第36星話 栗毛連盟の星 1 マーシャ誘拐される 【大長編 星間国家の大陰謀事件】 【隣のマーシャシリーズ7】
「今日は、本当にびっくりしたの」
栗色くるくる巻毛の明るい青い瞳の少女、マーシャは、心底驚いていた。
「何があったの?」
と、エリク。
宇宙の旅人17歳の少女エリクは、この星で超一流豪華ホテルに滞在中のマーシャに頼まれて、相部屋になっていた。マーシャは両親が仕事で不在で、一人暮らしを寂しがっていたのである。
エリクは、同じ歳のほわほわおっとり屋のお嬢様マーシャと、すぐに親友となった。
マーシャは、考え込んでいる。
「今朝、エリクがまだ寝ている時、私はいつものように、ホテルの前の公園に散歩に出かけたの。とても気持ちのよい朝だったから。そしたらーー」
急に、黒スーツの男と女が現れたのだと言う。
「私に、栗毛連盟に入りなさいと言うの」
「栗毛連盟?」
エリクは、改めて、マーシャの栗色巻毛を見る。
「なに、それ」
マーシャも首を振る。
「ええ、私も何を言っているのか分からなくて。栗毛連盟とはなんですか、と聞くと、栗毛種族の発展のために活動している連盟だと言うの。それで、お嬢さんほど見事な栗毛は見たことない、ぜひうちの連盟に入って、栗毛種族の繁栄に貢献していただきたい。ついては詳しい説明をしますので、我々と一緒に来てほしい、そういうの」
「なにそれ!」
エリクは、思わずソファーから飛び上がる。
「だめ! 絶対危ないよ。なんなのその勧誘。そんなのに、絶対乗っちゃだめだよ!」
マーシャは、頷く。
「もちろん私もそう思った。それで、もう、話を聞かずに、返事もせずに、ホテルに逃げ込んだの」
「マーシャ、偉い!」
エリクは、マーシャに抱きつく。栗色のくるくる巻毛を引っ張る。
「よかった! そんなのについて行っちゃ絶対だめだよ。そんなバカな話ないんだから。マーシャの栗毛、本当に綺麗だけど。種族の発展とか、そんな問題じゃないんだから。絶対悪い人だよね。きっと、マーシャが可愛いから目をつけたんだよ。もう。私がいたら、ぶっとばしてやったのに」
マーシャは、うふふ、と無邪気に笑う。
「エリク、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。私だって、そんなのには引っかからないから」
エリク、ぎゅうっとマーシャを抱きしめる。
「そうだよね。私のマーシャ。あなたなら大丈夫。わかってるけど。でも、気をつけてね。いつも私が守ってあげられるわけじゃないんだから」
「もう、心配性のエリクなんだから」
高級ホテルの最上階のスウィートルーム。
窓からは、柔らかい光が差し込み、陽だまりをつくっていた。
それは、エリクにとってかけがえのない場所なのである。ほわほわマーシャと過ごす、宇宙で1番和やかな場所。
◇
「大変です! マーシャ様が、誘拐されました!」
エリクの部屋に、ホテルスタッフの音声が響く。ルームフォンだ。
「えっ!」
エリクはベッドから起き上がり、叫ぶ。
「どういうこと!」
「たった今、ホテルを出たところで、2人組にエアカーに連れ込まれました。そしてそのまま、エアカーは走り去りました。今わかっているのはそれだけです。相部屋のお客様へ、一報しなくてはならないと思って」
エリクは、急いで着替えて、ロビーへ向かう。
エレベーターが来るのを待つ時間も惜しいので、超駆動弱起動にして、高層ホテルの最上階から、一気に階段を駆け下りた。このほうが速い。寝ぼけ眼も吹っ飛んだ。
もう夕暮れ時。
軽いお茶の後、マーシャと宵のお出かけをしようとしたのだ。エリクが、寝間着でまだ寝ぼけてベッドでぐずぐずしているうちに、マーシャは先に外に出ていたのである。エリクは昨晩夜更かししたせいで、なんだかんだ起きたりまた寝たり、1日中ベッドでごろごろしていたのである。
そこへルームフォンの一報が入ったのであった。
ロビーで。
「誘拐!? それ、本当なの?」
「はい」
ホテルスタッフは蒼白。
「マーシャ様は、ホテルを出て、ゆっくりと歩いていかれていました。そこへエアカーが来て停り、黒スーツの男と女が降りて、マーシャ様に何ごとか話すと、急にマーシャ様を2人がかりでエアカーに引っ張り込み、急発進させたのです。マーシャ様は、声を上げることも出来ませんでした」
エリクも蒼白になる。
うわあっ、
大変だ!
