといえば、できるけどね。なにせ君は超人だから」
「うん。それでいいでしょ。そのためにきたんじゃない」
「ダメ! 後先の事考えないと。突入した瞬間、警戒網探知網が作動する。ここは強力な警備機構があるからね。突破突入することはできるよ。でも、即座に探知機から通報が行って、星系警察が動き出す。いや、厳重な警備が一瞬で突破されたとなったら、直接星域の治安部隊が出動するかも。ものすごい大事になるんだよ。マーシャを抱えて逃げられるの? 違法侵入したら、完全に犯罪者だからね。警察も治安部隊も総力を挙げて、君を追うことになる。この星の監視網警戒網が、ずっと君を狙い続ける。全部ぶっ壊すわけにいかないし。マーシャと一緒じゃ、星から脱出するのもかなり難しい。そもそも、逃げ込む先もないんだから。君の超人の能力は無敵だけど、時間切れがある。結局のところ、追い詰められて、捕まるよ」
「じゃあ、どうすればいいっていうの? せっかくマーシャの居場所がわかったっていうのに」
エリクは、キリキリする。顔を真っ赤にしている。
「指を咥えて見てろっていうの? このまま。マーシャが何をされるかもわからないのに。大体何なの、この星は。誘拐された女の子を助けるのには無能でも、誘拐犯を守るのは、とびきり優秀ってことなの?そんなのおかしいじゃない!」
「うん、その通りだよ」
怒り狂うエリクを前に、万能検査機は必死。
「君の言うことは正しい。マーシャは必ず助ける。間違いなくね。そのためにはもうちょっと調べて、考えなくちゃ。手段をね。いきなり殴り込みをかけるより、もっといい方法が見つかるはずなんだ。マーシャの居場所はわかった。そして、単なる誘拐事件じゃなくて、もっと大きな裏があることがわかった。誘拐されてあまり時間が経ってないのに、これは大収穫だよ。僕たちは、確実にマーシャ救出に向けて近づいてるんだ。エリク、慌てないで」
エリク、じっと相棒ロボットを見つめる。
「わかった。ここまで来れたのは、あなたの判断のおかげだし。とにかく言うことを聞くよ。で、どうすればいいの? 次は。ここでマーシャのいるタワーと睨めっこしてればいいわけ?」
「ねえ、エリク、興奮しないで。ここの警備はなかなか鉄壁なんだけどね。この周囲に、妙なものを見つけたんだ」
「妙なもの?」
「2人組の人間さ。今、ちょっと離れた邸宅の塀のところで、ゴソゴソやっている」
「ゴソゴソ? どういうこと?」
「よくわかんない。だから、ゴソゴソなんだけどね。びっくりするくらい妙なことが起きてるんだ。2人組がゴソゴソやっているすぐ傍の照明灯が、消えてるんだ。ちょうどゴソゴソするには絶妙の暗がりができてるんだ」
「それって、つまり」
「うん。もちろん2人組が、照明灯を停止させたんだ。だけど、この警戒厳重な区域の照明灯だ。普通に破壊したなら、すぐに警戒線が発動して、大騒ぎになる。2人組は、警報が作動しないように、巧妙に照明灯を停止させたんだ」
「じゃあ」
エリクは、目を丸くする。
万能検査機は、うなずく。
「2人組は、プロなんだよ。どうやらこの邸宅に、不法な侵入を企てているらしい」
マーシャが囚われている屋敷。
そこに侵入しようと言う2人組。
一体何者なのだろう。何が起きているのだろう。
(栗毛連盟の星 3 黒の殺し屋 へ続く)




