第34星話 消えた宝冠の星 後編
「超暗黒物質だって!? そんなの、ありえないよ」
万能検査機は呆れていた。ルーンドルフ伯爵家への旅には、このエリクの相棒ロボットも連れてきたのだった。もっとも、遊びに行く時や、正餐の時には、部屋に置きっぱなしだけど。
午餐が終わり、自分のために用意された部屋に戻ったエリクは、さっそく相棒ロボットに消えた宝冠の謎の話をした。
ロボは、例によって頭痛が痛くなっている。
「超暗黒物質ってのはね、理論上存在するはずだけど、まだ観測検出できてない物体なんだよ。こっちの都合に合わせて出現したり、消滅したり、そういうのじゃないんだ。超暗黒物質でできた宝冠!? なんだ、そりゃ!」
「私もそう思ったよ。私が言ったんじゃなくて、伯爵夫人が言ったんだから」
「その人、ほんとに物理科学を専攻したの? それ、きっと冗談のつもりだよ」
「そうだね」
エリクは考え込む。万能検査機は、やや苛立つ。
「ねえ、エリク、人間ってのは、本当にどうしようもなく突飛すぎるね。普通に考えたら、こんなの謎でも、なんでもないよ」
「うん。わかってる。真相は、私もだいたいわかった」
エリクは、自分の推理について話した。ロボは、うなずく。
「そうだね。さすがエリク。答えはそれしかないね」
「うん」
エリクは、まだ考え込んでいる。
「でも、よくわからないのは、動機だな。なんでこんなことしたんだろう」
「人間のすることに、合理性なんてないのさ。君を見てると、つくづくそう思うよ」
万能検査機は、ため息をついてみせる。
「もう。絶対ちゃんとした理由があるんだから。万能検査機、ルーンドルフ伯爵家の情報を精査してみて」
「わかった。やってみるよ」
万能検査機は、宇宙トップクラスの人工コンピューターであった。普通の情報検索よりも、より深く広範囲な精査ができたのである。
ロボの精査で、明らかになるルーンドルフ家の歴史。
◇
「今度は、私がこの城館をご案内しますわ。見たい処があれば、何でもおっしゃって下さいね」
エリクとマーシャを案内するのは、明るいまなざしの伯爵夫人レイゼ。
夜になっていた。
昼間、豪勢な午餐だったので、夜食は軽いものだったが、その時、星都から連絡が来た。星庁で緊急の問題が起こり、星の有力者でもある伯爵に、すぐ来て欲しいと言うのだ。伯爵と次期当主である息子のアルスンは、急ぎ、星都に向かった。アルスンは、早くも当主の見習いをしていたのである。
残されたエリクとマーシャの相手を、伯爵夫人がしていたのである。
「お気を遣わずに」
ほわほわマーシャが、おっとりと言う。
「うふふ、いいのよ。息子の友達の女の子なんて、めったに家に来ないんだから。好きなだけ、楽しんで、いろいろ見ていってくださいね」
お茶目な伯爵夫人。
エリクは、マーシャをせっつく。
「せっかくだから、いろいろ案内してもらおうよ。こんな素敵な城館にお呼ばれするのなんて、なかなかないことなんだから」
「じゃあ、エリクにお任せするね」
マーシャは、栗色のくるくる巻毛をふるふるさせる。
エリクは、伯爵婦人に向かって、
「あの、よろしければ、伯爵家伝来の宝飾品とかを見せていただけないでしょうか?」
「うふふ」
伯爵夫人は笑った。
「やっぱり女の子ね。そういうのに興味があるの、当然よね。もちろんいいです。さあ、いらして下さい」
2人の少女は、宝飾の間に案内された。
「うわあ、すごい!」
エリクとマーシャは、目を丸くする。
厳重に錠の下された扉を開くと、そこは、まばゆい光に満ちていた。宝飾の間。かなりの広さがある。大小さまざまなガラスケースに様々な宝飾品が飾られてあった。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、オパール、エメラルド、色とりどりの宝石を飾った精巧な金銀細工のアクセサリに家具。燦然たる富の世界。
「これがルーンドルフ伯爵家伝来の宝物なんですね」
マーシャが、思わずつぶやく。
「ううん、違うの」
伯爵夫人は、首を振る。
「ルーンドルフ家は、故郷を逐われて宇宙を放浪するうちに、持ってきた財産は全て失ってしまったそうです。夫が一代で盛り返したの。ここにあるものは全部、あの人が私に買ってくれたものなの」
伯爵の、伯爵夫人へのプレゼント。すごいな。とにかくいっぱいある。エリクとマーシャは、色々と見て回る。マーシャ、金銀細工の鎧に興味を持ったようで、熱心に見ている。伯爵夫人が色々と解説している。
エリクは、そっと離れ、1人で見て回る。
どこだろう。
宝飾の間の隅。
頑丈そうな、据え付けの箪笥が目に止まる。意匠を凝らした調度品だ。箪笥というより、金庫だな。これか。エリクは、最上段の引き出しに、そっと手を掛ける。当然開かない。厳重に錠がしてある。
ここか。もう見つけたも同然だな。
「気になりますか?」
不意に、後ろからの声。振り向くと、伯爵夫人。
「え? ええ、立派な箪笥だと思って」
「うふふ。中に何が入ってるか、見たいですか?」
「え、いや」
伯爵夫人、エリクの考えてることを見抜いているようだ。ちょっとドギマギする。
「いいんですよ。せっかくですから、ご覧になっていて下さい。マーシャさんも」
伯爵夫人は、暗号錠を解き、箪笥を開ける。
そして最上段の引き出しから、取り出したものは。黄金の台座に宝石を嵌め込んだ、まばゆく輝く宝冠。
「それはーー」
エリクは、息を呑む。やっぱり思った通りだ。推理は的中したんだ。でも、どうして自ら見せてくれたりするんだろう。マーシャは、キョトンとしている。目の前にあるものが何か、わかってないのだ。