朝の話を思い出す。栗毛連盟とかなんとか。やっぱりマーシャを狙っていたんだ。何者だろう。それはわからないけど。エリクは、周囲に視線をめぐらせる。マーシャを乗せたエアカー、どこに行ったか、もちろんわからない。
「警察には、通報しています」
と、ホテルのスタッフ。
「いつ、誘拐されたの?」
「20分くらい前です」
20分位前か。すぐに報せてくれればよかったのに
とにかく、マーシャを追わなきゃ。
エリクは、ホテルを飛び出す。あたりを見回すが。
マーシャを連れ去ったエアカー、もちろん、もう姿は見えない。どこに行ったのかもわからない。
光の気で飛翔して、星都の上空から俯瞰して探そうかと思ったけど。
ここは大繁栄都会星。
立体道路が縦横に巡らされ、浮遊建築物群も、たくさんある。
闇雲に探しても、20分前に走り去ったエアカーを見つけるのは、無理だ。
ここは、相棒ロボットの知恵を借りよう。
踵を返すと、ホテルの最上階の部屋へ、また駆け上る。
「どうしたんだい?」
びっくりして出迎えたエリクの相棒ロボット万能検査機。
小さな黒い箱型ロボである。
電光板を、赤と黒にチカチカ点滅させている。眠そうだ。
「マーシャが誘拐されたのよ! さっきのルームフォン、聞いてなかったの?」
「誘拐!? ほんと? それでさっき血相変えて飛び出して行ったんだ。僕は、居間にいたから、聞こえなかったよ」
万能検査機も驚く。
「それは、大事だね」
「そう。20分前、ホテルの前で、誘拐されたのよ。いきなりエアカーに押し込まれて」
「ええっ! 大胆すぎるね」
ロボ、早くも計測不能モード。
「警察には、もちろん、通報しているんだよね」
「もちろん。ホテルのフロントも、大騒ぎよ」
「そうかい。じゃあ、安心していいね。すぐ警察が非常線を張って、誘拐犯を捕まえる。マーシャを保護する。僕たちの出る幕はないよ。それが間違いのない現実だ」
エリクは、キリキリする。
「うん。もちろんそうなってほしいんだけど、そうはならないかもしれないじゃない。待ってるだけじゃダメ。マーシャが危ないのよ。私たちも探すの。警察にできないことで、私たちに何かできる事は無いかな。だからわざわざここまで駆け上がってきたんじゃない。あなたも考えてよ。マーシャがどこに誘拐されたか誰がマーシャを誘拐したか、わからない? 何のための宇宙トップレベルの人工知能なの?」
「うぐぐ」
相変わらず無茶なことを言う。万能検査機は頭を抱える。しかし、ご主人様の少女にこう言われたら、頑張るしかない。
「どういう風に誘拐されたの? 詳しく教えて」
エリクは、ホテルスタッフから聞いた通り、説明する。そして、今朝の話もする。
◇
「うーん」
万能検査機、頭を抱えたまま。
「聞けば聞くほど奇妙な話だね。今朝、栗毛連盟と名乗ってマーシャを連れて行こうとしたんだね。それで断られた。そこで午後には、いきなり力ずくでマーシャを連れ去った。よっぽどマーシャの身柄が欲しかったんだね」
「それはわかってるのよ」
エリクは、ジリジリ。
「ねえ、なんでそんなに呑気にしてられるの? こうしてる間にも、マーシャの身に何か起きるてるかも、そう考えるといてもたってもいられないの。状況わかってるの? ほんとに何かあったらどうすんのよっ!」
「落ち着いて、エリク」
ロボは宥める。
「普通の誘拐事件なら、警察がすぐに解決する。僕たちは、そうじゃなかった場合のことを考えればいいと思うんだ。普通じゃない場合のね」
「呑気ね」
