第35星話 吊り橋効果の星 前編 【古城の幽霊】 【永遠なる愛の進化】 【隣のマーシャシリーズ6】
古城。いや、廃城だった。
超古代風様式の尖塔や城壁、立派な城館。所々、崩れ落ち、大穴が開いている。広大な敷地に、たくさんあったはずの建物も、完全に崩れ落ち瓦礫と化しているものが多い。
「着きましたよ。マーシャさん、エリクさん、どうです、いかにもな場所でしょう」
金髪の少年アルスンが、得意げに言って、エアカーを降りる。
エリクとマーシャも後に続き、廃城を仰ぎ見る。
すごい廃墟だ。
確かに。いかにもな風情。
幽霊探し、肝試しには、ピッタリな場所。
3人は、幽霊を見に来たのだった。
この星には、幽霊が出ると評判の、有名な廃城がある、行ってみよう、そういってエリクとマーシャを誘ったのは、アルスンである。2人の少女も面白そうだと、行くことにした。
この星を訪れた宇宙の旅人17歳の少女エリクは、同じ歳の少女マーシャに頼まれて、相部屋になっていた。マーシャは一緒にホテル暮らしをしていた両親が急な仕事で他の星へ行ってしまい、一人で寂しがっていたのである。エリクとマーシャはすぐに打ち解け親友となった。
今は。
マーシャの学園の同級生の友人アルスン、この星有数の資産家、ルーンドルフ伯爵家の御曹司に招待され、マーシャとエリクは、伯爵家に滞在していたのである。
「ここ、すごく有名な幽霊スポットなんです。前から来たいと思ってたんですが、マーシャさんと来れるなんて。夢みたいです」
アルスン、軽く興奮している。
「雰囲気ありますね。本当に、何か出そう。ここの噂は、前から聞いていました。私も一度来てみたかったんです。」
その傍のマーシャ、いつもほわほわのお嬢様も、栗色のくるくる巻毛をふるふるさせている。幽霊に興味津々、おっかなびっくりなようだ。
うーん、この二人、なんだか微笑ましいな。
エリクは、内心、ほっこりする。
アルスンは、どう見ても、マーシャにぞっこんである。しかし、おっとり屋のマーシャは、同級生の少年の気持ちにまだ気づいてはいない。
アルスンが頑張って幽霊スポットにマーシャを連れてきたのは、当然ながら、夜の廃城の暗がりで怖い思いをして、2人の距離を縮めようという吊り橋効果狙いに間違いなかった。うまくいけば、マーシャが自分に飛びついてくるかもしれない。
幽霊スポットなんて。若い男女でキャーキャー騒ぐ、要はデートスポットだ。なかなかわかりやすいんだけど。マーシャは、普通に幽霊に興味あるらしい。アルスンの狙い、気づいてないみたいだ。
アルスンの恋が成就するのか。それはエリクには、わからない。エリクとしては、アルスンを応援する立場でもないし、邪魔をすることもない。要は、2人の問題だ。ただ、親友マーシャの事は守りたかった。アルスンは、大金持ち大貴族の跡取り息子であるけど、はにかみ屋で引っ込み思案の少年だ。マーシャに強引に迫ったりはしないだろう。その点で安心だった。
こういう場面に、自分は邪魔じゃないか。エリクはそう思ったけど。
「エリクさん、あなたが、マーシャさんと一緒に我が家に来てくれて、本当によかったです」
アルスンに言われた。女の子に超奥手のアルスンとしては、マーシャを自分と2人だけで誘うのは、とても無理なのであった。マーシャとその友人のエリクと一緒なら、どこにでも安心して誘えるという訳だった。
今回の夜の廃城幽霊スポット冒険も、アルスンとしては、なかなかの決断だった。アルスンの両親、ルーンドルフ伯爵夫妻には、少年少女だけで幽霊スポットに行くとは言えないので、アルスンの友人の家に泊まりに行くと、言ってあったのである。
かくして、幽霊古城の冒険、いや、恋の吊り橋効果挑戦の冒険の準備は整った。
若き勇者というべきアルスンを先頭に、3人は、廃城へと入っていく。
◇
城門。文字通り門だけ残っていて、それ以外は崩れ落ちている。
「ちょっとすごい廃墟だね。瓦礫ばっか。どこをどう見て回るの? 瓦礫の間を歩きまわるの?」
エリクは、キョロキョロと、周囲を見回す。
先頭のアルスンがいう。
「残っている建物も、中はめちゃくちゃみたいです。入っても、階段とかもダメになってるそうで。ガイドブックによると、地下通路は残っていて、そこが幽霊スポットなんだそうです」
この古城は大昔の王政時代、名のある貴族の城だったが、革命で王政が打倒された時、新政府によって、差し押さえられた。それ以来ずっと公有地である。革命の時は破壊されなかったが、その後だいぶ経ってから、この城に昔の貴族が隠した財宝があるとの噂が立ち、無法なお宝探し屋たちが次から次へと訪れ、この城をくまなく捜索し、果ては、あちこち爆破したり、崩したり、めちゃくちゃにしたのである。この廃墟は、お宝探し屋の仕業だった。もちろん、財宝など見つかっていない。