「これが、昼間お話しした、失われた王の宝冠です」
伯爵夫人は、満面の笑みで、宝冠を2人の少女に差し出す。
◇
宝飾の間には。
立派な椅子と卓があった。
卓の上に置いた宝冠を前に、3人は座る。
伯爵夫人は、話し始めた。
ーー伯爵は、私の夫は、本当に素晴らしい人なんです。私たちが出会った若い時、あの人は、無一文でした。でも、大きな野心、誰にも負けない強い意志、そして、気高い情熱を持っていました。私は一目で好きになりました。私たちは恋をしました。しかし、すぐに結ばれることができませんでした。私は、古い由緒を誇る家柄の資産家の娘でした。私の両親が、無一文のあの人との結婚を絶対に許さなかったのです。私と結婚するために、あの人は、必死に働きました。自分で商会を立ち上げ、成功し、私の家と十分釣り合う資産家となりました。しかし、それでも私の両親は、あの人を認めませんでした。家柄も何もない、単なる成り上がり者を認めることができない、そういうのです。
ーーあの人は、深く傷つきました。あの人の家には、伝説がありました。この星の大貴族であったルーンドルフ伯爵家の末裔だと言うのです。私が調べたところ、これは事実ではありませんでした。確かに、あの人の先祖が、この星に住んでいて、革命の時に、他の星へ逃れたのは事実のようです。しかし、ルーンドルフ伯爵家とは関係なく、貴族でもありませんでした。でも、あの人は、この伝説を強く信じていました。私の両親に家柄のことを言われたのでなおさらでした。自分がルーンドルフ家の後継者だと証を立てることができさえすれば。そう思い詰めるようになっていたのです。私は、家柄とか由緒とか関係ない、私たちはもう大人なんだから、親の意向とか構わず結婚しよう、そう言ったのです。でも、あの人は、首を縦に振りませんでした。どうしても、自分が正真正銘の貴族であると証を立てねばならない、そういうのです。
ーー私たちはこの星に来ました。昔、ルーンドルフ伯爵家の城館があった場所に。その時、私はあの人から、宝冠のことを打ち明けられました。もちろん、あの人の先祖が作ったお話に違いありません。でもそれを聞いて私は思ったんです。これで、証を立てられる。あの人に自信を持ってもらえる。すぐにこの星の宝飾店へ行って、この宝冠を買ってきたのです。そしてこの地に埋め、次の日来たときに、あの人に見つけてもらったのです。あの人は本当にうれしそうでした。そして、その夜、私に正式な結婚の申し込みをしたのです。宝冠は、もちろん、私がこっそり持ち出して隠しました。ちゃんと調べたら、これが王の宝冠である筈がないのは、すぐわかってしまいますから。あの人には、超暗黒物質だったのだろうと説明しました。物理科学には弱い人ですからね。最終的には、信じてくれました。なんにせよ、家柄のことで引け目を感じたり、しり込みしたりしないようになってくれたら、それでよかったのです。そして私たちは結婚し、この星で、実際にルーンドルフ伯爵家を復活させました。誰も昔の貴族のことは覚えていないのですから、問題なく私たちは受け入れられました。王政貴族制は30億年前の話です。本当か嘘かわからないけれど、昔は貴族だったと名乗っている人は、いっぱいいますからね。
伯爵夫人の話は、終わった。
エリクの推理通りだった。
宝冠が消えた部屋には、2人の人間しかいなかった。だから、そのうちどちらかが宝冠を持ち出した。それしか、解答はなかったのである。伯爵の話から、宝冠を仕込んだのが夫人だと分かった。でも、どうしてそんなことを? 万能検査機がルーンドルフ伯爵家の由来を徹底精査した。それでなんとなく事情はわかったが、今、夫人の話を聞いて、はっきり理解できた。
「この話、もちろん夫にも、アルスンにもしないでくださいね。ルーンドルフ伯爵家の正当後継者だと、信じているんですから」
伯爵夫人は、茶目っ気たっぷりに言う。
「ええ、もちろん」
エリクとマーシャ。
夫人は、また、うふふ、と笑う。
「エリクさん、あなたは午餐のとき、もう気づいてらしたみたいですね」
「え、ええ」
エリクは、冷や汗。
鋭い女性だな。伯爵の商会大成功も、この夫人の才覚手腕があったからに違いない。
それにしても。
なぜ、夫人は、自らこの話をしてくれたんだろう。
隣で、話に感じいっているマーシャ。エリクは、チラリと親友を見る。
そうだ。アルスンが、マーシャにぞっこんのこと。この慧い夫人が気づかないわけがない。もし、息子が好きになった女の子が、家柄や由緒に惹かれる子だったら。後から偽物の伯爵家だとバレて、アルスンが、深く傷つく。そうならないように、最初に説明しておいたんだろう。アルスンとマーシャがこれからどうなるか、まだわからないけど。
さすが。よく先を見通した女性だな。エリクは感心する。
卓の上できらめく宝冠。星の宝飾ショップで買える、ありきたりなものに過ぎない。
でも、間違いなく、新なる伯爵家の出発の証となったのだ。大昔の、革命で失われた狂乱の王の宝冠。その物語よりも、新たな伯爵家創設のために、とっさに機転をきかせて、愛する人を励ました伯爵夫人レイゼの物語の方が、はるかにロマンチックな由緒といえよう。前途洋々の新ルーンドルフ伯爵家の門出を飾るのにふさわしい物語だ。
宝冠の価値。
謎の超暗黒物質同様、それは計測検出不可能なのであった。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