エリクは、きっと相棒ロボットを見据える。
「呑気とかじゃなくて、実際的な話。どうも妙な事件だ。これはむしろ、普通じゃない事件の可能性が高い。一流高級ホテルの前で、いきなり誘拐とか。リスクが高すぎる。誘拐する側に、よほど切羽詰まった事情があったと思うんだ。それを考えてみよう」
「切羽詰まった事情?」
エリクは眉根を寄せる。
「マーシャが可愛いから誘拐したとか、お金持ちのお嬢様を、身代金目的で誘拐したとか、それ以外ってこと?」
「たぶんね。もっと深刻な事情があるとしか思えない」
「なにそれ。どんな事情?」
「うーん」
万能検査機は、頭を抱える。
「こういうのって、人間特有の入り組んだ複雑怪奇さが背景にあると思うんだ。ちょっとやそっとじゃ計算できないよ。マーシャ周辺の情報からじゃ、とても大胆な誘拐の標的になる理由なんて、見つからないしね」
「もう。要するに、わからないの? あなたなら、何とかなるんじゃないかと思って、私、必死にここまで駆け上がってきたのよ」
「うん……僕だって、必死にいろいろ精査してるよ」
電光板を赤と黒にチカチカ点滅させるロボ。
エリクは、苛々する。必死に考える。人間の複雑怪奇さが背景に? じゃあ、ロボじゃなくて、人間の私が謎を解いてやる!
うんうん頭をひねった挙句。エリクは、あっと声を上げた。閃いたのだ。
「わかった!」
「エリク、早いね。何か思いついたの?」
「そうよ。逆に考えるのよ」
「逆?」
「誘拐犯が欲しかったのは、マーシャの身柄ではなかった。こう考えてみるのはどう?」
得意満面のご主人様の少女。万能検査機は、やや、不吉な予感。
「マーシャの身柄が狙いではない。じゃあ、何が狙いなの?」
「うふふ」
エリクは名探偵然として、両手を腰に当てる。
「マーシャを誘拐する。そうすると何が起きるかな?」
「そうだね。警察が非常線を張る。星都の監視カメラや探知機、機動パトロールロボットを総動員して、行方を追う。そうなるだろうね」
「それだけ?」
「うん、だいたい、それで解決するはずだけどね」
「あはは」
エリクは、ロボを得意げに見下ろす。
「所詮、あなたは機械ね。宇宙最高のスーパーコンピューターも、人間の叡智には、かなわないってこと。私、真相に気づいた。だから、逆に考えるんだってば。マーシャが誘拐された。すると起きる事は、マーシャの部屋が、がら空きになるってこと」
「……うん。あまりにも、もっともな話だけど。それでどうなるの?」
「あらら、鈍いのねえ、私の万能検査機」
相変わらず、優越感いっぱいのエリク。
「つまり、犯行グループはマーシャが部屋にいるのが邪魔だった。それで誘拐した。マーシャがいなくなったら、早速部屋に侵入して、部屋の床を掘って、そのまま銀行の地下金庫まで伸びるトンネルを掘るのよ。そういう作戦だったってこと」
万能検査機、唖然とする。頭がクラクラする。
「あの、エリク、大丈夫? 何の話をしてるの? ここ、高層ホテルの最上階だよ。この床を掘ってトンネル? 全く意味がないから」
「あ、そっか」
エリクは、首をかしげる。
「いい線だと思ったんだけどなあ」
「思う方がおかしいよ!」
「じゃあ、こういうのはどう?」
エリクは、またぱっと顔を輝かせる。
「やっぱりマーシャの部屋! これが鍵なのよ。前にあの部屋に宿泊していた人が、重要機密書類を部屋に隠して、そのまま忘れてホテルを出ちゃったの。それに気づいて取り返そうとしたんだけど、もうマーシャが入っちゃってる。そこでマーシャの身柄を確保した上であの部屋に侵入して、堂々重要機密書類を取り出そうとした、そういうことじゃないかな。これならどう?」