「お宝探し屋って、困った人たちですね」
話を聞いたマーシャは、呆れて言う。
「あはは」
エリクは、微妙な笑い。エリクも宇宙のお宝探し屋を稼業にしている。もちろん、公有地や公共建築物の破壊なんてしない。見捨てられた宇宙の星での、希少物質堀りが主な仕事である。
ガイドブックに示された入り口から。
いよいよ3人は、地下へと降りていく。
◇
地下通路。昔は地下水路の役割を果たしたようだが、今は水が涸れている。ここはなかなかしっかり頑丈に作ってある。
もちろん真っ暗だ。3人は、アルスン、マーシャ、エリクの順に、持参の携行ライトで周囲を照らしながら、進んでいく。
アルスンの提案で、各種電子機器は、エアカーに置いてきた。電子機器に頼らず、人間の五感で幽霊を体験しよう、そのほうが楽しいに違いない、という理由だった。頼れるものがなければ、その分自分にマーシャがすがりついてくる可能性が高いだろう、というアルスンの考えはミエミエだったけど。
2人の少女は、この提案に従った。廃城に持って入ったのは、携行ライトと、いざと言うときの救援信号発信機だけである。
エリクからすれば、何があっても、超人の能力を発揮すれば、無事切り抜けられる。別に気にすることは無いのだ。何の心配もない。
とにかく、今日はこの2人、学園の同級生であるアルスンとマーシャにすべて任せよう。2人が主役なんだ。私は見てるだけでいいんだ。保護者役。そう考えるエリク。いや、恋のキューピット役かな。
3人の最後尾で。先をいく2人の様子を伺うと。
うーん。大丈夫かな。エリクは、ひそかに苦笑する。
ほわほわお嬢様マーシャは、早くもビクビクガクガクしている。やっぱり真っ暗な地下通路なんて、幽霊を信じていようがいまいが、結構怖いんだ。
そして、その前のアルスンも、足取りが、やや不安だ。どう見ても、マーシャの前で良いところを見せようと必死になっているのだが、こちらも早くもガタガタしている模様。ありゃりゃ。
暗い中、響く足音。
黙って歩いていると、恐怖心が募ってくるものだ。
アルスンは、わざと陽気な大声を出す。
「いやー、どうしたんでしょうね、ここの幽霊たちは。ガイドブックによると、ちょっと地下通路を歩けば、どんどん出てくるって言うんですけど。あはは。今日は美女2人のお出ましだから、幽霊も恥ずかしがってるのかな」
うーん、なんだか寒い冗談だな、エリクは思う。
マーシャも黙ったまま。
「おーい、幽霊さん、出ておいで」
照れ隠しに、アルスンは、壁をポンポンと叩く。
すると。
「キャアアアアアーッ!」
悲鳴が聞こえた。女性の声だ。地下通路いっぱいに響く。ん? 幽霊のお出ましか? エリクは、警戒するが、
「きゃっ!」
マーシャは、飛び上がり、震えながら、アルスンに抱きつく。
おおっ、吊り橋効果、早くも大成功か?
エリクは目を瞠るが、
「うわあっ!」
マーシャ以上に震え上がったアルスンは、頭を抱え我を忘れてガタガタしている。目はしっかりと閉じている。
おい、何やってんだよ。せっかく目論見通り、女の子が抱きついてきたっていうのに。呆れるエリク。
女の悲鳴は、すぐ聞こえなくなった。何だったんだ。
しばらくくっついてガタガタしていたマーシャとアルスンの二人、やっと気を取り直す。2人とも真っ青だ。しばらく見つめ合っている。
「だ、大丈夫ですか、マーシャさん」
アルスンが、やっという。
「ええ」
マーシャも、何とか笑顔を見せる。
手を取り合う2人。これは吊り橋効果成功なのか、ただひたすら怖がってガタガタしてるだけなのか? エリクにはよくわからない。しかし、このテイタラクでは。先に進んでも良い事はないだろう。
「そろそろ戻る?」
言ってみる。
「え、ええ、いや」
蒼白な顔のままアルスンがいう。
「もうちょっと。もうちょっと先まで行ってみませんか? 今、せっかく幽霊の声を聞けたんですし。せめて、姿ぐらい見ないと」
マーシャも、うなずく。
いや、あの悲鳴は、どう考えても幽霊とかじゃないだろ、思ったエリクだが、2人がまだ行くと言うので、了承する。
それにしても一体なんだろう。もちろん本物の幽霊じゃない。ここには、なにかの仕掛けがありそうだ。それを見てみるのもいいだろう。古城の廃墟の仕掛け。その真相は、いったい。
(第35星話 吊り橋効果の星 中編へ続く)