「ますますばかばかしいね」
万能検査機は、首を振る。
「仮に部屋に忘れてきた重要機密書類をこっそり取り出したい。そういう事なら、君とマーシャを見張った上で、2人がお出かけしたときに、忍び込んで取り出せばいいんだ。何も誘拐なんてリスキーなことをする必要なんて全くない。君たちは本当にのんびり屋さんで、毎日、ぶらぶらして呑気に暮らしてるんだからね」
「私はそんなにのんびり屋でもないよ」
エリクはむくれる。
「もう、人にダメ出ししてるだけじゃなくて、ちょっとは考えてよ。何か新しいことわかった?」
「うん……」
万能検査機、慎重に考え込んでいる。
「ずっとこの星の情報を、精査しているけどね。気になる状況になった。やっぱり特別な事件だね。これは一筋縄ではいかない」
「どういうこと!? 何かあったのね? 新しい動きが」
「そうじゃない。ないんだよ。何も起きていない。それが問題なんだ」
「何も起きていないのが問題? それ、どういうこと?」
「うん。誘拐事件があった。すぐに警察に通報した。何度も言ってるように、厳重な捜査体制が組まれる。当然だよね。ところがそういう動きが何にもないんだ」
「ない?」
「普通なら、警察総動員で、非常線を張ったり、警戒網探査網を強化する。こういう誘拐事件の場合は、非公表で動く。だから、ニュースにならないのは当たり前だ。でも、警察が大掛かりで動けば、星の市民に当然わかる。そうなれば、ニュースでやらなくても、SNSで話題になる。ところが、それが一切ないんだよ。エアカーのチェック改めもやってない。機動パトロールロボットが増えたとの情報もない。結論から言うと、警察は一切動いていない」
エリクは、目を丸くする。
「それ、どういうこと?」
「誘拐の通報があった。でもするべき捜査は、潰された」
「そんな」
エリクは、絶句する。
「じゃあ、星の警察も誘拐犯とグルってことなの? なんなの? それ! 私のマーシャを! そんなの絶対許さない! わかった。敵は警察なのね? 今から星系警察本部に乗り込んで、警察本部長をぶん殴って、マーシャをどこにやったか、白状させてやるから!」
怒りで、ブルブルと震えるエリク。今しも、全力で超駆動しそうだ。
万能検査機は、慌てて止める。
「そんなことしちゃダメだよ。いくら超人だからって、公然と暴れるのはまずい。とにかく、白昼、堂々少女が誘拐されて、それがもみ消しっていう事案だからね。ちょっと大掛かりな何かが動いているに違いない。それを突き止めるんだ」
「だからとりあえず、警察本部長をぶん殴って白状させればって言ってるんじゃない!」
かっかするエリク。万能検査機は必死になだめる。
「そんなことをしたらこの星域全体との戦争になる。君だって危ないよ。マーシャにも、悪い影響が出るかもしれない。いいかい、エリク、君の超人の能力は、ここぞという時に使うんだ。やたらと暴れたりしちゃだめ。まずは、しっかり動きを見定めるんだ」
「見定める? できるの?」
エリクは、相棒ロボットを睨みつける。本当に今にも飛び出そうだ。
「うん。やってみる。全力精査だ。僕を信頼してよ。相手が大きく動いているわけだ。そのぶん、捕まえやすい。最初よりは、見えやすくなっているよ」
暴走しそうなご主人様の少女を抑える。
いつもながら、おおごとだ。
(栗毛連盟の星 2 大物の屋敷 へ続く)




